ようこそしたくなかったわ、こんな教室   作:薔薇尻浩作

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何故、話が一切進まないのか?
これ無人島編まで飽きずに更新できるのだろうか?


独り暮らしが長いと独り言が多くなる。

玄関の扉を叩きつけるように閉じ、手に持ったレジ袋を適当に放り投げると、ガツリと何かがひしゃげるような鈍い音がした。

椎名と別れた後にわざわざスーパーまで出向いて買い直した大事な戦利品の外装が凹んだかもしれない。

もしくは新品同然だったピカピカのフローリングに早くも傷がついてしまったのかもしれない。

 

だが、結局のところ、今の俺にはそんな些事に構っている余裕が一切なかったのだ。

 

 

(クソクソクソクソ‼︎ 台無し‼︎ 何もかもが台無し‼︎ 俺の計画は、全部が台無しだ‼︎‼︎)

 

 

怒り、緊張、それから恐怖。ネガティブなありとあらゆる感情がまるで津波のように押し寄せ、嵐のように吹き荒ぶ。

それらに酷く揺さぶられ、耐え切れずに痙攣する掌を強引に抑えるかのようにしてキッチンへ向かう。

コンロ脇の小さなスペースに、やはり記憶通りに目的の物が鎮座していた。

 

『仕込み』の為に放置していた巨大な保存瓶の蓋、それを力一杯こじ開ける。

乾燥ラックにひっくり返してあった小さめのプラスチックコップを手に取り、黄金色の液体が並々と注がれた2リットルのガラス瓶の口にねじ込む。

やや粘性を残した黄金水を掬い出すと、未だ雫をバシャバシャと溢れ落ちている事にすら構わず、その中身を自身の口へガブガブと流し込んだ。

 

 

「酒‼︎ 飲まずにはいられないッ‼︎」

 

 

俺の心境はまさにこの台詞に要約されている。つまり、飲まなきゃやってられないのだ。

 

とは言え、何時だって現実というのは都合が悪い。

いくら口に液体を含んだところで口内に広がるのはアルコールの熱ではなく、微妙に薄味になって中途半端な味わいとなった蜂蜜の香りと、そのモッタリとした癖のある甘さのみ。

 

 

「不味い! これはただの蜂蜜水‼︎ 」

 

 

思わず咆哮。まあ酵母が入っていなきゃ、そりゃそうなるのは当たり前なのだが。

こうして今まで仕込んでいた酒が、貴重な材料費もろともめでたく無駄になった瞬間だ。

全く、阿呆らしくて笑いすらおきない。

 

ただ、ただ。ただ腹立たしい。

 

 

「畜生がっ‼︎」

 

 

理不尽な現実と、間抜けな自分自身への八つ当たりを込め、右手に持っていたコップを思いっきり壁にぶん投げた。

小さなクリアカップはポカンと間抜けた音を立てて、バドミントンの羽のようにポテポテと足元に転がり落ちる。

 

クソ‼︎ クソ‼︎ クソ‼︎ クソッタレ‼︎ 何もかもがうまくいかない。

脳内でひたすらに呪詛を吐く俺の顔は果たして、どこまで歪んでいる事だろう。

荒ぶる衝動のままベッドに飛び込み、頭を抱えて苦悩した。

 

 

「とにかく、現状の確認だ。それから新しく今後の身の振り方を考えねえと……」

 

 

『姫王子』だなんてふざけたアダ名は色々な意味で大ダメージだが、そんな事よりも痛いのが、俺の顔と名前が不特定多数に既に知られている事。

更にそれが学年問わずというのだから、溜まったものではない。

とは言え、いつまでも現実逃避はしてられない。新しいプランを考えて行動しなければこの先の学園生活で生き残る事はできないだろう。

 

 

「目立たないポジションにさり気なく居座りながら、櫛田を経由して一之瀬と渡りをつける。そして個人的な協力関係を結び、情報提供を引き換えにプライベートポイントをプールして貰う。……って言うのが当初の計画な訳だが。クソ‼︎ 改めて考えると見事に前提が崩壊したな」

 

 

現時点で有名人の仲間入りをしているのだ。

ならばいっそのこと、自分の実力をある程度曝け出してDクラスや1年生間における発言権や影響力を得るべくして行動するのが吉であろう。

 

 

