今さらですがハリソン少年の容姿はインノサン少年十字軍のエティエンヌみたいな感じをイメージしています。
放課後の教室には独特の物寂しさがあると思うのは俺だけだろうか。
すっかり人が少なくなった静かな教室には、窓の外から暖かな西日が差し込みグラウンドを走り回る運動部の掛け声がボンヤリと響いている。
あと一刻も待てば、教室も夕焼け色に染まりカラスの鳴き声でも聞こえるかもしれない。
遥か昔と化した記憶の残骸の中、微かに残っている思い出のようにノイズ混じりの古びたスピーカーからトロイメライが流れたら完璧だ。
今は遠く過ぎ去った、前世でのモラトリアムの日々を情緒的な気分で振り返りつつ。
どこか夢現のボンヤリとした気分で俺はふらりと正面に向き直った。
「佐城くん」
サラサラと微風に揺れる茶色の髪と、透き通るように澄んだ淡紫の瞳。
健康的に日焼けしたベージュの滑らかな肌には青々とした血管が走り、しなやかな筋肉が全身を覆っている。
夢見る少女が理想とするような端正な顔立ちに、一面の草原を思わせる爽やかな笑顔がチャーミングな美青年。
「その、今日は時間を取ってくれてありがとう……」
そんな彼、『平田 洋介』はどこか気まずそうな表情をして俺の前に座っていた。
「……ございます」
そして何故か敬語だった。
(なんで敬語やねん)
思わずジト目でそうツッコみたくなる俺の気持ちを分かって欲しい。
何故なら目の前に座るイケメンは真正面で互いに向き合って座っているというのに俺と目線を合わそうとしないのだから。
いや、正確には何度も合わせようとしているのだがその度にハッとしたように度々目を逸らしている。
おまけにどこか落ち着きがなく何度も椅子に腰掛け直して背筋を伸ばしたり縮こめたりを繰り返しているし、何故だか頰までじんわりと赤いときた。
おい、こら。女でも無いのに無駄にモジモジして赤面するのを今すぐ止めろ。
(告白直前の乙女かお前は)
なまじ目の前の男が文句無しのイケメンだからか、気まずげにチラチラとこちらの様子を窺ってくる様ですら絵になるのが腹立たしい。
俺は胸ポケットにしまっていた鉄扇を広げ、口元を隠してから咳払いした。
クラスの中心人物からの誘いなので態々時間を取ったが、俺にだって予定というものがある。
今日は決して暇では無い。むしろ忙しい方なのだから、内容が既に予想できているこの話し合いはとっとと終わらせたいのだ。
「それで平田くん。ボクにお話とは何でしょうか?」
「あ、ああ。そうだね、早速本題に入ろうか……入りましょうか?」
だからその似合わない敬語をやめろ。
ほら、俺の隣に座っている櫛田も首を傾げているし、平田の後ろで暇そうに端末を弄っていた軽井沢ですら怪訝な顔でこっちを見てるじゃないか。
どんだけ緊張してるんだお前は。
(まるで初対面の見合いだな。いや、前世でも見合いなんかした事ないからあくまで想像だけどさ)
気恥ずかしそうな赤ら顔に、辿々しい敬語。常に誠実で誰にでもフレンドリーな平田というキャラクターには全く似合わない。
とりあえず話も進まないので、そろそろ素面に戻ってほしいのだが。
「平田くん。『あの件』もあってボクと話し難いのは分かりますが、出来れば普通に。
そう、普通に喋って頂きたいのです。昼のことは忘れて、普通のクラスメイトに語りかけるように。気楽に。ね?」
俺はハリソン少年の美貌を最大限利用した柔らかスマイルで平田を軽く窘める。
「……っ‼︎ そ、そうだね。ごめんね佐城くん、気を使わせてしまって」
すると平田はますます赤面した。
なんでやねん。
おいコラ待てや。お前そういうキャラちゃうやろうが。
まさかホモか? ホモキャラだったのか平田よ。
そう言えば一年生編の終盤では偽装彼女の軽井沢よりも寧ろ綾小路にゾッコンな様子が度々書かれていたような気もする。
ネットや一部二次創作では、平田は実は綾小路に惚れているのでは? という意見もあったような……いやあれはあくまでネタとして広まっていただけだろうし。
「あのっ……佐城くん。平田くんの様子が少し変だけど、彼と何かあったの?」
「いえ、まあ。あったのか? と聞かれればあった。と答えざるをえないのですが、アレは事故のようなものでして」
「うーん?」
