トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件   作:佐藤寛

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第八話

 「おい!クーパー!!このクソッタレのドアを開けやがれ!!」

 

霧に包まれ瓦礫と化け物と歩く死体だらけの町に黄昏が広がる中、ベンはとある民家のドアを叩きながら叫んでいた。

彼の背後には歩く死体─グールと、兎頭の化け物達が、仲良く一つの夕飯─つまりベンにありつくために波のように迫っていた。

 

──嗚呼!!W(ダブリュー・)T(ティー・)F(エフ)!!

 

 ベンは今日、いったい何が起きたのかまるで理解出来ていなかった。

でも、想像はいくらでもできる。

また、軍の研究─異世界を覗く『窓』の開発─に失敗して、大規模な事故が起こったに違いない。

軍のクソッタレどもはいつもそうだ。あいつらが夢中になってる“カクヘイキ”とやらだって、どうせろくでもないに決まってる。

 

「クーパー!!覚えてやがれ!!グールになったらお前を探して真っ先に殺してやるからな!!」

 

そう吐き捨てて、ベンは走り出した。

走りながら、振り返って兵士の死体から奪ったレーザー銃を撃つ。

だが、放たれたビームは先頭の兎頭の体表を少し焦がしただけに終わった。

レーザー銃は使用者の魔力を熱線に変換させる武器だ。本来の威力を発揮するには、訓練を要する。

 

「この役たたずめ!!」

 

ベンはレーザー銃を、憤怒とやけくその思いを込めて投げ捨てた。

だが、ベンはまだ絶望していなかった。

 

──俺には武器がある。

 

ベンには、肉体労働で鍛えられた屈強な肉体と、右手に握りしめた何の変哲もない火かき棒がある。

ベンは走りながら、緩やかにUターンした。魔物とグールの群れを引き連れながら。そして民家に戻ってくると、裏に回り込み、裏口のドアに思い切り体当たりした。

 

ぶち破られたドアの先に、白いシャツを着たハゲ頭の男、クーパーがいた。

その顔には恐怖と絶望が貼り付いている。

 

「このクソッタレホワイトカラーめ!死にやがれ!!」

 

ベンは扉をぶち破った勢いそのままでクーパーに突っ込んでいき、火かき棒を彼の脳天に突き刺した。もちろん、クーパーは即死した。

ベンはクーパーの死体をその火事場の馬鹿力で持ち上げると、後ろからノロノロと追ってきた家賃の催促をしに来る家主に匹敵するくらいに執念深いノロマ共へ投げつけた。

 

「ほらよ!ディナーだぜ!!」

 

言いたいことを言ったベンは、施錠されていた正面玄関のドアを開け、外に飛び出した。

 

──やった!やったぞ!化け物から逃げきった!!

 

ベンは民家からできるだけ離れようと走り続けた。

このまままっすぐ行けばリーミス通りだ。立て籠れる建物がたくさんあるはずだ。ついでに夕飯や武器にもありつけるかもしれない。

ベンは自分が生き延びられると信じていた。逃げた先のリーミス通りで鉢合わせた“魔物の娘”に眉間を撃ち抜かれるその瞬間まで。

 

 

 

 

 「こいつ、人間じゃないのか?」

 

 敏夫は脳天に風穴が空いた黒人男性の遺体を見下ろしながら言った。

その男は突然、通りに現れたかと思ったら、先頭を歩くユキに撃ち殺されたのだ。

 

「そうだったかもしれないな」

 

ユキは悪びれもせずにあっさり認めた。

 

「仕方ないだろう?突然、目の前に現れたんだ。もし、かれが魔物だったらこちらが殺されていた筈だ」

 

さらにそう続けた。

敏夫の身体を計り知れない恐怖と不安が駆け抜け、それは冷や汗と身震いとなって表出する。

 

──こいつは人を殺しても平気なんだ。

 

この女がイカれたやつであることは、とっくに理解出来ているつもりであった。

でも、俺も健と同じだった。

“強くて頼りになる”、ただそれだけで彼女についてきたのだ。そのツケを払う時は、そう遠くないかもしれない。

健はユキの顔を見ながら、信じられないという顔をしながら呆然と突っ立っている。

 

「暗くなる前に警備局に行こう。あそこなら安全だろう」

 

ユキは何事も無かったかのようにみんなに言って、それから再び歩きだした。

彼女の足取りは、妙に軽く見えた。

 

ううぅ‥‥

 

霧に包まれた、映画でしか見たことの無いような妙に古めかしい町並みのあちこちからうめき声が鳴り響く。

それは間違いなく、ユキがグールと呼んだ‥‥“ゾンビ”共の鳴き声に違いない。

 

「姉さん、これを」

 

健はそう言って姉にバールを差し出す。

 

「なによこれ!」

 

