ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:ケツマン

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13000文字超えたから初投稿です。
感想返信遅れて申し訳ありません。時間かかってもしっかり返信致します。とっても嬉しい‼︎


『喜劇、或いは悲劇の傍観者』5

 

「櫛田さん、あなたが無理に私に関わらなければ、私は何も言わない。約束する。あなたはバカじゃないのだから、この発言の意味が分かるかしら?」

 

 

冷たい視線で櫛田にそう言い放った堀北は「それじゃ」と一声かけて店を去って行く。

在学生御用達の喫茶店『パレット』の喧騒の中で、テーブル席にオレと櫛田だけがポツンと取り残されてしまう。

言うまでもない。作戦は大失敗だ。

 

 

「失敗、だったな。助け舟出そうと思ったけど無理だった。あいつは。堀北のやつは孤独に慣れ過ぎている」

 

 

オレはしょんぼりと眉を落とす櫛田に声をかける。何というか、最初からこうなる予感もしていたのだ。

 

 

「ううん、協力してくれてありがとう綾小路くん。だけどごめんね。結局、私のせいで堀北さんに嫌われるような真似をさせちゃって」

 

「いや、まあ。気にするな」

 

 

ことの発端は数日前の放課後。櫛田からの相談事からだった。

簡単に言うとクラス全員と友達になりたい。という彼女の野望を達成する為にも、特に難易度の高い堀北への繋ぎをオレにとって欲しい。というもの。

ちなみに何でオレにそんな話を持ちかけたかと言うと、これは単に堀北がオレ以外の人間と一切会話をしようとしないからだ。

こんな言い方だとオレが堀北に特別扱いされているように思えるかもしれないが、オレとの会話だってかなり嫌々感がある。

 

現に入学当初は櫛田を始めとしたコミュ力が高い何人かのクラスメートが堀北に笑顔で話しかけたりしていたのだが撃沈。

というか堀北からの暴言にも近い拒絶の言葉で両断されてからは、それが原因で大半の人間が彼女を嫌ってしまっていた。

それでもめげずに何度も声をかけているのは、もはや櫛田ぐらいだろう。

 

 

「テーブル席二つも占領しちゃうと、お店に悪いからそっちに詰めてもいいかな?」

 

「お、おお。勿論だ」

 

 

堀北が孤独を愛しているのは知っているし、櫛田も何故か堀北に対しては強引に距離を縮めようと不自然な『焦り』が見えたりだとか。

平和ボケしたオレの目にすら引っかかる部分はあったものの、以前にもクラスの中心人物となりつつある好青年の平田から、女子生徒の間で堀北が煙たがられて孤立している旨の忠告をされていた。

その時は好きで一人でいるんだから放っておけばいいのに。と思って実際にその旨を平田に伝えている。

だが櫛田からのお願いをきっかけに改めて考えてみた時、確かに最近の堀北の嫌われっぷりは少し危機感を覚えるレベルでヤバかった。

 

毎日のように笑顔で声をかける櫛田に対し、堀北は敵意と嫌悪に満ちた冷たい当たりを繰り返している。

当然その光景はDクラス中の生徒達が何度も目にしているわけで、結果的に男女問わずクラス中のヘイトをどんどん集めていた。

敵意に満ちた視線の圧は隣の席であるオレにも伝わって来るほど、強くなりつつある程に。

 

そんな諸々の事情もあり、オレが堀北をカフェに誘って後から櫛田が偶然にも隣のテーブルに着いて合流。という作戦を立てたのだが結果はこの様である。

 

 

「堀北さんとはまだ仲良くなるのに時間がかかりそうだけど……せっかくの機会だもんね。綾小路くんともお喋りしたいなっ」

 

「あー、だな。オレも櫛田とは一度ゆっくり喋ってみたかった」

 

「えー? それ本当にぃ? 実は私よりも堀北さんと二人っきりの方が良かったって思ってない?」

 

「無いぞ櫛田。それだけは無い。絶対に無い。山内に彼女が出来るレベルで有り得ない仮定と言っても過言ではない」

 

 

とは言え、こうしてクラスのアイドルである櫛田と二人っきりでオハナシ出来るのは役得だな。

 

 

「そ、そこまで……って流石に山内くんが可哀想な気が」

 

「逆に聞くが櫛田。今のあいつを好きになってくれる奇特な女の子がうちのクラスにいると思うか? 恋愛経験の無いオレからしても相当だぞ?」

 

「えーと……。な、何か軽いモノでも頼もうか?」

 

(あっ、流石の櫛田も逃げたな)

 

 

欧米の一部では異性と二人きりで出掛けることをデートというらしい。例えそれが特別な関係の人でなくともだ。

つまりこれは広義的な意味では突発的なデートとも言えるのでは無いだろうか?

