トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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旧版
第一話


 ユキはコーヒーが入ったカップに角砂糖を6つも入れてかきまぜ、少し冷めるのを待ってから、上品さの欠片もない所作でぐびぐびと飲み干し、カップを机に置いた。

 この部屋‥‥“警備隊長専用室”にはユキ以外に誰もいない。だからユキは遠慮なく大きな欠伸をし、更にはやる気が微塵も感じられない態度でだらだらと椅子に座ることができた。机には大量の書類が積まれている。ユキが隊長に就任して以来、彼女の仕事はこれらの書類にひたすら判を押すという、猿でも出来ることだけだった。 

 ユキはプリズン町警備局の中で厄介者扱いされている。だから簡単な仕事を与えられ、“何もさせない”ように仕向けられていたのだ。

 

 ──あれ?スタンプどこにやったっけ?

 

 ユキは部屋を見渡し、まもなくスタンプ一式が収納されたケースを、洗面台のそばで発見する。

 

 ──なんであんなとこに?『出したらしまう』でしょ!私!

 

 ユキは昨日の自分に憤りながら、椅子から立ち上がり洗面台へ歩き、スタンプのケースを拾い上げる。ふと、洗面台の鏡に写る自分と目が合う。

 

 ──相変わらず美人ね、あなたって。

 

 鏡に写る彼女は、確かに美人だった。だが、緑色の髪や真っ赤な瞳、鋭く発達した八重歯が、彼女に人間離れした雰囲気を付与している。

 

 ──髪は染めればごまかせるけど、牙と瞳はどうしようもない。だから、髪を染める無駄な足掻きはとっくにやめた。

 

 このユキの容貌こそ、彼女が局内で厄介者扱いされている理由の一つである。これは先天的なもので、古代に人間と交わったとされる「人ならざるもの」‥‥‥要するに魔物の形質が、隔世して表れる極めて珍しい病であった。この世界では毎日のように人が魔物に襲われ死んでいる。だから、いくら美人と言えど魔物の形質を持つユキが差別を受けるのは、避けようがないことであった。

 

 ──化け物女、魔物の娘‥‥‥クラスメイト達は言いたい放題だった。でも‥‥‥一番粘着質に私を虐めていたあのくそ女こそ、化け物みたいなブスだった。

 

 ユキは次に、鏡に貼られた写真に映る自分を見た。

 

 ──そう、私は実力で隊長になったの。だから、何も後ろめたいことなんか無い。そうでしょ?

 

 写真にはユキが警備隊長に就任した時の様子が映っている。成人になった彼女に、選択肢はあまり無かった。どこでも「魔物の娘」呼ばわりされ、門前払いされる。まともな職には就けそうもなかった。彼女を拒まなかったのは、実力主義の軍だけだった。厳しい訓練を乗り越え、優秀な成績を修め一人前となった彼女の就任先は‥‥‥成績とは不釣り合いな田舎の‥‥‥しかし犯罪率は王国内トップクラスの町、プリズンだった。

 だが、これはユキにとって出世のチャンスであった。ユキは就任してからハイスペースで次々と凶悪犯罪者達を駆逐していき、プリズン町の犯罪率を国内最下位にしてみせた。結果、局長もユキの手腕を認めざるをえなくなり、ユキは警備隊長へと一気にスピード昇進することとなった。

 

 ──で、今のざまってわけね‥‥。

 

 だが、いくら優秀とはいえ、町の治安を守る警備隊長が「魔物の娘」なのは警備局へのイメージダウンに繋がる。そこで局長は苦肉の策として、実質的な警備隊長としての役割は副隊長に任せ、隊長のユキは閑職に回したのである。

 

 ──時々惨めな気分になったりはするけど‥‥。

 

 ユキは自分の現状にそれ程悲観的ではかった。

 

 ──ま、これでみんなよりも高い給料貰えるんだからしめたもんよね。

 

 ユキは野心を抱いたりはしていない。むしろ野心旺盛な男達を見下していた。

 

 ──たくさんライバルを蹴落として偉くなって、それで、偉くなればなるほど、いつ、誰に陥れられるかビクビクする‥‥‥バッカみたい。

 

 ユキはスタンプのケースを手に机に戻る。

 

 「さてと、そろそろ始めるか‥‥‥退屈で死にそうだけど‥‥‥」

 

 

 

 

 佐藤敏夫は強烈な睡魔に耐えながら、大型保冷トラックの運転席でハンドルを握り、アクセルを踏んでいた。

 

 ──ああ、くそ。夜通しの仕事はいつもこうだ!

