ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:薔薇尻浩作

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感想返信遅れて申し訳御座いません。
一言評価、感想共に一件一件ニヤニヤしながら見ています。
本当にありがとうございます。

あ、初投稿です。


『喜劇、或いは悲劇の傍観者』4

 

四月も後半に差し掛かったある日の正午前。

待ちに待った水泳の授業がこれから始まるというのに、更衣室の中は張り詰めたような緊迫感に支配されていた。

 

 

(何なんだ。この息の詰まるような緊張感は……)

 

 

先週行われた初めての授業の時など、朝っぱらから大騒ぎの上におっぱい賭博まで開催されるお祭り騒ぎだったというのに、今日は一体どうしたと言うのか。

 

先週同様、朝早くから登校していた山内と池は再び女子の生肌を観察できる時間が訪れた事をテカテカの顔で喜んでいたというのに、授業が近付くにつれ、何かに気が付いてしまったかのようにソワソワした様子で次第に口数が少なくなり、こうして更衣室に到着した今は全くの無言である。

 

 

(いや、まあ。気持ちは判るんだが……っていうか本当にここで服を脱ぐつもりなのか? え? 大丈夫か? 後で訴えられたりしないよな⁉︎)

 

 

オレは次第に湧き上がってきた不安に従い、唾をどうにか飲み込むとあからさまに『彼』から目を逸らして明後日の方向を眺め続ける事にした。

 

須藤は脱兎の如く、というよりもその頭髪の色からして赤兎馬の如き見たことも無い速さで速攻で着替えると、『彼』の肌を決して視界に入れないようにと固い表情のまま更衣室から退散。

 

池や山内は穴が開く程にジーッとオノマトペが鳴る程の熱意を持って舐めるように。否、舐め回すようにして『彼』の身体を観察。

 

平田は気まずそうな様子で黙々と着替えているが、その顔はすっかり赤面してしまっている。

やはり彼も年頃の男子高校生だからなのか。それとも単なる好奇心を抑え切れないのか。

不自然な頻度で『彼』にチラチラと視線を送った。

 

 

(未だかつてDクラスの男子がここまで静かにしていた事があっただろうか……)

 

 

博士も、沖谷も、菊池も、本堂も、宮本も、幸村も。

それから名も知らぬクラスメート達全員が。

『彼』を意識するあまり、衣擦れの音一つたてぬ静寂さで不自然に沈黙。

五感をフル活動して一人の自称、男子生徒の様子を窺っていた。

 

 

「……」

 

 

奇妙な熱意と緊迫感が更衣室を包む中、ついに『彼』が。ついに佐城 ハリソンが脱衣を始めた。

プツリプツリとワイシャツのボタンを外す音が、広い更衣室の中に小さく響く。何で男が服を脱いでいるだけなのに、こんな背徳的な気持ちになるのだろう。

 

シュルリ。衣擦れの音。

佐城から目を逸らして正反対の方を向いているオレからはどんな様子かは分からない。

だが周囲の男子から息を呑むような呼気が一斉に漏れ出している事から察するに動作の一つ一つに妖しい色気を纏っているのだろうか。

 

ジー……。ついにズボンのチャックに手をかけたのだろう。ジッパーを開閉する音がした。

 

 

(この、えも知れぬ犯罪的かつ不安定なる感覚が興奮だなんてオレは認めないぞ。認めてしまった瞬間に『堕ちる』‼︎ 目覚めてしまってはいけない領域に堕ちてしまう‼︎)

 

 

果たしてオレは一体どうしてしまったのだろう。

自身の心臓の鼓動がやけに五月蝿い。バクバク言っている。

何故オレは同性の脱衣に対してここまで緊張しているのだろうか。

 

 

(と言うか、目を逸らして音だけ聴いているからか、変に想像しちゃって淫靡な感覚が強くなってるような……か、かと言って今から振り向くのも覗きの変態扱いされるかも。いや、相手は同性なんだから問題はないんだけど‼︎ ないんだけど‼︎)

 

 

未だかつて人生において、ここまで葛藤することがあっただろうか。

そんな勢いでもってオレが悩んでいる内に、佐城の着替えは完了したらしい。

 

バタン。とロッカーが閉まる音が響いた。

ビクリと肩が跳ねたオレが思わず振り向くと、そこには透き通る程に白い、陶器のようなツルリとした佐城の背中。

電灯に照らされる彼の肩甲骨から薄らと浮かび上がる陰影が、天使の羽根のように見えたのは幻覚だろうか。

 

