綾小路視点は一体いつになったら終わるやら……
あとがきに登場人物の原作との違いについて書いていきます。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
今のDクラスの様子に最もふさわしい言葉がそれだろう。
「ふざけんなよ……なんで俺がDクラスなんだよ……なんで俺がこんな吹き溜まりのクラスなんかに……!!」
「私たち好きなところに進学できないわけ? じゃあなんでこの学校に入ったの? 先生、私たちのこと嫌いなのかな?」
「それもこれも佐城のせいだ!! あいつのせいでポイントが0になったんじゃねえか!!」
「さ、佐城くんは桔梗ちゃんを通してクラスに注意してくれました!! 普段から真面目に過ごしてました!! 彼のせいにしないで下さい!!」
憤怒する幸村。頭を抱える森。
これ見よがしに佐城に責任を押し付けて責める本堂。
半泣きになりながらも必死に友人を庇おうとする王。
まさに混沌。ただでさえ大荒れの教室には、更に特大の火種が燃え盛った状態で追加されていた。
「おい、まずは俺だよ!! ジュース買えないぐらい金欠なんだよ⁉ 早く端末寄越せ⁉」
「佐城のやつ、本当に100万近く溜め込んでやがった!! あいつマジで最低だな」
「……よし、送金完了っと。おい、とりあえず一人あたり二万ぐらいまでにしとけよ? クラス全体で回すんだからな」
それが送金画面手前で放置されていた佐城の携帯端末。
90万ポイント近く残されている大金の源を、佐城は賠償金とばかりに机の上に置いた。
なんと彼はホームルームが終わると直ぐに、そのまま逃げ帰るように早退してしまったのだ。
『ボクを責めるというのなら……ええ。今さら何も言いません。皆さんで、どうぞお好きなようにして下さい』
煌めくフローライトのような大きな瞳に真珠の涙を浮かべながら教室を飛び出した佐城の姿は、相変わらずため息が出るほどの美しさだった。
だが混乱と狂気、怒りと驚嘆に支配されたDクラスの面々は彼の容姿に一瞥くれてやる余裕すら無い。
打ちひしがれた友人の姿に思うところがあったのだろう。
櫛田だけは教室から逃げ出した佐城を慌てて追いかけたが、Dクラスのアイドルである彼女の不在はこの状況では致命的だった。
(これがDクラスの実態……か)
クラスの精神的支柱とも言える櫛田の不在。
どうにかして混乱を収めようとする平田。
我関せずと爪を研ぐ高円寺。
金の亡者と化して佐城の端末に群がる一部男子たちを、憎悪のこもった瞳で泣きながらも睨みつける王と井の頭。
(史上最悪の不良品。評価0のクズの集団)
憎しみすらこもっていように聴こえた茶柱先生からの、オレたちへの評価に相応しい醜態がそこには広がっていた。
「こ、混乱する気持ちはわかる! わかるけど今はいったん落ち着こう!!」
「落ち着くってなんだよ⁉ お前も悔しくないのかよ⁉ 落ちこぼれだって言われて⁉ こんなクズ同然のバカ共と同じレベルだって見放されて!! 悔しくないって言うのかよ平田ああぁ!!」
必死で声を張り上げる平田に掴みかかったのは顔を真っ赤にした幸村だ。
いつもの知的な優等生面の面影すらなくなり、瞳は血走り息を荒げて今にも暴れ回りそうな狂気を放っている。
身の危険を感じたのだろう。近くの席に居た佐倉や長谷部といった女子が慌てて距離を取った。