……後で池や山内にバレて殺されなければいいが。

解散する時にでも他言無用で頼む。と櫛田に釘を刺しておこう。

さっきまで此処にいた堀北については……別に話を広げる心配は無いだろう。

そもそもあいつに話をする相手がいないだろうし。

 

 

「えへへ。実は男の子と二人っきりでこういう所に来ることって滅多にないからちょっと新鮮なんだ」

 

 

注文した苺のタルトを摘みながら、櫛田は弾んだ声を零しながら悪戯めいた表情でテヘッと笑った。

大天使クシダエルというよりも、今日は小悪魔モードらしい。

オレみたいなコミュ障男にそういう台詞はとても危険だからやめて欲しい。諸事情あってポーカーフェイスには自信があるが、顔が赤くなってないか不安になる。

全く、うっかり惚れてしまったらどうするつもりなんだっ‼︎

 

 

「そうなのか? 男子から人気の櫛田なら何度も経験あるものかと思ってたな。現に池や山内とかが何度か誘っていたじゃないか?」

 

「人気って大袈裟だよー、みんな大事な友達だから。……うーん、確かに二人きりで。って誘ってもらう事はあるんだけど、結局はグループ単位で遊ぶことになることが多いかな? 予定がダブっちゃったり、計画立ててる時に他の人が合流したり」

 

「ああ。なるほど」

 

 

櫛田は男女問わず人気者だ。普通は男子からチヤホヤされる女子は同性からの嫉妬を買って嫌われてしまうもの。というのがオレの聞き齧った程度の知識なのだが、櫛田の場合は持ち前の明るさとコミュニケーション能力でどんな女子とも明るく笑顔でお話ししている。

気が強く声が大きい、女子グループのリーダー格となりつつあるギャルの『軽井沢』とすら仲良くしているのだから、大したものである。

 

ちなみにオレは軽井沢どころか堀北と櫛田以外の女子とまともに会話したことが無い。

……別に哀しくなんかないさ。

 

と、一人哀愁に浸っていたオレだが先ほどの会話でちょっとした事が気にかかった。

 

 

「ん? それでも滅多に無い。って言ったってことは、ゼロでは無いんだよな? 入学してから一回ぐらいはあったのか?」

 

「あ、うん。一回だけね。佐城くんのオススメの喫茶店でね。御馳走になったの」

 

「あー。なるほど、佐城か」

 

 

今回のアクシデントのような偶然を除けば、常に人の輪に囲まれている櫛田が異性と二人きりでいる事はかなり珍しい。

ついつい気になって尋ねてしまったが、その相手を聞いてオレは妙に納得した。

 

 

「確かに佐城とまともに会話できるのって櫛田だけだもんな」

 

「うーん。そうなのかなぁ? 佐城くんって確かに近寄り難い雰囲気はあるけど、優しくて紳士だよ」

 

「あの雰囲気というか、オーラはな……」

 

 

Dクラス一。否、もはや学年一の美貌を持つと学校中に広まった美の化身と言うべき『男子』生徒。その名は佐城 ハリソン。

そんな彼は常日頃から月光のような神々しいオーラを放っている為、なかなか周りに人が寄って来ない。

その一挙一動に興味津々なのはDクラスの殆どが頷くことだろうが、あまりにも高嶺の花に過ぎ、話しかける人間すら稀なのだ。

そんな佐城の唯一の友人が目の前にいる櫛田であることは既に周知のこと。

 

 

「それにこの前、心ちゃんとみーちゃん……あ、井の頭さんと王さんのことね? 二人を誘って佐城くんとカラオケに行ったの。それから結構打ち解けてくれて、今ではみんな仲良しになれたよ」

 

「あー。言われてみたら確かに今朝の佐城は数人の女子と話していたな」

 

 

休み時間、下界の民のことなど知ったことか。とばかりに、一人本の虫と化すのが定番の佐城。

だが今朝のホームルーム前の空き時間などは珍しいことに隣席の少女と、ツインテールが特徴の小学生にも見間違える程に小柄な少女と共に、英語のテキスト片手に何やら話し込んでいた。

教科書よりも佐城の顔に釘付けだった井の頭の視線と、それを苦笑いで嗜めるもう一人の女の子の姿が印象的だった朝の風景は、カラオケがきっかけで友情を深めた事が原因らしい。

……ん? ちょっと待てよ?

