トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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第七話

 恵は部屋のなかを、ずっとうろうろし続けていた。

健は私を裏切った。信じてたのに。

その感情が、彼女をじっとさせなかった。

 恵の足音にびくびくしながら、拓は狂ったようにジグソーパズルで遊び続けている。

 

──私は死ぬんだ。まだ23なのに。

 

そう思うとまた涙が溢れてくる。

もし、もし化け物が窓を突き破って入ってきて私を殺そうとしたら、その時は、このクソガキを必ず道連れにしてやる。

 お腹を痛めて産んだ我が子なら、愛せると思っていた。でも違った。こんなのを愛せるはずがない。

欲望に忠実で、ちょっとしたことですぐにぎゃあぎゃあ泣きわめく。

 

──ただの畜生よ、こんな奴。

 

と、突然ガチャッという玄関の鍵が解錠される音がし、直後にドアが開いた。

 

──健?

 

「姉さん!!無事だったんだね!」

 

健は姉の顔を見るなりそう言って、それからほっとした顔をして目を潤ませた。

 

──フン、そんな顔して。私を見捨てたくせに。今更戻ってきてどうする気?

 

拓がドタドタと足音をたてながら恵の横を過ぎて健に駆け寄った。

 

「ケン叔父さん!!」

「拓!」

 

健は拓を抱きしめ、頬と頬を擦り合わせる。

 

「おじさんじゃなくてお兄さんだって言ったろ?」

 

健は優しく言った。

抱擁を交わした二人を恵は冷たい目で見つめた。

 

──そいつがそんなに大事なの?私より?

 

「さあ、入ってくれ、俺の姉さんだ」

 

──え?

 

健は外に待たせているらしい誰かに声を掛けた。 

 

 弟が家に上がり込ませたのは、薄汚い中年の男と、場違いな鎧を来た緑髪の女だった。二人は靴も脱がずにずかずかと部屋に入ってきた。

男は部屋の中を見渡してキョロキョロし、女はなぜか、此方を興味深そうに見つめている。

明らかに信用できない怪しいやつら。

いや、そんなことじゃない。

大事なのはそんなことじゃない。

重要なことは、この“裏切り者”が、家に余所者を、“敵”を入れたことだ。

赦せない‥‥。

 

「姉さん、拓と一緒に町を出よう!この人達は─」

「嫌よ。い・や!!」

 

恵は弟の言葉を遮って拒絶した。

嫌だという意志は、はっきり言わなければいけない。

言わなければわからない。それが男という生き物だ。

 

「姉さん、この人達は味方なんだよ!外は化け物だらけで危険なんだ!信じられないって!?」

 

健は語気を荒げる。

こいつはわかっていない。

なぜ、私が怒っているのかわかっていない。

 

「いいえ、信じるわ。外で化け物を見たもの」

「じゃあなんで─」

「同じでしょ。外にいるのは、いつも“敵”。いつだってそうじゃない!!」

 

私の身を案じてすぐに帰らなかった。

おまけに知らない人を上がり込ませた。

裏切り者‥‥。

 

「でも、ここにずっといたら、町ごと焼かれてみんな死ぬんだよ?」

 

健は健明に姉を説得する。

でも、姉の怒りを理解できなかった。

 

「外に出て化け物に食い殺されたり、知らない男にレイプされて殺されるよりましでしょ!?」

 

──そうよ。どうせみんな、死ぬんだから。

 

「でも、拓─」

 

健が拓の名を口にした瞬間、恵の怒りは頂点に達した。

 

「拓!?拓、拓って!!私よりそいつがそんなに大事だっての!?」

「姉さん何を─」

 

恵は止まらない。

 

「怖かったのよ!?すごく怖かったんだから!!なのに、私を見捨てて‥‥」

「見捨てた?」

 

健は理解出来ていない。

本当に理解力の無いやつ。男って奴は本当に。

 

「見捨てたでしょ!?直ぐに戻ってこなかった!地震があったのに‥‥」

「随分とやかましい姉さんだな!」

 

男が突然、口を挟んだ。

 

「部外者が口を挟まないで!!」

 

──全く、どいつもこいつもイライラさせる─

 

「いいや、言わせてもらう!!こっちも長居はしたくないんでな!」

 

男が、怒鳴る。

男はいつもそうだ。

怒鳴って威圧して、それで相手を屈服できると思ってるんだ。

獣と同じ。

でも、健は違う。健はおとなしい子だった。

“あいつ”の欲望の矛先になってくれて、ずっと守ってくれた。

だから信頼してた。

なのに、こんな奴を家に上がらせた!

こんな奴を!

