トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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第二話

 ユキは町に四つある見張り台の内の一つに立って、双眼鏡で町の様子を観察していた。

 

 当然、町はスモッグが発する霧に包まれているから、それ程遠くまでは見渡せない。でも、地上での視界の悪さよりはいくらかましであった。

 

 ユキは調査隊の報告を思い出す。

 曰く、異世界の町がこの町プリズンと融合し、迷路のようになっていると。

 曰く、警備隊は壊滅し、生存者の人数等は不明と。

 

 解ったのはこれだけだった。何故、魔物達がこの町に集結しているのか。何故、異世界の町が突然こちらの世界に顕現したのか、あの地震との関連性はあるのか、何もかも不明瞭だった。

 

 双眼鏡のレンズの先には、地獄が広がっていた。

 抵抗も虚しく一方的に魔物に屠られていく警備隊員達。

 逃げ惑うばかりの一般人達。

 そして、同じく逃げ惑う、オシャレをした自分と同年代の女達。

 

 ──ざまあみろってやつよ。

 ──助けてほしいの?まったく、こんな時だけ都合のいい‥‥。

 ──あのクソビッチどももざまあみろ。暇さえあれば付き合っただの振っただの振られただの‥‥そんな話ばかりして、クソ、クソ、化粧のブランドを知らないことが、そんなに恥ずかしいことだっての!?

 

 ユキの脳裏にトラウマがよみがえる。

 

 ──駄目よ、駄目。楽しむの。せっかくの非日常なんだから。忘れたの?今日は私の誕生日なんだから。

 ユキはブンブンと頭を振って、嫌な記憶を振り払う。

 

 ──ん~?あれは‥‥。

 

 そして、双眼鏡を覗き続けていたユキは、面白いものを発見した。

それは、副隊長だった。部下達と離れ離れになり孤立してもなお、懸命に魔物と戦っている。

 

 ──あなたは、あなただけは、私に優しかった。だから、本気で好きだった頃もあったのよ。でもね。あなたは誰にでも優しいただの八方美人だった。まさかあんなやつと結婚するなんて‥‥‥。

 

 ユキはレーザー銃に、スコープとロングバレルを慣れた手つきで取り付け、ビームの収束率を最大にする。

 

 ──フフ、あんたは私が終わらせてあげる。部下想いのあんたのことだから、生きてるのも辛いでしょ?沢山死んじゃったしねぇ?

 

 ユキはスコープを覗き、副隊長に照準を合わせ、

 

 ──腹の辺りでいいかな?

 

引き金を引いた。 

 

 副隊長は腹を撃たれた刹那、腹を押さえて前屈みになりながらその場から走り去った。

 

 ──あーあ、逃げちゃった‥‥‥。

 

 ユキはがっかりしたが、すぐに素敵な、そして邪悪なことを思い付くと、鼻唄を歌いながら見張り台から飛び降りた。常人ならば転落死してもおかしくない高さであったが、ユキは魔物由来の頑健な骨格と肉体を有していたために怪我一つ負わずに着地できた。 

 

 ──ええと、副隊長がいたのはこっちの方角だっけ?

 

「ヒィィィィィ!!」

「嫌ァァァァァ!!」

 

 あちこちで住民達や隊員達の阿鼻叫喚が起こっている。

 ユキは気にせず、鼻唄を歌いながら霧の中をずんずんと進んでいく。こころ、おどらせて。

 と、一体の怪物が霧の中から現れユキの前に立ち塞がった。

 そいつは狼の頭を持つ、全身が毛皮に覆われた獣人タイプの魔物、その名も狼頭(ウルフヘッド)。随分安直な名前だが‥‥

 

 ──でもしっくり来るのよ。

 

 ユキは長剣を抜くと、得意の火炎魔法で刀身に炎をまとわせる。

 狼頭はユキに猛然と襲いかかる‥‥が、ユキは狼頭の突進を最低限の動きでかわして背後をとり、その背中に斬撃を食らわせる。

 狼頭は身体の内側を焼かれる激痛を味わい、のたうち回り、10秒足らずで息絶えた。

 ユキは倒れた狼頭を一瞥もせずに進む。やがて、副隊長が自分に撃たれた場所に辿り着く。

 

 ──あとは血のあとをたどっていくだけの楽なしごとよ。

 

 ユキは副隊長の血痕をたどっていき、一軒の民家へ辿り着く。

 家のまえには、住人らしき惨殺死体が横たわっている。

 

