トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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キャラクター

★ユキ
性別:女性
種族:異世界人
年齢:24
主人公その一。
異世界の町に住む女騎士(?)。火炎魔法と射撃、剣術が得意。
身体能力や身体の頑健さは常人を遥かに越える。
内向的激昂を秘める危うい性格でストーカー気質。

★佐藤敏夫
性別:男性
種族:人間
年齢:中年
主人公その二。
トラックドライバーの一般人。
内心は臆病だが虚勢を張りがち。
「主人公になるはずの男」をトラックで轢いたことを機に、怪異に巻き込まれてしまう。

★宇崎健
性別:男
種族:人間
年齢:推定16~19
小さな会社に勤めるブルーカラーの男。
理不尽なまでにタフだったばかりに、主人公になり損なった。
赤の他人であっても助けようとする慈愛の心と悪を許せない正義感を併せ持つが、怖がり。

★魔物
20年ほど前から異世界の各地に現れた謎の生物群。
その生態は殆ど解明されていないが、人間に敵対的なことだけは明らか。



第一話

 ──プリズン町──

 

 人口僅か三万人。

 

 特産物は皆無。

 

 観光地と呼べるのは町の南側にある、現在は使われていない巨大な刑務所だけ。

 

 そんな寂れたシティタウン。

 

 唯一の長所といえば、犯罪率が王国内で最低ということぐらい。だがそれも数ヶ月前までのこと。

 

 ここ数ヶ月。若者が次々と行方不明になっていた。

 

 “ここに嫌気がさして都会に出ていったのだろう”

 

 住人達は、不安を誤魔化すように口を揃えてそう言った。

 

【1】

 

 ──ああ、まったくもう!

 

 ユキは昨日の自分に憤慨した。仕事で扱うスタンプ一式が収納されたケースが、なぜか洗面台の下に置いてあったからだ。

 

 ──出したらしまう、でしょ。

 

 ユキは自分の額に軽くゲンコツをして、それから急に恥ずかしくなり、周囲を見渡した。

 誰もいない少し広めの部屋。

 机の上に山のように積まれた書類。

 壁にかかった自分の鎧と武器。

 カーテンの無い窓。

 そして、壁に貼られた─

 

 ~プリズン町警備局 この町の治安を守ります~

 

 ─と、記された大きなポスター。

 それは警備隊長に任命されて以来、ユキが毎日目にする光景だった。

 ユキは湿気ってベタつく床に置かれたケースを拾いあげようとして、目の前の鏡の向こうに映る自分と目があった。

 ショートカットの緑の髪。真っ赤な瞳。牙のように鋭い八重歯。

 ユキのこの見た目は生まれつきのものだ。医者によると、「先祖帰り」という先天的な病らしい。

 

 「ハロー?元気?バンパイアさん」

 

 ユキは目があった相手が余りにも気だるそうだったため、思わずエールを送ってしまった。

 

 ──元気なわけないわ。退屈過ぎて死にそうよ。

 

 こんなはずじゃなかった。いまの私を見たら、きっとお父さんもがっかりするはず。

 

 ユキの父、アキヒトは王国で指名手配されるほどの大泥棒だったが、ユキを町の治安を守る警備隊に入るよう勧めたのもまた、他でもないアキヒト自身であった。

 

 曰く、お前には全うな人生を歩んで欲しいと。

 

 今は刑務所暮らしの父の言葉を思いだして懐かしい感情が押し寄せるが、すぐにそれは憤りに変わる。

 

 ──身勝手よね。私に盗みのテクニックを散々叩き込んでおいて、あんなこと言うなんて‥‥どの口が言うんだか‥‥。

 

 だがそれは父の優しさでもあった。ユキにもそれがわかっていたから、憤りはすぐに過ぎ去り哀しさが押し寄せる。

 

 ──でも、私は頑張ったわ。だから訓練学校では首席だったし、こんな田舎の町の警備局とはいえ局長の次に偉い警備隊長になった。でも、その結果がこれよ‥‥。

 