ひそひそと耳打ちしてきた櫛田の気持ちもよく分かる。今の平田は明らかにおかしい。
ほら見ろ、チラチラ様子を窺っていた軽井沢がついに端末を弄るのすら忘れて此方をガン見しているじゃないか。
気付け平田。お前の彼女、後ろからめっちゃジト目で睨んでるぞ。
(前々から平田とはコンタクトを取りたいと思っていたのに、どうしてこうも面倒臭い状況になっちまったかなあ)
平田との会話は日常の一言二言の挨拶を除けば、今日のこの会議がファーストコンタクトと言っても過言では無い。
だがいざ話し合いに入る直前に『あんな珍事』に巻きこまれたのだから、こんな気不味い雰囲気になるのも仕方ない面はある。
こればかりは平田は悪くないし、なんだったら彼も俺も揃って被害者側なのだから。
(もう中間テスト前に何とかしてあの屑共を退学に陥れてやろうか)
苛つきのあまり原作ブレイクを恐れぬクラスメイト退学計画すら半ば本気で考えつつも、俺はどうしてこんな変な雰囲気のまま平田と会談する事になったのか。と、鉄扇で口元を隠して小さな溜息を吐いた。
四限、水泳の授業前での事だった。
更衣室にて周囲のネバっこい視線にゲンナリとした気持ちになりつつ、いつものようにタオルで下半身を隠すようにして手早く服を脱ぎ、海パンを履いたその時。
「佐城くん。少し、いいかな」
軽やかでいて、どこか艶めいたハスキーボイスに振り向く。
そこには予想通り、細身の身体をしなやかな筋肉で彩った平田 洋介の姿があった。
「おや、平田くん。ボクに何か御用でしょうか?」
平田とは何だかんだで挨拶以外でまともに話した事がない。
まさかこんなタイミングで声をかけられるとは思ってもいなかったので、内心では結構驚いている。
とは言え、もともと俺も彼とは交流を持ちたいと思っていたので柔らかい笑顔を意識して用件を尋ねた。
「実は君に相談したい事があるんだ。放課後、少し時間を貰えないかな? 櫛田さんにも声をかけているんだけど」
「はあ。放課後、ですか」
Dクラスのリーダーからの御指名とあれば本来なら即決一択である。
だが今日は連休が控えている金曜日。オッサン世代で言う華金だ。
『仕込み』が無事に終わったこの週末に盛大に宴を開くつもりの俺は、放課後直ぐに買い出しに走り回るつもりだった。
とは言え、ここで断るのも角が立つ。
「申し訳ありませんが寄りたい所があるのであまり纏まった時間が取れないのです。ですので、その。一時間程度でしたら」
「十分だよ。いきなり声をかけたのに時間を取ってくれてありがとう‼︎」
俺だけでは無く態々、櫛田まで呼び出しているとなるとやはり今朝のクラスメイトへの呼び掛けの件についてだろうか。
恐らく俺が登校する前、つまり櫛田が平田に授業態度とポイント減額の可能性についての情報を共有した際、俺の名前を彼女から聞いたのだろう。
平田からすれば、一モブでしか無かったノーマークのクラスメイトが、自分には気づけなかった問題点を指摘したので話を聞いてみたい。と言った所だろうか。
尤も、昨日櫛田に話したこと以上の内容を話すつもりも無いのだが。
それでも平田は嬉しそうに「佐城くんとは一度ゆっくり話してみたかったから嬉しいよ。それじゃあ、また放課後に」と爽やかな笑みと共に会話を切り上げようとした。
……その時だった。
「……おりゃああああ‼︎」
という叫び声と共に、俺の海パンがずり落とされた。
もう一度言おう。俺の海パンがずり落とされた。
前触れの無い唐突な出来事に思わず硬直する俺を他所に、背後から頭の悪そうな笑い声がゲラゲラ響いている。この声は山内だろう。
「ほら見ろよ寛治‼︎ 俺の言った通り女みてーなサジョーにお似合いの小さくて粗末なモノ……が……」
……なるほど。つまり、察するにそういう事らしい。
山内と池。彼等がどういう話で盛り上がっていたのかは知らないが、恐らく話の流れで俺の事に触れたのだろう。
それを機にセクハラ常習犯の山内と池がいつものように俺に対して嫌がらせ(本人にそこまでの自覚があるかは不明だが)をしかけた訳だ。
どういう話の流れかは分からないが実際に下着をずり下げて佐城少年のブツを確認しようという流れになったのだろう。
