トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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9話②

 ──信じられない‥‥

 

恵は絶望的な気分だった。

健が私達を見捨てて赤の他人を助けに行くなんて‥‥。 

 

敏夫とかいう中年の男が健に次いで部屋を出たことなど、些細な問題だった。

 

「おじさん‥‥」

 

拓は健が出ていったドアを見ながら、涙声で呟いた。

その息子の一言が、恵の逆鱗に触れる。

 

──このクソガキ‥‥!

 

誰かに頼らないと生きていけないくせに。

私がいないと何もできないくせに。

健の足手まといでしかないくせに。

健から愛されて。

守られて。

 

「わたしのものよ‥‥」

 

口から自然と、その台詞がでた。

そうだ。言わなければわからない。それが“オス”なんだ。

 

「かれはあんたのじゃない。あれはわたしのもの。わたしだけの勇者様」

 

恵は拓の首に手をかける。

 

「!?」

 

明らかに正気ではない母親に、拓は怯えることしかできないでいる。

 

「わたしの青春、わたしの“若さ”、わたしの幸せ、‥‥」

 

細い首にかけた指に、力を込める。

 

「お前が奪ったんだ!!お前のせいだ!!」

 

もがく拓。足をバタつかせ、必死に母親の手を自分の首から引き剥がそうとする。それは拓の意志というより、生存本能による抵抗だ。

 

──わたしのもの、わたしのもの、全部わたしのものよ!!

 

その時、奇妙なことが起きた。

なぜか、右手の指に力が入らない。

いや、違う。

指が切れている。

 

「‥‥痛っ!?」

 

何が起きたのかわからない恵は、左手で切れた指を押さえる。

 

──右から何か飛んできた?

 

その飛んできた何かに指を切られたのだ。

右にいるやつと言えば‥‥。

 

恵は右へ振り返り、そいつを睨む。

 

そいつは自分を撃ったレーザー銃を手で弄びながら、こちらを見て嫌らしいサディスティックな笑みを浮かべていた。

ユキだ。

 

──コスプレクソ女!!

 

「10秒だけ待ってあげる」

 

そいつは愉しそうに言った。

 

「は?」

 

恵は、目の前の鎧を着たイカれ女が何を言ってるのか理解できなかった。

 

「だ・か・らぁ」

 

ユキはわざとぶりっ子のように言う。健の前での毅然とした態度とはまるっきり違った。

 

「10秒だけ待ってあげるから、さっさと逃げなよ。鬼ごっこしましょ。ねえ?」

 

ユキは狂気的な笑みを浮かべる。

 

──こいつ、バカにして!!

 

このイカれ女!!

やっぱり警察なんかじゃなかった。こんな女に騙されるなんて。

健、あんたのせいよ‥‥

 

「それじゃあ、数えるね。10、9、8‥‥」

 

──クソックソッ!!

 

恵に選択肢は無かった。逃げるしかない。

恵は血塗れの手を押さえながら、ドアを開けて真っ暗な廊下へ飛び出した。

建物の構造は勿論、暗闇で右も左もわからない。

 

──健と、健と合流しないと!

 

健だけが頼みの綱だ。

 

うぅぅ…

 

あちこちから歩くクソッタレ死体達のうめき声がするが、どこにいるのか全くわからない。

運動不足の身体にムチ打ち、恵は闇雲に走った。

何かにぶつかる。

同時にグオオオッという咆哮があがる。

よく見えないが歩く死体ではなく化け物のようだ。

そいつが、右足に噛みつく。

 

「グッ‥‥!」

 

気を失いそうな激痛。

恵は自分の足を噛みつくそいつを思いっきり蹴っ飛ばす。

化け物が怯む。

その時、恵の背後から真っ赤な光線が飛び、怯んだ化け物の首をはねた。

 

「チッ、ハ~ズレ~」

 

あの女の声だ。

急いでここから逃げないと。

恵は歯を食い縛り痛みに発狂しそうになりながら、噛まれて血塗れの足で立ち上がり、再び走る。

 

走る。

走る。

 

途中で何かに触られたり髪や服を掴まれても。

 

──健、助けてっ!!

 

そう叫ぼうとしたが、代わりに口から出たのはヒュー、ヒューという気管支の悲鳴だけだった。

そして‥‥

 

「きゃあっ!!」

 

無傷だった筈の左足に、激痛が走る。

その場に倒れ、動けなくなる恵。

 

──咬まれたっ!?

 

違う。撃たれたのだ。

何とか上体を起こした恵に、ユキは冷たい笑みを浮かべながら近付いてきた。

 

「こ、殺すならさっさと殺しなさいよ!!」

 

身体を貫く猛々しい憤怒の奔流に支配され、歯をギシギシいわせながら、恵はユキを見上げて睨む。

 

──健、あんたは助けに来てくれないのね‥‥

 

恵は落胆しつつも、それを決して表に出さなかった。

 

「それは“かれら”の役目」

 

そう言ってユキは恵の後ろを指差す。窓から入る月明かりに照らされた“かれら”は紛れもなく、歩く死体ことグール達だ。

 

「あんたの子供は、あんたの望み通り始末してあげる」

 

ユキは嘲笑いながら言った。

 

「じゃあね」

 

ユキは恵に背を向け、暗闇に消えていった。

 

グール達が、恵にゆっくり近づく。

恵は必死に這いつくばって逃げようとするが、身体が動かない。

息が、出来ない。

果たして、グール達に追い付かれてしまう。

 

──嫌、嫌よ!!

 

恵に覆い被さり、肩の辺りに、足に、欠けた指に、グールが噛みつく。

 

恵は笑い出しそうだった。

これが私の人生の終わり。

これが。

こんなのが。

 

──どうして、彼らはわかってくれないんだろう。

 

嫌だって言ってるのに。

咬まれる度に、何かが脳内に、身体に入ってくる。

お前もこっちにこい。

お前もなかまになれ。

おまえも─

 

「いやよ!!!」

 

そうだ。

こいつらは言ってもわからないんだ。

私の言った通りだった。

外には“敵”しかいない。

 

──この身体は、()()()()よ!!

 

私の脳。

私の心臓。

私の身体。

私の手足。

わたしの、わたしの、わたしのもの!!

 

いつの間にか、恵は“敵”を食っていた。

その脳を。目玉を。手足を。

痛みはもうない。

傷も、ない。

 

──はっきりわかった。わたし、はっきりわかった。

 

この世で信じられるのは、自分だけ。

“敵”はみんな、駆逐してやる。

あのクソ女も。

あの中年オヤジも。

健も。

クソガキも。

 

「みんな、ころしてやる!!」

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