「あ? 誰がクズだおい⁉ 喧嘩売ってんのかこの野郎⁉ 大体こうなったのは佐城のヤツが原因だって一番最初に言い出したのはテメェだろうがコラッ⁉」
幸村の罵倒に、いの一番に反応したのは須藤だった。
自身が劣等生という自覚があるのだろう。ガンッと音を立てながら机を蹴り倒すと、肩を怒らせて幸村に近づいていく。
見るからに不良である彼が凄みながら近づいて来る様は、かなりの迫力があった。
それでも幸村は怒りと悔しさで、すっかり頭に血が昇っていたらしい。
むしろ逆に須藤に殴り掛からんばかりの勢いで、吠えながら食ってかかった。
「佐城に不満があるのは情報共有を怠りクラスポイントを残すチャンスを逃したからだっ!! もちろんアイツは憎い!! だが!! そもそもクラスポイントを減らしたのは、授業もちゃんと聞けない、バカで!! レベルの低い!! 落ちこぼれの!! お前らの責任だろうが⁉」
「テメェ舐めたこと抜かしやがって……上等だ、おい。ぶっ殺してやる!!」
幸村が怒鳴りながら須藤を突き飛ばしたのをきっかけに、予想通りというか。普通に須藤がぶちギレ、殴りかかった。
「す、須藤くんダメだ!! 暴力はダメだっ! 落ち着いてくれ!!」
「どけ平田ぁ!! テメェもぶっ殺すぞこらあぁ⁉」
「ちょっ、建⁉ 流石に暴力沙汰はマズイって!! おい春樹、押さえるの手伝え⁉」
「お、俺を巻き込むなよ……」
慌てて押さえ込んだ平田と、流石にマズイと思ったのか、おっかなびっくり加勢した池と山内の三人がかりで須藤を羽交い締めにしてどうにか押さえつけた。
殴り合いこそ回避したものの、須藤は拘束を振り解こうと未だ暴れている。
今にも憤死しそうな幸村はすっかり理性が蒸発してしまったのだろう。壊れたように周囲の生徒を指差しながら「バカだクズだ」と暴言を吐き散らしている。
混沌と狂乱。一触即発の空気は未だ漂っていた。
焦燥した様子のまま身体を張ってでも、どうにかクラスをまとめようと必死で働く平田の様子が痛々しく思えてくる。
だがオレに出来ることは何もない。
事なかれ主義のオレとしては、この喧嘩囂躁という言葉すら生温く感じる狂気の沙汰には興味が無い。
そんなことよりもオレが気になるのは、佐城のことだ。
(佐城……さっきは目に涙を浮かべて教室を逃げ出したにも関わらず、ホームルーム中に集団で責められていた時は確かに笑っていた。つまり逃げ出した時の弱気な姿勢も、追い詰められたような青白い表情も、ポロポロと流れ落ちた涙も。全ては嘘)
それにあの時、仄暗い笑みを浮かべながら佐城が呟いていた言葉も引っ掛かる。
『チェックメイト』とは一体どういう意味で溢したのだろう。
元々、チェス用語のこの単語は主に『詰み』や『ゲームセット』という意図で使われる。
(つまりあの瞬間、佐城は何かに『勝利』した。ということか? 何かしらの目的があって、わざとヘイトを集める必要があった。そして佐城の狙い通り、何かを無事に『達成』したということか?)
扇の下に隠れていた佐城の笑み。
あまりに美しく、あまりに色っぽく。何よりにもあまりに邪悪で冒涜的なドス黒い笑顔。
集団で責められて自暴自棄になり、思わず浮かんだ諦観の微笑みにはとても見えなかった。
むしろ企み事が上手く行ったことをほくそ笑むような、薄暗い笑顔にしか見えない。
つまり、佐城はこの阿鼻叫喚としたDクラスの惨状を狙っていたとでも言うのだろうか?