 

「こいつはずっと、あんたとその子供の身を案じてたし、そのために化け物と命懸けで戦ったんだ!あんたのためにな!そして、やっとの思いでたどり着いて、それでこれかよ!!」

 

男の言葉は恵の耳に入らなかった。

彼の言うことが本当かどうかなんて関係ない。

 

「ケンのお姉さん、ちょっと」

 

不意に、緑髪の女が声を掛けてきた。

女は、よく見ると瞳は真っ赤で、八重歯は牙のように鋭く、バンパイアのようだ。怪しすぎる‥‥。

 

「何?」

 

「私はこう見えて、ケイサツの者なんだ」

 

──ハア?

 

信用できるはずがない。そんな格好の警官がどこにいる。

 

「この服装は仮装パーティーのものでね。非番の時にこの事件に巻き込まれてしまったんだ」

 

こいつは私を馬鹿だと思ってるのだろうか。

恵は怒りで気が狂いそうになるのをぐっと堪える。

唇を噛んでしまい、血が顎を伝う。

 

──でも、もし、本当に警官だったら?

 

「証拠は?」

 

警察なら、警察手帳を持ち歩いているはず。

 

「ほら、これ。それに拳銃」

 

女は血塗れの警察手帳と、同じく血塗れの拳銃を見せた。

 

──本物?

 

「納得してくれたかい?」

 

健が訊ねた。

 

‥‥‥。

 

少しの沈黙が流れる。そして、

 

「わかったわ。一緒に行く。でも、そいつを近づけさせないで!」

 

“そいつ”というのは中年男のことだ。

 

「ああ、絶対に」

 

女が返した。

 

「私はユキだ。よろしく、ケイさん」

 

互いに握手の手は差し出さなかった

 

 

 

 

 

 

  ──これが健の姉貴か‥‥。

 

敏夫はユキと睨み合う健の姉、恵の顔を見つめながら、さっきのことを思い出していた。

 

 『姉さんは人間不信でその‥‥病気なんだ。‥‥心の』

『それで?』

『それで、多分、連れていくのには説得が必要になるし、骨が折れると思う』

『なるほど、面倒くさい性格なんだな?』

『‥‥警察でもいれば、信用してくれるかもしれないけど‥‥』

 

まさか、拳銃はともかく何の気なしに回収した警察手帳が役に立つとは思わなかった。ただ─

 

──イカれた女だな。

 

恵は完全に正気を失っていた。

彼女の顔は健にそっくり、つまり、かなり“整って”いたが、ボサボサ髪に充血した目と目の下の隈、それに地味なセーターとズボンが、彼女の見た目や雰囲気を台無しにしていた。

おまけに唇を噛み千切って血を滴らせているし、ワナワナと怒りに震えるさっきの姿はひどく不気味に見えた。

 

──まるで怪物だ。

 

 「よし、行こう。ユキさん、エスコート頼むよ」

 

健はそう言ってから甥っ子、拓と手を繋ぐ。

 

「どこにいくの?」

 

拓は健を見上げながら訊ねる。

 

「安全なところだよ。ここは危ないんだ。怖いオバケがたくさんいるから‥‥」

 

健は優しく、しかし真剣な眼差しで拓と目を合わせながら答えた。

 

 敏夫達はアパートを後にした。

先頭をユキが歩き、その後ろに健と、彼と手を繋いだ拓が続く。恵は拓の空いた方の腕をがっしりと掴んでいる。敏夫は最後尾だった。

 

──両手に花?だな、健。

 

敏夫は小さく笑った。

それは、その光景がおかしかったから、だけではない。

不安を誤魔化すためでもあった。

幼い拓が足手まといになるのは確実だし、恵は明らかにイカれてて、爆弾を抱えているし、ユキは間違いなく異常者だ。今は味方の振りをしているが、いつ本性を剥き出しにするかわからない。

 

──健、お前はなんで気付かないんだ?

 

あるいは、気付いていない振りをしているのかもしれない。健にとって、ユキは救世主だし、恵は姉だ。誰が姉や命の恩人をイカれたやつだと思いたいんだ。

そんなやつ、いないだろう。

 

先刻の健の大活躍により、化け物は辺りに一体もいなかった。

 

 「そろそろ、プリズン町と融合した区域だ。全員、気を引き締めてくれ」

 

ユキが言った。

 

「そんな、この先は町から出る道の筈なのに‥‥」

 

敏夫の目の前には、見たことの無い風景がひろがっていた。

 

 

 

 

 ユキは恵と出会うまで、彼女を直ぐに殺そうと思っていた。しかし、気が変わった。

 

──だって、あんまりにも哀れだから…

 

彼女は恐怖でびくびくして、完全にイカれていた。

さっき私がケイサツを名乗った時、飛び掛かって来るかと思ったもの。おお怖い怖い。

だから、助けてあげることにした。その方が面白いだろうし。信用していた相手に殺されるのは、どんな気分だろうか。家族を失ったケンちゃんはどんな反応をするだろうか。

 ユキはこれからの展開にワクワクしながら、地震で瓦礫の山と化したプリズン町の住宅街を歩き続け、後ろについてきている“仲間達”を、流し目でチラ見した。

 