 

(海パン一枚だけ⁉︎ ほ、本当に男だったのか‼︎

あの顔で⁉︎ あの美貌で⁉︎ 股間にアレが生えてるのかよ⁉︎)

 

 

結局、オレがあまりの衝撃で固まっている内に佐城は周囲の異様な圧や空気など知ったことかとばかりに、無言でプールの方へスタスタと歩いて消えていった。

 

 

「「「……」」」

 

 

さて、無音。皆、無言。で、ある。

シーンとした更衣室に残されたオレ達は、何とも言えない雰囲気のまま硬直していた。

 

 

「胸、無かったな」

 

 

ポツリと池が鼻血を垂らしながら呟いた。

 

 

「お、俺たちみたいに海パン履いてたぜ?」

 

 

山内が前屈みになって続けた。

 

次第に騒めきが生まれてザワザワと声が大きくなっていく。

そこからはもうあっという間に大騒ぎ。ポップコーンが弾ける様に爆発的な盛り上がり方だった。

 

 

「嘘だろ……マジで男なのかよ」

 

「あの顔で⁉︎ そんなのアリかよ⁉︎」

 

「オレはホモじゃないオレはホモじゃないオレはホモじゃないオレはホモじゃない」

 

「おい、お前なんでしゃがんでるんだよ⁉︎ 勃起したんじゃねーだろうな⁉︎」

 

「うるせー‼︎ お前も似た様なものだろうが⁉︎」

 

「デュフフ‼︎ リアル男の娘の破壊力パネェでござる‼︎」

 

 

阿鼻叫喚とは正にこの事だろう。

白目を向いたまま眼鏡を外してはかけ直す事をロボットのように繰り返す幸村。

あまりの衝撃に腰が抜けたのか「はわわ」とへたり込む沖谷。

真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみ込み、必死に何かを抑え付けてる平田。

姿見の前でダブルパイセップスをキメる高円寺。

 

まさに混沌。

オレ達は奇妙な熱狂と興奮に支配され右往左往するしかなかった。

だが、結論から言えばそんなゴチャゴチャした魔の時間は直ぐに終了する。

 

 

 

「そ、そこの女子生徒ー‼︎ な、なぜ半裸なんだバカモノー‼︎‼︎」

 

 

 

プールの奥から聞こえてきた熱血教師の叫び声がこだました。

注意を受けた生徒の性別が女子でない事など、この場にいたみんな知ってたが、それでも体育教師の分別ある対応と台詞にはある種の納得感がある。

 

そして今更言う事でもないだろうがこの時、恐らく男子一同、全く同じ感想を持った。

 

 

(((そりゃそーなるわ)))

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(変なこと思い出したなー。いや、そりゃ忘れようにも忘れられないインパクトだったけど)

 

 

二回目の水泳授業から数日が経過した今日。

オレは佐城をボンヤリと眺めながらそんな事を考えていた。

別にオレが同性愛に目覚めたわけではなく、座席の関係上、彼の姿は嫌でも視界に入るわけである。他意はない。無いったら無い。

 

……別に佐城の姿なんか見たくない。と強気になってまで断言したいわけでもないが。

彼の輝く様な美貌についつい視線が吸い込まれてしまい、実際のところほぼ無意識のうちにチラチラ様子を窺ったりしてる事は否定できないので。

 

 

(それにしても、見た目は激変したのに中身はあんまり変わってないのは意外だよなー。てっきり櫛田や平田みたいな人気者になるとばかりに思ってたのに)

 

 

さて、オレの中で。と言うよりもDクラス中で注目の的となっている件の佐城だったが、劇的と言う言葉が生温く感じてしまう程度の大変貌を遂げた彼が何かしらのアクションを起こす事はなかった。

何と言うか、不自然なまでに静かである。

 

佐城はイメチェン前と同様に、基本的には無口で自分からあまり他人とコミュニケーションを取ろうとはしないし、自分の席からも滅多に動こうとしない。

目元を隠していたボサボサの黒髪と、分厚い伊達眼鏡。何より老人のように屈折していた猫背が改善されたせいか陰鬱なオーラを纏うことは無くなったものの。

これを機に人を寄せ付けるようになったかと言えば、そうでは無かった。

 

 

(むしろ以前とは別ベクトルで、ぶっち切りで近寄り難くなってるしな。無理もないよなーオレも何だかんだで挨拶すらしたこと無いし)

 

 

