トラックに轢かれて異世界転生するはずのやつが意外としぶとくて神様が激おこな件 作:佐藤寛
ガチャガチャとドアノブが音をたてている。
雪は懐中電灯を腰に着け、ドアの前に立ち、侵入者の襲撃を鉄パイプを構えて待っていた。
──来るならさっさと来なさいよ!返り討ちにしてやるから!!
が、彼女の覚悟とは裏腹に、ドアノブを弄っていた何者かは諦めたらしく、そいつが去っていくのを雪はドア越しに感じた。
──なにさ余計に怖がらせて!!
雪はカウンターの固定された椅子に八つ当たりのキックをお見舞いし‥‥‥
──アイタタタタ‥‥。
痛みに涙目になりながら自分の足を抱えた。
「まったく、わたし、なにやって─」
バンッという大音量と共にドアが吹き飛んだ。
現れたのは、狼の頭を持つ大きな人型の化け物。
「!!」
化け物が、雪に突進してきた。
──このっ!
雪は渾身の力でパイプをそいつの脳天に振り下ろす。
ガンッという鈍い音がした。
そして雪は、それが化け物にどの程度の影響を与えたのか確かめもせずに逃げ出した。
──あれで少しは怯んだはず!
そうでなきゃ困る!
大丈夫。
このパイプは結構重いし、脳震盪くらいは起こしたはず。
そうであって。
お願い。
願いながら雪は走った。
真っ暗闇の町並みを。
雪は目を凝らす。
──どこかに灯りは無いの!?
灯りがあれば、それは人間ということ。
一人じゃあいつに敵わないけど、二人以上なら何とかなるかもしれない。
雪は走った。
そして、十字路にやってきた。
雪は懐中電灯で三つの道を照らす。
正面の道ではゾンビが群をなして行進している。
後ろからは狼の化け物が、姿は見えないがストーカーのようについてきている気配を感じる。
右の道には肉団子に鎌をくっつけたようなよくわからない生き物がいる。
左に行くしかない。
左にもゾンビがいくつか居たが、正面の道よりはましだろう。
クソみたいな選択肢の中から一番マシなのを選ぶ。
まるで誰かさんの人生みたいだ。
──儘よ!
雪は左の道へ走った。
邪魔なゾンビをタックルで転ばし、掴んできた手をパイプでへし折り、走り続けた。
──死ぬもんか!!
私はまだ十分に生きてない!!
私はまだ若い!!
ゆうくんはどこかに行っちゃったけど私を探してるはず。
うぅぅ
グオオオッ
そんな化け物の咆哮や唸りがあちこちから聞こえてくる。
雪は力の続く限り、走り続ける。生きるために。
「おい、本当に大丈夫かよ」
敏夫は健の肩に手を乗せ、顔を覗き込んで訪ねた。
「ああ、勿論」
そう返した健の声は震えていたし、身体も震えている。
だが、これでもさっきよりは大分落ち着いていた。
敏夫が懸命に励ました甲斐があったらしい。
健が引き返すつもりが微塵も無いことは、その目から伺えた。
「俺にはこのLEDのライトと、このスパナがある。」
健は握りしめた大きなスパナを敏夫に見せつけながら強がっている。
健の頭から伸びる光が、真っ暗な廊下を照らす。
「それにしてもお前、本当に怖がりなんだな」
敏夫は健を励ますため、わざとからかうように言った。
「‥‥昔は平気だったんだけどな‥‥」
「歳をとると、いろんなモンが怖くなるもんさ」
「そういうもんかな?」
「そういうもんさ」
敏夫はニヤッと笑ってみせた。
つられて健の表情も和らぐ。
その目は相変わらず涙で潤んでいた。
──チョロいな、お前。
敏夫は気を入れ直すために真顔に戻ってから、辺りを見回す。化け物もゾンビもいない。
「悲鳴はこっちから聞こえたよな?」
「ああ」
二人は暗い廊下を、ライトで照らしながらゆっくり進んでいく。
敏夫と健のコツコツという靴音が響く。
別の音がする。
ライトの光に敏夫の心を刺激する赤が照らされる。
血だ。
ぐちゃぐちゃという音。
漂う腐臭。
何か、いる。
ゾンビと兎頭の化け物が、仲良く食事をしていた。
かれらは殺し合わないらしい。
かれらが喰らっているのは、人の肉だ。
ユキと同じ鎧を着た男の遺体を貪っている。
彼女の同僚だったようだ。
灯りに照らされた化け物とゾンビ達は、より新鮮な肉に気付き、ゆっくり振り向いた。
「兎は俺がやる。おっさんはゾ‥‥グールを頼む」
「はいはい、ゾンビな」
二人はわざと、コメディアンのように余裕綽々な態度で言った。
恐怖への抵抗である。
先に動いたのは、兎頭だった。両手を前に突き出して猛然と突っ込んでくる。
健は突進を受け止め、手四つになる。
──またバケモンとプロレスしてやがるな。
敏夫は少しだけ呆れながら、急いで組み合う健と化け物の横を過ぎ、ゾンビ達と対峙する。
一番手前のゾンビの足にスコップを振り下ろす。
片ひざをつき体勢を崩すゾンビ。
その頭に更にスコップを渾身の力で振り下ろす。
隣のやつもスコップで殴る。
その隣のやつも。
──ふう、意外と俺一人でもなんとかな─
敏夫がそう思った瞬間、バリンッという大きな音が響いた。
音がした方を振り向くと、そこには健がいた。なぜか化け物も、化け物の死骸もない。割れた窓の前で突っ立っている。
敏夫は健に歩みより、割れた窓の外を見た。
窓の外には、ガラス片が沢山突き刺さった化け物がのびていた。
どうやら健は化け物を、窓を突き破るほど勢いよく放り投げたらしく、化け物にはそれが致命傷になったようだ。
──ホラー映画の殺人鬼みてぇな怪力だな‥‥こいつが味方でつくづく良かったぜ‥‥。
敏夫は自分の幸運を噛み締めた。
「さっきの悲鳴は彼か‥‥助けられなかった‥‥」
食い殺された無残な遺体を見て、がっくり膝をつき項垂れる健。
「お前のせいじゃねぇよ」
敏夫は健の背中に掌を乗せて優しく言った。
──お前は“勇者”だよ‥‥
その時。
「キャアアア!!」
女の悲鳴だ。
──外?
それは間違いなく、建物の外から聞こえた。
「い、行こう!今度こそ、死なせるもんか!」
「ダメ元だな!」
──仕方ねぇ、どこまでも付き合ってやるよ。
二人は出口へと走って行った。