「滑稽だねぇ……醜さもここまで来ると、いっそ哀れですらあるよ」
阿鼻叫喚の中、ノビのいいテノールが高らかに響く。
声の主を振り返れば、そこに居たのはやれやれと言わんばかりにため息を付いた高円寺だ。
「全てはアクターボーイの掌の上だと言うのに、全く。やはり彼に匹敵する輝きと美しさ。そして知性を凡人共に期待するのは酷というものなのだろうね」
アクターボーイ。流れから察するに恐らく佐城のことだろう。
高円寺の独特の感性でつけられただろうそのあだ名の由来は恐らく『Actor』。日本語に訳すと『役者』。
高円寺と佐城にどんな付き合いがあったのかすら定かではないが、あの唯我独尊自由人の興味を引くほどの存在感が佐城にあったのは確かなのだろう。
(どういう意味で役者。なんてあだ名をつけたのか、高円寺にも話を聞いてみたいが……コイツと会話が噛み合う気がしないんだよなあ)
手鏡片手に髪型を整えている自由人をぼんやりと眺めながら頭を悩ませていた、その時。
ガシャンと教室の扉を叩きつける音が響いた。
「クソッタレが!! どいつもこいつもムカツクやつばかりだ!!」
目を向けると、須藤が悪態をつきながら教室から出ていくところだったらしい。
「まっ、待ってくれ須藤くん……いっ、痛っ!」
「大丈夫⁉ 平田くん⁉」
「おい平田、無理に動くな。肘がもろに入ったの見たぞ。ケガを見せろ」
須藤が暴れた際にダメージを負ったのだろう、力なく床にへたり込みながらも何とか動こうとする平田を、沖谷や宮田といった常識的で大人しい部類の男子たちが助け起こしている。
「お、おい寛治。今の内に俺達も佐城のポイント貰っちまおうぜ⁉」
「そ、そうだな。平田が動けない今がチャンスだ!!」
それを尻目に、まるで鬼の居ぬ間になんとやら。と言わんばかりに山内と池が佐城の端末からポイントを移そうとする集団に加わって行くのが見えた。
せめて櫛田がいたら状況はまだマシだっただろうが、もはや手負いの平田一人ではこの狂乱はどうにもならないだろう。
「まさかあなたまで浅ましい乞食のような真似をしようとは思ってないでしょうね?」
山内と池を視線で追っていたのを勘違いされたのだろう、隣を見やると堀北が鋭い眼差しでオレに問いかけた。
乞食、乞食か。確かに佐城の端末に群がる男子の姿は文字通り、金に群がる乞食の姿だった。
「いや。流石に他人の金を盗むような真似はしたくない」
「安心したわ。隣人が恐喝犯になってしまったらゾッとしないもの」
「恐喝?」
恐喝。堀北が吐き捨てたその言葉が妙に頭に残った。
「集団で一人を囲んで暴言を吐きながら詰め寄って金銭を要求する。これがカツアゲや恐喝じゃなかったら何だというの? 私も佐城くんの情報伝達速度の愚鈍さに思うことはあるけれど、それとこれとは話が別でしょう」
「恐喝。そうか、あれは、恐喝に当たるな」
確かにその通りだ。堀北の言う通り、今のDクラスの面々が行っているのは歴とした犯罪行為。
騒ぎに便乗しそうなイメージの強い、今まで生活態度が悪かった一部の女子などは意外なことに静観している。
だが男子はほぼ無法地帯だ。
例外はグロッキー状態の平田やそれを支え、どうにか助けようとする一部の男子。
それから常にゴーイングマイウェイな高円寺などを除けば、大多数の男どもが、我先にと佐城の残した端末に群がっていた。
死肉に群がるハイエナ。いや、糞尿に集る蝿のようにすら見えてくる。
「あんな愚かな人達と同じクラスにまとめられるなんて、こんな屈辱……やっぱり私は納得できない」
ギリッと歯を食いしばる音と堀北の怒りの籠もった声を聞き流しながら、オレはぼんやりと思考に耽る。
まさか佐城はこの状況を狙っていた?
だが自分がクラスのヘイトを集め犯罪行為の被害者になる利点などあるのだろうか?
(訴えを起こして慰謝料をむしり取るつもりか? いや、支払能力が皆無のDクラスに十分な額の慰謝料が払えるとも思えない)
競争を促すこの学校の目的を考えるに、どこかでポイントが増える機会はあるだろう。
だが現時点ではそのチャンスがどのタイミングで、どの頻度で起こりうるかは不明。
暫くは0ポイント状態が続くDクラスは、それなりの期間を無収入状態で過ごさなければいけないのは、ほぼ確定だろう。
佐城は同年代と比べて間違いなく頭がキレる。
少なくともDクラスの中においては誰よりも早くSシステムの真意に気づいているし、そもそもポイントを増やすという発想はなかなか出てこない。
そこまで頭が回る佐城がこんな簡単なことに気づいていないとは思えない。
(なら佐城は何を狙っている?)
自分の軍資金をむざむざと親しくもないクラスメイトに奪われ、早退という形で敗走する無様を晒してまで狙っている事とは?