下半身がスースーする。それと同時にぶらぶらと股倉の大蛇が不安定に揺れていて気持ちが悪い。
下衆な目論みで笑いものにしようと企んでいた山内の様子はこちらからは見えないが、次第に枯れていくかのように小さくなった声から察するに絶句しているのだろう。
おまけに周囲で様子を窺っていたその他の男子達まで、まるで怪物でも見てしまったかのように一歩下がり、恐れ慄いている。
一番可哀想なのは先ほど俺に声をかけて来た善良なるリーダー、平田だ。
直前まで俺と向かい合って話をしていた為にもろちん平田は……違う間違えた。もちろん平田は至近距離で俺のブツを目撃する羽目になった。
「なっ⁉︎ でっ……デカっ……⁉︎」
見たくも無いであろうクラスメイトのポケットモンスターを超至近距離で拝んだ平田は、あわや尻餅でもつきそうな程に大袈裟に後退る。
その表情は恐怖と畏怖。ほんの僅かな羨望に染まっており、思わずと言った風に大きな叫び声を上げた。
圧倒的な雄に対する畏怖と戦慄に静まり返った更衣室。
ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ音が、やけに大きく響いた。
(ったく。今日日、小学生でもこんな悪戯しねーぞ。阿保らしい)
「はぁ」と態と聞こえるように大きな大きな溜め息をついた。
たったそれだけで周りの男子達は何故かビクッと身体を震わせるのだからおかしな話だ。
俺は無言のままさっさと水着を履き直し、咳払いを一つ。
倒れ込むような体勢で固まっていた平田に頭を下げた。
「大変お見苦しいモノをお見せしてしまい、誠に申し訳御座いませんでした。それでは平田くん、また後程」
「あ、ああ。えと……はい。わ、分かりました」
なぜ敬語? と疑問に思いつつもこの場からとっとと離れたかった俺はラッシュガードを羽織り、足早にプールの方へ向かう。
だが下手人である山内に何の仕返しも無し。というのは、やはり面白くない。
という訳で俺は、今まさに思い出しました。と言わんばかりにこれまた態とらしい演技で「ああ、そうそう」と言いながら未だに固まっていた山内の方をゆっくりと振り返った。
「な、なんだよ⁉︎」
すっかり狼狽した様子の馬鹿野郎に向かって鼻を鳴らした俺は、一歩だけ彼に近付いてありったけの侮蔑と皮肉を込めて嘲笑した。
「幾ら御自分が粗末なモノしかお持ちでないとは言え、人様のモノを無断で拝もうとするのは如何なものかと? そんな事したところで御利益も何もありませんからね? まあ、尤も……」
そして山内の肩を軽く叩き、満面の笑みでこう言ってやった。
「君のような品性の無い男はどれだけ立派なモノを持っていたとしても、使う機会には生涯恵まれることは無いでしょうし……ねぇ?」
まあ成人してからお金を払いさえすればその道のプロに相手をして頂けるのだが。
そんな事を未成年である彼に懇切丁寧に教えてやる義理もないわけで。
ダメ押しとばかりに汚物を見るような視線で一瞥くれてやった。
今度こそ真っ直ぐプールに向かおうとしたその時更衣室は爆発したように騒ぎ出す。
怒りか、興奮か。それとも嘆きか。
ラッシュガードのチャックを閉め直しながら授業に向かう俺は背後から聞こえる阿鼻叫喚を努めて無視して無心で歩いた。
(コレが本当の『珍事』である。って喧しいわ)
ゲンナリとした気持ちで自分にツッコミを入れた。いっそ笑い話にでもしないと、やってられない気分である。
とは言え、いつまでもおちんこでる場合じゃない。間違えた、おちこんでいる場合じゃないのだ。
(いかんいかん。下ネタに引きづられて思考が小学一年生にまで劣化している)
平田に奢ってもらった蜂蜜入りのミルクティーを飲みながら、どうにか気持ちを切り替える。
もったりと口の中に広がるミルクと砂糖の甘さ。それからドロリとした蜂蜜の香りが、甘党であるハリソン少年の心の傷を癒してくれた。
当初の予定ではパレットやカラオケの個室で話し合いを行う予定だったらしいのだが、現状に危機感を覚えた平田の考えで少しでもポイントを節約する為。
と言う理由でこうしてポツンと放課後の教室に僅か数人で集まっている訳だ。
(そういや俺。っつうかハリソン少年が甘党で蜂蜜が好きなことを、よく平田が知っていたな。櫛田辺りに聞いたのかね?)