 

 人体とは不思議なもので、事前に十分な睡眠をとっていても、一晩中起きていたというだけで果てしない眠気に襲われる。

 敏夫は既に蓋が空いた栄養ドリンクを素早く飲み干し、カーナビの液晶画面に表示された今日の日付をチラ見する。

 

 ──でも、今日は金曜日だ。あと少しだ。昼まで耐え抜けば、あとは家に帰ってぐっすり寝れるし、土日には好きなこともできる。録り貯めておいたドラマやアニメを観るのもいいし、積んであるゲームをやってみるのもいいだろう。あと少しの辛抱だろ?頑張れ俺‥‥。

 

 そう自分に言い聞かせ、金曜日の朝を迎える。敏夫もそんな、どこにでもいる平凡な社会人の一人であった。

 しかし、実のところ、敏夫はそろそろ今の仕事を辞めようかとも考えていた。貯金は十分貯まった。少なくとも数年間は働かずに済むだろう。そうなれば、さっき思い浮かべた休日は当たり前の日々になるのだ。

 

 「はは、この俺が中年ニートか」

 

 ──でも、俺にそんな度胸はない。この歳で、今さら別の生き方なんて‥‥‥。

 敏夫は最近の悩みごとを考えることで、眠気を懸命に誤魔化していた。

 

「そろそろ円伐(まるばつ)町か」

 

 敏夫はクラッチを踏んでギアを切り替え、

 

 ──この辺りは人通りが少ないからな。

 

アクセルを深く踏み込み法定速度をやや越えた速度でトラックを走らせた。

 

 

 

 

 宇崎健は職場である工場へと、早歩きで急いでいた。車を所有・維持できるだけの資金力を持たない彼にとって、通勤手段は徒歩一択である。

 

 ──ちくしょう!!寝坊しちまった!!二日連続で遅刻はマズイ!!

 

 健にとって、自分の取り柄は生真面目なところだけである。だから、寝坊で遅刻なんてことは自分のアイデンティティーを揺るがす事態に他ならなかった。

 ここ数日間、健は“得たいの知れない不安”からなかなか寝付けず、寝不足な状態が続いていた。それが若さ故のありふれたものなのか、他の何かのせいなのかは、本人にも分からない。ただ、健はこれのせいで昨日、既に遅刻してしまっている。

 

 ──高遠班長は笑って許してくれた‥‥‥でも‥‥。

 

 心が痛かった。健はまだ10代後半‥‥普通の人生を送っていれば高校生くらいの年齢であった。そのため感受性が強く、ナイーブな側面と苛烈な側面を両方併せ持ち、些細なことでどちらかに極端に傾く傾向があった。

 健は左手に着けた安物の腕時計を見る。

 

 ──そろそろ走るか‥‥。

 

 早歩きから全力疾走へ、シームレスに切り替えた健は、目の前の信号が青に切り替わったのを確認し、横断歩道を渡る‥‥‥が、渡りきることは出来なかった。なぜなら信号無視し猛スピードで突っ込んできた大型トラックに撥ね飛ばされてしまったからだ。

 そしてそれが、彼にとって、“本当の悪夢”が始まる合図となった。

 

 

 

 

 敏夫はブレーキを目一杯踏み込んでトラックが動きを止めてから、数年ぶりに、しばらく頭の中が真っ白になっていた。

 

 ──人を‥‥‥轢いちまった‥‥‥。

 

 敏夫はヨロヨロと運転席から降りると、トラックの数メートル前方に不自然な姿勢で倒れている血塗れの男を発見する。

 

 ──俺が‥‥‥轢いたのか‥‥‥嘘だろ‥‥?確か、早く救急車と警察を呼ばなきゃいけないんだよな‥‥‥じゃないと罪が重くなるんだ‥‥いや、でも‥‥‥

 

敏夫の脳裏に殺人、逮捕、裁判、有罪、全科、無職、賠償‥‥といった単語が次々に浮かぶ。

 