果たして……。
「お、おい授業始まっちまうぞ。クソッ、俺まだ送金してねーのに!!」
「今アイツの端末誰が持ってるんだよ!!」
「俺俺。とりあえず次の休み時間に貸してやるよ」
「私物化してんじゃねえよ、俺たちみんなの金だろうがっ」
バケツリレーのように佐城の端末からポイントを送金しては近くの人間へ回していく男子たち。
その顔色は焦燥の中にも僅かな安堵が見える。
恐らく殆どの人間がポイントを使い切っていたのだろう。思わぬ臨時収入のおかげでどうにか生活ができると安心しているのか。
それも他人の、しかも集った金だが。
「ね、ねえ軽井沢さん。私達も分けてもらった方がいいんじゃ……?」
「う、うん。私も佐藤さんも、もう5000ポイントも無いし」
男子の様子を見てか、一部金欠に喘いでいる女子達もソワソワと落ち着かない様子だ。
だが、意外にもそれを窘めている存在もいた。
「止めといた方がいいって。こんなのイジメと変わらないんだから。ねぇ?」
「まあ、あたしもポイント殆ど残ってないから気持ちは分かるんだけどさー。でも松下さんの言うとおりに関わらない方がいいと思うんだよね。イジメとか犯罪とかには学校も、うるさいって入学初日に言ってたし」
長く伸ばした茶髪を緩く巻いた可愛らしい女の子の松下。それからクラスの女王である軽井沢だ。
「それに、ほら。あれ見てみなよ」
「あれ? あの天井の?」
「何アレ? ちっちゃい黒いやつ」
「監視カメラだって。前に佐城くんが言ってた」
「か、監視カメラ!?」
軽井沢が指指した天井付近をさり気なく覗うと、確かにカメラらしきものがある。
設置場所から考えるに、教室の四隅にそれぞれ仕掛けてある筈だ。
なるほど、人の目だけでなく機械でも生徒の生活態度を計っていたのか。
「え、じゃあ。今の男連中のあの様子も見られてるってこと?」
「って言うかポイントって電子マネーだから、冷静に考えるとお金の動きってちょっと調べられたら一発でバレバレだよね」
「本人が置いて行ったとはいえ、他人の端末から勝手にお金抜き出してる姿が筒抜けって、かなりヤバい……よね?」
軽井沢の指摘に顔を青くしたのは派手な化粧が特徴の佐藤と、気が強くて声の大きい篠原だ。
流石に今の男子たちの行動がバレたら問題になりかねないと判断できるほどの理性は残っていたらしい。
「あたしらまでアレに参加したらカツアゲ、イジメの現行犯。絶対にロクなことにならないって」
「軽井沢さんの言う通りじゃない? っていうかここで男子に便乗したら必死に止めている平田くんに迷惑かかるし」
「あたしも付き合ったばかりの彼氏に嫌われたくないしねー。っていうか佐城くんは特に櫛田さんと仲いいし、そっち側からも嫌な顔されるんじゃない」
「あー……うん。止めとく」
「止めてくれてありがとう。軽井沢さん、松下さん」
恋人ができたとは言え、女子からの平田の人気は衰えていなかったらしい。
それに今は佐城を追って教室からいなくなってしまった櫛田からも疎まれかねないと危機感を持ったのだろう。
佐城の友人である王や井の頭を始めとした大人しい部類の女子や、長谷部や佐倉といった孤立気味の生徒も男子たちの醜態に呆れ返り、嫌悪や怒りの表情で睨みつけている始末。
軽井沢率いるカースト上位の女子グループが佐城の端末からポイントを搾取するのを諦めたことにより、完全に女子全員がこの騒ぎから手を引くこととなった。
「それに、佐城くん。絶対になんか企んでるし、関わらない方がいいと思うんだよね」
ここで軽井沢が顔をしかめながら気になることを言い始めた。
オレは無関心を装いながらも更に集中して聞き耳を立てる。
