トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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第五話

 「こいつら、人間じゃないよな?」

 

 健はさっきまで魔女だった肉の塊の前でへたりこみ、うつむきながら言った。魔女と戦った興奮が冷め、冷静になってから自分がした行いに、今更のように慄いているようだった。

 そんな健をユキは目を輝かせながら見ていた。

 

 ──貴方がかけて欲しい言葉は知ってるわ。でもね‥‥

 

 「いいや、人間だ。紛れもなくな。だが、気に病むことはない。正当防衛だ。」

 

 ユキはしゃがみ、健の肩を抱いて優しくそう言った。

 

 ──貴方のような誠実で真面目な人は、こういう時、責めて欲しいのよね。でも‥‥‥

 

 ユキの慰めの言葉を聞いた健は、自分の血に染まった両手を見つめ、それから頭を抱え苦悶の表情をする。

 

 ──貴方の今の顔、とってもセクシーよ‥‥‥。

 ──初めて人を殺した気分はどう?ケンちゃん。

 

 「まあ、純粋なヒトってわけじゃない。魔物の力を取り込んだ社会のあぶれ者たち‥‥“魔女”と呼ばれる反社会的な集団だ。火事場泥棒のために集まってきたんだろうな‥‥」

 

 あえて『ヒトじゃない』と最低限のフォローを入れるユキ。追い詰めすぎて壊れてしまってはそれはそれで面白くない。

 

 「人を‥‥殺したのは‥‥初めてじゃない‥‥」

 

 健は頭を抱えながら、思い出すように、さらに途切れ途切れに、ぼそっと言った。

 

 ──え?

 

 それはユキにとっても予想外の台詞だった。

 

 「マジかよ!やっぱりな!‥‥だと思ってたぜ!でもその話は後ででも良いんじゃねぇか?」

 

 また敏夫が半笑いで茶々をいれた。

 

 ──ぶち殺すぞクソヤロウが!!

 

 黙ってろ!!と、言いたくなるのをユキは堪え、肩を抱いたまま健に優しく問いかける。

 

 「どういうことだ?聞かせてもらえるか?」

 

 その必要は全くない。ただの興味だ。

 

 「義父を‥‥殺したんだ。」

 

 健は語り始める。

 

 「俺が10の時、あいつが、姉さんを犯そうとしたから‥‥‥」

 

 健は歯を噛み締め、眉間にシワを寄せる。

 

 「なるほど、それで、どうやって殺したんだ?」

 

 ユキは過去を思い出すのが明らかに辛そうな様子の健を、構わずに問い詰める。

 健の苦虫を噛んだような表情は、ユキの嗜虐心を刺激し愉悦を与える。

 

 「どうしても、今、話さなくちゃいけないのか?」

 「ああ、私は警備隊長だからな。協力者が殺人犯なら、問い詰めないわけにはいかないだろう?今、話してくれ」

 

 詭弁である。別の世界での話なのだ。少なくとも、今、話さなければいけないことではなかった。

 

 「‥‥わかった‥‥話すよ‥‥」

 

 ユキはワクワクしながら話を聞く。

 

 「‥‥‥‥あの日‥‥母さんは夜の仕事でいなかった‥‥そして‥‥あいつは酔っぱらって帰ってきたんだ。それで─」

 

 健は仕方なく、泣きそうになりながら語り始めるが、

 

 「おい、もう良いだろ!まずはそいつの姉と甥っ子を助けるんだろ!?」

 

敏夫が遮った。

 

 

 

 

 

 敏夫は我慢できず、健の語りを遮ってしまった。自分でも信じられなかった。

 

 ──まさか、あのクソガキに同情しちまったのか?俺が?助けられたから?ただそれだけで俺が?

