トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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第四話

 「クソッ!これもだめだ!」

 

 敏夫はアクセルから足を離し、ドアを開けてその車から降りた。

 

 「これも動かねぇ!ガソリンは満タンだってのに!」

 

 敏夫たちは足になる車を探していた。最初の候補は敏夫が乗っていたトラックだったが、それは敏夫が運転席に乗り込んだ瞬間、バランスを崩し地割れに挟まってしまった。

 その後、辺りに乗り捨てられた車を盗んで行こうと試みたが、どういうわけか、どれも動かない。

 かれこれ30分が経過していた。ふと、健の方を見ると、抑えてはいるものの、苛立ちを隠せない様子だ。

 

 ──だいたい、俺が何のためにこんなことを‥‥‥。

 

 健が余計なことを言わなければ、こんなことする必要もないのだ。

 だが、敏夫はあることが引っ掛かっていた。

 それは、さっきの健の誓い。

 そして、化け物から守ってくれたこと。

 

 ──クソッ‥‥‥。

 

 「歩くしかないようだな」

 

 ユキが言った。がっかりしたように見えるのは気のせいだろうか。

 

 「待った、歩くよりも良いものがあるぞ」

 

 健が指差した場所には、三台の自転車が停められていた。カゴ付きの、ママチャリと呼ばれるタイプである。

 

 ──まあ、歩くよりはマシか。

 

 敏夫はまだこれを現実だと受け止めきれていなかった。

 これは夢なんじゃないのか。

 これは夢で、本当はまだ家の薄い布団にくるまって寝ているだけなんじゃないのか。

 敏夫は最近、疲れとストレスのせいか、化け物にひたすら追われる夢を度々見ていた。だから、これも夢なんじゃないかと、思わずにはいられなかった。明日は土曜日。だから好きなことができるし、好きなだけ夜更かしできる。そのはずじゃないのか。

 

 ──あのクソガキですら現実だと認めたことを、俺ってやつは!!

 

 敏夫は現実逃避しようとする自分を叱咤する。

 彼は勘違いしていた。当たり前の日常が、いつまでも当たり前だと。そんなものは容易く崩れる。災害のニュースやテロや紛争の被害者たちがテレビに映っても、敏夫はそれを対岸の火事のように感じていた。しょせん、自分には関係の無いこと。

 

 ──でも、それは違った。俺は今日、人を轢いた。化け物が現れなかったとしても、明日をのんびり過ごすことは出来なかっただろう‥‥。

 

 「おい、なにボサッとしてんだよ、おっさん!」

 

 健に呼ばれ、敏夫ははっとする。

 健とユキはとっくに自転車のそばにいた。

 

 「今行く!!」

 

 敏夫は二人のところへ走った。

 

 三人の前に黄色、黒、ピンク色の自転車が並んでいる。

 ユキはさりげなくピンク色の自転車の前に立っていた。好きな色なのだろうか。

 

 「それで、問題は‥‥‥」

 

 敏夫はユキを見て言った。

 

 「異世界から来たあんたがこれを扱えるか、だな」

 

 敏夫はニヤッとするが、その顔を見たユキは殺気のこもった睨みをかえした。本気の殺意だ。

 冗談が通じないやつ。

 彼女がそれであることに敏夫はその目だけで気付いた。

 

 「わ、悪かったよ、俺─」

 

 敏夫は咄嗟に弁明しようとする。数秒後に、自分が死ぬビジョンを見たからだ。

 

 「これくらい平気だ」

 

 ユキは敏夫が言いきる前に自分の前にあるピンク色の自転車に乗ると、数メートルだけ漕いでみせた。

 

 「自転車くらい私達の世界にもある。まだ珍しいだけで‥‥」

 

 敏夫は笑いを堪えるのに必死だった。ファンタジー作品から飛び出してきたような女騎士が、ママチャリに乗って誇らしげにしている絵面は強烈だった。

 だが、吹き出してしまうわけにはいかない。もし耐えきれず吹き出してしまったら、敏夫は惨殺死体になるだろう。

 

 ──さっきの死の予感はこれかよ!