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

美人への褒め言葉として最も有名なフレーズが陳腐に聞こえる程に、彼の美貌は凄まじい。

 

桜花爛漫、絢爛豪華、唯一無二の解語之花。

 

ただ座って読書をしている姿が、完成された芸術作品となっているのだから世界三大美人に一人追加されるのも遠い未来では無いかもしれない。

 

このクラスにも可愛い女の子や顔立ちが整った子は沢山いるが、言ってはなんだが佐城はレベルが違う。ステージが違う。

瞳を焼き、脳を蕩かす彼の美貌は見る者全てに輝く様なオーラを幻視させる。

羽化をする前のドンヨリとした暗さは皆無となったのは確かだが、あまりの高嶺の花っぷりに殆どの人間か気後れしてしまい、結果的に彼がクラスメートと会話をする姿を見せることは少なかった。

 

 

(観察していた感じでは、性格の方に難があるってわけでもなさそうなんだが。特にとっつきにくかったり、人嫌いって感じでも無さそうだし。堀北みたいなヤツと違って)

 

 

佐城本人が人付き合いを拒否している様子は無い。

積極的にという程でも無いが少なくとも隣の席に座っている生徒や、クラスの暫定的なリーダーポジションに値している平田を始めとした人気者の生徒等には笑顔で挨拶と一声程度の話題は振っているようだ。

だが、彼の笑顔は何というか……こう言ってしまえば語弊があるかも知れない上に、非常に人聞きの悪い言葉になってしまうが、紛れも無い殺人兵器なのだ。

 

 

(ほぼ初対面とは言え、あの櫛田がパニックを起こす程の破壊力の笑顔と美声だしなあ。本当に佐城ってオレ達と同じ人間なんだろうか?)

 

 

佐城の隣の席に座っている女の子。自己紹介の時の記憶を掘り返すと確か名前は『井の頭 心』だっただろうか。

彼女なんかは佐城と目があっただけで、その美貌に当てられてしまうのだろう。顔を真っ赤に茹らせ硬直してしまう。

そこに追撃をかけるようにあの天使の微笑みと共に甘いウィスパーボイスで「おはようございます」などと囁かれたら、さあ大変。

 

視覚と聴覚から強制的に接種させられた美貌と美声という名の麻薬。

多量摂取は当然のようにオーバードーズを起こしてしまうワケである。

哀れな少女は多幸感に酔わされた恍惚たる表情のままバッタリと机の上に倒れ込み、胸を押さえて力尽きてしまうのだ。

ちなみに、これはほぼ毎日繰り返される朝の日常風景となりつつあるのだから悲惨である。

 

 

(あの娘って確か自己紹介でテンパって櫛田に宥められてたよな。明らかに内気なキャラだろうし、ある意味では可哀想な娘なのかも……いや、大半の人間にはほぼ毎日佐城から声をかけられる事を羨ましがられてるっぽいから一概にも言えないけどさ)

 

 

それから平田の反応もまた、別の意味で印象に残るものだった。

佐城から声をかけられた平田はしっかりと挨拶は返している。返しているのだが、目は泳ぎ回り顔は赤く染まり、決して彼と目線を合わせようとしない。

と言うよりも、目線を合わせても何かに耐え切れなくなったように視線を逸らしてしまい、ソワソワと落ち着かない様子なのだ。

はっきり言って普段の平田を知っているDクラスの面々からすると、あまりにも彼らしくない初々しい様子が目を引いてしまう。

まるで初恋に戸惑う幼い少年のような仕草が。

 

 

(そう言えば顔を赤くした平田を山内が嬉々として揶揄ってたな)

 

 

性格も良く、ルックスも良く、運動神経も良い。

そんな平田は三馬鹿の面々からは僻み嫉みのせいで非常に嫌われている。運動神経が抜群の須藤はともかく山内と池はその傾向がかなり顕著だ。

完璧超人と思われていたイケメンの弱みを握ったとでも思ったのだろう、山内がニヤニヤと笑いながら平田に「おい平田ーお前まさかサジョーに惚れちまったのかよ⁉︎ このホモ‼︎」と絡みに行ったのは最近の事。

 

山内に絡まれた平田は当然、否定していた。

が、普段から物腰が柔らかく、それでいて常に冷静で物事を一歩引いたところから俯瞰した様子で見ているあの平田が。言い掛かりに近い暴言さながらの言葉に対し、顔を真っ赤に染めた上で慌てて必死で否定している様子。