 ユキのバンパイアのような特異な容貌は、魔物の被害が年々増加傾向にある昨今において、警備局へのマイナスイメージになりかねない。そう判断した局長の意向により、隊長に任命されてからというもの、ユキはひたすら書類に判を押すという猿でもできる仕事を押し付けられていた。

 

 「そろそろ始めるか‥‥」

 

 始めるのは、もちろん仕事だ。すでに始業時間から30分が経過していたが、彼女を咎めるものは誰もいない。

 ユキはスタンプケースを机に乱暴に置いてから、カップを手に取り角砂糖を七つも入れた。

 コーヒーの入ったポッドを掴み、魔法で加熱する。

 そしてカップにコーヒーを並々と注ぎ、少しだけ啜ってから席に着いた。

 書類の山の頂から、一枚手に取り机に置く。

 書類の不備を確認し問題無ければ「認可」、そうでなければ「不認可」の判を押す。

 たったそれだけの作業。

 

 ガチャン、ガチャンという判を押す音が、一人だけの空間に響く。

 

 ──みじめだ‥‥。

 

 せっかく、警備隊員になったのに。隊長になれたのに。

 

 単純な作業を延々と繰り返していると、嫌な考えや記憶達が、頭の中を支配し始める。

 

 クラスメイトから「魔物の娘」だのと呼ばれ嫌がらせを受けたこと。

 新人の女に化粧のブランドを知らなかったことで笑われたこと。

 それにケン‥‥

 

 ──ケン‥‥好きだったのに‥‥。

 

 ケンことケネスは隊長の補佐役、“副隊長”を務める男である。そして肝心のユキがこの有り様であるため、実質的な隊長と言える立ち位置となっていた。

 

 ──あなただけは、私に優しかった‥‥。

 

 皆が私に冷たく当たっても、あなただけは優しく接してくれた。

 いつかは花をくれたし、キーホルダーをプレゼントしてくれたこともあった。

 でも、あなたは誰にでも優しいだけだった‥‥。

 

 ケンは2年前、結婚した。

 相手はユキと出会う前から付き合っていた恋人だ。

 思わせ振りな態度は、本人も自覚がない八方美人であった。

 

 ──でも、それだけならまだ良かった。

 

 問題は結婚相手の“あの女”‥‥。

 職場で除け者にされるのは別に構わない。

 今の仕事だって、これで他人(ひと)より高い給料が貰えると思えば儲けものだ。

 でも‥‥“あいつ”だけは我慢ならない。

 “あいつ”はハイスクールの時からずっと、私に嫌がらせをしてきた。

 そして、それは今も続いている‥‥。

 許せない‥‥。

 

 『そうか、隊長か。そりゃ大出世だな!鼻が高いぜ!』

 

 次に浮かんだのは父と面会した時の記憶。

 本当に嬉しそうだった父の顔を思い出す度に、心がズキズキと痛む。

 

 ──なんで、なんであんなロクデナシに褒められただけで‥‥。

 

 嬉しかったし、期待に応えたかった。

 なのに‥‥。

 

 ガチャン

 

 ガチャン

 

 ユキは判を押し続けた。

 それで嫌な記憶をペチャンコにするかのように。

 

【2】

 

 佐藤敏夫は強烈な睡魔に耐えながら、大型保冷トラックの運転席でハンドルを握り、アクセルを踏んでいた。

 

 ──ああ、くそ。夜通しの仕事はいつもこうだ!

 

 人体とは不思議なもので、事前に十分な睡眠をとっていても、一晩中起きていたというだけで果てしない眠気に襲われる。

 敏夫は既に蓋が空いた栄養ドリンクを素早く飲み干し、カーナビの液晶画面に表示された今日の日付をチラ見する。

 

 ──でも、今日は金曜日だ。あと少しだ。昼まで耐え抜けば、あとは家に帰ってぐっすり寝れるし、土日には好きなこともできる。録り貯めておいたドラマやアニメを観るのもいいし、積んであるゲームをやってみるのもいいだろう。あと少しの辛抱だろ?頑張れ俺‥‥。