 

 

「……って、カラオケ? え? まさか佐城も歌ったのか?」

 

「うん。佐城くん、最初は遠慮していたんだけどね。心ちゃんが是非に‼︎ って凄い剣幕でお願いして。普段は大人しい娘だから、私たちも押しの強さにビックリしちゃった」

 

 

席が隣という理由で毎朝、佐城から声をかけられてはその美貌と美声に泥酔してオーバーヒートを起こしてぶっ倒れている姿が日常と化している、幸運なのか不運なのか判断が難しいポジションにいるのが井の頭という少女だ。

そりゃ毎日あの美神が隣に座っていたら、その神威に当てられるのも無理はないわけで。

 

 

「……まあ、その。明らかに佐城のファンだからな。井の頭って」

 

「あ、やっぱり綾小路くんから見ても分かるんだ?」

 

「うちのクラスのやつなら全員なんとなくは察してると思うぞ?」

 

「あはは……だよねぇ」

 

 

ぶっちゃけオレは井の頭と話をしたこともないし、彼女からして見たらオレの顔と名前すら覚えていない程の希薄な関係だと思う。

だがそんなオレから見ても、井の頭という少女が佐城に特別な感情を向けているのは明らかだった。

それが恋なのか憧憬なのか。もしくはDクラスの美を司る生き神様に対する崇拝なのかまでは分からないが。

……というか授業そっちのけで隣の席をうっとりした表情で眺めてる様子を見れば誰だって気づくと思う。

 

 

「にしても、佐城の歌か。少し気になるな。何となく上手そうなイメージはあるんだが」

 

 

挨拶一つで初対面の人間の魂を揺さぶる程の驚異的な美声を持つ佐城だ。

果たしてどんな歌声なのか興味を持つのはおかしいことじゃ無いだろう。

 

 

「佐城くんの歌は……うん。凄かったよっ‼︎」

 

「へえ。櫛田がそこまで言うならいつか聴いてみたいな」

 

「凄かったよー……凄く凄いんだよ……いやマジで凄い」

 

「櫛田?」

 

 

何故か櫛田の目からハイライトが消えて表情も薄くなり、それでいて口元だけが不自然に小さな笑みを浮かべている。

どうしたことか様子がおかしくなってしまった。

コミュ障気味のオレには分からないが、触れてはいけないナニかに触れてしまったのだろう。

 

 

「凄い、凄かった……ただの歌なのに凄いの……鳥肌が立って涙が溢れそうになって……すごくすごいの」

 

「櫛田? あのー、凄いのは分かったから、ちょっと落ち着いた方がいいんじゃないか?」

 

 

次第に俯いていく櫛田の顔はベットリと暗い陰に覆われ、ついには何か身体がプルプル小さく震え始めた。え、なにこれ怖い。

 

 

「スゴイスゴイスゴイ……意味わかんない……顔もすごい声もすごい……それでいて歌もすごいとかマジでなんなのよアレ……反則よ反則……存在がすごい反則すごい……‼︎」

 

「く、櫛田さーん? もしもーし⁉︎」

 

「サショウクンスゴイサショウクンスゴイサショウクンスゴイサショウクン……」

 

「おい櫛田⁉︎ 戻ってこい⁉︎ 何かぶっ壊れたロボットみたいになってるぞ⁉︎」

 

 

オレは彼女のトラウマでも踏み抜いてしまったのだろうか。

何となく櫛田という少女の中に潜む心の深淵を覗き込んでしまった気分である。

 

 

(一体どんだけ凄かったんだよ佐城の歌声⁉︎)

 

 

結局その後、サショウクンスゴイBotと化した櫛田が再起動するまでには結構な時間がかかった訳で。

 

ハッとした表情のあと、咳払い一つ。

櫛田は瞬時に表情を変え、ペカーっと音が鳴りそうなあざとい笑顔になり「今日はちょっと調子が悪かったみたい。えっと、さっきのは私と綾小路くん二人だけの秘密にして欲しいなっ。お願いっ‼︎ ね?」とオレの両手を手に取るとギュッと握りしめながら甘い声でおねだり。

先程までのホラーシーンを強く。それは強く強く、口止めしてきた。

こうしてオレはあまりの櫛田のあざと可愛いさと、彼女の両手の柔らかさに陥落。

無言のまま何度も首を縦に振りまくる事になった。

 

……決して「誰かに話したらどうなるか分かってるんだろうなぁ?」という地獄の底から響くような幻聴と、ギチギチと音を鳴らしながら全力でオレの両手を握り潰そうとする櫛田の圧に屈したわけでは無い。

 

無いったら無いのだ。

 

 

(さっきのは幻聴。うん、間違いない。決して櫛田の内心がドス黒いなんてことは無い。大天使クシダエルが実は腹黒なんて有り得ない話……無いよな?)