「となると、最初のイベントは小テスト。適当にやり過ごすつもりだったが、それも勿体ないか」

 

 

本来なら月末に抜き打ちで行われるであろう小テストでは80点前後の無難な点数に落ち着け、やがて行われるであろうDクラス勉強会イベントをサラッと受け流すつもりだった。

だが、どうせ名前が知られている現状ならば満点、もしくはそれに近い圧倒的な高得点を取る事で、学力面での実力を誇示した方が今後の展開に有利ではなかろうか。

 

 

「いや、逆に赤点スレスレの点数を取る事で無能アピールをして陰キャラに返り咲くのも有りか?……いや、ダメだな。その場合、有無を言わさず勉強会イベントに巻き込まされそうだ」

 

 

今後の学校生活を生き残る為にも時間は幾らあっても足りないぐらいなのだ。

これから起こるであろう様々な理不尽イベントに備える為の前準備や仕込みは手が抜けないし、万が一にも赤点に引っかからないように、日々の予習復習は欠かせない

それから折角の2回目の学生生活なので、今の内に様々な資格なんかも取得してみたいので、その為の勉強時間だって確保しなければならない。

 

これらの事情から、わざわざ無能を装ってまでして、放課後の時間を無駄に浪費するのだけは絶対に避けたいのだ。

 

 

「ならば寧ろいっその事、思い切って平田を説き伏せてDクラスのリーダーポジションを奪っちまうというのはどうだ?」

 

 

Dクラスの顔役は『平田 洋介』、『櫛田 桔梗』、『軽井沢 恵』の3人だ。

だが近い将来、軽井沢は自己の保身の為に平田に寄生して依存する形で、彼と偽の恋人関係となるので、一番の影響力を持ったリーダーは自然と平田になる。

平田 洋介という人間は、和を以ってして集団を纏める事に関しては素晴らしい適性を持っているが、その力は統率者としてのものではない。

言ってしまえば彼の適性は調停者寄りだし、クラス内の不和をいっそ病的なまでに嫌悪して、ナアナアで済ませてしまう様は、ハッキリ言って劣化版の一之瀬だ。

 

原作においては一年生編の中半以降、ズバズバと物を言う堀北がリーダー候補として頭角を表して来た為、ようやくクラスのバランスが取れたぐらいだ。

平田一人で能力の低いDクラスの舵取りをするのは、メタ読みから考えても不可能だろう。

 

「次のポイント支給日のタイミングに俺自らSシステムの裏側を暴露し、小テストで頭脳面をアピールしてクラス内における影響力を得る。その後は櫛田と平田、場合によっては軽井沢辺りと話し合ってリーダーポジションを譲ってもらう。……どうだ?」

 

 

一筋縄では行かないだろうが、恐らく不可能ではないだろう。

だがそこまで考えて、とっとと先までの妄想を打ち消した。

冷静になって考えてみると、クラスのリーダーになってもリスクとリターンが釣り合わない。

 

 

「いや、無いな。リスクが大きいし、堀北と綾小路の動きが読めなくなる。それにリーダーになったらイベントの度に自由に動けなくなる」

 

 

そもそも協調性もなければ能力も低いDクラスのリーダーになったところで得られる物が少ない。

不良品と称されるDクラスの顔役になったところで、面倒事ばかり押し付けられる事になるだろう。それこそ原作の平田のように。

 

 

「それに、リーダーになったら龍園との真っ向対決は避けられなくなるしなぁ」

 

 

体育祭編では龍園のターゲットは無人島の特別試験で頭角を現した理由で堀北だったが、俺がリーダーになってしまえば彼女の代わりにCクラスから狙われる可能性だって大いにあり得る。

現時点で名前が知られている事から、今後目をつけられる可能性については諦めているが、堀北ポジや平田ポジに居座った結果、龍園率いるCクラスと真っ向勝負なんて堪ったものじゃない。

勝てもしない戦いに赴くのは自信過剰な馬鹿だけだ。

 

 

「実力を見せつけ、それとなくクラスの中心から外れる。外野というか、オブザーバーというか。カースト外のポジション……つまり『高円寺』の立ち位置か」

 

 