 

 そう自分に言い聞かせ、金曜日の朝を迎える。敏夫もそんな、どこにでもいる平凡な社会人の一人であった。

しかし実のところ、敏夫はそろそろ今の仕事を辞めようかとも考えていた。貯金は十分貯まった。少なくとも数年間は働かずに済むだろう。そうなれば、さっき思い浮かべた休日は当たり前の日々になるのだ。

 

 「はは、この俺が中年ニートか」

 

 ──でも、俺にそんな度胸はない。この歳で、今さら別の生き方なんて‥‥‥。

 

 敏夫は最近の悩みごとを考えることで、眠気を懸命に誤魔化していた。

 

 「そろそろ円伐(まるばつ)町か」

 

 敏夫はクラッチを踏んでギアを切り替え、

 

 ──この辺りは人通りが少ないからな。

 

アクセルを深く踏み込み法定速度をやや越えた速度でトラックを走らせた。

 

【3】

 

 宇崎健は職場である工場へと、早歩きで急いでいた。車を所有・維持できるだけの資金的余裕を持たない彼にとって、通勤手段は徒歩一択である。

 

 ──ちくしょう!!寝坊しちまった!!二日連続で遅刻はマズイ!!

 

 健にとって、自分の取り柄は生真面目なところだけである。だから、寝坊で遅刻なんてことは自分のアイデンティティーを揺るがす事態に他ならなかった。

 ここ数日間、健は“得たいの知れない不安”からなかなか寝付けず、寝不足な状態が続いていた。それが若さ故のありふれたものなのか、他の何かのせいなのかは、本人にも分からない。ただ、健はこれのせいで昨日、既に遅刻してしまっている。

 

 ──高遠班長は笑って許してくれた‥‥‥でも‥‥。

 

 心が痛かった。

 

 健は左手に着けた安物の腕時計を見る。

 

 ──そろそろ走るか‥‥。

 

 早歩きから全力疾走へ、シームレスに切り替えた健は、目の前の信号が青に切り替わったのを確認し、横断歩道を渡る‥‥‥が、渡りきることは出来なかった。

 

 なぜなら信号無視し猛スピードで突っ込んできた大型トラックに撥ね飛ばされてしまったからだ。

 

 そしてそれが、彼にとって、“本当の悪夢”が始まる合図となった。

 

【4】

 

 敏夫はブレーキを目一杯踏み込んでトラックが動きを止めてから、数年ぶりに、しばらく頭の中が真っ白になっていた。

 

 ──人を‥‥‥轢いちまった‥‥‥。

 

 敏夫はヨロヨロと運転席から降りると、トラックの数メートル前方に不自然な姿勢で倒れている血塗れの男を発見する。

 

 ──俺が‥‥‥轢いたのか‥‥‥嘘だろ‥‥?確か、早く救急車と警察を呼ばなきゃいけないんだよな‥‥‥じゃないと罪が重くなるんだ‥‥いや、でも‥‥‥。

 

 敏夫の脳裏に殺人、逮捕、裁判、有罪、全科、無職、賠償‥‥といった単語が次々に浮かぶ。

 

 ──俺の貯金程度じゃ、賠償金なんか払えない‥‥‥。

 

 敏夫は血塗れの男に背を向け、辺りを見回す。

 

 ──辺りには誰もいない‥‥‥今なら‥‥。

 

 よからぬ考えが浮かび始めたその時、

 

 「おいあんた!!」

 

男の声を聞いた。

 『背筋が凍る』という感覚を思い出す。

 

 ──誰かに見られた?それとも‥‥。

 

敏夫は、恐る恐る振り返る。

そこにいたのは‥‥‥

 

「嘘だろ!?」

 

作業着を着た血塗れの男だった。そして、その男は紛れもなく敏夫がトラックで撥ねた男に他ならない。

 

 ──トラックに撥ね飛ばされても生きてる人間なんてありかよ!?