「企む? そう言えば軽井沢さんって佐城くんと話したことあったの?」
「一週間ぐらい前にね。平田くんと櫛田さんと佐城くんの四人で、来月から貰えるポイント減るかもしれないから、それについての対策会議? みたいなやつ」
「あの時、櫛田さんの言ってた匿名の情報提供者って佐城くんだったんだよね?」
「そうそう。そんでその時に平田くんがクラスの為に佐城くんの意見も頼りにしたいから今後とも協力して欲しい。って頼み込んだの。なのに佐城くん、いつものあの笑顔で『お断りします』って流してきてさ、ちょっとイラッと来たのよ」
思い出したら怒りがぶり返したのか、ムスッとした顔でポニーテールを振り回しながら軽井沢は続けた。
「平田くんも櫛田さんも、必死で頭下げてるのに全然協力してくれなくてさー。あたしも流石に我慢できなくて平田くんに協力するように詰め寄ったんだよねー、それもかなり強めに。なのに佐城くんったら。あの妙に迫力のある微笑みのままで、全く譲ってくれないんだもん!」
「えー、その三人に頼まれたら私なら頷いちゃうけどなぁ。もしかして佐城くんって見た目によらず頑固者だったりする?」
「まあ言われてみれば佐城くんって結構、気が強いところあるよね。バカ二人に絡まれてる時もかなりドギツイ毒舌で返してるし」
平田に櫛田に軽井沢。Dクラスの顔役三人という豪華すぎる面子に囲まれている場面を想像してみると、確かにどんな無茶な頼みでもなかなか断り辛い面子だと思う。
というか軽井沢単独だったとしても断り辛い。あんな気が強そうなギャルに凄まれたら嫌でも首を縦に振ってしまいそうだ。
「なんて言えばいいんだろ? 強か? あたしなんか睨みつけて怒鳴ってやったのに、全く怯んでなかったもん。そんな佐城くんがバカな男たちにちょっと責められたぐらいで、半泣きになって情け無く逃げ出す。ってちょっと考え難いと思うんだよねー」
「その話聞くと、確かに。違和感あるよね? 茶柱先生に色々バラされた時も、幸村くんに絡まれた時も、いつも通りの余裕っぷりだったし。しかも佐城くんってめちゃくちゃ頭イイんでしょ?」
「小テスト100点満点だもんね。少なくともウチのクラスでは一番だと思うよ」
確かにあのレベルの小テストで満点を取るには最低でも高校三年生レベルの学力が必要だ。
それだけでも佐城の能力が頭一つどころか遥かに飛び抜けているのが分かる。
……とは言えこんな考えを隣人に聞かれでもしたら、どんな物理的制裁が飛んでくるのか分からないから怖くて口には出来ないが。
「それに生活態度でポイント減るかもしれないって一番早く気づいてたんでしょ? 幸村くんや堀北さんみたいにお勉強だけが取り柄のガリ勉ってワケじゃなさそうだし」
「私はポイントをどうやって増やしたか気になるなー。教えて欲しい」
「うーんと、つまり佐城くんはお勉強できるだけの頭でっかちじゃなくて色んな意味で頭がイイ。って軽井沢さんは言いたいんだよね?」
「そうそう、おまけに見かけに寄らず肝が座ってるって感じ」
幸村と堀北がガリ勉かはともかくとして、確かに軽井沢の意見には同意できる。
むしろ軽井沢のようなギャルギャルしい見た目の女子が、オレの想像よりも遥かに佐城をよく観察していたのが意外だ。
いち早く平田をゲットした手際から考えると、男に対する観察眼はズバ抜けているのだろうか。
「結局その時の話し合いも『クラスの為じゃなくて、あくまで友人の櫛田さんの手伝いとしてなら』っていう条件で渋々、妥協してくれたんだけどねー。あたしと平田くんの居た意味ってなんなのよーって話」
「……ねぇ、軽井沢さん。やっぱり佐城くんと櫛田さんってそういう関係なの?」