唯我独尊自由人の代名詞である『高円寺 六助』は協調性が皆無、おまけに常識外れのナルシストっぷりでクラスから完璧に浮いている。

だがそのスペックは頭脳肉体共に綾小路に匹敵するバケモノであり、底知れぬ実力と圧倒的な存在感は強者としての立ち位置を確固たるものとしている。

彼のようなスクールカースト外でいながら、発言力のあるポジションこそが、俺の理想に近い。

 

だが高円寺本人に成り代わるのは物理的に不可能だ。

原作知識のおかげで知能面は何とかなってもフィジカル面では精々が上の下である佐城少年では追いつけない。

前世のオッサンボディと比べれば、この身体のスペックは格段に高性能ではあるが、龍園どころか須藤とすらタイマンを張ったら瞬殺されてしまうだろう。

 

 

「あー‼︎ アレも駄目‼ コレも駄目‼︎ 一体どうすればいいっつうんだ畜生め⁉︎」

 

 

無様に溺れるようにしてベッドの上でジタバタする俺の姿は第三者が居たとしたら酷く滑稽に映っていた事だろう。

暴れ、唸り、それでもどうにもならず。そうして頭を抱え、ベッドに寝転んではジタバタと踠き続けた

 

 

Sシステム、クラスの格差、プライベートポイント、各クラスのリーダー、特別試験、不正行為、クラスポイント、暴力、抜け道、退学、実力主義、etc……

 

 

ぐるぐると脳内を様々な単語と、それに連なる心象風景が巡っては消え、巡ってはまた消え、走馬灯のように駆けていく。

 

 

そもそも何故、俺は目立ちたくなかったのか?

何故、俺は平穏に暮らしたかったのか?

何故、俺はAクラスを目指す必要が無いのか?

何故、俺は今まで積極的に原作に介入して行かなかったのか?

何故、何故、何故?

 

 

深海にどっぷりと溺れるような感覚の中、ふいに某有名コミックの台詞が頭に浮かんだ、

 

 

『逆に考えればいいんだ』

 

 

そうして、1分か、10分か、1時間か。

 

少なくとも脳内では呆れる程に長いと時間をかけ、瞼の奥の暗闇から覚醒した。

 

 

「……色々と不安な点はあるが、新たな指針にとりあえずの目処は立った」

 

 

 

予定は未定。既に一寸先は闇どころか混沌だ。

ベストな結果は望めない。だが諦めて損切りするにはまだ早い。

少なくとも新たに立てた目標は憑依当初に立てたものと比べれば堅実で、身の振り方さえ弁えれば、十分に達成可能だろう。

この時、たしかに俺の心は決まったのだ。

 

 

「そうと決まれば今まで以上に積極的に動かなければならないんだが……ん?」

 

 

 

決意を新たに具体的な今後の計画を立てようとしたまさにその時、枕元に放り投げていた端末が震え、メッセージの通知を知らせた。

起き上がって確認すると相手は然もありなん。

小一時間前に別れたばかりの新たな友人からだ。

 

 

「友人に飢えてたのは本当だったんだな」

 

 

送り主は『椎名 ひより』。

 

画面のスクロールが必要な程の長文を流し読んだところ、友人になってくれた事に対する御礼。それから現在、彼女がハマっている小説を是非とも読んで欲しいから良かったら貸し出したいという事。

それから良かったらまた明日の放課後に一緒に図書館に行かないかというお誘いだった。

 

もしも俺に原作知識がなかったら、幸運にもお近づきになる事が出来た美少女からの図書館デートのお誘いに無邪気に、はしゃぎ回っていたことだろう。

 

 

「にしてもCクラスにも探せば読書家なんて幾らでも居そうだけどな、金田とか。龍園ですら失脚しかけた時は一人で読書に励んでた訳だし」

 

 

そもそも、椎名ほどの美貌があれば放っておいても男が寄って来る。

それこそ椎名にアピールする為に、読書を始めて話を合わせようとする奴だってごまんと居そうなのだが。

それとも、そういう下心は自慢の洞察力で察してしまうのだろうか。

 

そんな事を考えながら俺は挨拶混じりの軽いお世辞と小説の話題を少々、放課後については時間が合えば。と無難な事を書いて返信。

彼女とはボッチ仲間として、そして他クラスの人間として程々には仲良くするつもりだ。

 

そう、あくまで、程々に。

 

 

「他クラスよりも今はDクラスに根を張らないと、な。今後のクラス内での発言権や影響力を考えると今みたいな受け身な態度ではダメだな」

 