 

 ユキは明らかに健を虐めていた。その証拠に、ユキが健を見つめるその目はいじめっこ‥‥‥いや、虫を遊びで殺す子供のそれだった。

 敏夫に健を助ける義理は‥‥‥まあまああるが、本人はそうは思っていないはずだった。

 自分は巻き込まれただけ。そういうスタンスのはずだった。

 でも‥‥

 

 ──でも、健はまだまだガキだ。俺と違って‥‥。

 

 ユキが、その真っ赤な瞳で敏夫を睨む。口の端をピクピクさせている。

 怒りっぽく、幼稚で、残酷。それがこの女の正体だ。今はまだ、致命的なボロを出していないだけだ。

 そうに違いないと、敏夫は確信する。敏夫は仕事柄、こういうやつを何度も見たことがあった。社会性を欠いた者の割合が多いブルーカラーの集団には、こういう奴が必ずいるものだ。不思議なことに、どんな場所にも。

 

 「まず、そいつの家族を助け出して、それから町を脱出するんだろ?過去話はそれからで良いだろ?ヒーローの過去話は、ラストまでとっておくもんだぜ?」

 

 ユキは相変わらず敏夫を睨み付けている。

 敏夫は恐怖を誤魔化すため、わざとハリウッド映画のような言い回しをしたのだった。

 

 ‥‥‥‥‥。

 

 緊張した静寂がその場を支配する。

 

 「‥‥‥そうだな。なら町から出たあと、聞かせて貰おう」

 

 ユキは敏夫をにらんだまま、抑揚無くそう言って立ち上がった。

 

 「‥‥‥だいぶ離れちまったけど‥‥家はこっちの方角だ」

 

 健は目が潤んでいるのを誤魔化しながら、ゆっくりと立ち上がり、自分の家の方角を指差した。

 

「ん?お前、そういえば足の怪我は大丈夫なのか?」

 

杭が刺さってたのに。敏夫は今更それを思い出す。

 

「あんたと違って若いからな。傷の治りも早いのさ」

 

健は力なくそう返した。

 

 

 それから三人は適当な民家から自転車を一台盗み出す。健が乗る分の自転車は置いてきてしまったからだ。

 そして、健を先頭に、三人は健の自宅へと自転車を漕ぎ出した。

 

 

 

 三人が自転車を漕ぎ始めて30分。地割れや魔物たちを避けながら進み続け、工業地帯に来ていた。

 ユキは敏夫の後について自転車を漕ぎながら、良からぬことを考えていた。

 

 ──この邪魔なクソオヤジ‥‥どうやって殺そう。

 

 殺そうと思えば容易く殺せる。だが、それを健に見られて拒絶されたくはなかった。

 

 ──まあ、焦る必要はないか。それにしても─

 

一度でも殺意を向けられた相手に背を向けるなんて迂闊なやつだ、と敏夫を内心で嘲りながら、ユキは自転車を漕ぎ続けた。

 

 不意に、敏夫がブレーキをかけ止まる。

 

 ──うわっ!

 

 ユキはすんでのところで、敏夫にぶつかる寸前で自転車をとめる。

 

 「おい、危ないぞ!」

 

 ユキはここぞとばかりに怒りをこめて怒鳴る。

 

 「ご、ごめん。でも─」

 

 謝ったのは敏夫ではなく健だった。

 

 「─ここ、俺の職場なんだ‥‥」

 

 健が立ち止まったのは、株式会社円伐工業の工場の前。

 

 「円伐工業か。ここ、俺も仕事で何度か来たな」

 

 敏夫が言う。

 

 「ちょっとだけ‥‥五分だけで良いんだ、ちょっとここで待っててくれないか?」

 

 そう言って健は自転車を降りてスタンドをおろすと、工場のシャッターの横にあるドアを開けて入って行った。

 

 ──今、絶好のチャンス? 