 「おじゃましま~す。」

 

 ユキは死体に挨拶してから、民家の入り口のドアの前に行く。そして、深呼吸してから、血塗れのドアノブを回した。鍵はかかっていなかった。

 ユキは家に入ってすぐ、副隊長を発見することができた。

 副隊長は血塗れになった腹を押さえ、居間の角で壁にもたれかかり座っていた。

 鍛え上げられた大きく屈強な肉体と、渋い男前な顔は相変わらずに、その表情は苦痛と絶望で歪んでいる。

 

 「副隊長!!無事だったか!!」

 

 ユキは頭の中で行ったリハーサル通りの、嬉しさと絶望の入り交じった表情で副隊長に話し掛けた。

 

 「うう、隊長‥‥貴方も‥‥」

 

 副隊長はかなり辛そうだ。ユキも思わず同情してしまう。

 

 「奴らにやられたのか?」

 

 白々しく質問をする。

 

 「いいえ、撃たれました。裏切り者がいます‥‥」

 

 ──そりゃ私が撃ったからね。 

 

 「何!?誰にやられた!?」

 

 ユキは「裏切り者への怒り」を精一杯演じた‥‥‥笑いそうになるのを必死で堪えながら。

 

 「解りません‥‥」

 

 ──でしょうね。あんたからは見えない距離と角度から撃ったんだから。

 

 「待ってろ、今、止血してやる」

 

 傷付いた部下を介抱する上官。端から見ればそうとしか見えないだろう。

 

 「いえ、結構です。もう助かりません。この出血量では‥‥足手まといにもなりたくありません。止めをお願いします」

 

 副隊長は覚悟を決めた表情でユキを見つめる。その顔を見たユキは、

 

 「ブフッ‥‥‥お、オッケー!」

 

ついに吹き出してしまった。

  

 「え?」

 

 副隊長は一瞬で色々なことを察したらしく、ユキを見つめる目付きがはっきり変わったが、その一秒後にユキのレーザー銃から放たれたビームに眉間を貫かれていた。

 横たわる副隊長を見て、ユキはほんの少し、後悔した。

 

 ──さすがに、殺すのはやりすぎだったかな?でも、このままほっといても自殺してたろうし、結果オーライよ。

 

 ユキは上機嫌で家から出ると、再び霧の中へ、鼻唄を歌いながら消えていった。

 

 

 

 

 敏夫は警官の遺体をまさぐっていた。

 

 「おい、何やってんだ?」

 

 血塗れ男の言葉を無視し、死体を漁る。警官が持っているもの‥‥拳銃が望みの品である。しかし、見当たらない。

 

 ──左半身ごと持っていかれたか‥‥。

 

 敏夫は落胆し─

 

 「動くな!!二人とも手を上げてゆっくりこっちを向け!!」

 

 突然の意識外からの怒声に、心臓が喉から飛び出しそうになりながら、敏夫はそいつの命令通り手をあげ、ゆっくりと振り返る。

 

 ──ちくしょう、なんだってんだ!!

 

 「わ、わかった、撃たないでくれ!!俺は──」

 

 相変わらず大袈裟なリアクションをして、手を上げながら血塗れ男が言う。

 

 「いいからさっさとこっちを向け!!」

 

 敏夫と血塗れ男はそいつの方へゆっくりと向いた。

 そいつは警官だった。

 

 「お前達が、彼を殺したのか?」

 

 警官は惨殺死体をチラ見してから二人に問いかける。

 

 「違ぇよ!!俺たちが人間を真っ二つにする武器を持ってるように見えるか!?」

 

 血塗れ男は怒鳴りながら返す。

 

 ──おいおい、あんまり刺激すんなよ‥‥。

 

 敏夫はハラハラしながら黙って手を上げ続ける。

 警官は敏夫と血塗れ男を交互に見てから、しばしの沈黙の後、銃を下ろした。

 それを見た敏夫と血塗れ男もほっとして上げた手を下ろす。

 

 「銃を向けてすまないな。まだ状況が把握できて無いんだ」

 

 警官は申し訳なさそうな態度で言った。

 

 「彼はあんたの知り合いかい?」

 

 血塗れ男が質問する。“彼”とは惨殺死体のことだ。

 

 「ああ、世話になった先輩だ。」

 

 「ああ、そりゃ‥‥‥」

 

 血塗れ男はかける言葉が見つからないようだ。

 

 「とにかく、まずは安全な場所を見つけて、それから─」

 

 警官の言葉はそこで途切れた。

 警官の上半身が後ろに倒れる。

 下半身は前に倒れた。

 警官は真っ二つになっていた。

 倒れた警官の代わりに、そこに立っていたのは奇妙な生物だった。

 大型トラックのタイヤ位の大きさの肉団子に、人間の手足が生え、手首の先は巨大な鎌。警官を真っ二つにしたのは、その血にまみれた二つの鎌に他ならなかった。

 

 「ヒィィィィィ!!何だこいつ!!」

 

 血塗れ男は相変わらずだ。

 

 ──化け物‥‥‥ホントに出やがった!!

