オリジナルに浮気していたから初投稿です。
綾小路視点。
『喜劇、或いは悲劇の傍観者』1
あの白い部屋から抜け出し、オレは人生のやり直しを。
否、人生を始めるスタートラインに立った。
東京都高度育成高等学校。
独自のカリキュラムによって外界から在学中の三年間を完璧に隔離された徹底的な秘密主義の国立高校。
進学率、就職率100パーセント保証。というやや胡散臭い謳い文句こそが、この学校の最大の特権。だが、そんな事はオレには関係ない。
完璧な自由。完全な自由。
何をするにも自分で考え、何をするにも自分で決める事ができる。
入学前はハッキリ言ってこの高校に受かろうが落ちようがどうでもよかった。
だがこうして自由を手にした今なら分かる。
オレはこの学校に入れて良かった。きっとこれこそが幸せなのだ。と。
そう、オレは幸せなのだ……と。
多分、幸せ。うん、幸せだといいなぁ……。
というか幸せだ。と断言できないのにはもちろん明確な理由がある。
事なかれ主義を謳うオレからすると看過できない、どうしようもない現実。
そう、それこそが……
(友達が欲しい。友達……トモダチ……。ああ、友達さえ……これで友達さえ出来たら幸せな高校生活を送れる筈なのに)
そう。入学から一週間近く経過したと言うのに、オレには友達がいないのだ。
最近はあまりにもボッチを極めすぎて周囲のクラスメイトから「わーあの子いつも一人だけど友達いないのーダサー」とか「ボッチ。ってやつ? カワイソー」と嘲笑われてるような幻聴すら聞こえてくる始末。
何だったら隣人である女子生徒の『堀北 鈴音』からは実際に「無様ね」の一言と共に、憐憫を込めた冷笑を送られた。
ここでムキになってお前も友達いないじゃねーか。と返したところで「私は好きで一人でいるのよ」とバッサリ切られるのが想像ついてしまう。
人との関わりを一切の無駄。と切って捨てるような徹底的な人嫌いのこいつがオレのほぼ唯一の話し相手。という現状がどれだけ気不味い事か。
そんな隣人からは間違っても自分を友達扱いするなと汚物を見るような視線で距離を取られているが。
まあ、流石にオレもそこまでは落ちぶれていないつもりだ。
アイツの孤高さ? 孤独体質? は相当なものなのだろう。
たまにオレから話しかけて、堀北の機嫌が悪くない時に限って一言二言の返事が貰える。そんな今の距離感が丁度いいのかもしれない。
とは言え堀北を除けばまともに話を出来るクラスメートが殆ど存在しないのは事実な訳で。
思えば入学初日の自己紹介で盛大に事故ってしまったのが、このボッチ生活のきっかけだったのだろう。
あの時、妄想に耽りさえしなければ……なんて嘆いても過去は変わってくれない。
(事なかれ主義のオレとしては常に一人ぼっちで、悪目立ちする立場なんて避けたいんだが)
別にクラスの中心となって騒ぎたいだとか、例えば『平田 洋介』みたいに常に女子に囲われるような立場になりたいだとか。
そんな不相応な高望みをしている訳ではない。
いや、まあ。確かにDクラスの女子はちょっと不自然なくらいに可愛い娘ばかりだから、いつかはお近づきになってみたいなー。という淡い欲望は有るには有る。
え? 堀北がいるじゃないかって?
