トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件 作:佐藤寛
【11】
ユキはテーブルに置いた自分の手と手の間の辺りをぼーっと見つめながら、今後のことを思考が定まらない頭で考えていた。
──これからどうしよう。
正義の味方を気取り、二人と共に町から脱出する。そんなことが許されるのだろうか。
‥‥人を一人殺しておいて。
それに、ユキはここがどこなのかわかっていない。
衝動的で発作的な殺人を犯してしまい、ひたすら逃げてきたら、いつの間にか見知らぬ町並みにいたのだ。
──ケンを殺した時、私は南を向いていた。
それで、まっすぐ走り続けた。
だから、本当なら‥‥ここがプリズン町なら、今私がいる場所は閑散とした住宅街のサウスヒルズ地区のはず‥‥。
でも、違う。
私は何故気付かなかったのだろう。
狂気的なまでに舗装された道に、見知らぬ建物たちに。
それは、ユキがそれほどまでに正気を失っていた証だった。
「お待たせ」
健が顔をタオルで拭きながら戻ってきた。
「よう、遅かったな」
「それで、俺が顔を洗ってる間に警察に電話ぐらいしてみたんだよな、おっさん」
「ああ‥‥ええと‥‥」
目を逸らす敏夫に呆れ、健はため息をつく。
「オーケイ‥‥カウンターに電話があるはずだ」
健はそう言ってカウンターの方へ向かい、ユキたちの席からは見えなくなった。
それから数分後、健は雑誌らしきものを手に戻ってきた。
「駄目だった」
「回線が混雑してんだろ?」
敏夫はこの結果を予想していたらしく、半笑いだ。
「いや、呼び出しても誰も出ない」
「は?」
「コール音が鳴っても誰も出ないんだ」
敏夫の表情が変わった。笑みが完全に消える。
「それで─」
健が席に着きながら雑誌をテーブルに広げる。
それは雑誌ではなく地図帳だった。
「ユキさん、これが円伐町。で、俺たちがいるのは─」
──これって‥‥!
ユキはその地図を見て思わず立ち上がってしまった。
それは見間違いようもない。親の顔より見た──
「こ、これ、プリズン町よね?」
ユキは上ずった声で訊ねた。
「何度も言ってんだろ?円伐町だってさぁ」
敏夫は呆れた声で答える。
──どういうこと?
自分は間違ってないはず。
そう確信しているはず。
が、嫌な考えが脳裏をよぎる。
おかしいのは自分なんじゃないか。
本当はこの町はマルバツ町とやらで、プリズン町なんてのは自分の妄想なんじゃないか。。
ありもしない町のありもしない職業に就いて働いている妄想を信じ込んでしまった憐れな精神異常者の自分‥‥。
そんな映像が脳裏に浮かんでしまった。
吐き気がする。
でも、やっぱりそれは違う。
ユキの両手には、ケンを殺した時の感触がまだ残っている。
もし私が正気を失っているなら、一番に妄想で無かったことにしたい罪を、私がまだ憶えているはずがない。
つまり私は‥‥正気だ。
「そういう言い方、嫌いだな」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる敏夫に健は強い口調で言った。
「‥‥ユキさん、冗談とか嘘ついてるわけじゃないのはわかるし、言ってることも信じるよ。見たこと無い化け物が徘徊してて、ユキさんはさっき魔法みたいに敵を倒した。だから、今は何が起きても不思議じゃないってわかるんだ」
ユキは健のその言葉に泣きそうになった。だが、
「ただ、これだけは間違いなく言えるんだ。ここは円伐町だって」
希望が絶望に変わる。
「俺は‥‥この町に来てもう数年になる。だから─」
「私だってそうよ!この町に常勤してもう5年よ!?間違えるはず─」
「わかったぞ!!」
半泣きで叫ぶユキの声を遮ったのは敏夫だ。
「なあ、女騎士さん。あんたの言ってる“プリズン町”ってのは、異世界の町なんじゃないか?」
──は?
この男はいきなり何を言い出すのだろう。
異世界?
「なんだよ、異世界って」
健が訊いた。
「なんだ知らねえのか?SF小説とか読んだことねぇのかよ。教養がなってねぇなぁ」
大袈裟に呆れてみせた敏夫に対し、健はムスッとする。
「何なの?異世界って」
「読んで字のごとく異なる世界さ」
話が見えてこない。
「俺が読んだ本の話だとな、この世には鏡面世界ってのがあるらしい。瓜二つの全く別の世界が隣り合わせになってるんだ」
敏夫はなんだか楽しげだ。
「あんたの世界がそれなんじゃねぇかってな、俺は考えるわけよ。んで、異世界同士が何かのきっかけ‥‥例えば、さっきの地震の衝撃とかでくっついちまったんだ。現に俺たちが知らない化け物が我が物顔で練り歩いてやがるしな」
──なるほど‥‥?
「確かに‥‥それだと辻褄が合いそうだな。普段なら何言ってんだこのおっさんってなるけど、今は異常なことがたくさん起こってるしな‥‥」
健はうーんと唸ってから、
「ユキさんはどう思う?」
突然ユキに話を振った。
──え?私?ええと‥‥。
わからない。
信じられない。
確かに、本とかで“異世界”は出てきたりするけど、それはフィクションだ。
現実とはとても‥‥。
「俺は‥‥俺にも真偽はわからない。でも今持ってる情報だけで判断するなら、信じるしかないと思う」
そう話す健に、ユキは既視感を抱いた。
彼の生真面目さや誠実さはケンに似ている‥‥。
「そ、そうね。私もそう思う‥‥」
ユキはそう答えるしかなかった。