手元の350ミリペットボトルに巻かれた暖色系のラベルには『期間限定』の文字がデカデカとレタリングされている。
態々、俺や櫛田にそれぞれに飲み物を(櫛田には無糖のアイスティーだった)用意してくれているのは流石の気遣いだ。
こういうところを見ると、本当に平田という男は真面目で心優しい人間なんだと感心する。
よう実世界で善人キャラ。と言えば真っ先に『一之瀬』が挙がる事に異論は無いが、平田も負けず劣らずの善良なる心を持った正義漢なのだ。
クラス内でのいっそ病的なまでに平等に拘った調停者気質が、いわゆるウザい奴や仕切り屋と蔑まれない理由こそが平田という人間の人徳の表れだろう。
他人への気遣いと思いやりもここまでくれば立派な処世術や特殊技能の一つである。
彼は将来、ホテルのコンシェルジュとかが向いているのでは無いだろうか。
「えーと。では改めて、佐城くん。今朝の話、つまり僕や櫛田さんがクラスのみんなに呼び掛けていた事について、君に意見を聞きたかったんだ」
どうやら気を取り直した様子の平田が真剣な眼差しで俺を見据える。ようやく本題に触れていくようだ。
放課後のDクラス。こうしてわざわざ話し易いように机を並び替えて行う小規模な会議に集まったメンバーは平田。櫛田。俺。
そして何故かこうして平田にくっ付いてきた、彼の恋人である『軽井沢 恵』だ。
と言っても彼女は会議に参加するつもりは無いようで、俺達三人の集団から少し離れた所で此方の様子を窺っている。
話し合いに参加しないなら、何しに来たのか。
開口一番、目があった櫛田に挨拶も無しに「これから平田くんとデートに行きたいんだから。何を話すか知らないけど早くしてよね」とのこと。
誰も聞いてもいないし、平田や櫛田の戸惑った様子から察するにそもそもこの場に呼ばれてもいない筈なのだが。
自己主張が激しいDクラスのクイーンビーには困った物だが、その強気な態度も何故か櫛田に対してのみ。
俺と目が合うと不思議な事に軽井沢の方から咄嗟に視線を逸らされるので、未だに彼女とは挨拶以外のまともな会話が出来ていない。
クラスのアイドルである櫛田にすら度々、彼氏自慢のマウンティングを取ってくるほどの攻撃性を持っている軽井沢だ。
俺のような男だか女だか分からないような気色の悪い影キャには真っ先に噛み付いてくると予想しており、罵倒の一つや二つ飛ばしてくるのかと構えていたが拍子抜けである。
(どっからどう見ても気が強そうな刺々しい今時のギャルなのに。これが元虐められっ子の虚勢だっていうんだから、分からないもんだよなー)
この頃の軽井沢はスクールカーストで頂点に立つ事に全てを賭けていた筈だ。
Dクラスで一番のイケメンである平田を恋人にした理由も、クラス内における自分の地位を盤石にする為。
故に平田とは偽装カップルな訳だが、側から見ると美男美女のお似合い同士にしか見えないから大したものだと思う。
強いて言うなら平和主義者である筈のあの平田が、他者に対して傲慢な態度を振る舞う軽井沢に好意を抱くだろうか? という疑問に思う人もいるかも知れない。
だがそれにしたって、結局は思春期真っ最中の男子高校生。
いくら真面目な平田でも可愛い女の子には弱いのだろう。とクラスメイト達は納得している。
(まあぶっちゃけ軽井沢には興味無いし、関わる気も無いからいいか)
Dクラスの女子カーストについては櫛田から雑談の中でポツポツと聞く程度なので、俺自身そこまで詳しい訳では無い。