いくら綺麗な顔をしていてもアイツは無理だろ。
それならまだ誰にだって優しい『櫛田 桔梗』のようなアイドル系の女子の方が可能性を感じる……⁉︎ い、いや‼︎ やっぱ櫛田は無しだ。
(な、何だ? 何故か近い将来、櫛田関連の厄介ごとに巻き込まれるような悪寒を感じたんだが)
妄想に耽り過ぎて、ついに新たなシックスセンスにまで目覚めてしまったのか。
思わずブルリと震える身体を押さえつけながら、トボトボ歩いていると目の前にはDクラスの教室。
登校時間もいつも通り。また日常が始まるのだ。
(嗚呼。今日こそ友達ができますように……)
そんな切なくも切実な願いと共にオレは1年Dクラスの教室の扉を開けるのだった。
……なんか、色々考えてたら我ながら哀しくなってきたなぁ。友達、欲しいなあ。
「おはよう山内‼︎」
「おはよう池‼︎」
今日こそは友達を。そんな哀しい決意と共に教室へ入ったオレを待ち受けていたのは、テッカテカに光る満面の笑みで盛り上がっていた二人の男子生徒だった。
クラスメイトの名前は『池 寛治』と『山内 春樹』。
この二人にちょっと不良っぽい『須藤 健』を出せば通称、Dクラスの三バカと呼ばれる面子となる。
不名誉なあだ名で一括りにされる彼らは、そのニックネームの通りに常に騒がしく、お世辞にも真面目な学生だとは言えないタイプだ。
未だ中間テストすら迎えていないので確証は無いが、授業態度から察するに成績の方もあまり宜しくはないだろう。
だがオレから見た彼らはイイ奴らだ。
以前、池達から一部の男子達が中心となって作ったチャットグループにオレを誘ってくれたし。
だからオレの中では三バカ達こそ、将来の友達候補ナンバーワンの存在だ。
とは言え、今日の彼らのテンションはちょっとおかしいぐらいに高すぎる。
そもそも遅刻常習犯の須藤がいないのは別にしても、この二人だっていつもは遅刻ギリギリまで惰眠を貪っているタイプの人間の筈。
こんなに朝早くから彼らが登校していたのを見るのは初めてだった。
もしやオレの方が登校時間を間違えていたのか? と時計を確認するもやはり時間はいつも通り。
とは言え、オレが席に着く頃には当の本人達の口から疑問は直ぐに解消されたのだが。
「いやぁー授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさー」
「なはは。この学校は最高だよな、まさかこの時期から水泳があるなんてさ‼︎ 水泳って言ったら女の子‼︎ 女の子と言えばスク水だよな‼︎」
夏にはまだ早い四月の頭から始まる初の体育授業にも関わらず、その種目は水泳だった。しかも男女混同である。
要するにこの二人は女子の水着姿と肌の露出を堂々と眺められるサービスタイムに心浮かれていた訳だ。
だが余りにもはしゃぎ過ぎていて女子の一部はドン引きしている。
その後、はしゃぎ回る二人を中心に話はドンドンと膨らみ、やがてクラス中の男子ほぼ全員が集まるまでの大きな騒ぎとなった。
どうやら博士というあだ名で呼ばれている『外村』という男子を撮影班に組み込む事で、女子のスク水姿を激写。
更には撮影したバストサイズの大きさで賭け事まで企画しているそうだ。
ワイワイと熱気を上げて女子生徒の名前をあげながら、ベットを始める大勢の男子の様はハッキリと言って異様だ。
大人しい感じの中性的な顔つきの男子『沖谷』は性欲に支配された男子達の熱狂ぶりに怯えてしまったようで慌てて距離を取っているし、普段はガラの悪い『須藤』ですら堂々と盗撮行為をしようとしているクラスメイト達に対して明らかに忌避感を示している。
それに何より、女子の視線が問題だ。
(まさに眼で殺す。と言わんばかりの視線だが……池や山内は気付いてないのか?)