 

 「そこを、動くな」

 

 血塗れ男は静かな、しかし怒りのこもった口調でそういうと、ずんずんと俊夫に歩み寄って来た。

 

 「ヒィィィィィ!!」

 

 血塗れの男が怒りの形相で自分に近付いてくる。

 男は敏夫よりほんの少し背が高く、細身で、作業着越しでもわかるような引き締まった肉体を有していた。所謂、“細マッチョ”というやつである。

 

 ──うわぁ、明らかに強そうなやつを怒らせちまった‥‥。メッチャ睨んでるし、最悪、殺されるかも知れねぇ!!

 

 敏夫は恐怖した。

 そして本能に従いトラックの運転席に逃げ込み発進させようとするが、

 

 ──く、くそ、動かねぇ!!

 

 クラッチ操作に失敗しエンストしてしまう。いつもは出来ることでも、パニックになると出来なくなるものである。 

 果たして、敏夫は血塗れ男に運転席から引きずり出され胸ぐらを掴まれる。

 

 「てめェ!!クソオヤジ!!轢いたのはともかく救急車は呼ばねぇわ逃げ出そうとするわどういうつもりだ!?」

 

 大声で怒鳴る血塗れ男。

 

 ──轢いたのは良いんだ‥‥‥って言ってる場合じゃねぇ!!どうにかこいつの怒りを鎮めねぇと‥‥。

 

 「す、すんません!!ちょっと、ビビっちまって‥‥‥」

 

 言い訳にもならない弁明を試みる敏夫。

 

「轢き逃げは重罪だぞ!!わかってんのかよ!?」

 

 ──くそ、んなことわかってんだよ!!無事なんだから良いじゃねぇかよ!

 

 逆ギレしたくなる衝動を抑えつつ、敏夫は打開策を模索する。

 

 「頼む、赦してくれ!!女房と娘がいて俺の帰りを待ってるんだ!!」

 

 そう言いながら敏夫は懐から同僚の妻と娘が映った写真を血塗れ男に見せつける。

 

 「なんだと!?そんなもんで‥‥」

 

 ──やはり駄目か‥‥

 

 敏夫は諦めかけるが、

 

 「く‥‥ちくしょう‥‥」

 

 わかりやすく動揺する血塗れ男。

 

 ──あれ?

 

 「‥‥‥‥‥わ、わかったよ、赦してやるよ!!」

 

 血塗れ男は吐き捨てるように言った。

 

 「お前のせいで俺は二日連続で遅刻だし、新品の制服は台無しだ!!さっさと失せやがれ!!」

 

 「あ、ありがとうございますぅ!!」 

 

 敏夫は笑いを堪えた涙を利用して感謝のあまりに泣きそうな演技をする。

 

 ──へ、バカで甘っちょろいガキめ。お前こそさっさと失せやがれってんだ。

 

 そう敏夫が内心で嘲笑った直後。

 突然、大音量のサイレンが円伐町中に響き渡る。

 

 「あれは、災害時の緊急サイレンか?」

 

 血塗れ男はそう呟いた。

 そして、今度は地面がガタガタと揺れる。

 アスファルトの道に亀裂が走る。

 電柱が倒れる。

 

 「なんだ!?地震か!?なんなんだよちくしょう!!」

 

 ただただ混乱した様子の血塗れ男。さっきまでのホラー映画に出てきそうな気迫は何処へやら、今の彼はリアクション芸人と成り果てている。

 

 ──サイレン、地震‥‥‥今度は何だ!?

 

 血塗れ男が大袈裟に騒いでくれたお陰で、敏夫は割と冷静であった。

 と、急に辺りに濃霧が立ち込める。

 

 ──霧か‥‥‥まるで、スティーブン・キングの小説か、あのホラーゲームみてぇだな‥‥‥。 

 

 敏夫は、昔読んだ小説を思い出す。

 

 ──サイレン、地震、霧‥‥‥次に来るのは‥‥‥いや、まさかな‥‥‥。 

 

 「なあ、おっさん、今、何て言ったんだ?」

 

 突然、血塗れ男が話しかけてきた。

 