 

 

こうして、突発的な櫛田との喫茶店デートは何とも微妙な後味で終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堀北友達作戦。及びその失敗から突発的に発生した櫛田との喫茶店での会話から数日が経った。

相変わらずDクラスは騒がしく、それでいて平和な日々が続いていたが、ゆっくりと人間関係に変化があった。

 

 

「ねぇねぇ軽井沢さん‼︎ 平田くんとはどこまで行ったの⁉︎」

 

「いやいや、まだ付き合ったばかりなんだからどこも何も無いでしょ? でもデートは特別な気分になれて悪く無いわね。ねー、平田くんっ」

 

「うん、そうだね軽井沢さん。最近は敷地内の施設を探索がてら回ったりする事が多いかな。でも二人きりの時間は新鮮で楽しいよ」

 

「うわー超ラブラブじゃん。羨ましいー‼︎」

 

「私も彼氏欲しいなぁ……」

 

 

まず一番のニュースと言えばクラスのリーダーとしてポジションを確立した、爽やかイケメンのサッカーボーイである平田に彼女が出来たのだ。

お相手は納得の軽井沢。女子のクラスカーストでも上位に立っていた強気なギャルで、顔立ちも整っていてとても可愛い女の子だ。

クラス一のイケメンと女王様がカップルになった事に嘆く者もいれば、興味津々に恋バナを聞き出そうと、はしゃぐ者もいる。

Dクラス初のカップルの誕生に、ただでさえ騒がしかった教室内はいっきにお祭りムードとなった。

 

ついでにキャイキャイと騒ぐ女子集団が大量に発生したせいで授業中の雑音の音量が上がる訳で。

そのことに対して、加速度的に堀北の機嫌が悪くなって、八つ当たりに遭うオレはだいぶ可哀想だと思います。

 

 

それからもう一つの大きな変化。

黒革に包まれた文庫本と黒い扇子の組み合わせがすっかりトレードマークとなりつつある魔貌の美少年。

姫王子なるあだ名でその美しさが讃えられている佐城の友人とも言える親しい存在が、ついに櫛田以外にも増えた事だろう。

 

「……以上の事柄からこの計算式の解はX=7、Y=5となります。井の頭さんのお役に立てたなら幸いなのですが」

 

「あ、ありがとう‼︎ さ、佐城くんって英語だけじゃなくてどんな科目も得意なんだね?」

 

「いえ、まさか。理数系に関してはあまり自信が持てないので普段からの予習復習が欠かせませんよ。勉強はハッキリと言ってしまえば暗記と慣れ。この二つを徹底してしまえば大概、何とかなるものですから」

 

「そ、それは頭が良い人の発言だよ佐城くん……わ、私は普段の授業も全く分からないのに。どうしよう、みーちゃん?」

 

「えーと……心ちゃんはまず授業に集中する事から始めた方がいいんじゃないでしょうか? その、しっかりと正面を向いて」

 

「うぅ……それは言わないでえ」

 

 

お隣さんでもあり、元々佐城の大ファンでもあった『井の頭 心』。

その友人でみーちゃんというあだ名で周りから親しまれている『王 美雨』。

この二人に櫛田が合流すれば佐城グループとでも名前のつきそうな仲良し面子の出来上がりだ。

 

この二人はもともと櫛田と特に仲の良い、大人しめで自己主張の少ない女子だ。

普通に考えれば、櫛田が中心となり元々仲の良かったグループに孤立していた佐城を迎え入れた形。となる。

筈なのだが、美少女達に囲まれているにも関わらず、一番輝きを放ち周囲を魅了しているのが佐城なのだ。

特に本人は意識していないだろうが、周囲の人間からはグループのリーダー格扱いされている事については今更言うまでも無いことだろう。

 

 

(男子は平田のお陰でカーストとかはあんまり意識しないで済んでるが……女子はこう、何というか格付けとかあるんだろうな)

 

 

 

家庭の事情で『一般的な』学校生活を送ってこなかった。というか現実には不登校を強いられていたオレからするとスクールカーストという概念は知識としては知っていたが、その輪郭は不明確でボヤけていた。

だがこうして普通の学生として高校生活を送ることで漸く実感してきたが、興味深さもあれば面倒臭さも感じる。特に女子はその傾向が顕著だ。

 

 

(元々トップにいた軽井沢が平田とくっついた事で女王の地位を確固たるものとした。これで女子は軽井沢と櫛田の二強になるのか)

