マトの信念
大規模討伐作戦の情報を輸送していた集団が襲撃を受けた。鬼人たちが出歩くことのない晴れの日だったが、どこからか斬撃が飛び出し一瞬で足を斬られた。
集団の前方右端にいた隊士は足元を斬られ地に倒れる。それからも斬撃は複数回繰り出され、他の隊士たちが倒れるも、彼女は死んだように地に伏せて耐えていた。
じりじりと匍匐前進を行い近くの小屋に辿り着く。素早く小屋の裏に回り鬼人の目から逃れると、最寄りの旅籠に辿り着いた。
生還した隊士は襲撃した鬼人について語った。鬼人はほとんど向かいの茂みに隠れていたが、生き残りを殺すため一瞬だけ顔を出した。茶色がかった長い髪で隊士の服を着て、ぎょろりと大きな目は顔の横に張り付き、まるで鳥のようだった。
隊士の服を着て隊士を襲うことから、以前にあった全滅事件と同じ鬼人だと判定。顔の特徴から鳥の鬼人と呼ばれる。鳥の鬼人の存在は周辺の隊士たちに知らされた。
これらの鬼人に立ち向かう新生新選組だが、実は常勤隊士と予備役が存在する。予備役は所定の時間任務に就くことが難しい場合や、隊士の数が過剰な時期に常勤隊士より戦闘能力が低い者があてられる。
現在震災孤児の志願者が多く、隊士は過剰になっている。また稀代の才能を持つ隊士が次々と現れ、強力な鬼人の討伐が進んだ。しかし次第に優秀な隊士に依存するようになり、末端の隊士の技量低下が著しい。
そんな中でも自身の力に妥協しない隊士は存在した。
その主な例がマトである。
夕方、伝書鳩が鳥の鬼人の情報を届けてきた。ここまでよく殺されずに来てくれたと喜び、これから泊まる旅籠まで伴う。
「鳥の鬼人。遠距離からの攻撃を行う。鳥に似た容貌の女で隊士の服を着ている。突然の斬撃に備え警戒を厳とし、移動中は遮蔽物を探す。味方との区別をつけるため合言葉の設定も検討」
常勤隊士のニイが淡々と述べる。ニイは私と同期の女子で、灰色でうねる髪を肩の上で切っている。
常に冷静で残酷な現場にも動揺しない。戦闘能力も高いけど昇進に興味がなく、指示されたこと以外はしない。
「そんなこと気にしたってしょうがないだろう。強い鬼人を殺すのは組長たちがすることだ。俺たちは輸送任務こなしつつ勝てそうな魔人を殺しとけばいいのさ」
常勤隊士の藤本先輩は、頭の後ろで腕を組んで楽観的に言う。私はそれが許せなかった。
「本気で言っているんですか? 勝てそうな魔人にだけ遭遇するなら、隊士は誰も死んでいません。もしも周囲に一般人がいたら? いつも強い人任せで、自力で鬼人を倒そうとする気概はないのですか?」
「そりゃ自力で倒せりゃいいけどさ、素質ってのはどうしようもないだろ。強い鬼人の前には俺らなんか一般人と同じ……」
「何を言っているんですか!? 力無き人々からすれば組長も予備も同じ! 新生新選組の役目は我が身を盾に……」
「お前は仕事ってやつを勘違いしてるな。仕事ってのは生きていくためにやることなんだよ。無理に立ち向かって助けるやつと共倒れじゃ後味悪いし、死んだらせっかく金があっても使えねぇだろ。自分に出来る範囲でやることやって金を稼ぐ。それしかねえだろ」
自分の職務放棄を悪びれもせず言い捨てる。
何度話しても相容れない。
組長、常勤、予備関係なく任務に従事する間は人々を守る責任がある。いつ現れるかわからない鬼人を強い隊士に簡単に橋渡し出来るとは限らないのだ。いかなる状況でも一般人の命を最優先し、危害が及ぶなら立ち向かう。
私が新生新選組を目指した理由は、家族を鬼人に食い殺されたからだ。
あれは尋常学校の六年生だった時。
代書屋をしていた父と三人の兄の五人暮らしで、父子家庭だけど生活に苦労した記憶はなかった。真面目な一番上、真ん中のお調子者、穏やかな三番目と全ての兄が中学校に進学していた。
父は私にも進学を進めてきたけど、不満はないしお金を食い潰したくないから断っていた。洗濯物の多くと料理が得意でない父たちに代わり食事を作る。生活に不満はなく、一番上の兄の独り立ちを見届けて安心したら遅めの結婚をするとでも思っていた。
父は地域でも貴重な中学校進学者で、代書屋の仕事でもあっと思うような言い回しが次々出てきた。夜遅くまで書き物をすることも多く、夜にしか来れない事情を持つ人も受け入れていた。
友達に誘われて私だけ銭湯に行った日、帰ってくると家の戸が開け放たれていた。
大雑把な依頼人が来たのかと思って家に入ると、玄関に近い廊下に三番目の兄が倒れていた。
他の家族に助けを求めようと奥へ進むと、居間に真ん中の兄が血を流して倒れていた。
血はまだ乾いておらず犯人はまだいる可能性がある。隣の家に駆け込んで警察を呼ぶよう言って、私は医者を呼びに行った。
待ちわびていた警察は、あろうことか濃緑色のだんだら羽織に帯刀した人を連れ、その人を先行させた。警察たちは私の行かなかった奥まで踏み進み、わずかな音も伺わせない。
私は冷めながら立ち尽くし、未だ見つかっていない父と一番上の兄の無事と犯人の逮捕を祈った。
医者は家の中に入ると、傷口の具合も見ずに脈を測ったり目を照らしたりして、首を振った。それから大胆にも居間に向かい、再び確認して首を振った。
残ったのは二人だけ。しかし羽織の人と共に警察がやってきて、犯人は仕留めたが残念ながら父は亡くなったと告げる。二人に至ってはかなりの部分を食われていた。ただの依頼人と思っていたのか、抵抗した痕跡はなかったという。
昼夜問わず受け入れる父の優しさが仇となった。一夜にして孤独になり、近所の人に助けられながら葬儀を行った。
「マトちゃん。娘もいるしいい人が見つかるまでうちに来なよ」
「生活大変でしょう。仕事探し手伝うわ」
遺産は少し残っていて卒業までは働く必要もない。結婚して身を固める、仕事など様々な道を紹介されたけど、普通の生活に戻れる気はしなかった。
家族を殺したのは鬼人で、濃緑色の羽織を着た人から新生新選組に誘われた。
これから普通の生活に沿おうとも、私の心に暗い影はついて回る。それを隠して平穏に生きるより、誰もこんな思いをしないよう憎き鬼人たちを討伐する。