 「い、いや、何も‥‥」

 「本当かよ?たしか、『神よ、何故私を見捨てられたのですか?』とか言ってなかったか?」

 「言ってねぇよ!!」

 

 ──何言ってんだこのクソガキ。

 

 その時、

 

 「うわああああああ!!」

 

声が聴こえた。 

 

 「何だよ今の!?」

 

 血塗れ男は相変わらずオーバーなリアクションを見せる。

 

 「い、行ってみるぞ」

 

 血塗れ男は敏夫のシャツを引っ張って連れていこうとする。

 

 「俺もかよ!?」

 

 抵抗する敏夫。だが、血塗れ男は怪力だった。強引に連行されてしまう。

 二人は声がした方へ歩いていく。

 二人はやがて、霧の向こうに倒れた人影を見つけた。警官のようだ。

 

 「あのぉ、お巡りさん?大丈夫ですか?」

 

 血塗れ男が呼び掛ける。

 返事は、無い。

 更に近付く。

 更に。

 更に。

 そして‥‥‥‥。

 

 「ひぃぃ!!し、死んでる!!」

 

 警官は左半身が無かった。

 

 「マジ‥‥かよ‥‥」

 

 敏夫は、昔読んだあの小説の通りの展開に戦慄した。

 

【5】

 

 地震が収まったのを確認したユキは、恐る恐る机の下から這い出てゆっくり立ち上がった。

 

 ──ただの地震なんかじゃない。

 

 そう感じた。もちろん根拠はない。

 窓に目をやると、何故か異様に白い。霧だ。

 ここから見えるはずの、僅か数十メートル先の正門が、辛うじて輪郭だけ見えるほどの濃霧。

 

 ──濃霧?

 

 おかしい。プリズン町には湖や沼地はない。こんな濃霧が、自然に発生することなんてあるだろうか。

 

 その時、

 

 「うわあああああ!!」

 

 下階から悲鳴が聞こえた。

 

 「撃て、撃て!!」

 「うわあああああ!!」

 「退避だ!退避!!」

 「銃が効かない!!」

 

 人間の断末魔が聞こえる。

 そして、ガシャンという何かが破壊される音。

 

 ──何が起きてるの?

 

 ユキは胸の鼓動が高まるのを感じた。

 ゾワゾワする。

 なにか、とんでもないことが起ころうとしている。

 いや、既に起こっている。

 

 何かしなくては。

 何か、行動しなくては。

 自分はこんな緊急事態に対処するために訓練を受けたんじゃないのか?

 そう頭では理解できても、身体は動かない。

 断末魔が脳裏にこびりついている。

 怖い。

 

 やがて、悲鳴も声も物音も聞こえなくなった。

 どれだけ時間が経ったかもわからない。

 

 『いいかユキ、まずは状況をよく見極めるんだ』 

 

 父の声だ。

 

 ──そうだ、まず、下階の状況を確かめないと。

 

 そう思い、部屋のドアを開けようとした─

 

 ドンドン!!

 

ドアがノックされ、すぐに開かれた。

 現れたのは、ケンだ。

 

 「隊長!!」

 「ケン?どうしたの!?その血は!?」

 

 ケンは血塗れだった。いつもは男前の顔が、恐怖で歪んでいる。

 

 「敵襲です‥‥魔物の‥‥」

 

 魔物。それは近年─20年前くらいから─急に出現し始めた人間に敵対的な生物の総称だ。

 だが、いくら魔物とはいえ“敵襲”という表現に引っ掛かった。警備局員は全員、レーザー銃を装備しているし、強力な魔法も使える。だから、魔物などいくら来ようが一捻りのはずだ。

 

 「下で何があったの?」

 

 とにかく情報を集めなくては。

 

 「触手が‥‥」

 

 ケンは声を詰まらせる。

 ユキは固唾を飲み込んだ。

 

 「触手だけが見えました。それで、オフィスの職員はみんな‥‥」

 

 ケンはユキの目と目を合わせた。

 

 「みんな、殺されました。一瞬で。何人生き残ってるかもわかりません」

 