これはどこか「ガチ」っぽいとは山内の言葉だ。

 

 

(少なくともベタベタとセクハラ発言ばかりしてる山内の方が同性愛者っぽく見える気がするんだが。まあ、アイツの場合は佐城を女の代用品として見てるだけだろうけど)

 

 

結局、その後は平田を囲んでいる女子達にボッコボコに口撃。と言うか精神攻撃と人格否定にも近い暴言で撃退された山内だったが、彼を慰めていたのは同じイケメン嫌いの池のみ。

と言うかあの時の女子達の迫力は鬼気迫るものがあったので、とてもじゃないが近寄りたくなかった。

 

オッパイ賭博の件から下りに下がった女子達による山内への好感度は零を通り越してとっくにマイナスをぶっちぎってるのだろう。

将来の平田の彼女候補ナンバーワンとも言われている軽井沢のブチギレっぷりはオレですらちょっと怖かった。

 

 

(まあ女の子から見たら狙っていたイケメンがよりによって男に。それも自分達なんかじゃ到底敵わないような美貌の男に取られるかもって考えたらプライドがズタズタになるのかもな)

 

 

佐城自身は動かない。今日も今日とて、真面目に授業を受け、今のような休み時間は静かに席に着いたまま黙々と読書に耽っているだけ。

だが、彼を中心にしてDクラスの雰囲気や人間関係がゆっくりと変化を見せ始めてるのは気のせいではないと思う。

 

チラリと廊下の方を眺めて見れば、開け放たれた後ろ扉から見慣れない生徒達が興味深そうに教室を覗き込んでいる。

 

 

「噂は本当だったんだ……Dクラスいいなー」

 

「アレで男ってマジ?」

 

「スカート履いてねーんだから男だろ。顔は完璧に女だけど」

 

「うわぁ……綺麗。あれが『姫王子』様……」

 

「マジで天使みたいな顔してんのかよ。レベル高いなDクラス」

 

「ふーんエッチじゃん」

 

 

制服の真新しさや、会話を聞くところから察するに他クラスの生徒だろう。

どうやら佐城の噂とその美貌についてはすっかり他クラスにまで広まっているようだ。

 

 

(と言っても流石に声をかける様子は無いか。Dクラスの中でも、佐城と普通に話が出来るのってほんの数人だからなー)

 

 

男子も女子も、殆どの人間が蕩けた瞳で神々しい天使の御尊容を目に焼き付けているが、決して声を掛けたりはしない。否、気軽に声を掛けるなど、とんでもない。と言わんばかりの妙な緊迫感すら感じるのだ。

佐城を生き神とした宗教でも生まれてしまうのではないか。そんな言葉がジョークで済まされない雰囲気すらある。

 

だが極数人。そんな美の化身に積極的に声を掛けに行く生徒もいる。

 

 

「あのー佐城くん。読書中ごめんね? ちょっと教えてほしいところがあるんだけど」

 

 

そう、Dクラスの元祖大天使こと櫛田のことだ。

彼女は健気にも毎日のように佐城に話しかけて、少しずつでもコミュニケーションを取りつつ、その破壊力抜群の美貌に対し耐性を得ようと努力している。

その甲斐あってか、毎日話している内に多少は慣れてきたのだろう。

今こうして英語のテキスト片手に佐城の顔を覗き込む櫛田の顔は僅かに赤面しているものの、初対面のように目が泳いだり台詞を噛んだりしていなかった。

 

 

「ああ、櫛田さん。もちろん、構いませんよ、貴女との会話はとても癒されますので、ボクで良かったらいつでもお声を掛けて下さい」

 

「あ、ありがとう‼︎ そ、そんな風に言われると照れちゃうなっ」

 

「事実、ボクにとって貴女とのお話は楽しいものですから……さて。御用件は察するに、先程の英語の授業についてでしょうか?」

 

「うん‼︎ さっきの授業の最後のところなんだけど、ちょっと難しくて……」

 

「どれどれ? ああ、この部分ですか。確かに難しい、というか和訳するには多少手間がかかる一文でしたね。先ずは単語を一語ごとに分解していきましょうか。その後は……」

 

 

美少女と美男子(なお顔貌は絶世の美少女)が肩を寄せ合っている姿は非常に絵になる光景だった。

大天使クシダエル単体だけでも可愛いのは間違いないのに、最近では『姫王子』などと呼ばれ始めた美の化身まで並んでいるのだ。

これを眼福と呼ばずに何と呼ぶのか。

 