だが原作知識やクラスの雰囲気から察するに、女子グループの中でも最も影響力が大きく、カースト最上位の集団を率いている女こそが目の前にいる仮初の女王、軽井沢だ。
個としての影響力は櫛田の方が上ではあるが、群れを率いる集団としての影響力は軽井沢に軍配が上がるだろう。
だがハッキリ言って軽井沢 恵という女は性格が悪い。
否、正確には『性根が腐ったイジメっ子の典型を演じている』という、これまた面倒な設定のキャラクターだ。
彼女の内面については、また後日。
暇な時にでも考察するとして、重要なのは声が大きくて影響力も強い彼女だがその実、複数の女子に恨まれて嫌われているという事である。
クラス1。学年でも2番手と言われるイケメン、平田を(偽装とは言え)恋人にして散々周りの女子にマウントを取り地位を盤石に。
さらに五月からの0ポイント生活が始まるや否や、周りの女子生徒にポイントをカツアゲして回る蛮行すらやってのけるのだから、さもありなん。
そんな(少なくとも今後暫くは)嫌われ者の女王様よりも、万人に優しい理想のアイドルである櫛田と仲良くしておいた方が得である。と言うのが俺の考えだ。
(そもそも俺みたいな中年オヤジから見たらギャルは怖いし、偽とは言え彼氏持ちに必要以上に近付いて変な勘違いされても嫌だし。
あと櫛田よりも軽井沢を優先したら、結果的に櫛田のストレスがヤバい事になりそうだし)
と、散々並べたてたところで今更だがぶっちゃけ軽井沢はどうでもいい。
彼女はお世辞にも優秀とは言えない(中学時代の環境が酷過ぎて、勉学に励みたくても出来ない理由があったのだろうが)し、クラスの事にそこまで関心がある方では無い。
(問題は平田なんだよなぁ)
学力優秀、運動神経抜群。数多の女子を魅了する甘いフェイス。
誰にでも平等で、分け隔てなく優しさを振り撒く。
誠実。という言葉が擬人化したような理想の男子。
Dクラスのリーダー。平田 洋介。
俺は彼との関係をどうするか非常に頭を悩ませていた。
「それじゃあ佐城くん。君が学校側に対して疑いをもった理由を教えて欲しいんだ」
「それは構わないのですが……今朝の様子から察するに概要は櫛田さんから既に伺っているのでは?」
俺の隣にちょこんと座っている櫛田に視線をやると彼女は頷いた。
今朝の呼び掛けで平田に話を持って行った時点で俺の話は伝わっている筈なのだが。
「もちろん、櫛田さんからも聴いているよ。でも、僕は君の口から聴きたいんだ。僕達Dクラスの今後の学校生活を左右するであろう、重要な点に気付いてくれた。そんな佐城くんから、直接」
葵色の力強い視線が俺を貫く。
柔らかな声色とは反してその口振りにはクラスの調和を何よりも優先する正義漢の意志の重さがあった。
「分かりました。とは言え、先日櫛田さん達に説明した事の繰り返しでしかないのですが……」
俺は平田には促されるままに原作知識の一部を引用しながら昨日櫛田達に説明した事をそのまま伝えた。
5億を超える巨額の遊興費。茶柱の説明の違和感。クラスの堕落具合などなど。
「それに、改めて考えれば無数にある監視カメラも不気味ですね。防犯目的にしては数が多過ぎる気もしますし」
「監視カメラ?」
「ええ。ほら、この教室にも四隅にありますよ。最新式でしょうか。かなり小型なので気づき難いとは思いますが」
キョトンとした櫛田の疑問の声を誘導するように、指先で教室の天井を何箇所か指し示した。
「本当だ……今まで全く気づかなかった」
平田もその存在を知らなかったようで、目を見開いてかなり動揺した様子だ。
櫛田も大きな瞳をまん丸に見開いて、両手で口元を覆っている。