恵はヒステリックに返した。ひび割れた唇から唾が飛ぶ。

敏夫は彼女の怒りの陰に恐怖を発見した。

恐れや不安を寄せ付けないために偽りの憤怒をかき立てる、そんな人間を敏夫は何人も見てきた。

ブルーカラーの職場には、いつも理不尽に怒っているやつが一人はいるものだ。

 

「念のために持っていてよ。万が一、はぐれたりした時に丸腰はまずいから‥‥」

 

健がそう言うと恵は少し迷う素振りを見せてから、左手にバールを握り、もう一方の手で健の腕を掴んだ。

 

「オバケの声が聞こえるよ、怖いよおじさん」

 

拓が目を潤ませて辺りを不安そうにキョロキョロ見回しながら言った。

そんな拓を冷たく睨む恵。

 

「大丈夫だよ、拓。“おにいさん”がついてるだろ?」

 

そう強がりながらも、健の顔には汗が浮かび、手は恐怖に震えていた。

 

──健、お前はあんなに強いのに、どうしてそんなに怖がりなんだ?

 

濃さを増していく霧、暗さを増していく夕闇。

先行きの見えない“でたらめな勇者のパーティー”が歩を進めていくなか、敏夫は今までの自分の人生に思いを馳せた。

 

──俺は今日、死ぬかもしれない。クソみたいな人生だったし、俺はその人生にふさわしいクソみたいな人間だった。でも、そんな俺を健は一度も見捨てなかった。

俺が今日、死ぬのだとしたら、俺はなにをすべきなんだ?

 

敏夫は手にしたスコップを改めて強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 「ゆうくんったら、どこ行っちゃったの?」

 

大田雪は薄暗く、霧に包まれた妙に古めかしい町並みを孤独に彷徨っていた。

ついさっきまで彼女は一人では無かった。恋人の岬優介と一緒にいたのだが、歩く死体と兎頭の化け物達に襲われはぐれてしまったのだ。

 

 あちこちから何かのうめき声が聞こえてくる。

人間の悲鳴はもうない。

 

──ここ、いったいどこなの?

 

何が起きてるのか、全くわからない。

知らない町並み、怪物、歩く死体、霧、地震‥‥。

 雪は、いつ何かに襲われるかわからない可能性に恐怖し、何も出てこないことを強く望みながら、慎重に歩き続ける。

 

──とにかく、どこかに身を隠さないと‥‥

 

もうすぐ、完全に真っ暗闇になるだろう。今の状況でそれは非常にまずい。

 

歩き続けているとやがて、雪は見知らぬ町の見知らぬ通りに出た。

化け物も歩く死体もいない。異様な静けさと、死んだ金魚を詰めた袋の様な臭いが辺りを支配する。

これは死体の臭いだ。

 

──ウッ

 

雪は吐きそうになるのを堪え、近くのバーらしき建物に歩み寄る。とにかく建物に籠らなければ。

ドアノブに手をかけ、ガチャリと回す。ドアに鍵は掛かっていなかった。

雪はドアを少しだけ開き中を覗いた。

 

──誰もいない‥‥

 

雪はほっとしてバーの中へ入り、ドアを閉めて鍵をかけた。

中はぼんやりと明るく、傷だらけのカウンターやテーブルがオレンジ色に照らされていた。奇妙なことに、光源がどこにも見当たらない。

ここはしっかりした造りだ。大人しく閉じ籠っていれば見つからないはず‥‥

雪はそう願い、カウンターに背を向け出入口を向いたままカウンター席に座った。何かが入ってきても逃げられるように。

 

携帯電話は地震以来、ずっと圏外になっていた。

ゆうくんは行方不明だ。

頼れるものは何も無い。

自衛隊が助けに来てくれる、なんて希望はとっくに諦めていた。

雪はずっと握りしめていた鉄パイプを、改めてしっかり握る。

頼れるのは“コレ”だけだ。

化け物はともかく、歩く死体‥‥ゾンビ(らしきもの)はこれで倒せる。

 

恐怖を感じる最中、雪の脳裏に浮かぶ走馬灯。

 

父親、母親、ピアノの先生、自分に裏切られた男達や、自分を裏切った男達。それに、ケンちゃんにゆうくん。

 

勉強、スポーツ、部活、習い事、買い食い、化粧、オシャレ、デート、セックス遊び。

 

自分の人生を振り返る度に、雪に湧き上がる思い。

 

──まだ私は、十分に生きてない。

 

それが彼女に恐怖を押し殺し“敵”に抗う強さを与えていた。

雪はティーンエイジャーである。若くパワフルで生命力に溢れた時期だ。

 

──死ぬもんか‥‥殺されるぐらいなら、殺してやる!