 

 「よし、これで足はオーケーだな。それじゃあ、俺が先頭になるから─」

 

 敏夫とユキの緊迫したやり取りを中断させた健の言葉は、更なる第三者によって中断される。

 

 「ぐああっ」

 

 健の右足に、死角から飛んできた杭のようなものが刺さった。そして、

 

 「うわあああああ!!」

 

健は地面を引きずられ、徐々に足が宙に浮かび、やがて空中に逆さ吊りになったまま東へすっ飛んでいく。

 健の足に刺さった杭には鎖がついていた。鎖の先には空を飛ぶホウキ、そして、それに跨がる大男。

 

 「ヒャッハー!!」

 

 大男は叫びながら飛び去っていく。

 その大男はモヒカン頭で、ノースリーブの金属の刺やチェーンの装飾が大量についているジャケットを肌身の上に羽織り、ダメージの入ったジーンズを履いていた。

 

 「ケン!!」

 

 ユキが叫ぶ。

 

 「とにかく追おうぜ!!」

 

 敏夫は自転車に跨がり、ユキと共に空飛ぶ大男を追跡する。

 

 

 

 

 

 エドは高度300メートルの上空をホウキに乗って飛んでいた。彼は上機嫌だった。活きのいい人間を早速捕まえたからだ。ボスは若く逞しい男の生き血を啜るのが大好きだ。きっと良い報酬を貰えるだろうし、気に入られて幹部に迎え入れられるかもしれない。

 エドは少し痛む尻をずらしてから、下で逆さ吊りになっている何故か血塗れの男をチラッと見る。男はぎゃあぎゃあと情けない悲鳴をあげている。

 

 ──いくら叫んでも無駄さ。お前はこれから、ボスに全身の血を抜かれて、干からびて死ぬんだ。

 

 と、エドの右手側から、もう一人のホウキに跨がった男が現れる。

 

 ──ビルか‥‥‥。

 

 彼の名前はウィリアム。略してビルだ。モヒカン頭で上半身裸の、がたいの良いそいつはエドの子分であった。

 

 「流石アニキ!早速人間を捕まえたんで!?」

 

 ビルはエドを褒め称える。そこに他意はない。ビルは頭の悪い男だが、野心など持たぬ純粋な男だ。

 

 「へ、まあな!今度は女を捕まえてやる。童貞のお前にもおこぼれを恵んでやるよ!」

 「マジですか!ありがとうございやす!!」

 

 ビルは感謝の意を伝える。

 

 ──は、可愛いやつめ。

 

 「だからお前も、さっさと一人前に─」

 

 エドは最後まで言えなかった。エドの頭が急に180度捻転したのだ。エドが薄れ行く意識の中、最後に見た光景は自分の頭を掴んで鬼の形相をした血塗れの男だった。

 

 

 

 

 ビルは恐怖した。

 エドに逆さ吊りにされていたはずの血塗れの男は、一瞬の間に素早く鎖をよじ登り、エドにネックツイストを仕掛け即死させた。

 それを見てしまったのだ。

 

 ──嘘だろ!?アニキが素手で手負いの人間ごときに殺されるなんて!!

 

 エドはビルにとって、恩人だった。物乞いをして生きるしか無かった自分に唯一良くしてくれた。なんのメリットも無いのに、“力”も分けてくれた。

 

 ──ビビってる場合じゃねぇ!仇討ちだ!

 

 ビルは覚悟を決めると、杖を抜く。

 血塗れ男はフンッと言いながら足に刺さった杭を引き抜くと、動かなくなったエドの死体を蹴落とし、ビルを睨む。

 ビルは杖先から魔法のビームを放つ。

 しかし、当たらない。手元が動揺から狂ってしまい狙いが外れたのだ。それを分かっていたのか、血塗れの男は身じろぎもしなかった。

 そして。

 血塗れ男が、ホウキの上にゆっくりと立つ。

 操縦者を失い緩やかに高度を失うホウキの上で、血塗れ男は仁王立ちしながら、ビルを鬼のような形相で睨みつけている。

 

 ──ひぃぃ!