一つ一つの動作が一々あざとい事にはツッコミを入れない。
「このカメラで常に生徒を監視していると仮定すれば、誰がどんな違反行為をしたか丸分かりになりそうですね。見たところ、死角も無さそうですし」
「そうか。先生方が生活態度に注意をしないのはこういう絡繰があったのか」
「確かにこんなにいっぱいカメラがあったら、机の下で隠れて携帯とか弄ってても丸わかりだよね……」
平田は重苦しい溜め息を吐き、櫛田もシュンとした様子で落ち込んでいる。
生活態度の悪さを学校側がしっかり把握しており、生徒一人一人の悪行を文字通り『監視』している事に確証を持ってしまったからだろう。
平田の背後で聞き耳を立てていた軽井沢の顔色も、心なし悪くなっている気がする。
「佐城くんと櫛田さんの言う通り。このままだと僕達Dクラスは来月以降、かなり厳しい生活を強いられることになりそうだね」
「うん。ポイント、かなり減っちゃってると思うよ。みーちゃんなんかはもしかしたら0ポイントになってるかも。って言ってたし……」
「はぁっ⁉︎ ちょっ、ちょっと待ってよ⁉︎ 0ポイントって。つまり、来月から何にも買えなくなるって事⁉︎」
事の重大さにようやく気付いたのか、思わずと言った様子でついに軽井沢が叫び出した。
慌てて平田が落ち着かせようとするも、彼女の動揺は治まりそうもない。
「落ち着いて軽井沢さん。あくまで最悪の可能性を考えてるだけだよ。10万ポイント満額は無理だろうけど、まだ0になったと決まった訳じゃない」
「そもそも話の最初からおかしいじゃん‼︎ 先生は毎月10万くれるって言ったのに嘘ついたって事なの⁉︎」
「えっとね、軽井沢さん。さっき佐城くんが説明してくれたけど、茶柱先生は毎月10万ポイント振り込むとは一言も言ってなかったんだよ」
ギャーギャーとわめく軽井沢が落ち着くまでは時間がかかりそうだった。
こうしてヤケになって騒ぐ彼女を必死で宥める平田の様子を改めて観察すると、恋人同士というより保護者と被保護者の関係に見えてくる。
ニセコイに付き合う平田も大変だと思わず同情してしまった。
「軽井沢さん一人ですらこの反応。佐城くん、他のクラスメイトが来月以降のポイントが減っちゃうって知ったらどうなっちゃうのかな?」
チンパンジーのようにがなり立てる軽井沢をぼんやりと見ていた俺に、櫛田が不安気な表情でひっそりと耳打ちした。
「そうですね……ポイントが減る。で、済めばいいのですが」
「やっ、やっぱり佐城くんもみーちゃんと同じで0ポイントになってる。って考えなの?」
「確信はありませんが。まあ、最悪の想定をしていた方が後々の為になるかと」
対面で騒ぐ軽井沢との温度差が激しい。
櫛田からは今朝の井の頭と王から漂っていた曇天のオーラが漂っている。
頭の良い彼女だからこそ、客観的に今のDクラスを見てお小遣いなんか貰えなくて当然だと理解出来てしまっているのだろう。
「……来月の支給日。つまり五月一日に大きな混乱が起きるのは確定された未来だと僕は思っている」
涙目で騒いでいた軽井沢をようやく落ち着かせた平田が、真剣な顔で語り出した。
「果たしてポイントがいくら支給されるかはともかく、その額は相当に少ないものだろう。それに、きっと茶柱先生からお叱りの言葉も受けるだろうね」
まあ実際の茶柱は怒るどころが冷酷な嘲笑と共にお褒めの言葉(もちろん皮肉)を賜ってくれる訳だが、それを平田に予想しろというのも酷な話だ。
「クラスのみんな、きっとパニックになっちゃうよね? 毎月10万ポイント貰えるつもりで、派手に使っちゃってる人とかもいるし」