 ケンは悲痛な表情を浮かべながら言った。家族の次に大事な部下達を失ったのだから無理もなかった。

 

 一瞬でオフィスの職員─約20人─を殺す魔物。そんなものユキは見たことも聞いたこともない。背筋が凍った。

 

 「局長は?」

 「所在不明です」

 

 ──あのスケベジジイ‥‥。

 

 あの小心者の局長のことだ。きっと、皆を見捨てて逃げたに違いない。

 

 「軍に連絡は?」

 

 軍の武器なら、さすがになんとでもなるはずだ。

 

 「駄目です。無線機も、魔法通信ネットワークも、何者かに妨害されていて‥‥」

 

 ──え?

 

 「待って、じゃあ、これは人為的に引き起こされたの?」

 

 そうとしか考えられない。通信を妨害する魔物などいるはずがない。

 

 「わかりません。今は情報が少なすぎます」

 

 ──まあ、そうよね‥‥。

 

 結論を出せるだけの情報は何もない。

 とにかく、警備局員でもまとめて瞬殺してしまう、とても強力な魔物がいる。そして、それ以外のことは何一つわかっていないのが現状だ。

 ユキはそこでハッとした。警備局員でもまとめて瞬殺できるということは、訓練を受けていない一般の人達は‥‥。

 

 「住民への避難勧告は?」

 

 ユキは慌てて訊ねる。

 

 「既に発布しました」

 

 が、ケンは落ち着いて答えた。

 

 ──しっかりしてる‥‥。

 

 ユキは隊長になって以来、一度も指揮をとったことがない。

 ケンの手際の良さが、ユキを余計にみじめな気分にさせた。

 

 「一般人達を救助するにしろ、魔物を殲滅するにしろ、私達二人だけでは出来ることに限度があります。なので、とにかく今は一刻も早く町から出ましょう。町の外へ出て軍を呼び、彼らに任せた方が結果的には多くの命を救えるはずです」

 

 ケンは冷静に言った。

 

 「そうね。それがいいわ」

 

 ユキは賛成し、

 

「準備するから、ちょっと待ってて」

 

と言ってから壁にかけられた鎧を装着し、長剣と短剣、レーザー銃二丁を腰のホルスターに納めた。

 

 「行きましょう」

 

 準備万端なユキはケンと共に部屋を出た。

 

【6】

 

 敏夫は警官の遺体をまさぐっていた。

 

「おい、何やってんだ?」

 

血塗れ男の言葉を無視し、死体を漁る。警官が持っているもの‥‥拳銃が望みの品である。しかし、見当たらない。

 

──左半身ごと持っていかれたか‥‥。

 

敏夫は落胆し─

 

「動くな!!二人とも手を上げてゆっくりこっちを向け!!」

 

突然の意識外からの怒声に、心臓が喉から飛び出しそうになりながら、敏夫はそいつの命令通り手をあげ、ゆっくりと振り返る。

 

──ちくしょう、なんだってんだ!!

 

「わ、わかった、撃たないでくれ!!俺は──」

 

相変わらず大袈裟なリアクションをして、手を上げながら血塗れ男が言う。

 

「いいからさっさとこっちを向け!!」

 

敏夫と血塗れ男はそいつの方へゆっくりと向いた。

そいつは警官だった。

 

「お前達が、彼を殺したのか?」

 

警官は惨殺死体をチラ見してから二人に問いかける。

 

「違ぇよ!!俺たちが人間を真っ二つにする武器を持ってるように見えるか!?」

 

血塗れ男は怒鳴りながら返す。

 

──おいおい、あんまり刺激すんなよ‥‥。

 

敏夫はハラハラしながら黙って手を上げ続ける。

警官は敏夫と血塗れ男を交互に見てから、しばしの沈黙の後、銃を下ろした。

それを見た敏夫と血塗れ男もほっとして上げた手を下ろす。

 

「銃を向けてすまないな。まだ状況が把握できて無いんだ」

 

警官は申し訳なさそうな態度で言った。

 

「彼はあんたの知り合いかい?」

 