 

 今、ユキと敏夫は二人っきりだ。今なら、こいつが悲鳴をあげる前に殺せるだろう。健には、彼は魔物に殺されたと説明しよう。健は誠実な男だ。だからユキが目に涙を浮かべて『ごめんなさい、彼を助けようとしたけど、だめだったの』‥‥そう言えば信じるだろうし、ひとりで魔物と戦った彼女を見直すはずだ‥‥。

 

 ──そして、それから私とケンちゃんのラブロマンスが始まるのよ‥‥。

 ──そうなるに‥‥‥違いない‥‥‥!

 

 ユキは自分を客観視する能力を欠いていた。魔物を容易く殺せるユキが、『敏夫を守れず泣く』なんて明らかに不自然だというのに、彼女はそんなことにも気付かない。

 

 と、工場のドアが開く。

 

 ──もう戻ってきた!?五分って言ったじゃない!この嘘つき‥‥。

 

 ユキはこの時ばかりは健に立腹する。

 健は真っ青な顔で、フラフラとした足取りで戻ってきた。

 

 「‥‥‥でた‥‥‥」

 

 健がぼそっと呟く。

 

 「どうだったんだ?」

 

 敏夫が問う。

 健はがっくりと膝から崩れ落ち項垂れる。

 

 「みんな‥‥死んでた‥‥高遠班長‥‥遠野作業長‥‥渡辺さん‥‥‥みんな‥‥」

 

 健はこみあげてくるのを必死で堪えながら呟き続ける‥‥。

 

 「屋内も、安全じゃない‥‥‥っ!!」

 

 ──そりゃそうよ。

 

 ユキは冷めた目で彼を見ながら内心でツッコミをいれた。

 

 健は急に顔をあげる。その顔は絶望に染まっていた。

 

 「そうだ、屋内も安全じゃないんだ!姉さんと拓も安全じゃない!」

 

 健は声を震わせながら立ち上がる。

 

 「どうしよう‥‥‥姉さん‥‥拓‥‥‥」

 

 健は悲痛な表情のまま、動悸と呼吸を乱れさせ、額に汗を滲ませる。

 

 「おい、落ち着けよ」

 

 敏夫がなだめようとする。健は明らかに錯乱の兆候を見せていた。

 

 「ど、どうしよう‥‥‥お、俺─」

 

 パシンッ!!という音と共に健の言葉は途切れる。

 ユキが健の頬をひっぱたいたのだ。

 それはユキの嗜虐心というよりも、自分の思い通りにことが進まなかったことへの八つ当たりであった。

 弱ってる奴を虐めるほど簡単な憂さ晴らしも無いだろう。

 

 ──‥‥しまった!ついビンタしちゃった!ええと‥‥。

 

 ユキは頭をフル回転させる。何とかアドリブで繕わなければ‥‥。

 

 「ケン、落ち着いたか?私の顔を見てよく聞いてくれ」

 

 ユキは健の肩を抱きながら、真剣で使命感に満ちた表情で言った。

 

 「君のお姉さんと甥は必ず私が助け出す。私を信じてくれ」

 

 ユキは健の顔をじっと見つめる。

 

 ──どう?完璧じゃない?

 

 「‥‥あぁ‥‥ごめん、パニックになって‥‥‥ユキさん、信じるよ、ありがとう」

 

 健は深呼吸で息を整えてからそう答え、ユキに手を引かれながら立ち上がると、

 

 「時間をとってごめん。もう大丈夫だよ」

 

と、ユキと敏夫に謝ってから自転車に跨がった。

 

 「なら、行こうぜ」

 

 敏夫が言った。

 

 三人は再び自転車を漕ぎ出した。

 

 

 

 

 【12分後】

 

 

 

 ──ちくしょう!

 

 敏夫は薄暗い物置小屋のなかで、またしても絶望していた。

 敏夫たちは自転車を漕ぎ続け、ようやく健の自宅のアパートがある住宅街まで、あと数ブロックで辿り着けるというところまで来たのだが、

 

 「様子がおかしい」

 

ユキがそう言って双眼鏡で様子を伺ったとき、悪い予感がしたのだ。

 

 「不味いな‥‥魔物だらけだ」

 

 ──うそだろ!?