 

今の俺には椎名の存在よりも優先すべき事が山ほどあるのだから。

 

 

「手始めに櫛田の誘いを断るのをそろそろ辞めて、放課後辺りに遊んでみるか?」

 

 

もともと俺にとっての櫛田はあくまで一之瀬との繋ぎの為の存在で、それ以上でもそれ以下でもない。

むしろ利用した後に関しては、必要以上に関わりたく無い存在だった。

 

だが俺自身の知名度を踏まえた上での今後の目標を考えると、櫛田 桔梗という大駒である女をこれ以上粗雑に扱うのは愚行だ。

散々、彼女からの誘いを断っておいて、いきなり他所のクラスの女子の連絡先を聞き出し、それが終わったらポイ捨て、では幾ら何でも印象も悪くなる。

昨日までならそれで良かったが、今後は駄目だ。

とりあえず、それは避けたい。

 

 

 

「どうせ行き先は原作でも出て来た喫茶店のパレット? だっけ。そこら辺だろうし、2、3回は櫛田と茶でも飲んでダベってれば十分だろう」

 

 

ならばどうするか? 簡単だ。普通にお話して、普通に遊んで、普通にお友達になればいいのだ。

それとどうせなら櫛田経由で紹介してもらったあの娘とも仲良くなっておくべきだろう。

 

 

「……個人的に『王』とも縁を結んでおきたいな。そうなると『井の頭』辺りも誘えば自然か」

 

 

櫛田との付き合いはあくまでも自分の将来的な立ち位置を確保する為の仕事半分の部分が大きいが、『王 美雨』に関しては別件である。

中国からの留学生である彼女だからこそ、頼みたい事があるのだ。

彼女が恋慕している平田は近いうちに軽井沢と恋仲(という設定)になり、王は失恋する。

その時期にでも、櫛田を焚き付けて失恋パーティーのような場でも設けてもらうとしよう。

 

 

「女子生徒はこれで良いとして、平田ともある程度は話が出来る仲にしておきたいんだよな」

 

 

ある程度、俺の発言がクラスに受け入れられる為には最低限の地位を確立し実力を示さなければならない。

となると、櫛田の好感度は当然として平田との交友も避けては通れない。

 

 

「奴に着き纏うギャルグループは恐ろしいが、ポイントを浪費するハメになっても誘いをかけるべきか?」

 

 

熱を帯びた頭のまま、どう平田達を遊びに誘うかと考えていたところで、俺はかぶりを振って先の考えを却下した。

 

 

「……いや、誰とでも仲のいい櫛田ならともかく、平田と個人的な付き合いをするのは悪手だな。仲良くなり過ぎてクラスの中心メンバーにカウントされると本末転倒だし」

 

 

平田にある程度信頼されるのは有難いが行き過ぎた結果、相棒ポジションのような位置付けになるのも困る。

0ポイントになった当日の放課後の話し合いや勉強会、須藤事件の聞き込みなどに巻き込まれるのはゴメンだ。

 

俺が求めるのはあくまで外野ポジ、クラスの中心から外れて、それでもある程度の影響力を持てる位置付けなのだから

 

 

「いつもの挨拶の時に含みを持たせた会話でもしてみるか? 『クラスメイトと仲を深めるのも良いけどポイントは節約した方がいいよ。少なくとも来月の支給日までは、ね?』みたいな感じで」

 

 

わざわざミステリアスなキャラクターを演出するのも厨二病のようで気恥ずかしいが、この台詞を予め平田が聞いていれば、後々俺という男が早い段階でSシステムに気づいていた。という有能さのアピールにはなるだろう。

 

平田から一目置かれれば、軽井沢からも軽視される事は無くなる筈だ。

今のDクラスの女子において、櫛田に勝るとも劣らない影響力を持っている彼女もまた、軽視できない存在だ。

 

 

「櫛田とはある程度、積極的に。そんで平田には軽い忠告。ついでに堀北にも何かしらのアピールをしておく必要もある。か?……いや、やっぱいいや」

 

 

将来的にDクラスの顔となるであろう『堀北 鈴音』とも交友を深める事も考えたが、無駄だから止めた。

そもそもプライドが馬鹿みたいに高い彼女に仲間、もしくは友人として認められるまでのハードルが異様に高いので労力が馬鹿にならずに、単純に面倒くさい。

会話の最中にいちいち罵詈雑言を組み込まなければコミュニケーションが取れない相手と関わりあいになりたくないのがオッサンの本音だ。

 