「いやーそれは無いかなー。櫛田さんがどう思ってるかは知らないけど、少なくとも佐城くん側からは、友達が困っていたから仕方なく手助けする。って感じだったし」
ポニーテールを指先でくるくると弄びながら、軽井沢は当時の佐城の様子を語る。
「最終的には櫛田さんが佐城くんの両手を抱えるように握りしめて頼み込んだのよ。こう、胸元に抱えるみたいな感じで。……ほら、櫛田さんって結構『ある』でしょ? 当たってたと思うのよね―。なのに、肝心の佐城くんは赤くなるどころか、いつも通りの微笑みのまま一切反応してなかったし」
「うわー……他の男子なら絶対にデレデレになって鼻の下伸ばしてるだろうね。櫛田さん可愛いし」
「てか、それで無反応の佐城くんも、ちょっとどうなのよ?」
ふと以前、櫛田に同じことをされたのを思い出した。
その時は両手で握りしめる、というよりも握り潰す。と言わんばかりの圧力と謎の黒いオーラに襲われたわけだが、あんな可愛い女の子に上目遣いで密着されたらどんな男でもイチコロだろう。
池が相手だったら嬉しさのあまり昇天したとしてもオレは驚かない自信がある。
「単純に女慣れしてるって言うか、美人に耐性でもあるんじゃない? 中学時代はカノジョいたみたいだし。そもそも鏡を見ればいつだって絶世の美人に会えるワケだし」
「あの顔面は反則よね……羨ましいとかそういう次元じゃないし」
「櫛田さんへの反応はともかくとして、話し合いの最中も、何ていうか、最後までクラスの事なんかどうでも良さそうな表情だったのよ。それこそさっき幸村くんをやりこんでいた高円寺くんみたいな雰囲気だったし」
「佐城くんも高円寺みたいなお金持ちの産まれなのかな?」
「さあ? でもあのルックスだよ? その気になれば仕事なんていくらでもあるだろうし、Aクラス特典の進路の保証なんか要らないとは思うけどね」
「そもそも頭いいなら普通に受験すればどこにだって受かりそうだしね」
なるほど。確かに言われてみれば佐城は高円寺と似た立場なのかもしれない。
現時点でさえ頭脳明晰で語学堪能。それに何より老若男女を魅了するあの美貌だ。
芸能界には詳しくは無いが、そっち方面からのスカウトは掃いて捨てるほど声がかかるだろう。
つまり将来が薔薇色、とまでは言わないまでも明るい未来がほぼ確定的であろう佐城には、わざわざAクラスで卒業する必要性が皆無というわけだ。
「で、佐城くんが何か企んでるかも。っていう件に話を戻すけど! いつも余裕シュクシュクって感じで肝が座ってて、おまけにめちゃくちゃに頭がいいワケでしょ? しかもさっきの監視カメラの件に一番早く気づいたのも佐城くんだし……そんな彼があんなあっさり逃げ出すなんて考えられないのよ、あたしは!! 絶対に何か裏があるのよ!! 佐城くんって絶対に腹黒いタイプだもん!!」
「まあ、軽井沢さんの言いたいことはわかるけど」
「でもわざわざ端末まで残して、せっかく稼いだポイントまで盗まれちゃうのを黙認して。そんなダメージを覚悟してまで企む事って何かしら?」
言いたいことは言い切ったとばかりに息を吐く軽井沢の言葉にはそれなりの説得力があった。
現に佐藤や篠原といった軽井沢を中心とした女子グループは、佐城陰謀論をすっかり信じているようで頭を捻りながら佐城の企みをあれこれと推測している。
やはりDクラスの女王のカリスマは侮れない。
まあ、学力という面ではかなり能力が低いと言わざるを得ないが。
現にさっきも新たな謎の四字熟語を錬成していたし。恐らくは余裕綽々と言いたかったのだろう。
(だが軽井沢の意見にはオレも同意だ。間違いなく佐城は何か企んでいる。だがこの状況が一体どうして佐城の利益に繋がるというんだ?)