 

 ユキのその言葉を聞いた敏夫は仕事で使う小型デジカメをポケットから取り出し、ユキと同じ方向を見てズームする。

 そこは魔物たちが我が物顔でうろつく地獄絵図と化していた。

 そいつらは、ウサギのような頭を持つ化け物だった。首から下は紫色の肌をした人型で、口にはびっしりと鋭い牙が鮫のように生えている。

 ユキ曰く兎頭(ラビットヘッド)。それがその化け物の名前らしい。

 あちこちには彼らに殺されたらしい人々の無残な遺体が転がっている。

 

 ──悪夢だな‥‥こりゃ‥‥。

 

 「とりあえず、一旦身を隠そう」

 

 その健の言葉に賛同した結果、近くの民家の横に建つ物置小屋に籠ることになったのだった。

 

 ユキはレーザー銃の出力を最小絞って物置小屋の錠を撃ち抜き、破壊する。そして三人は小屋に入っていく。

 ユキと健のあとに続いて物置小屋に入った敏夫は、扉を閉める時に外をうろつく怪物達を目にした。

 

 ──一体だけでもヤバいってのに、あんなにうじゃうじゃ居やがる!くそっ、やっぱり今日は最悪な1日だ!

 

 「ここには、武器になりそうなものが沢山あるな」

 

 健は物置小屋の灯りをつけ、小屋のなかを見渡しながら言った。

 オレンジ色の電球の灯りに照らされたのは、中央の作業台と、壁に架けられたノコギリ、ピッケル、ネイルハンマー‥‥‥日曜大工の工具達だ。

 

 ──武器だと?これが?

 

 健は懐からダクトテープを取り出すと、スレッジハンマーと鉈を無理矢理くっつけた、“薙刀のような何か”を作った。

 

 ──まさか、武器ってそれじゃねぇよな?その小学生の工作レベルの物体を─

 

 「よし、武器が出来た。これで戦えるぞ!!」

 

 敏夫の願いも虚しく、健はその物体を武器と呼び自信満々だ。

 

 ──これは流石に、あのガキにお熱の女騎士様も‥‥‥。

 

 呆れるだろう、そう思いながらユキの方を見てみると‥‥

 

 「えぇ‥‥?」

 

 唖然としていた。

 

 健は気にせず、物置小屋の中を漁る。

 

 「ここに住んでた人、いったい何してた人なんだろう?」

 

 健は疑問を口にしながら、小屋の中で発見した鍵縄、ネイルガン、金属野球バットとバットケース、モップなど、使えそうなものを作業台に並べていく。そして、

 

 「よし、おっさん、あんたも武器を持つんだ」

 

と、敏夫に言った。

 

 「いや、俺は警官から貰った拳銃が─」

 

 そう言いかけて思い出す。銃が化け物に通用しなかったことを。

 

 ──いや、だとしても─

 

 「こんなもん、武器になるかよ!」

 

 敏夫は珍しく正論を吐く。しかし、

 

 「でも、手ぶらよりはましだろ?」

 

 更なる正論で返されてしまう。

 

 ──まあ、そうだけども!!

 

 敏夫はユキの方をチラッと見てみるが、彼女は退屈そうに小屋の中をぶらぶらしていた。彼女は自前の武器で十分なのだ。

 

 敏夫は仕方なく、先が鋭いスコップを手にした。

 

 一方の健は、鍵縄とネイルガンを懐に突っ込むと、バットケースにバットとモップ、長いバールを突っ込んで背負い、さっきの“薙刀のような何か”を手にする。

 

 「準備オーケイだ。行こう!」

 

  そう言って物置小屋の扉を開いた。

 

 ──もう、最悪‥‥

 

 心の中でオカマ口調になりながらも、敏夫は覚悟を決めてスコップを強く握った。

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