鳥の鬼人は私に気付くことなく、がさごそと何かを漁っている。こうしている間に避難時間を稼げているけど、服を脱がして食べるでもなく……何が目的?
刀を構え、襖を横目で見ながら来た道を後退りする。
私たちの部屋を通り過ぎ階段までくると、ニイに連れられた宿泊客が静かに下りていた。
「主さんは下の部屋にいる」
ニイは声を潜めて伝える。静かに頷いて、懐からちり紙を取り出しニイに渡す。本当は階段から落として初菜へ合図を出すつもりだったけど、ニイが来たから紙の落ちる音を立てないようにした。
階段の入り口で鬼人の方を睨む。あの人たちが逃げるまで……出てくるな……!
ニイの案内で一階から出て行く様子を想像しながら、避難の完了を切に祈る。
わずかに鳥籠が動く音がする。研ぎ澄まされた神経は、鳩が解き放たれたのを知る。
これで鳥の鬼人の存在が強い隊士に知らされる。時間稼ぎはここまでで、護衛に回るため階段を降りようとした。
その時襖が開け放たれる音がした。
すぐ下に降りればまだ一般の人がいる。時間稼ぎをしようと鬼人に向くと、にっかり笑って手を振り上げた。
斬撃を飛ばしてくるのは知っている。私は見て確認するまでもなく動き出す。
階段の前を抜けて二階の突き当たりに向かって走る。
追走する斬撃を横に飛び避け、突き当たりにぶつける。突き当たりが深く刻まれた時には再び斬撃が迫っていた。
私のいる右側に寄った軌道、次いで飛びよけることが想定される左に、見逃したけど他にも腕を引いて動かしていた。
背後の壁に片足をつけ、切っ先を突き刺し、体重をかける。
刀が跳ねて、左の軌道を勢いよく飛び越えた。
鬼人は向かいの壁にぶつかる私を狙う。頭の中が整わない中、とっさに体を左に傾け間一髪避けた。
こんなところでずっと受けているわけにはいかない。
こうしている内にも斬撃が追ってくる。鬼人に刻まれた突き当たりに飛び込み、切っ先と足を突き出し、背後から迫る斬撃に先んじて蹴破った。
漆喰の壁は砕け、夜空に飛び出す。間一髪で斬撃から逃げ切り、風切り音が遠くに消えていった。
これが失敗したときは死を覚悟するけど、出来る気はしていた。
暗い地面に無事着地する。他の人たちを裏口から避難させたため、表の入り口へ駆ける。すると避難誘導の二人も駆けつけてきた。
破られた壁から抜け出た鳥の鬼人は、上空からにやりと見下ろしていた。そして攻撃しようと腕を振り上げる。
すぐさま三人で駆け出すと、鳥の鬼人はガバッと音を立てて追ってきた。この攻撃で邪魔をして向こうに行くかと思ったけどそうでもないようだ。
避難した人たちを追う方が容易いのに、報告からして隊士への執着が強い。
二人は足止めするつもりで来たんだろうけど、それ以上に引き離すことができそうだ。
右手に広がる雑木林に逃げ込む。こんな夜に踏み入る人はいないだろうし、遮蔽物となる木が多い逃げ場所だ。倒れて来る木には気をつける必要があるけど、枝葉が斬れることで斬撃に気付きやすくなる。
鳥の鬼人はそのまま追ってきて、枝葉を薙ぐ豪快な斬撃が放たれた。
それはしゃがみ込んで難なく避ける。斬撃から逃げつつ倒れた木を飛び越えるのが続いた。
そうしていると目前に木が倒れてきて、背後からは通り道を短冊切りするような斬撃が迫る。
祈吹をした今なら高く飛び越えられるけど、身体能力の低い初菜は出来るかどうか……
「林の中へ!」
ニイの声で我に返り、前傾して木を潜り抜けると左へ斜行する。初菜はニイに手を引かれ、向こうの木々の中に埋もれていった。
斬撃は倒木を斬って道を通り抜けていく。それを見て道に戻り、再び駆け抜ける。
頭上に落ちる木はニイと私で斬り飛ばし、余裕があれば鬼人の方に飛ばした。刀は荒く使っても祈吹のおかげでびくともしない。
雑木林を走り抜け、一本道を進むと、先には人の街が広がっている。突入は何としても避けたい。
あの鬼人には相応の知性がある。もしも輸送している情報を差し出せば、その対価として誰一人犠牲にせず切り抜けられるかもしれない。今輸送している情報は解読できなければ使い物にならないし、暗号は頻繁に更新している。
藤本さんならきっとそうしていた。制裁を食らわないよう、強奪されたと報告するだろう。
真っ当ではないけど一理ある。暗号の規則性は普通に考えれば見つけようがない。だけど胸騒ぎが消えない。あの鬼人なら解読してしまうのではないか。
たとえ利があろうと、鬼人に少しでも与えるのは許せなかった。
人の街にさしかかる。
朽ちた家を見つけ、三人でその中に逃げ込んだ。
「鳥の鬼人は強い……その場に留まって戦えば、私たちは太刀打ちできません」
初菜は重い表情で刀を握りしめる。隊長が来ることを祈り斬撃から逃れてきたけど、もう少し時間がかかるようだ。街を庇いながら真っ向から立ち向かえば、太刀打ちできないだろう。
そんなことは覚悟の上だ。私たちに敵を放棄するという選択肢はない。
「普通に足止めしていればそうなるわ。街を捨てて逃げれば制裁は免れない。だけど一つ考えがある。二人で抗戦しその間一人が逃げる。逃げるのは初菜よ」
指名された初菜は迷う様子もなく、提案を腕で振り除けた。
「無理です! 私は足が遅くて逃げられません!」
「提案者の私が場を離れるわけにいかないし、戦えるニイは外せない。足止めして距離は稼ぐから、近くにいる隊長を誘導することだけを考えて」
「でも、ニイさんはどう思い……」
「わかった。私は指示に従う。伊達に力は持ってない、仲間くらい生かせられる」
ニイに言われると、初菜は弱音の吐き口を失った。
わかりました、と腹を括ったようで、私たちは足を上げた。