 ──俺の貯金程度じゃ、賠償金なんか払えない‥‥‥。

 

 敏夫は血塗れの男に背を向け、辺りを見回す。

 

 ──辺りには誰もいない‥‥‥今なら‥‥。

 

 よからぬ考えが浮かび始めたその時、

 

 「おいあんた!!」

 

 男の声を聞いた。

 『背筋が凍る』という懐かしいほどに昔の感覚を思い出す。

 

 ──誰かに見られた?それとも‥‥。

 

 敏夫は、恐る恐る振り返る。

 そこにいたのは‥‥‥

 

 「嘘だろ!?」

 

作業着を着た血塗れの男だった。そして、その男は紛れもなく敏夫がトラックで撥ねた男に他ならない。

 

 ──トラックに撥ね飛ばされても生きてる人間なんてありかよ!?

 

 「そこを、動くな」

 

 血塗れ男は静かな、しかし怒りのこもった口調でそういうと、ずんずんと俊夫に歩み寄って来た。

 

 「ヒィィィィィ!!」

 

 血塗れの男が怒りの形相で自分に近付いてくる。

 男は敏夫よりほんの少し背が高く、細身で、作業着越しでもわかるような引き締まった肉体を有していた。所謂、“細マッチョ”というやつである。

 

 ──うわぁ、明らかに強そうなやつを怒らせちまった‥‥。メッチャ睨んでるし、最悪、殺されるかも知れねぇ!!

 

 敏夫は恐怖した。

 そして本能に従いトラックの運転席に逃げ込み発進させようとするが、

 

 ──く、くそ、動かねぇ!!

 

 クラッチ操作に失敗しエンストしてしまう。いつもは出来ることでも、パニックになると出来なくなるものである。 

 果たして、敏夫は血塗れ男に運転席から引きずり出され胸ぐらを掴まれる。

 

 「てめェ!!クソオヤジ!!轢いたのはともかく救急車は呼ばねぇわ逃げ出そうとするわどういうつもりだ!?」

 

 大声で怒鳴る血塗れ男。

 

 ──轢いたのは良いんだ‥‥‥って言ってる場合じゃねぇ!!どうにかこいつの怒りを鎮めねぇと‥‥。

 

 「す、すんません!!ちょっと、ビビっちまって‥‥‥」

 

 言い訳にもならない弁明を試みる敏夫。

 

 「轢き逃げは重罪だぞ!!わかってんのかよ!?」

 

 ──くそ、んなことわかってんだよ!!無事なんだから良いじゃねぇかよ!

 

 逆ギレしたくなる衝動を抑えつつ、敏夫は打開策を模索する。

 

 「頼む、赦してくれ!!女房と娘がいて俺の帰りを待ってるんだ!!」

 

 そう言いながら敏夫は懐から同僚の妻と娘が映った写真を血塗れ男に見せつける。

 

 「なんだと!?そんなもんで‥‥」

 

 ──やはり駄目か‥‥

 

 敏夫は諦めかけるが、

 

 「く‥‥ちくしょう‥‥」

 

 わかりやすく動揺する血塗れ男。

 

 ──あれ?

 

 「‥‥‥‥‥わ、わかったよ、赦してやるよ!!」

 

 血塗れ男は吐き捨てるように言った。

 

 「お前のせいで俺は二日連続で遅刻だし、新品の制服は台無しだ!!さっさと失せやがれ!!」

 

 「あ、ありがとうございますぅ!!」 

 

 敏夫は笑いを堪えた涙を利用して感謝のあまりに泣きそうな演技をする。

 

 ──へ、バカで甘っちょろいガキめ。お前こそさっさと失せやがれってんだ。

 

 そう敏夫が内心で嘲笑った直後。

 突然、大音量のサイレンが円伐町中に響き渡る。

 

 「あれは、災害時の緊急サイレンか?」

 

 血塗れ男はそう呟いた。

 そして、今度は地面がガタガタと揺れる。

 アスファルトの道に亀裂が走る。

 電柱が倒れる。

 

 「なんだ!?地震か!?なんなんだよちくしょう!!」

 

 ただただ混乱した様子の血塗れ男。さっきまでのホラー映画に出てきそうな気迫は何処へやら、今の彼はリアクション芸人と成り果てている。

 

 ──サイレン、地震‥‥‥今度は何だ!?