更に言えば彼女の影に着いて来るサイコパス、綾小路の存在があまりにも恐ろしい。

堀北、そして綾小路周辺はこちらからは関わりあいにならない方向で確定だ。

 

と、ここで綾小路の名前から連想して、原作内の懸念事項をふと思い出した。

 

 

「ああ、そうだ。明日にでも管理人に、誰にも部屋の鍵の予備を渡さないように念押しが必要か」

 

 

今俺を含めた学生達が暮らしているこの寮は、国営の名に恥じぬ最高の設備と光熱費無料という贅沢な環境となっている。

にも関わらず防犯面だけは馬鹿らしい程にザル警備なのだ。

ポイントさえ払って適当な言い訳さえしてしまえば誰でもサブの鍵を手に入れられるというセキュリティ意識の低さは、原作を読んでいた前世の当時、理解できずに何度も首を傾げた程。

 

 

「俺の場合、他人が部屋に入ってきた瞬間にアウトだからな。ポイントに余裕が出たら現状の物とは別に追加で鍵をつけて貰うのも考えるか」

 

 

仮に少なくないポイントを失う事になろうとも、自衛の為にも管理人には徹底させなければならない。

俺の部屋にはバレたら退学待った無しの、酒造器具が。

そして予定通りにいけば来週には冷蔵庫にぎっしりと自作の蜂蜜酒が詰まっている事になるのだろうから。

 

 

「……酒のこと考えたらまた飲みたくなって来た」

 

 

俺はベッドから立ち上がると、放り投げたビニール袋を漁り、目当てのドライイーストを手に取った。

 

 

「とっとと仕込んで今日は早く寝よう。このままじゃアルコール不足で発作がまた起きかねん」

 

 

より良い未来の為、充実した学園生活の為。

予定がギッシリ詰まった明日からの生活に力なく溜息を吐き、蜂蜜酒の仕込みに移る。

 

 

「……明日から面倒だなあ」

 

 

先ずは明日わざわざ早起きまでして、慣れない場所に顔を出さなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けて翌日。

 

俺はこうして見慣れない扉の前にて大きく深呼吸をしていた。

散々放課後の時間を活用して学校内の施設や学生の為の街の中を探索してきたものの、目の前の部屋にお邪魔したことは一度も無い。

例え精神年齢が幾つになったとしても、未知の場所に赴くのは、どうしても緊張してしまうものだ。

 

 

(小心者は死んでも治らないのか。まあ、今さら嘆いたところでどうにもならないけどな)

 

 

瞳を閉じて、大きく首を回す。コキリコキリと小気味良い音が体内に響き渡り、じんわりとした快感と共に心が落ち着いていく。

目を開けて気を取り直すようにして軽く咳払い一つ。前世の癖でノックはゆっくりと3回叩く。

 

 

「失礼します」

 

 

俺はホームルームが始まる約1時間前に職員室を訪ねていた。

突然の来客に、教師陣の興味と疑問が綯い交ぜになった視線が俺に集まる。

それらをやんわりと微笑んで受け流しつつ、俺は静かに。

それでいて、室内の全員に聞こえるようにハッキリとした声でこう告げた。

 

 

「1年Dクラス、佐城と申します。『星之宮先生』にお話があるのですが、お時間頂けますでしょうか」

 

 

きっと今の俺は天使の如き白無垢の笑顔を浮かべて、『姫王子』なる愛称に相応しい魅力を周囲に振り撒いているのだろう。

その顔面の正体こそ、真っ黒な腹の奥に孕んだ薄汚い陰謀を隠す為の歪な仮面だったとしても。

 

 

(さて、と。面倒だけど頑張りますかね)

 

 

怪訝な顔でこちらに近づいて来る茶柱と、キョトンとした表情を此方に向ける星之宮の姿を視界に入れつつ。

 

 

(酒の仕込みも、策の仕込みも。事前準備が一番大切。なんてな)

 

 

俺はそんな醜悪な思考を誰にも気取られないように。

 

自身の長い舌で、乾いた唇をイヤラしく舐め回した。




次回から原作キャラどんどん出していきたい。
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