騒ぎの当初はまだ一部の女子が「キモイ」や「サイテー」と囁きながら睨みつけているだけだったが、今やクラス中の女子が獣欲に駆られた男子集団に殺意と嫌悪感を抱いている事は言うまでもない。
例外なのは怯えている女子生徒を困ったような表情で慰めている櫛田ぐらいだろうか。
そんな彼女だって巨乳ランキングの上位に名指しされ、賭けの対象にされている訳だからいい気分はしない筈。
つまり、あの集団に参加することは必然的にクラス中の女子から嫌われるリスクを負う事は間違いない。
でも、何だか……盛り上がってる男集団は楽しそうだよなぁ。
(殆どの男子が集まってるし、確か下ネタって年頃の男子達が距離を縮めやすくなる絶好のツールの筈……いやいや、でも呼ばれてもいないのに今からノコノコ混じりに行って「え? 誰お前?」みたいな雰囲気になっちゃったら立ち直れないし。あーでも思い切って飛び込んだら一気に友達増えるかもしれないし)
行くべきか行かざるべきか。と、内心で頭を抱えながら思考に耽っていた俺の耳に聞こえたのは鈴の音のような声。
「哀れね」
と言うか、すっかり聞き慣れてしまった隣人からのいつもの冷たい嘲笑だった。
「……お前も来てたのか。堀北」
「数分前にね。あなたは未練がましく男子を見ていて、気が付かなかったようだけど」
改めて向かい合うとやはり綺麗な顔をしている。
他の男子から見たらこんな美少女とお話出来るのは羨ましがられる場面なのかもしれないが、口にするのは顔に似合わぬ毒舌ばかりだしなあ。
「友達が欲しくて堪らない。そう顔に書いているにも関わらず自分からは行動に移せない消極性。最初は滑稽に映っていたけどもはや憐れみを感じてしまうわ」
「お前だって友達いないだろうが」
「何度も同じことを言わせないで。私は一人が好きなの」
その割にはこうしてオレと会話してるじゃないか。なんて言葉を吐いた瞬間、物理的制裁に躊躇なく切り替えるに違いない。
氷のような冷たいお言葉を聞くに、どうやら今日も堀北節はキレ味抜群のようだ。
「おーい、綾小路ー」
堀北節にたじろいでいた時、突如として池が人垣の中から俺の名前を呼んだ。
振り向いて見ると、山内と二人して笑顔でこちらに手招きしている。
「な、なんだよ」
好機とばかりに堀北から逃げ出し、男子の集団に合流しにいく。
背後から侮蔑を込めて鼻で嗤った声が聞こえたような気もしたが。いや、きっと気のせいだろう。
「実は今俺たち、女子の胸の大きさで賭けようってことになってるんだけど……」
結局オレは誘ってくれた池の勧めるままに、楽しそうに盛り上がる男子の集団と話を合わせて適当な上位の女子生徒に一口ベットした。
なんだかんだで盛り上がった話の中で博士のプログラミングスキルが本職顔負けのレベルである事に驚いたり、山内がとある女子生徒に告白されていた(嘘が本当かは知らないが)事に男子一同食いついたり。
女子からの凍てつく視線は恐ろしくて目も合わせられなかったが、池と山内、それから外村と仲良くなれたのは大きな収穫だろう。
うん、これは彼らとの友達フラグが立ったと言えるのではないだろうか。
「うひゃあー。やっぱこの学校はすげぇなあ‼︎ 街のプールより凄いんじゃね?」
瞠目しつつ興奮の声をあげる池の言う通り、授業の会場となったホール上の巨大な室内プールは見るからに立派な作りだ。
素人目から見ても、明らかに金のかかってそうな施設だと思う。
「なあ、もし俺が血迷って女子更衣室に飛び込んだらどうなるかな?」
未だ見ぬ女体を目前にしてか、鼻を鳴らしながら池がオレにそんな事を聞いて来た。
「女子に袋叩きにされた上に退学になって書類送検されるだろうな」
「……リアルな突っ込みやめてくれよ」
「変に水着とか意識してると、女子に嫌われるぞ?」
「意識しない男がいるかよ‼︎……勃ったらどうしよう」
きっとその瞬間から卒業するその日まで、池は女子達から嫌われ続ける哀れな学生生活を送ることになるだろう。
というか、年頃の男子として異性に興味があるのは当然としても池や山内は極端過ぎる気がするのだが。
これが普通の男子高校生の反応なのだろうか。
結局この後女子がプールに入ってきたものの、殆どの女子は男子の目線を嫌がり見学席に避難していた事実に池を初めとした男子は崩れ落ちる事になる。
最もその後、大天使クシダエルの輝く笑顔と抜群のプロポーションに男子一同ガッツポーズで騒ぎ出したりしたのだが。
そんなこんなで初めての水泳授業は始まったのだ。
「大丈夫か⁉︎」
ゴリラと原始人のハーフのような体格の体育教師の提案によって開催された、賞金5000ポイントをかけた50メートル競泳。
事件は男子の予選中、山内が参加するレースの最中に起こった。
(事故か?)