 

 ビルは恐怖を圧し殺し、杖で狙いをつける。

 血塗れ男が、跳ぶ。

 ビルは杖から再び魔法ビームを放つ。今度の狙いは正確だった。だから次の瞬間には血塗れ男は真っ逆さまに墜落するはずだった。

 だが、血塗れ男はビルに飛びかかりながらも身体を反らしてビームをかわし、

 

 「ヒィィィィィィ!!」

 

ビルに掴みかかった。がっしりと両の二の腕を掴まれたビルは、ホウキから転落し、血塗れのイカれた男と共に、真っ逆さまに落ちていく。

 

 ──アニキ‥‥すんません‥‥‥

 

  

 

 

 

 ユキは懸命に自転車を漕いでいた。小汚ないクソオヤジ─敏夫と共に。

 町の道路にはあちこちに亀裂が走っていたから、二人は度々迂回を強いられた。

 

 ──クソッタレ!!距離は離れるばかりだわ!!

 

 いくらユキが優れた能力を持っているとはいえ、流石に上空を飛行する人間をレーザー銃で撃ち抜ける程の技能はない。

 

 と、何かがホウキから落下し、地面に激突する。

 

 「まさか健か!?」

 

 敏夫が言った。

 

 ──そんなバカな!もし‥‥もしケンだったら、クソオヤジ、あんたを殺してやる!!

 

 ユキはそう決意して何かが落ちた場所へ向かう。

 

 そこにあったのは、ぐちゃぐちゃの肉の塊だった。肉塊の中央には、金属の刺がたくさんついたノースリーブの黒いジャケットとジーンズがあった。明らかに健のものではない。ホウキに乗っていた大男のものだ。

 

 ──まさか、

 

 「戦ってるのか!?空で!?」

 

 敏夫が言った。

 

 「とにかく追うぞ!!」

 

 ユキは追跡を再開する。

 

 それからまもなく、再び何かがホウキから落下するのをユキは見た。

 それは、二人の男だった。片方は‥‥‥

 

 ──ケン!!そんな!!

 

 目の前の道には大きな亀裂がある。ユキは自転車を乗り捨て、全力で走った。

 そして、二人の男はユキのわずか数メートル先で地面に激突した。

 血飛沫が放射状に飛ぶ。

 ユキの鎧が、血塗れになる。

 ユキの目の前には、肉の塊が広がっていた。

 

 ──そんな、そん‥‥。

 

 絶望するユキ。せっかく見つけた、非日常の塊。それが今や、肉の塊に─

 

 「うう、いってぇ‥‥‥」

 

─なってはいなかった。肉の塊の下敷きになっていた健は、這い出てきて腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。より一層、血塗れになりながら。

 

 「ケン!!」

 

 ユキは思わず、健に抱きついた。二人揃って血塗れだ。

 

 ──凄いタフなのね、ケンちゃん‥‥。

 

 「うう、鎧が当たって痛い‥‥」

 

 その健の言葉に嗜虐心を刺激されたユキは、更に強く抱き締める。誠実な健のことだ。この感動的な場面でユキを強引に引き剥がすなんてことはできないだろう。そして実際、健は目に涙を滲ませ痛みに耐えるしかなかった‥‥。

 

 「健!!お前、よく生きてたな!!」

 

 と、敏夫が健に呼び掛けた。

 

 ──チッ!あんたはお呼びじゃないんだから‥‥。

 

 ユキは健を解放する。流石にこのまま抱き合っているわけにもいかない。

 

 「凄ぇな、お前。あの高さから落ちて無事なのかよ!?」

 

 健の肩をぽんと叩きながら敏夫が言った。

 

 「まあ、あんたと違って若いし鍛えてるからな」

 「俺を引き合いに出すんじゃねぇよ」

 

 ──はあ?それだけ?あんたの感想はそれだけなの?

 ──ケンちゃんは凄いのよ?初めて“魔女”と戦って、返り討ちにしたんだから!

 ──こいつのせいで、私とケンちゃんのラブロマンスは台無しよ!!

 ──男同士でイチャイチャして‥‥

 ──絶対‥‥‥

 ──絶対にこいつは殺してやる‥‥。

 

 ユキは固く決意した。

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