 

 

軽井沢の他にも影響力という面で圧倒的に強いのが櫛田だ。

彼女は特定の派閥に属することもなく、どこまでも中立でいながら誰とでも友好的である。

気の強い女子グループも、大人しい女子集団も、孤立気味の生徒にも。

明るい男子にも、女子に嫌われがちな男子にも、そしてオレのようはコミュ障にも平等で優しい。

 

集団としての強さなら軽井沢に軍配が上がるが、個人の影響力で見れば圧倒的だろう。

現にあの唯我独尊自由人の高円寺や、美の化身である佐城とも笑顔でコミュニケーションを取っているのだ。

他クラスにも友達が多いらしいし、軽井沢とは別のベクトルでカーストの最上位に輝いている。

 

 

「ごめんねみんなっ‼︎ ちょっとだけ時間を貰ってもいいかな⁉︎」

 

 

だからこそ、そんな櫛田が頭を下げてまでクラス全員に向かい話を聞いて欲しい。と、お願いした時に誰も反抗しないのは至極当然のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

その日は三回目の水泳を控えていた日の朝。ホームルームまであと十分そこらといった隙間時間での事。

殆どの生徒がすでに登校していて、思い思いの過ごし方で学生生活を謳歌している。

そんな中で櫛田がちょうど教室の真ん中で、声を張り上げたものだから一斉に注目が集まった。

もちろん席について堀北の毒舌をやり過ごしていたオレも彼女に目線を向ける。

するとそこには珍しいことに、櫛田の隣に平田までもが真剣な面持ちで立っていた。

Dクラスにおける男子と女子の両トップがシリアスな表情で並び立つ様は、事の重大さを予感させる。

 

 

「いきなり時間を取ってもらってごめん。今日はクラスのみんなに相談したい事があるんだ」

 

クラスメート一人一人の瞳を見つめるように、ゆっくりと周囲を見回しながら平田が一歩前に出る。

どうやら語り部のメインは櫛田よりも平田らしい。

凛々しい顔をほんの少しだけ険しくさせた平田は、軽やかなテノールに感情を込めて語り出した。

 

 

「今から話すことはクラスの今後にも関わることになるから、みんな一度しっかり考えて欲しい。それは普段の授業態度について」

 

 

授業態度。という単語が口から出た瞬間、大半の人間が嫌なことを聞いたとばかりに顔を顰めた。

平田の恋人である軽井沢や、彼女と親しい篠原や森といった女子。

三馬鹿を始めとして本堂や菊池といった明るい男子。

 

皆に共通している点は言うまでもなく授業をまともに聞くどころか自由に騒ぎまくり、不真面目な態度をとっている事だ。

尤もDクラスの大半は似たような者で、しっかりと授業を受けている人間の方が極小数という状況なのだが。

 

すわ説教でも始まるのか。そんな雰囲気に反射するように席を立とうとした須藤の動きを止めたのは、話を続けていた平田の口から聞き逃せない言葉が出たからだろうか。

 

 

「それから、入学と同時に僕たちに支給された現金代わりのポイント。これらが減少する可能性がある。そんな情報を得たからなんだ」

 

 

ポイントの減額。その言葉を各々が噛み砕いて理解した瞬間、困惑と焦燥をない混ぜにした騒めきが起こった。

 

 

「ひ、平田くん⁉︎ ポイント減るってどういうこと⁉︎ 毎月一日に10万ポイント貰えるって話だよね?」

 

「おい、冗談寄せよ‼︎ てかポイントと授業態度って全く違う話じゃねーか⁉︎」

 

「櫛田さんに平田くんっ‼︎ 一体どういう意味⁉︎」

 

 

瞠目し掴みかからんとばかりの勢いで平田に問いかけるクラスメートの数々に櫛田が「落ち着いてっ‼︎」と声をかけた。

鶴の一声ならぬ天使の一声にどうにか暴動は防げたものの、不穏な空気は未だ漂っている。

「ありがとう」と短く櫛田に感謝を告げた平田は真摯な面持ちのままオレ達Dクラスの面々に語り始めた。

 

 

「匿名で情報があったんだ。毎月貰えるポイントは増減する事。それから今月振り込まれた10万ポイントは入学を果たした僕達の将来への期待に対してのもの、という事。つまり、学校側の期待を裏切るような不真面目な行為をしてしまえば……」

 

「期待を裏切ったと学校側から見なされて支給されるポイントが減額する。平田はそう言いたいわけか?」

 

 