山内の右隣のレーンで泳いでいた男子が溺れたようだ。
慌てて教師がプールに飛び込み、半ば引き摺り出すようにして救助に入る。
「え? 何、事故った? 誰か溺れたってこと?」
「誰だ? あれ?」
「あー、えっと確か、佐藤。じゃなかったっけ?」
「いや、佐藤ってギャルっぽい女子だろ? 別人だって。まあ、誰だか分かんねーけど可哀想な奴」
無事に予選を終えてすっかり観客モードとなってリラックスしている池と須藤の会話を聴きながら、オレは騒ぎを観察していた。
(あ、あのボサボサの黒髪に猫背の男子。オレの前の方に座っているヤツじゃないか?)
引っこ抜かれるようにして、あっという間に教師に引き上げられた小柄な男子生徒にオレは見覚えがあった。
入学当初からいつも俯く様に机をだんまりと見下ろしていて、いかにも暗そうでいかにも友達が少なそうな男子生徒。俗に言うボッチという奴だ。
友達がいないオレは彼にどこかシンパシーを感じていて、ああいう奴なら似たもの同士ということで仲良くなれるのではないか。とちょっと期待していた時期があったりする。
……もっとも須藤が平田の自己紹介を蹴った時に便乗して、彼はスルリと教室からは去ってしまった上に、見た目通りの孤独体質っぷりにその後も話かけるキッカケすら掴めずにいたのだが。
(堀北とはまた別の話しかけるなオーラが強いんだよなあ。見るからに他人とのコミュニケーションが苦手‼︎って感じで……オレも人のこと言えないけど)
結局まともに話をするどころか、互いの顔すら合わせる事もなく。現に入学してから一週間近く経った今ですら彼の名前すら覚えてないのが現実な訳だが。
結局醜態を晒した哀れな男子……体育教師の大き過ぎる必死の呼び掛けの言葉から察するに彼の名前は『サショウ』というらしい。
(体調不良を我慢してた、成程。運動が得意そうには見えないし、単純に授業をサボるのを良しとしない真面目キャラだったのか?)
見た目通りの熱血教師は想像以上に声も大きい訳で。
それによるとどうやらサショウ某くんは熱があったにも関わらず無理をして授業に参加していたらしい。
これには先生もお冠で、ありがたいお説教とお小言を賜った少年はフラついた足取りで更衣室に消えて行った。
この後は早退して保健室へ直行だろう。
明らかにサボりと思われる生徒が多数見学しているのだ。体調が悪いなら素直に見学しておけば、こうして悪目立ちせずに済んでいただろうに……
(なんと哀れなんだサショウ某くん。今度フォローの言葉をかけてあげた方がいいか? それが切っ掛けで友達になれるかも知れないし)
オレはそんな妄想に耽りつつ、未だ顔すらまともに知らないサショウくんに心の中で合掌した。
「ダッセーよーなー、あーいうの。もやし野郎がよ、白けさせやがって」
「大人しく見学してりゃ良かったのに。なぁ、綾小路?」
盛り上がっていた熱気はとんだアクシデントですっかり白けてしまったらしい。
結果的にレースを中断させた男子生徒に苛立つ須藤は舌打ちして悪態を吐き、宥めるようにして池がオレに話をふって来た。
授業直前にも池とはスムーズに会話が出来ていた訳だし、今回も気安く話しかけてくれる。
間違いない。これはもう、確実に友達と言えるのではないだろうか。
「あー、ほら。あの男子も水泳がよっぽど楽しみだったんじゃないか? ほら、池と山内が盛り上がっていたみたいに」
「何ぃ⁉︎ つまりアイツも櫛田ちゃん目当てか……クソっ許さんぞあの根暗‼︎ 須藤、アイツの名前何つーんだ⁉︎」
「俺が知るかよあんなヤツ。つーかそれこそ櫛田にでも聞けば良いじゃねえか」
「いや、別に彼が櫛田目当てだと言った覚えはないんだが……ちなみに名前はサショウだそうだ」
オレはあくまで水泳を楽しみにしていたと答えただけなのに、池の脳内ではどうやら櫛田の水着目当てのムッツリスケベと変換されてしまったようだ。