 

誰もいないバーの中で、猛禽類が威嚇するような表情をしながら雪は鉄パイプを握りしめ続けていた。

 

 

 

 

 「おい、大丈夫か?」

敏夫は部屋の隅で縮こまりガタガタと震えている健に近付いて呼び掛けた。

返事はない。聞こえていないようだ。

健の右手を拓が、左手を恵が握っている。

 

「大丈夫よ健、私がついてるから」

「おじさん‥‥オバケはここにいないよ」

 

この部屋は何かの映画で見たような巨大な館─ユキ曰く“警備局”─の一室だ。化け物やゾンビ共に見つからないよう、室内は最小限の灯りに留められているが、それが健に良くない影響を与えていた。

ユキは腕を組んで向かいの壁にもたれ掛かり、つまらなそうに宇崎家三人を眺めている。

 

──暗所恐怖症か?

 

それとも、ただの怖がりか。

 

「大丈夫か?」

 

敏夫は健の肩に触れて、再び優しく呼び掛けた。

 

「ヒィッ!」

 

その瞬間、健は敏夫の手を振り払い小さく悲鳴をあげた。

息は荒く、歯を軋ませ顔中に汗を浮かべている。

 

「ちょっと!弟をいじめないで!」

 

恵は変わらずヒステリックに、しかし小声でそう怒鳴ってから健の肩を抱いた。

 

「私がついてる‥‥」

 

──健、お前はいったい何─

 

「うわああああああ!!」

 

声がした。男の悲鳴だ。

 

──建物の中か?結構近くだな‥‥頼む‥‥俺たちに気付くなよ‥‥

 

敏夫は男を襲った化け物だかゾンビだかがこの部屋に来ないよう願いながら震えている健を見守る。

 

 突然、健が立ち上がった。

 

「‥‥た、助けに‥‥い、行かないと‥‥」

 

フー、フーと荒い息をして天井を仰ぎながら健は誰に言うでもなく呟いた。

 

「健?」

「おじさん、どうしたの?」

 

恵と拓は床に座り込んだまま、健を心配そうに見上げた。

 

「『あ、あの時はた、大変だった』、そ、そう笑って話せる日が‥‥き、きっと‥‥」

 

「おい、健?」

 

敏夫は嫌な予感に胸の辺りをゾワゾワさせながら健に呼び掛けた。

 

──このバカ、まさか‥‥!

 

 健は大きく深呼吸すると、

 

「よし!大丈夫!俺は大丈夫!」

 

健は自分に言い聞かせているようだ。

そして、それが終わると懐から懐中電灯を取り出し、胸ポケットから取り出した白い布で、器用に頭に固定した。

 

──『八ッ墓村』の殺人鬼みたいだな‥‥

 

敏夫はその既視感の可笑しさで己の不安を誤魔化そうと試みる。

 

「俺、行ってくる!」

 

健は言った。敏夫はその顔から、恐怖と覚悟を感じた。

ユキはそんな健を見て、さっきの退屈そうな様子が嘘だったかのように狂気的な微笑を浮かべている。

 

「健!あんた何考えてるの!?大事なのは家族だけでしょ!?」

 

恵は声が裏返るのも構わず怒鳴った。

 

「おじさん!行かないで!!」

 

拓は泣くのを必死に堪えて言った。

健は幼き甥の懇願に目を潤ませる。

 

「ごめん、拓。俺は‥‥俺は“勇者”なんだ。だから、誰かを見捨てるなんてできないんだ‥‥」

 

健は泣きそうになりながら言った。悲痛な表情だ。

 

「そうよ、あなたは“勇者”よ。だから私達を守る義務があるでしょ!?」

 

恵は突然に激昂する。

 

──何を言ってるんだ?

 

敏夫は二人が言っていることがまるで理解できない。

 

「ゆうしゃ?どういう意味だ?」

 

敏夫はつい聞いてしまう。

 

「昔、母さんがそう言ったんだ‥‥“お前は勇者なんだから、困っている人を見捨てちゃいけない”って─」

 

その健の言葉を恵が遮る。

 

「母さん!?あんなの母親じゃないわ!!“あの男”が何をしても、見て見ぬふりしてたじゃない!!違うわ!!貴方は私達の“勇者”でしょ!?」

 

恵は叫ぶ。隣の拓は声もあげずに涙を流している。

ユキは彼らのやり取りを、ニタニタと笑みを浮かべながらただ見ている。

 

「ごめん、もう行くよ。手遅れになるから‥‥」

 

健は姉たちに背を向け部屋のドアを開けて真っ暗な廊下へ出ていった。

バタン、とドアが閉まる。

 

「健!!」

「おじさん!!」

 

敏夫に三人の過去はわからない。でも、あれは‥‥

 

──強迫観念ってやつだ。あいつはあんなに怯えていた‥‥なのに赤の他人を助けに行くなんて異常だ‥‥。

 

敏夫は迷う。

自分が何をすべきか。

あいつだって俺にとっちゃ赤の他人だ。

触らぬ神に祟りなしだろ?

でも‥‥

 

──あいつは俺の、命の恩人で‥‥‥何よりまだガキだ。

 

敏夫は壁に立て掛けてあったスコップを手に取り、健が出ていったドアを開けた。

 

「おい健!!俺も行くぞ!!」

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