平田の言葉を引き継ぐように意見を述べたのは幸村だった。

心ない女子生徒達にガリ勉と嘲笑されている彼だが、見た目通りの頭の硬い部分はあるもののDクラスの中では珍しく授業を真面目に受けている優等生だ。

彼も常日頃のクラスメート達の授業態度に思うところがあったのか、何処となく平田の言葉に好意的な色合いが見える。

 

 

「その通りだよ幸村くん」

 

「でも、平田くん。その、言いづらいけど、根拠っていうか……証拠みたいなものってあるの? 授業態度がポイントに関係するっていうハッキリした証」

 

「うーん。茶柱先生がわざわざ嘘をついたとは思えない、よね?」

 

「ただの考え過ぎだろ。高校だからちょっと緩いだけだろ。義務教育じゃねーんだから」

 

「そうそう。大体匿名の情報って何だよー。誰だか分かんねーけど悪戯で言ったんじゃねーの」

 

 

やや言いづらそうな雰囲気で普段から平田を囲んでいた女子の一人『篠原』が反論すると、それに追従するように不真面目な人間達が続いた。

だが平田は怯むことなく、反論する生徒一人一人に寄り添うかのような誠実さを込めて落ち着いた様子で続けた。

 

 

「情報を提供してくれたのはクラスのとある生徒だよ。本人はあまり目立ちたく無いこともあってか櫛田さんを通して意見をくれたんだ。僕は同じクラスの人間が嘘の情報を流した。なんて考えたくは無い。第一、そんなことをしても意味は無いだろうからね」

 

「え、櫛田ちゃん経由ってマジ?」

 

「そうなの櫛田さん?」

 

 

やはりここでも櫛田の影響力は強いようで、平田の口から彼女の名前が出ると、クラスの視線は再び彼女に集まった。

櫛田は少し緊張した様子でコクリと小さく頷いた。

 

 

「うん。『あくまで推測でしかないけど、この学校の理念を考えると教師達が素行の悪い生徒達を放っておいているのは、一種の試験。その試験の結果によって実力を測ってポイントの支給額に反映されるのでは?』っていう意見を貰ったの」

 

「理念? 試験?」

 

「なんだそりゃ? つーかソイツに説明させりゃいいじゃん」

 

「ご、ごめんねっ……人前で話すのは苦手な人に、私が無理言って話を聞き出した形になるからオフレコって約束なの」

 

「あ、ああ。別に櫛田ちゃんを責めているワケじゃねーよ⁉︎」

 

「そうそう」

 

 

情報提供者を炙り出そうとする声も櫛田の一声ですっかり鎮火する。

オレは座席に座りながらボンヤリと櫛田の言葉を反芻していた。

 

 

「筋は通っているわね」

 

 

ちょうどその時、本当に珍しいことに隣の席からこちらに語り掛ける声がした。

チラリと視線を移すと、堀北が櫛田と平田の方向をジッと見つめ何やら考え込んでいた。

 

 

「珍しいな。お前が櫛田や平田の意見を支持するなんて」

 

「勘違いしないで頂戴。私が支持しているのはあくまで彼女らに情報を提供した第三者についてよ。それが誰だかについては興味はないけどね」

 

 

ギロリ。と音が出そうな眼光でこちらを睨んだ堀北はオレの素朴な疑問を端的に切って捨てた。

こいつも顔は可愛いんだから櫛田ほどとは言わなくてもせめて佐城程度にはコミュニケーション能力があれば人気者になれただろうに。

 

 

「……何かしら。その不快な視線は。場合によっては物理的制裁を加えた上にセクハラで訴えることも辞さないわよ?」

 

「見ただけで私刑って酷すぎるだろっ、しかもその後訴える気マンマンだし。あれだ、ほら。情報提供者っていうのは本当にいるのかな? って思っただけだ。櫛田や平田本人の意見なんじゃないかと疑ってな」

 

「あり得ないわね」

 

 

敵意剥き出しの堀北からの制裁宣言を誤魔化す為、慌ててそれっぽい疑問をでっちあげるも堀北はまたもや即座に断言した。

 

 

「問題を先送りにして病的なまでに、お友達ごっこを他人にまで強制する人達よ。平田君や櫛田さんのようなタイプがリスクを背負ってまでお友達を律する為に苦言を呈する。なんて殊勝な真似ができる筈ないわ」

 

「お、おう。想像以上にボロクソ言うな」

 