と言うかその発言は丸っきりブーメランなんじゃ……いや、別に池の場合はむっつりって感じじゃなかったな。オープンスケベだ。
冗談半分とは言え、ついさっきも女子更衣室に突撃しようとしていたし。
「誰だそりゃ? 池、お前の知り合い?」
「いやー多分、話したことも無いとおもうぜ。そいつ、綾小路の友達か?」
「いや、救命措置の時に先生が大声で呼んでたのを聞いただけだ。本人とは話した事もない」
「ほーん。綾小路って耳いいんだなー」
「別に普通だと思うが」
こうして話してる間にもレースは仕切り直され、山内を含めたクラスメート達が鎬を削っている。
とは言え大半の男子の視線の先には姦しく雑談や応援に興じる女子集団に首ったけなようだ。
こうして話している池の目線はすっかり櫛田に。もっとはっきり言うならその双丘に釘付けだ。
……流石にそこまで露骨だと嫌われるぞ?
「あーでも、まあ。気になるようだったら須藤の言う通り櫛田辺りに確認取ってみたらどうだ? あの娘ならクラス全員の名前覚えていそうだ」
「はぁ⁉︎ 何でわざわざ櫛田ちゃんに他の男の名前を聞かなきゃいけねーんだよ‼︎ そんなの嫌だね‼︎ 何つーか、こう、負けた気がする‼︎ 何かに‼︎」
「……お前は一体何と戦ってるんだよ」
池の理解不能な拘りに須藤が呆れたようなツッコミを入れる。
中身があるかと聞かれれば全くない、それこそ堀北に聞かせれば「低俗で無意味な会話」とでも切り捨てられそうな、そんな下らない会話。
絵に描いたような普通の男子高校生の日常にオレという存在が混じる事ができている事実に胸が温かくなるような達成感を覚えつつも、オレは新しい友達との雑談を楽しんだ。
それからというもの肝心の授業の方は、あれから特にアクシデントなく順調に進んだ。
平田が女子からの黄色い声援を独り占めしたり。
それを妬んだ須藤が平田の人気を叩き落とそうと闘志を燃やしたり。
そして相変わらずの変人っぷりを発揮する高円寺がブーメランパンツを履いてレースを独走したり。
あっという間に終わってしまった初めての水泳授業は非常に充実したものだった。
(想像していた以上に楽しかったな)
思い返せば浮かんできたのは天使のような櫛田の笑顔と想像を遥かに超える巨乳や、丸みを帯びたお尻から太ももにかけた生々しくも艶かしい肉感的なスタイルだったり。
なんだかんだ言ってオレに絡んできた堀北が意外にも健康的で、男子目線から見るととても魅力的な身体をしていたり。
(まあ堀北のやつがヤケにオレの全身をジロジロと観察して来たのはちょっと想定外だったが)
あとは男子全員で一致団結して女子の水着姿を目に焼き付けて、結果的に友情と結束を深めたりだとか。
(池と山内の台詞じゃないが、結果的に水泳は最高だったな。友達も出来たし。うん、友達も出来たし)
授業自体はオレ自身が特に目立つような事もなく無難にやり過ごせた。
それにきっかけはともかくとして、何よりも池と須藤の二人との仲を何気ない雑談を通して深められたのが収穫だ。
あの後は山内も直ぐに話に交ざって来たし、この三人とオレは友達だと胸を張って主張してもいいだろう。
(ごめんな、サショウ某くん。オレは一足早くボッチから脱出する事ができたんだ。会話のとっかかりになってくれた君には感謝している)
内心でそんな事を考えつつ、チラリと横を見た。
すっかり弛緩した雰囲気の教室は昼休みを迎えている。
オレの視線の先では、気の強そうな女子達が手製と思われる弁当を摘みながら大きな声で姦しく雑談に興じていた。
「あの溺れた男子。何か聞いた話によると私達の水着姿が見たいから無理して授業に参加してたって? マジでキモイよね。本当死んでほしい」