 

 血塗れ男が大袈裟に騒いでくれたお陰で、敏夫は割と冷静であった。

 と、急に辺りに濃霧が立ち込める。

 

 ──霧か‥‥‥まるで、スティーブン・キングの小説か、あのホラーゲームみてぇだな‥‥‥。 

 

 敏夫は、昔読んだ小説を思い出す。

 

 ──サイレン、地震、霧‥‥‥次に来るのは‥‥‥いや、まさかな‥‥‥。 

 

 「なあ、おっさん、今、何て言ったんだ?」

 

 突然、血塗れ男が話しかけてきた。

 

 「い、いや、何も‥‥」

 

 「本当かよ?たしか、『神よ、何故私を見捨てられたのですか?』とか言ってなかったか?」

 

 「言ってねぇよ!!」

 

 ──何言ってんだこのクソガキ。

 

 その時、

 

 「うわああああああ!!」

 

声が聴こえた。 

 

 「何だよ今の!?」

 

 血塗れ男は相変わらずオーバーなリアクションを見せる。

 

 「い、行ってみるぞ」

 

 血塗れ男は敏夫のシャツを引っ張って連れていこうとする。

 

 「俺もかよ!?」

 

 抵抗する敏夫。だが、血塗れ男は怪力だった。強引に連行されてしまう。

 二人は声がした方へ歩いていく。

 二人はやがて、霧の向こうに倒れた人影を見つけた。警官のようだ。

 

 「あのぉ、お巡りさん?大丈夫ですか?」

 

 血塗れ男が呼び掛ける。

 返事は、無い。

 更に近付く。

 更に。

 更に。

 そして‥‥‥‥

 

 「ひぃぃ!!し、死んでる!!」

 

 警官は左半身が無かった。

 

 「マジ‥‥かよ‥‥」

 

 敏夫は、昔読んだあの小説の通りの展開に戦慄した。

 

 

 

 

 ユキは午前中にしてもう今日のタスク‥‥‥山積みの書類への押印を完了してしまっていた。

 だから、彼女が下らない妄想に思いを馳せるのも仕方なかった。

 

 ──ある日、突然、超強い魔物が襲撃してきて、

 ──とりあえず、真っ先にスケベな局長が殺されて、

 ──次に就任して早々に可愛いからってちやほやされてるあの新人女が殺されて、

 ──みんな絶望!!そんな時、

 ──私が──

 

ドンドンドンッ!

 

 誰かがドア叩く。

 

 「どうぞ」

 

 ユキは露骨に面倒くさそうに言った。

 部屋に入ってきたのは、副隊長だ。

 

 「何の用だ?」

 

 ユキは変わらず不機嫌な態度を隠さない。

 

 「サイレンを聴きませんでしたか?」

 

 「訓練用のだろう?」

 

 「いいえ、実戦です」

 

 ──実戦?

 

 実戦‥‥‥つまり、犯罪ではなく、敵襲。

 

 ──敵国、魔物、魔女‥‥のどれかね‥‥。

 

 「殺傷武器の使用許可を願います」

 

 これが、副隊長がわざわざ部屋にやって来た理由だった。いくらユキがお飾り隊長だったとしても、軍隊である以上、手順は守らなくてはならないのだ。

 

 「許可する」 

 

 副隊長はそのユキの言葉を聞くと、すぐさま部屋を出ていった。

 ユキはワクワクしていた。

 

 ──何が起こってるか知らないけど、みんなせいぜい頑張ってね。

 

 ユキはワクワクしていた。

 窓の外を見てみると、濃霧が立ち込めている。不自然な霧だ。

 

 ──これは、“スモッグ”の霧ね。

 

 スモッグ‥‥それは、霧を発生させて獲物を探知する、人食いの魔物である。

 窓から外を見ると、兵士達が霧の中に潜む“何か”と戦い、次々に殺されていく様子が見えた。

 ユキはワクワクしていた。

 

 「やっと、私の元に非日常が来たんだわ‥‥神様ありがとう!!」

 

 ──きっと、今日が私の、24の誕生日だからね。

 

 ユキは早速、鎧を着込み、長剣と短剣、レーザー銃2丁を腰のホルスターに収納すると、部屋を出る。

 こころ、ときめかせて。

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