慰謝料目的でないとするなら、ポイントを増やす為ではない。
しかしそれ以外にわざわざイジメ、犯罪行為の被害者になる利益が思いつかない。
だが間違いなくあの時の佐城は笑っていたし、漏れ出ていた独り言から察してもこの状況を望んでいた筈だ。
その時、オレはふと天井を見上げた。
そこには監視カメラが無機質な瞳で教室を、Dクラスの惨状を映している。
そう。今までも、ずっと。
(……軽井沢の言うことが正しければ監視カメラの存在に一早く気づいたのも佐城だったな)
担任に秘密を暴露された瞬間も。
鬼気迫る様子の集団に責められる佐城の姿も。
ホームルームが終わると共に項垂れたようにして端末を残し、涙目になって逃げ出した佐城の姿も。
それに嬉々として群がり、自らの行いが何を意味するかすら思考することなく、憚りもせずにポイントを毟り取っていく男子生徒一同の姿も。
カメラはずっと『証拠を映し続けている』。
まさか。そうなのか、佐城。
「まさか」
オレの心の内が知らぬ間に声に出ていたのか。
そんな疑いすら浮かぶほどにタイミングよく被った言葉は女子の声だった。
軽井沢と一緒になって先ほどまで周囲の女子を窘めていた女の子。
松下が顔色を悪くして、何かを察したように硬直していた。
「ど、どうしたの松下さん?」
「いや、あの。何ていうか、佐城くんの狙い。分かっちゃったかも」
「え、マジで?」
「いや、根拠とかは無いんだけど……と、とにかく耳貸して。あと、声落として」
そう言うと直ぐに松下を中心に複数の女子が顔を伏せて何やら囁やきあい始めた。
恐らくだが松下はオレと同じく結論を悟ったのだろう。
佐城がわざわざ、こんな地獄もかくやという状況を作り出した、本当の狙いを。
「それ……マジで、言ってる? い、いくらなんでも」
「いや、でも。普通にあり得る……よね」
密談を終え、顔を上げた女子たちは顔面蒼白だ。
軽井沢と松下の視線は騒ぎ立てる男子生徒へ。いや、その中のごく一部にチラチラと注がれている。
「ったくサジョーのせいで酷いことになったぜ。とりあえず今月は生活できそうだけどよー」
「ポイント減ったのあいつのせいだろ? 責任もって来月以降も稼がせようぜ」
「お、寛治天才じゃん!!」
「だろだろ? ポイント増やす方法もみんなに共有させてさ、そしたらクラス全員大金持ちだしー」
山内と池。
この二人は特に佐城を目の敵にしていた。
そして特に佐城に嫌われていた存在だ。
……いや、はっきり言ってしまおう。この二人は佐城が最も殺意を向けている存在なのだ。
(嗚呼、そうか。そうだよな、そうなるよな。佐城の立場なら、本気で殺意を抱いているこいつらを『消す』為なら。自分の無様を知らしめるような三文芝居の一つや二つ、打ちかねないよな)
オレがある種の納得と諦念を抱くと同時に、女子たちの視線が池と山内の二人で固まった。
恐らく彼女たちもオレと同じことを察してしまったのだろう。
口元をひくつかせながら、それでもどうにか頷きあう。
そこからの動きは弾けるように素早いものだ。
「こら男子たち! いい加減にしなさいよ!! ちょっと平田くん大丈夫⁉ 立てる⁉ 保健室に行く⁉」
「あんた達、ほんっとにサイッテー!! 恥ずかしいと思わないの⁉ 謝りなさいよ⁉ 平田くんにも佐城くんにも!!」
「あの、ちょっとごめんね。みーちゃんと、井の頭さん? だよね? ちょっと二人にどうしても聞きたいことがあるんだけど」
軽井沢は瞬時に走り出したかと思うと、平田に抱き着いて彼を必死に介抱。
篠原は立ち上がるやいなや、教室中に響き渡るような大声で男子を糾弾。
松下はさり気なく騒動から離れ、佐城と仲の良かった王と井の頭の元へ向かい、何かを聞き出しに動いた。
彼女らの突飛な行動も、その焦りようも無理はない。
きっと佐城の策略から身を守る為に出来ることをやっているのだろう。
(しかし、改めて考えると想像してた以上に壮大な企みだな)
悪辣。その一言に尽きる。
もしも佐城の謀略がオレや松下たちの考えている通りだったとしたら、はっきり言ってタチが悪いにも程があるだろう。
何と言っても佐城本人は全く悪いことをしていない、完全な被害者という無害で潔癖な人間だと強くアピールしつつも、彼にとって邪魔な人間の首根っこを押さえ込むことが。
いや、場合によってはその首を切り捨てる事すら可能だろう。
入学して僅か一ヶ月という短い期間で学校のシステムを完璧に読み解き、クラスメイトに悟られぬまま着々と軍資金をまかない、その完璧過ぎる容姿を存分に駆使しクラス内に独自の地位を手に入れた。