「うっわキモッ‼︎ 私は見学して正解だったわ」
「朝の賭け事とかさー。ほんとデリカシーってものが無いよね」
「マジ最悪なんですけど」
どうやら溺れてしまったサショウ某くんは見学席から見ても非常に悪目立ちしていたようだ。
すっかり彼が話のネタに。まあ、ハッキリ言えば主に悪い意味で話の中心となってしまっている。
「そのまま溺れちゃえば良かったのに。つーかあのチビ名前何だっけ?」
「知らなーい。もう溺死くん。とかでいいんじゃない?」
「うっわ酷ーい。でも本当にウチのクラスってキモイ男子多いよねー。平田くんの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」
「ほんとソレー」
池や須藤辺りから広がってしまったのだろうか。
尾ひれ背びれがたっぷりとついた嘲笑混じりのその内容にオレは思わず視線を逸らして窓の外の風景を眺めた。
女三人寄れば何とやらとはよく言ったもので、特別聞き耳を立てている訳では無いのに彼女達の雑談という形での哀れな男子生徒の公開処刑が聞こえてくるのだからたまったものじゃない。
(頑張れ‼︎ サショウ某くん‼︎ 負けるな‼︎ サショウ某くん‼︎ ボッチから嫌われ者に転落したとしてもオレだけは君にも優しくしてあげるからな‼︎)
内心でそんな決意を固めつつ嘆息。
ただぼんやりと、青空に思いを馳せているフリをした。
そうでもしないと何とも言えない同情心と罪悪感で、居た堪れない気分になってしまう。
(やっぱり事勿れ主義のオレからすれば、悪目立ちも避けるべきだな)
きっと件のサショウ某くんは水泳の度に揶揄われ、女子からは事実無根な冤罪をふっかけられる哀れな学生生活を送る事になるのだろう。
もしかしたらそれがきっかけで苛めの対象になってしまうのかもしれない。
お世辞にも民度が高いとはいえないクラスメートの様子から察するに、あっという間にイジリがイジメに激化していく可能性も無きにしも非ず。
現に人を寄せ付けない堀北も、主に女子グループからかなりの反感を買っているようだし。
……もしも彼が苛められてしまったとしたら、せめてオレだけは態度を変えずに少しでも優しくしてあげよう。
「……ん?」
そんな決意を胸にぼんやりと窓の外を眺めていた時、青空を背景にヒラリと何かがオレの視界に舞い込んだ。
(アゲハ蝶。黒いからカラスアゲハか?)
陽光を透かした黒の翅は羽ばたく度に青や赤の色彩をランダムに煌めかせ、薄地の黒硝子をベースとしたステンドグラスのように輝く様は芸術的な美しさがあり、オレは無意識の内に目を吸い寄せられた。
ほんの一瞬、オレの視界の中で揶揄うようにヒラヒラと宙を舞った大きな黒い揚羽は、あっという間に空の彼方へ消えて行く。
(……蝶の羽ばたき)
特に意味の無い言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
蝶の羽ばたき。バタフライエフェクト。
とある気象学者による「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という提言。
主に日本ではフィクションはサブカルチャー作品のモチーフにもなる有名なアレゴリー的表現の一つ。
そんな言葉が不自然なまでに唐突にオレの頭に浮かんだ。そして、ほんの一瞬で四散した。
まるでさっき見かけた蝶が、あっという間に消えてしまったように。
(水泳で疲れが溜まってるのかもな。明日は週末だし、今日は授業が終わったら早く寝よう)
悲しいことに放課後も予定がないのだから。
オレは欠伸を噛み殺しながら、再びぼんやりと窓の外を眺め続ける。
あれから暫く窓の外を眺めていたが、あの美しい蝶は二度と姿を現すことはなかった。
多分、3つか4つで綾小路視点は終わり。
感想くらさい。