「事実だもの。そもそもあの二人の意見だとすると時期があまりにもおかしいわ。わざわざ学級崩壊するまで待ってからあんな注意をしたって意味がない。それこそ授業に慣れて、緊張感が緩和した直後にしないと焼石に水……いえ、具体的な証拠が無いのなら火に油を注ぐ行為よ。平田くんも櫛田さんもそれが分からないほど馬鹿じゃないでしょう」

 

「ああ、なるほどな」

 

 

確かに堀北の意見は正しい。平田や櫛田が自分の意見で授業態度を注意したとするなら、幾らなんでも遅すぎる。

現に証拠も無いのに適当言うな。という旨のブーイングが平田に雨霰と注いでいる。

それでも必死に声を張り上げて説得している様子は大したものだとは思うが。

 

 

「今だって授業を真面目に受けている人だっている。それに櫛田さんが相談してくれたように来月以降に支給されるポイントが変動する可能性だってありえると思うんだ。

だからこそもう一度初心に帰って、僕たちは授業態度を見直すべきだと思う」

 

 

そこまで言い切った平田の言葉を遮るようにガンッと机を蹴りつける音が響いた。

険しい顔でメンチを切った須藤の仕業だ。

 

 

「チッ‼︎ っせーな‼︎ なんでテメェにそんな指図されなきゃなんねーんだよ‼︎」

 

 

あまりの剣幕と怒声に一瞬、静まり返った教室だが須藤の怒りの声を皮切りに大義を得たとばかりに再び反論の声が上がった。

 

 

「そーだそーだイケメンな上にいい子ちゃんぶりやがって」

 

「証拠を出せよ証拠をー」

 

 

池、山内が便乗するように発言すると、周囲のクラスメート達も先程よりも勢いを増して反論。

櫛田が必死に声を張り上げておちつかせようとするも、もはや収拾がつかない様子。

だがまあ仕方ない。幾ら何でも時期が悪すぎる。

 

 

「件の情報提供者とやらも、もう少し早く動いてくれれば良かったと言うのに。はぁ……全く、使えないわね」

 

 

嘆息と共に吐き捨てるような堀北の言葉は相変わらず辛辣だ。

暴動一歩手前となった騒ぎがどうにか収まったのはタイミング良く始業のチャイムが鳴ったおかげだろう。

鐘の音と殆ど同時に茶柱先生が入室し、ホームルームの開始を告げると頭に血が上っていたであろう面々も渋々と言った様子で席に着いた。

 

 

「席に着く様に……と言いたいところだが既に着席しているな。担任としては今後も続けて欲しいが、どうやら様子がおかしい様だな? 何かあったのか?」

 

 

最近のDクラスはホームルームだろうが授業だろうがお構い無しに喧騒が弾け回っていた為、こうして大人しく教師の話を聴いているのが意外だったのだろう。

面白いものを見たような目をした茶柱が生徒を一瞥する。

 

 

「先生。ホームルームの前に、質問したいことがあるのですが」

 

 

すかさず平田が手を挙げた。先程の議題を質問という形で先生に共有し、正誤の判断を下して貰うためだろう。

 

 

「うん? どうした平田。今朝は特に連絡事項も無いからな。疑問に思ったことがあるなら遠慮なく質問して構わない」

 

「はい。来月以降に振り込まれるポイントについて、どうしても確認しておきたいことがあるんです」

 

「……ほう」

 

 

益々持って面白い。そんな内心が透けて見える笑みの茶柱先生は無言で頷いて平田に続きを促した。

ここまで来ると周囲のクラスメートも無言で二人の様子を眺めている。

チラリと隣に視線を送る。堀北ですら真剣な顔で茶柱先生に射抜くような視線を向けていたのが印象的だった。

 

 

「来月の支給ポイントは幾つでしょうか? 今月は10万ポイント支給されました。ですが来月以降のポイントの支給額は、ここから減額される事が有り得るんでしょうか?」

 

「……」

 

 

一瞬、茶柱先生の頰が震えた。湧き上がる歓喜の炎を必死で抑えつけるようなポーカーフェイス。

今の平田の質問が茶柱先生の心の琴線にでも触れたのか。そしてそれを誤魔化すように、決して誰にも悟られぬように作ったような明るい声を張り上げた。

 

 

「お前が何を心配しているか知らないが初日の説明通りだ。ポイントは毎月一日に振り込まれる。もちろん校則違反や問題行為の罰則として減額や没収の処置が施される場合もある。だが『当校の生徒として相応しい生活を心がけていれば』要らぬ心配だろう」

 

 

普段はクールで生徒に無関心な気質にも見える茶柱先生からは考えられない程に、優しく親しみやすい語り口。

だからこそその態度はあまりにも分かりやすい。

……まるでこう言っているようだ。「答えは言えない。私の態度で察知しろ」と。

 

 

「⁉︎……先生っ、それは‼︎」

 

 

現に平田は先生の言葉の真意に気付いたのだろう。オレは瞬時に視線だけで持って周囲を観察すると何人かの生徒は平田のように瞠目していた。

先程までまた平田と共にクラスメートに説得していた櫛田。その友人である王と井の頭。

幸村に……あの女子は松下だっただろうか?