 ──かれらは完全に私を信じきっている。だからこうして、私がかれらに背を向けても全く問題ない。特にケンちゃん、あなたは私を“正義の味方”だと思ってるはず‥‥。

 

 「化け物も人も居ねえな。瓦礫ばっかだ」

 

敏夫が辺りをキョロキョロしながら言った。

 

──そりゃ、ここへ来る前にあらかた片付けたもの。でも‥‥

 

ユキは引っ掛かっていた。まだ、霧はちっとも晴れていない。にも関わらず、私達は一度も“スモッグ”に遭遇していない‥‥。

 

 何かがユキ達の目の前にふらっと現れた。血塗れの女だ。

そのぎこちない足取りはまるで酔っぱらいのようだったが、そうでは無いことは一目でわかった。肌は血の気が全く無くて青白いし、瞳は白濁している。そしてなにより、腕がない‥‥。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

健が手を繋いでいた甥や姉と一旦離れ、ユキの横を通り越して歩み寄り、肩に触れて“彼女”に話しかけた。

 

──ケンちゃん‥‥明らかに不自然な相手でも心配してあげるのね‥‥。

 

“あばたもえくぼ”である。ユキはもはや、健のやることなすこと全てを良い方に捉えていた。

だがそれは、『恋』や『愛』などでは断じてなかった。『お気に入りの玩具を見つけた子供』なだけである。

しかし、ユキがそのことを自覚する機会は永久に来ないだろう。

 

 ううぅ‥‥

 

と、“彼女”は呻いた。そして、突然、健に噛み付こうとした‥‥

 

「ひぃっ!」

 

健は反射的に“彼女”を突き飛ばす。

“彼女”は地面に頭を打ち付けたが、全く堪えずに再び起き上がろうとする。

ユキは“彼女”の正体を知っていた。

こいつは“グール”。

この世界では、『脳が損傷していない人間の遺体』は全てグールと化すのだ。

誰かは地獄が満員になったからだと主張し、誰かは放射線やウイルスのせいだと言った。

結局、この現象の原因は不明だ。ただわかるのは、『魔法のせいではない』ことと、『死ねばみんなこうなる』ことだけだ。

 

「ケン、そいつは人間じゃない。私を信じて、そいつを殺せ!!」

 

ユキは健に命令する。

自分がレーザー銃で撃てば一瞬で済む。

でも、それじゃあ面白くない。

健に殺させたい。

 

「でも、どうみたって人間じゃ─」

「“ゾンビ”だろ!?化け物がいるんだ、ゾンビだっているだろ!咬まれるまえに殺れ!」

 

そう言ったのは敏夫だ。

 

──あんたは余計なこと言わないで!!私は、健が葛藤の末に出した結論と行動を見たいの!!

 

ユキは敏夫に、何度目かわからない殺意をむけた。

 

「助けを求めてすがり寄ってるだけだったら?」

 

健はグールに目線を向けたまま、敏夫に問うた。

 

「なら、殺してやるのがせめてもの情けってもんだろ?お前は、そんな姿で生きていたいと思うのか?」

 

敏夫はユキの殺意のこもった目線に恐怖を感じたのか、冷や汗をかき、身体をブルブル震わせるが、それでも構わず健を説得しようと試みる。

 

グールが完全に立ち上がった。

 

「殺してやるのが‥‥せめてもの‥‥ちくしょう‥‥」

 

健は悲痛な表情を浮かべる。

それから背中のバットケースから、バールを抜いて構えた。

 

グールが、一歩進む。

 

「ケンおじさん!オバケから逃げ─」

「殺しなさい健!!そいつを殺して!!」

 

拓の言葉を恵が遮る。

 

グールが、また一歩進む。

そして、健の作業着に指先が触れる─

 

バキッという音と共に、健が振り下ろしたバールがグールの頭に突き刺さった。

グールは倒れて、動かなくなった。

 

「彼女のために‥‥やった‥‥」

 

健は項垂れ呟く。

 

──ふうん、自分を正当化する、か‥‥まあ、割りとありがちかなぁ‥‥

 

ユキは見たいものを見れて満足したが、少しだけがっかりした。

 

「違う。そんなの言い訳だ。怖かったから殺したんだ‥‥」

 

──と、思ったら自罰かぁ、それもありがちだなぁ‥‥

 

「ケン、安心しろ。そいつは本当に人間じゃない。グールという人間の遺体が変異した化け物だ」

「グール?」

「そう。知能は昆虫並だし、生きてる人間を見かければ無差別に襲って食い殺そうとする。咬まれたら重度の感染症を罹患してしまうから気を付けろ」

 

深く傷付け、少しケアする。それが玩具を長持ちさせるコツだ。

 

「‥‥わかった‥‥」

 

健は力無く答えてから、拓と再び手を繋いだ。

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