 

 敏夫は最悪な予想が的中したことに絶望する。

 

 化け物が、鎌を突きだし敏夫に襲いかかる。

 

 「うわああああああ!!」

 

 敏夫は、己の死を予感する。両手で顔を庇い、目を閉じ、全身の筋肉が強ばる。次に彼は、自分の身体が切り裂かれる音を聴くだろう‥‥‥だが、

 

 キィンッ!!

 

代わりに彼が聴いたのは金属音だった。

 敏夫は恐る恐る目を開ける。

 目の前には、血塗れ男がいた。

 男は、化け物の鎌を、大きなモンキースパナとパイプレンチの二刀流?で防いでいた。

 

 ──すげぇ、化け物と張り合ってやがる。

 

 敏夫がアホ面で感心していると、

 

 「おい、おっさん!!ボケッとしてないでこいつを銃で撃ってくれよ!!」

 

血塗れ男に怒鳴られる。

 

 「銃?そうか、警官の」

 

 敏夫は急いで警官の手から拳銃をもぎとると、化け物に向かって撃った。

 

 一発。

 二発。

 

 ──サバゲーで鍛えた銃さばきを見やがれ!!

 

 しかし、二発の銃弾は素早く防御姿勢をとった化け物の鎌に防がれてしまう。

 が、それが化け物にとって、致命的な隙となった。

 血塗れ男はスパナとパイプレンチを躊躇なくその場に放り捨て、化け物に突進してその両手首‥‥鎌の付け根を掴んだ。そして、肉団子のような胴体に、強烈なヤクザキックをお見舞いする。()()()()()()()()()()()()で。

 後ろに吹っ飛ばされ尻餅をついた化け物には、腕が無かった。さっきまで腕がついていたはずの場所から、真っ赤な血が滝のように吹き出している。

 血塗れ男は化け物の腕を無造作に放り投げ、腕がないせいで上手く立ち上がれない化け物に素早く馬乗りになると、その胴体を何度も殴った。

 

 「ぐおおおおお!!くたばれぇ!!」

 

 血塗れ男は獣のように叫びながら殴り続ける。

 殴られる度に、血を吹き出しキィキィと耳障りな悲鳴をあげる化け物は、やがて、動かなくなった。

 

 「はぁ、はぁ、なんとか倒せたな‥‥‥」

 

 血塗れ男は乱れた息を整え、少し落ち着いてから、靴で化け物を小突いて言った。

 

 「ああ、俺たちでもなんとかなったな。」

 

 敏夫は“俺たち”を強調した。

 

 ──実際、俺が撃ったお陰で隙ができたしな。

 

 「ああ‥‥‥俺は宇崎健だ、よろしくな」

 

 血塗れ男‥‥健は肯定してから、名乗り、握手のため右手を差し出す。

 

 ──こいつはクソ強い。警官でも勝てない化け物を、素手で殺した。それに、トラックに撥ねられてもピンピンしてるほどタフなやつだ。

 ──あの化け物が、一体だけとは思えねぇ。

 ──生き延びるには、こいつと手を組むしかねぇ。

 

 しばし考えてから、敏夫は健の右手を握り返した。

 

 「俺は佐藤敏夫。長い付き合いになりそうだな。」

 

 

 

 

 

 ユキは霧に包まれた町を歩き続けていた。

 

 ──知らないとこに来たけど‥‥‥これが異世界の町なのかな?