 

「ありがとう‼︎ 佐城くんってすっごく頭が良いんだね‼︎ 教え方もとっても分かりやすかったよ‼︎」

 

「教科が英語でしたので偶々、上手く説明できただけですよ。ボクの実家では日本語と英語が入り混じって家族と会話していましたから。極端な話、慣れてしまっているだけでして」

 

「へぇー‼︎ ちょっと楽しそうだし、確かに言語の勉強には凄く良い環境なのかもっ‼︎」

 

 

 

現に男子も女子も何か尊いモノを見たかのようなウットリとした表情で二人の会話を眺めている。

ただ視界に入れているだけで心が安らぐような気持ちになる絶景なのだ。

 

佐城の隣の席に座る井の頭は瞳を潤ませすっかり心奪われ、平田と談笑していたカースト上位の女子グループですらほぼ無意識の内に視線を奪われている。

男子などは言わずもがな。櫛田の笑顔に癒される者、佐城の微笑みに恍惚とする者。

大輪の華、二人の存在は幸福の薫りを放つ、Dクラスの美の象徴となりつつあった。

 

とは言え、何事にも例外というモノはある訳で。

天使二人の和やかな談笑に無粋にも割り込む者が現れるのだ。

 

 

「よお‼︎ サジョーお前休み時間にも勉強してんのかよー⁉︎ ガリ勉だよなーそんなんだから女みてーに細くなるんだろー?」

 

「おいこら佐城。お前みてーな奴が櫛田ちゃんを独り占めしてんじゃねーぞこの野郎‼︎」

 

 

下心を一切隠す気の無く、『変態』と顔面に書いてある山内。それから彼に付き従い、難癖をつける池。

残念なことに。本当に残念なことに無粋極まりない邪魔者はオレの友人達だった。

山内はまるで友人に接するかのように気安く佐城の肩に手を置き、池はその童顔を精一杯皺くちゃにして佐城にガンをつけている。

 

山内は下心。池はクラスのアイドルである櫛田を独占している事に対しての嫉妬が蛮行の原因だろう。

そう。佐城に話しかける極少数の人間の中に含まれているのは、よりによってこの二人なのだ。

 

とは言え、それに対応する佐城の温度差は櫛田のソレと比べるまでもない塩対応な訳で。

 

 

「気安く、触らないで頂きたい」

 

 

満開の桜を思わせる春爛漫の笑み。それが山内に触れられた瞬間、一切の熱を無くした無に変わる。

 

 

「は? ……あ痛っ⁉︎」

 

「山内⁉︎ お、おいコラ何しやがるんだホモ野郎‼︎」

 

 

 

胸元から素早く黒無地の扇を取り出した佐城は小蝿を払うが如く、一切の躊躇なく山内の手を引っ張たいた。

 

あまりの豹変。あまりの温度差に側にいた櫛田の顔色は悪くなり、隣席で佐城に見惚れていた少女は怯え硬直。

友人を庇うように前に出た池も若干ビビっているのだろう。顔色はあまり宜しくない。

 

 

「何度も申し上げておりますが……ボクは男性に視姦されたり愛撫されたりして悦ぶ性癖を持っていないのですよ。山内くん、あなたの行為は唯、唯。不愉快にしか感じません」

 

 

二回目の水泳授業以降。つまり、佐城がイメチェンした後に肌を晒したあの阿鼻叫喚のイベントから。

身体も心も男だと周囲の人間に知らしめたあの日以降、山内はしつこく。非常にしつこく佐城に絡み始めた。

 

最初の頃は皮肉混じりとは言え気怠げに、それでも卒なく対応していた佐城だがやはり不愉快だったのだろう。

日が経つごとに目線は冷え、圧は増し、声のトーンが僅かに低くなり徹底的に嫌悪。否、それを超えた殺意すら周囲に振り撒いていた。

 

 

(オレも須藤も、何度か注意はしてるんだけどなあ。全く反省してくれやしないし)

 

 

普通の人間なら。少なくとも絶望的に人付き合いが苦手な部類のオレですら、佐城のような美貌を持つ人間に極寒のような視線であんな対応をされたら心折れて近付かないようになるだろう。

だが、元勇者である山内は強かった。何度でも話しかけ、何度でも身体に触れ、何度でも絡みに行くのだ。

そしてそれに付き合う池も、ビビりながらも何だかんだで山内に付き合っていた。

 

 