「信じられない……私だってもうポイント殆ど無いのに。篠原さんや佐藤さんだってかなり豪遊してたわよ? こんなんじゃ生活できないって‼︎」
軽井沢や篠原のグループの女子は単純に自業自得だが、櫛田の場合はカーストやグループ関係無しに様々な人間とコミュニケーションを取る為の『接待費』として結構な額を使っている筈だ。
来月を実質無収入で過ごせというのは、かなり厳しいものがあるだろう。
「あまり考えたく無いけど生活態度がポイントの減額に繋がると判明すれば、責任を押し付け合って目立っていた人間を吊し上げようとする動きも出るかも知れない」
平田の重苦しい言葉に軽井沢は「絶対に須藤が原因よ‼︎ アイツずっと寝てるもん‼︎」と鼻息荒く主張してる。
そーいうところだぞ、軽井沢。
「集団で一人を攻撃するなんて避けなければならない。そんなの……虐めと変わらない。僕はDクラスで虐めなんて絶対に起こしたりさせない。させてはいけないんだ」
拳を握り締め、何かを噛み締めるように語る平田の言葉はまさに平和を愛する彼らしい台詞だ。
だが原作知識によって彼の人格を形成する大きな要因となったであろう悲劇とトラウマを知っている俺からすると、彼の決意はあまりにも重いものだった。
「だから軽井沢さん、それから櫛田さん。クラスの為に僕に力を貸して欲しいんだ。君達二人が仲裁に入ってくれれば例え揉め事が起きたとしても、皆耳を傾けてくれると思うんだ」
Dクラスの女王である軽井沢。そして学年一のコミュニケーション能力を持つ櫛田。
この二人がリーダーである平田側に付けば、どんな揉め事も確かに鎮圧出来るだろう。
「……まあ、平田くんの頼みなら。虐めとか、あたしも嫌だし」
軽井沢はどこか気が向かない様子ではあったが、自身の地位を守る為にも寄生先である平田の意向には基本的に逆らわない。
だが「虐めが嫌」というのは間違い無く彼女の本心なのだろう。
軽井沢 恵という少女が背負ったトラウマは、この『よう実』世界の登場人物の中でも一、二を争う程に陰鬱で悲惨なものなのだから。
「もちろん私でよかったら協力するよっ。クラスのみんなが喧嘩するなんて悲しいもんねっ‼︎」
両手を握り、明るい声でハッキリと櫛田は己の意志を口にした。
内心では近い未来に襲いかかるであろう重労働に罵詈雑言を尽くしている事だろうが、流石は大天使クシダエル。
完璧な仮面を被ったその表情はクラスの為に身を粉にして働く決意をした正統派美少女にしか見えない。
こうして様々な思惑が渦巻きつつも、Dクラスの有力者である平田、軽井沢、櫛田の協力関係が結ばれた。
「それから、佐城くん」
俺の名前を呼んだ平田の瞳は、力強く俺を見据えていた。
「君にも是非協力して欲しい。僕達が気づくことが出来なかった学校側の思惑に疑問を持ち、それを教えてくれた君に」
静かに席を立った平田は俺に向かって右手を差し出した。
「クラスの為に、君の力を貸して欲しい」
葵の瞳は決意の炎に燃えている。
学力優秀、運動神経抜群。誰にでも平等で、分け隔てなく優しく正しく。
誠実。という言葉が擬人化したような理想の男子。
Dクラスの偉大なるリーダー。平田 洋介。
俺はその瞳をしっかりと見つめ返して。
「お断り致します」
柔らかな笑みと共に拒絶した。
感想、評価ありがとうございます。
とても嬉しいです本当に嬉しいです。
更新速度について活動報告の方に書きました。
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