 

 プリズン町の南区にひろがっているはずの畑は何処にもなく、代わりに、未知の町並があった。

 ユキは資料でしか見たことがない異世界の建造物や道路に心を踊らせる。

 

 「助けてくれ!!誰か助けてくれ!!」

 「嫌だ!!死にたくない!!やめてくれ!!うわああああああ!!」

 

 相も変わらすあちこちで悲鳴が聞こえる。

 が、ユキは気にせず、歩き続ける。

 途中で何度か魔物に出くわすも、ユキはそれらを容易く殺した。

 ユキにとって、これはただの散歩だ。

 

 ──町の奴らが無様に殺されていくのは、それはそれでいい気分だけど‥‥‥。

 

 一つ、不満があった。

 

 ──せっかくの非日常なんだから、出会いが欲しいな‥‥例えば、屈強なイケメンがロケットランチャー抱えて助けに来るとか‥‥そんな刺激的な出会いはないの‥‥?

 

 「んんんんんんん!!!!死にやがれぇ!!!!」

 

 声がした。

 悲鳴ではない。

 明らかに、戦っている人間の声。

 

 ──また隊員かな?まだ生き残りがいるの?でも、聞いたこと無い声だった気が‥‥。

 

 ユキはワクワクしながら声の主に近付いて行き、そして、“彼”を発見した。

 

 “彼”は労働者の服を着た、血塗れの男だった。

 “彼”は、子分らしき小汚ない中年男性と共に、狼頭と対峙している。

 狼頭が、両腕を広げて“彼”に襲いかかる。

 “彼”は、それを受け止め手四つ状態に。

 狼頭は“彼”の頭に噛みつこうとするが、“彼”は首を反らしてかわすと、狼頭の股ぐらを蹴りあげる。

 悶絶する狼頭。

 “彼”は金属製の工具で狼頭の頭を勢いよく殴りつける。

 何度も。

 何度も。

 昏倒する狼頭。

 “彼”はうつぶせに倒れた狼頭のその後頭部を踏みつけ‥‥‥潰す。

 その光景は、常人が見たらただただドン引きするだけだったろう。

 しかし、ユキはまともでは無かった。

 

 ──ウソ‥‥‥凄い‥‥‥あんな工具一つで魔物を倒した‥‥ロケットランチャーは担いで無いけど、貴方が、もしかして貴方が、運命の人なの?

 

 ユキは自分の身体能力が人間離れしていることを知っている。だから、常人の限界は精々あの副隊長程度だと思い込んでいた。

 “彼”は明らかに自分と同じくらい強い。

 社会的地位はともかく、強さで自分に並ぶ男がいるなんて。

 その発見はユキの心をときめかせた。

 

 ──声を掛けよう。それから─

 

 ユキは踏みとどまる。

 

 ──待てよ‥‥‥こういうのは第一印象が大事よね。もうちょっと様子を見てみよう。

 

 ユキは“彼”に見つからないように様子を伺う。

 

 そして、チャンスが訪れた。

 もう一体の、“彼”が倒したのよりも更に大柄な狼頭が現れたのだ。

 

 「ちくしょう!!次から次へと!!」

 「マジかよ!!」

 

 新たな脅威の出現に驚く“彼”とその子分。

 

 ──今だ!!

 

 ユキはレーザー銃を抜き、狼頭をヘッドショットする。

 

 ──やった!一撃で倒せた!

 

 「大丈夫か!!」

 

 ユキは仁王立ちしながら言った。

 

 ──完璧!!まさに刺激的出会いね!!

 

 “彼”がユキに歩み寄ってきた。

 

 「助けてくれてありがとう」

 

 “彼”はユキの目をまっすぐ見て言った。綺麗な目をしている。

 “彼”は血塗れだったが、ハンサムで、逞しい身体をしていた。背丈は自分と同じくらいだろうか?誠実そうだ‥‥。

 

 「うわあ、すげェ美人だな」

 

 “彼”の子分はユキの身体をなめまわすように見てから言った。

 

 ──スケベオヤジめ‥‥‥殺すか‥‥‥?いや、でも‥‥。

 

 「私はユキ。私の仕事は君たち民間人を救助することだ。詳しいことは安全な場所で話す」

 

 ユキは毅然とした態度で言った。顔は“彼”にしか向いていない。

 

 「‥‥‥オーケイ‥‥‥俺は宇崎健、で、こいつは─」

 

 “彼”こと健は隣にいる子分の方を見る。

 

 「─轢き逃げ犯の佐藤敏夫。」

 「おい!」

 「なんだよ!!事実だろ!?」

 「こういうのは第一印象が大事だろうが!!」

 

 ユキは“第一印象が大事”という敏夫の台詞にダメージを受ける。こんなスケベオヤジと一瞬でも同じことを考えたかと思うと気持ちが悪かった。

 

 ──このオヤジ、どっか行ってくれないかなぁ‥‥

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