「それに池君。何度も申し上げている通りボクは同性愛者(ホモセクシャル)でも、両性愛者(バイセクシャル)でも、全性愛者(パンセクシャル)でも御座いません。嗚呼、言うまでもなくトランスセクシャルでも御座いませんよ」

 

「は、はあ⁉︎ 何ワケの分かんねーこと言ってんだこのホモ⁉︎ オカマヤロー‼︎」

 

「ちょ、ちょっと池くん‼︎ いくら何でも酷いよ‼︎ 佐城くんには私の方から勉強を教えてもらったんだからっ。あんまり酷いことは言わないでっ」

 

「うっ……櫛田ちゃん。でも、よぉ」

 

 

慌てて池を嗜める櫛田の行動も無理はない。

そもそも佐城が櫛田を独占している。というのも完全なる言い掛かりなのだ。

 

櫛田は入学当初から変わらず、男女問わず様々な人間とコミュニケーションを築き、皆から好かれて慕われている。

友達の少ないオレですら櫛田にほぼ毎日話しかけて貰ってる立場だ。

彼女の博愛精神と積極性には頭が上がらない。

友人の多い櫛田にとって佐城もまた、仲の良いクラスメートの一員なのだろう。

佐城と交際している訳でも無ければ、彼と一緒にいる時間が特別多い訳でもない。

ただ人目を惹きつける佐城と会話する存在が、櫛田を除けば殆どいないという現状が誤解を招く要因となっているのだろう。

尤も、そこらの事情を汲み取ったとしても池の言葉はただの言い掛かりにしか過ぎないのだが。

 

 

「ってーなサジョー‼︎ わざわざ声かけてやってんのに何しやがるんだ⁉︎」

 

「声を掛けて欲しいとも頼んだ覚えは無いのですがねぇ? まあ、確かに君の声は目覚まし代わりには有用かも知れませんね? 君の声を聴けば一瞬で目が冴えますし……嗚呼、尤も?」

 

 

佐城はゆったりと足を組み気怠げに頬杖をついた。

右手に持った扇子をゆっくりと広げ、口元を覆い隠すポーズはいつか見た時以上に、貴族の令嬢めいて見える。

嫌悪に染まるその表情ですら影ること無いその美貌は今更か。

 

 

「どんな悪夢に魘されるよりも、最悪な気持ちで目覚める事になるでしょうが……櫛田さん。春の陽気で寝過ごし易くなるこの季節、彼の声を目覚まし時計に録音するのは如何ですか? 確実に目が覚めますよ? 間違いなく、ね?」

 

 

ありったけの侮蔑と毒を皮肉に混ぜ込んだ佐城のジョークに笑いを浮かべる人間はいなかった。

櫛田は困った顔で辺りを見回し、山内と池に関しては恐らく彼の嫌味にすら気づいていない。

何となく馬鹿にされた。そんな雑な空気感すら感じ取れぬ山内と池はポカンとした顔をしている。

 

 

「それと池君。先程も言った通りボクはストレート。俗に言うノンケな訳ですが、それでも君は信じられない? ええ、御心配なく。仮に、仮にボクが同性愛者だったとしても貴方と山内君は一切心配することは御座いません。理由? ええ、単純明快ですとも」

 

 

クスリ。と、態とらしい笑みを浮かべた佐城は、器用に片手でもってパタリ畳んだ扇子を池の眼前に突きつけ、揶揄うようにこう言い放った。

 

 

「女に相手にされない負け犬は。同性からも相手にされないからですよ」

 

 

間抜け面で固まっていた池と山内。

彼らの顔が次第に真っ赤に染まり、噛みつこうとしたその瞬間に鐘が鳴った。

間もなく午後の授業を担当する教師が入室。こうして授業が始まるも、山内と池は大声で佐城の悪口を言っている。

 

それを周囲の人間にどのように映っているかは一切考えずに。

 

現に愚痴られている須藤は困った表情のまま、周囲の様子を見回している。

山内と池が佐城を悪く言う度に、周囲の生徒から射殺すような視線が飛んでいるのに彼らは気づいていないのだろう。

 

 

(友達選び。失敗したかもなー)

 

 

そんな思いで嘆息。

 

なんともやるせない気持ちで時間を過ごす中、紆余曲折ありつつ。

櫛田から堀北と友達になる為の無謀な作戦の繋ぎを頼まれたのは、その日の放課後の事だった。

 

 




番外編はBクラスルートに決まりましたーアンケートありがとうございます。


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