血塗れ男が質問する。“彼”とは惨殺死体のことだ。

 

「ああ、世話になった先輩だ。」

 

「ああ、そりゃ‥‥‥」

 

血塗れ男はかける言葉が見つからないようだ。

 

「とにかく、まずは安全な場所を見つけて、それから─」

 

警官の言葉はそこで途切れた。

警官の上半身が後ろに倒れる。

下半身は前に倒れた。

警官は真っ二つになっていた。

倒れた警官の代わりに、そこに立っていたのは奇妙な生物だった。

大型トラックのタイヤ位の大きさの肉団子に、人間の手足が生え、手首の先は巨大な鎌。警官を真っ二つにしたのは、その血にまみれた二つの鎌に他ならなかった。

 

「ヒィィィィィ!!何だこいつ!!」

 

血塗れ男は相変わらずだ。

 

──化け物‥‥‥ホントに出やがった!!

 

敏夫は最悪な予想が的中したことに絶望する。

化け物が、鎌を突きだし敏夫に襲いかかる。

 

「うわああああああ!!」

 

敏夫は、己の死を予感する。両手で顔を庇い、目を閉じ、全身の筋肉が強ばる。次に彼は、自分の身体が切り裂かれる音を聴くだろう‥‥‥。

 

だが、彼が代わりに聴いたのはキィンッ!!という金属音だった。

 

敏夫は恐る恐る目を開ける。

目の前には、血塗れ男がいた。

男は、化け物の鎌を、大きなモンキースパナとパイプレンチの二刀流?で防いでいた。

 

──俺を、助けてくれたのか?化け物と張り合ってやがる‥‥。

 

敏夫がアホ面で感心していると、

 

「おい、おっさん!!ボケッとしてないでこいつを銃で撃ってくれよ!!」

 

血塗れ男に怒鳴られる。

 

「銃?そうか、警官の!」

 

敏夫は急いで警官の手から拳銃をもぎとると、化け物に向かって撃った。

 

一発。

二発。

 

──サバゲーで鍛えた銃さばきを見やがれ!!

 

しかし、二発の銃弾は素早く防御姿勢をとった化け物の鎌に防がれてしまう。

が、それが化け物にとって、致命的な隙となった。

血塗れ男はスパナとパイプレンチを躊躇なくその場に放り捨て、化け物に突進してその両手首‥‥鎌の付け根を掴んだ。そして、肉団子のような胴体に、強烈なヤクザキックをお見舞いする。()()()()()()()()()()()()で。

後ろに吹っ飛ばされ尻餅をついた化け物には、腕が無かった。さっきまで腕がついていたはずの場所から、真っ赤な血が滝のように吹き出している。

血塗れ男は化け物の腕を無造作に放り投げ、腕がないせいで上手く立ち上がれない化け物に素早く馬乗りになると、その胴体を何度も殴った。

 

「ぐおおおおお!!くたばれぇ!!」

 

血塗れ男は獣のように叫びながら殴り続ける。

殴られる度に、血を吹き出しキィキィと耳障りな悲鳴をあげる化け物は、やがて、動かなくなった。

 

「はぁ、はぁ、なんとか倒せたな‥‥‥」

 

 血塗れ男は乱れた息を整え、少し落ち着いてから、靴で化け物を小突いて言った。

 

「ああ、俺たちでもなんとかなったな。」

 

敏夫は“俺たち”を強調した。

 

──実際、俺が撃ったお陰で隙ができたしな。

 

「ああ‥‥‥俺は宇崎健だ、よろしくな」

 

血塗れ男‥‥健は肯定してから、名乗り、握手のため右手を差し出す。

 

──こいつはクソ強い。警官でも勝てない化け物を、素手で殺した。

 

それに、トラックに撥ねられてもピンピンしてるほどタフなやつだ。

あの化け物が、一体だけとは思えねぇ。

生き延びるには、こいつと手を組むしかねぇ。

 

しばし考えてから、敏夫は健の右手を握り返した。

 

「俺は佐藤敏夫。長い付き合いになりそうだな。」

 

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