すっかり顔色を悪くし、最悪な未来を予想しているようだ。

きっと彼らはこのクラスの中でも比較的、優秀な気質を持っているのだろう。

 

だが、残念な事に大半の生徒はそれ以外。つまり、お世辞にも優秀とは言えない鈍感な気質の持主が多いのだ。

 

 

「なんだよ‼︎ さっき平田の言ってたこと、普通に間違ってるんじゃねーかよー‼︎」

 

 

茶柱先生の言葉を『真正面』から受け取ってしまったのだろう。

平田の失態を嘲笑うかのように山内が大声で囃し立てた。

それに続くように、男子も女子も安堵した様子で好き勝手に騒ぎ始めた。

 

例外は失望したように人知れず溜め息を漏らす茶柱先生。それから先程観察した一部の生徒。

 

 

「確定。ね」

 

 

そしてオレの隣人、堀北だった。

 

 

「確定って、どっちの意味だ?」

 

「あなた、そんな事も判らないの? 先生が言っていた通りの意味よ。態とらしく『当校の生徒として相応しい生活を心掛けていれば』なんて言われれば言葉の裏に気づくでしょう」

 

「つまり今のオレ達はこの学校に相応しくない。ポイントの減額もあり得る。ってことか」

 

「愚か者の範疇に私を巻き込まないで欲しいわね。今は馬鹿騒ぎしている人たちも来月になったら嫌でも静かになってくれそうで安心ね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

はしゃぎ回るクラスメートに対しゴミを見るような冷たい視線で吐き捨てる堀北の横顔を見てオレは思った。

確かに堀北の言う通り、来月になってから支給されるポイントは減額するのだろう。

そして減額の対象が生徒一人一人の生活態度に比例するのならば、大した問題では無いのだろう。

 

その対象が『個人』なら。

 

 

「確かに堀北の推察通りなら真面目に授業を受けていれば問題なさそうだな」

 

「分かったらあなたも真面目に授業を受ける事ね。いつまでも同性相手に視姦だなんて浅ましい真似を即刻やめることを推奨するわ」

 

「おい、オレは佐城を視姦なんてしていないぞ」

 

「私は佐城くんの名前なんか出した覚えはないけれど?」

 

 

鼻で笑う堀北の表情に苦いものが湧き上がり、視線を逸らす為に正面を向く。

 

そこには沈鬱な様子で机の上に蹲る井の頭を優しく慰めている佐城の姿があった。

最近は改善してきたとは言え、井の頭は授業そっちのけでお隣の横顔に見惚れている時間が多かったので、お世辞にも授業態度が良かったとは言えない。

つまり彼女は来月に迫った暗澹たる己の未来を悟ってしまったのだろう。

 

そこでふとオレは思った。井の頭は優秀とは言えない生徒だ。口数こそ少ないものの、真面目に授業を受けているワケでもない。現に水泳授業は常にサボりで見学している。

佐城や王から勉強を教わっている様子を最近見かけるが、その範囲も中学時代に習ったであろう比較的難易度の低い問題ばかりだった。という事は学力に関してもそこまで秀でているワケでは無いのだろう。

 

 

(普通に考えたら前もって誰かに情報を聞いていた。ってところだろう。櫛田とも仲がいいわけだし……でもあの誰にでも平等な櫛田が特定の一個人に前以て情報を先出しなんかするか?)

 

 

何故そんな彼女が、茶柱先生の言葉の裏に気づく事が出来たのだろうか?

 

 

「ほら、また視てる。あなたが性犯罪で捕まる日も近いかもね」

 

「……冤罪にも程がある」

 

 

堀北の言葉が思考をボカした。

まあ、別にどうでも良い事だ。オレは事勿れ主義者なのだ。

もうすぐ月末だし、どうせ真実は直ぐに明らかになる。

堀北の言葉のせいで佐城を視界に入れるにも気まずくなり、ふと窓の外を眺めた。

 

 

(そう言えばあの日から見てないなー)

 

 

雲一つない青空の下。あの日見かけた黒い蝶は姿を現す事はなかった。

 

今はまだ。

 




特殊タグを後々入れたいので編集随時していきます。

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