更にはズバ抜けて鋭い頭の回転で自分にとって不都合な存在を排除する為、ここまで見事な策略を企てるとは。
果たして佐城ハリソンとは何者なのだろうか。
(だが感心してばかりではいられないな。佐城の企みが想像していた通りのものなら、オレの身も危ないかもしれないし)
もしも佐城の策謀が成立してしまった場合。
学校側の判断にもよるが最悪の場合『Dクラスは物理的に崩壊』しかねない。
だからこそ、ああして軽井沢と篠原は自らの影響力を考慮し、女子の代表という形で慌てて保身に。
松下は少しでも佐城の情報を聴き出すために行動に移った。というところだろう。
ならばオレもこうして黙りと座り込んでいるわけにもいかない。覚悟を決めて席を立つ。
いくら事なかれ主義のオレとは言えども、ここで静観を決め込むほどバカなつもりはない。
「どこに行くの? もうすぐ授業が始まるのだけれど」
そろそろ予鈴が鳴るであろうこのタイミングで立ち上がったのを不審に思ったのか、先ほどまで何やら必死にメモを取っていたらしい堀北が怪訝な面持で声をかけて来た。
「……ああ、とりあえず池や山内を止めてこようかと思ってな。流石にやり過ぎだと思うし、友達だからな」
「殊勝なことね。行動が愚鈍なことに目を瞑ればだけど」
「いいのさ。形だけだからな」
「……なんですって?」
堀北が怪訝な顔でこちらを睨んでいるが、悪いが構っている暇は無い。
形だけ。そう。形だけで十分なはずだ。
この騒ぎを止めようとしているポーズを第三者にアピールさえ出来れば、それだけでオレの身の安全は保証されると考えていい。
昔からよく言うらしいじゃないか。『イジメを黙認するのも、またイジメ』とな。
(恐らくだが、現時点で佐城からのオレへの心象はかなり悪い)
最優先の排除対象である池や山内の親しい友人という立場であると考えるならば、粗野で野蛮な須藤と同じレベルで嫌われていると仮定した方がいいだろう。
自身の行動を顧みたところ、決定的なやらかしはしていないと断言できる。
が、保険はいくらかけておいても損は無い。
(それに佐城の考えも完璧に読み切れたと断言できるわけじゃない。特に茶柱先生が佐城の情報を暴露した件だ。あいつは平然と受け答えしていたが、茶柱先生の教師とは思えないあのやらかしを読み切っていたとは思えない)
生徒たちへの態度を豹変させたこともそれなりに驚きだが、それだけ茶柱先生を失望させてしまったのだと考えれば、まだ納得はできる。
だが佐城の個人情報の暴露はどう考えても悪手だ。
もし佐城本人が学校側に直接抗議を起こしでもしたら、茶柱先生の責任問題になりかねない。
そんな異常行動とも言えるまさかの暴露まで予想しておいて、それを企みの一つに組込むなど普通に考えて不可能だろう。
そう、普通に。
つまり常識的な視点で考えるなら。
(なあ、佐城。お前はどこまで考えていたんだ? どこまでを予想して、どこから誘導していたんだ? お前は本当に、オレの興味を引いてやまない理想的な教材だな)
視線だけで天井を見上げ監視カメラの位置を確認した。
レンズに映るオレの口角が僅かに上がっていることには当然、オレ自身は気づくことはできなかった。
それでもどこか興奮したような、未だ体験したことない未知を、今か今かと待ち焦がれるような気持ちでもって。
(期待しているぞ、佐城。お前の企みがオレの新たな『学び』になることを)
オレは不平不満を大声で吐き散らかす友人たちの元へ歩みを進めた。
この時点での原作とのズレを大まかに。
・櫛田が佐城を追って教室から出ていっている。その為、憤怒する幸村を平田一人で止めなければならなくなり失敗。結果的に大騒動に。
・幸村は前話で佐城に煽られたこともあり怒り倍増。今までのストレスやDクラスへ割り当てられた不満も合わさって完全に頭に血が昇って大爆発。ある意味一番の被害者。
・軽井沢が佐城を強く警戒している為にカツアゲイベントは不発。むしろ井の頭や王、櫛田といった佐城グループにはあまり手を出さない方がいいと察している。
・軽井沢グループは平田と軽井沢が節制に励んでいる光景に影響されて、ポイントを節約。原作よりはまだ手持ちポイントに余裕がある。
・綾小路が強く佐城に興味を抱いている。やっちまったな~。
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