東方不敗マスター・アジアはドモンカッシュとの拳を重ねた闘いの果て、自らの過ちを悟り満足した心持ちでその腕の中で息を引き取った。
自らの業の後始末を弟子に押し付けることを僅かな未練とし、消えゆくのみだった筈の魂は、何の因果か全く異なる時代と環境へと誘われ、性別を変えて新たな生を受ける。

「東方不敗 マスター・アジア」改め「立花響」

少女となろうともその精神性は変わらず。
地球と同じ、しかし決定的に異なる同一世界で彼/彼女は王者の風を巻き起こす。
しかし、その拳は固く閉ざされただけにあらず。
武闘家としての魂は消えずとも、誰かと手を取り合うことでより良い未来を選択することを学んだ彼は、流派東方不敗の名の下に再び闘いの場に身を投じる。

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最近ゲームばっかりして別作品の投稿が半年レベルで疎かになっているけど、それでもゲームやりたいって理由でお茶濁しの為にお蔵入りしていた作品のひとつを投稿することにしました。

お蔵入りした理由は、AXZで響が東方不敗の構えをしていた+ひびみくで石破ラブラブ天驚拳やりてぇ+東方不敗をメス堕ちさせたいっていう、くっそくだらない理由で見切り発車して書いた内容だからオチをドウスッペ…ドウスッペ…した結果です。これは(連載するのが)キツイですよ。
だから短編として投稿するね……。

お蔵入りと言っても添削しているので投稿間隔はそこまで高くないかも……。弾切れしたら作者が困るし(ォ


一話

 波打ち際、夜明けの太陽を目に焼き付けて叫ぶ二人の武闘家がいた。

 一人は老人、一人は青年。そのどちらも常人には持ち得ない均整のとれた肉体を有しており、服の上からもハッキリと見て取れる筋肉が彼らがどのような存在であるかを漠然と示している。

 老人の名を東方不敗マスター・アジア。青年の名をドモン・カッシュ。

 彼らは師匠と弟子の関係であり、その関係は非常に健全なものでそれこそ家族と言っても差し支えない絆を育んでいた。

 しかし、そんな二人はとある事件を切っ掛けに袂を分かち、敵同士となってしまう。

 それは、お互いに譲れない想いがあったからこそ起きた必然であり、互いの理想を武闘家らしく拳で幾度と語り――その終わりは、師匠を弟子が超えるという形で迎えることとなった。

 マスター・アジアが提唱した『自然破壊を阻止する為の人類抹殺』は、弟子の言葉によって阻止されることとなった。

 如何に人間が自然破壊の元凶であろうとも、その人間もまた天然自然の一部。その事実から目を背け、それさえも根絶やしにしようとしたという矛盾をドモンに指摘され、それが決め手となりマスター・アジアの心は敗北を受け入れていた。

 

 しかし、過ちを認めようともマスター・アジアはここに至るまでに罪を重ね過ぎた。

 加えて、マスター・アジアの肉体は不治の病に侵されており、彼がデビルガンダムによる人類抹殺などという極論に達したのも、それあって故のこと。

 そんな病弱な肉体に鞭を打ち、心とは裏腹に敢えて悪役としての勤めを全うせんと命を賭して力を尽くして、最期の最期で弟子に己が全てを託すことが出来た。それは大罪人には、あまりにも過ぎた結末だ。

 

 マスター・アジアに後悔はない。それは今までしてきた行為のすべて引っ括めて尚、揺らぐことは決してない。

 彼がやったことは許されざる行為ではあるが、ならばやらなければよかった等というものでは非ず。

 ドモンの言葉に共感はしたが、師弟で心が繋がった所で現実は何も変わりはしない。

 人類が愚かなのは変わらず、スペースコロニーから高みの見物を決め込む有権者達にとっては致命的な痛手にはなり得なかった。

 極論ではあったのは確かだが、そこまでしなければ何も変えられない程世界が歪んでいることも、また事実。

 変革をもたらすにはその身体はどこまでも弱く、衰え過ぎた。

 

 今よりも若かりし頃、しかし青春を語るにはあまりにも身も心も老成し過ぎた、そんな時期。

 第十二回ガンダムファイトの勝者という肩書き、それを証明するに足る実力と結果。無意識にでも、自分ならば何でも出来るという思い上がった邪念に支配されてしまっていたのかもしれない。

 そうでなければ、人類抹殺などという大言壮語を、たったひとりで有言実行しようとするものか。

 

 協力者や利用する間柄こそ居たが、思想に共感してくれる者はいなかった。そもそも、それを口にすることすら稀。

 人類という総括で俯瞰した気になっていたが故に、誰しもが敵であると心が他者との繋がりを拒んでいた。

 実際、やろうとしていたことは未曾有の大虐殺であり、それに共感してもらえるなどと微塵も考えていなかったというのも理由としてはある。

 だが結局のところ、それを含めて理論武装で言い訳を繰り返してきたに過ぎない。

 勝手に見限っていただけなのだ。人類ではなく個人を見ずに、須らく地球にとっての癌細胞であると決めつけたが故の急ぎ過ぎた結論。

 自身の身体に残された時間があれば、心の中に留めずに誰かに本心を吐露していれば、握り締めた拳を開き誰かの手を取る勇気があれば。

 たらればの選択肢を悉く間違え続けた末路。武闘家という立場に甘んじ、拳で語ることのみに終始した故に心から繋がれる相手がいなかった。そんな哀れな老人が、最後に愛弟子とだけは心で繋がることが出来た。

 

 ドモンの拳に込められた答えを受け止めたマスター・アジアは、最早自分はこの世界に不要なのだと悟り、必要悪として消えていく決意をした。

 そんな決意などどこ吹く風と言わんばかりに、ドモンは今際の際にて彼を師と仰いだ。

こんな大罪人を師と仰ぎ、迎えるであろう死に対して涙を流してくれるともなれば、これ以上望むべくもない。

 

『 流派!!東方不敗は!!! 』

 

『 王者の風よ!! 』

 

『 全新!! 』

 

『 系列!! 』

 

『 天破!! 』

 

『 侠乱!! 』

 

『 見よ!!東方は紅く燃えている!!! 』

 

 それは、二人を繋ぐ唯一絶対の絆の証。師匠と弟子、互いに血の繋がりのない二人を繋ぐ、誰にも断ち切ることの出来ない魂の共鳴。

 あらん限りの言霊を込め、強く叫ぶ。文字通り、魂の一片さえ言霊に昇華させたマスター・アジアは、この世に未練無しと穏やかな感情で一杯になる。

 薄れゆく意識の中、自らの為に涙を流す弟子の叫びを挽歌とし、暗闇の世界へと誘われていく。

 

 これから先、ドモンには艱難辛苦が待ち受けていることだろう。

 ガンダムファイトを否定すること無く、天然自然を護り、その上で戦争は行わせない。マスター・アジアの言葉を否定するということは、つまりそういうことなのだ。

 ドモンは、これからその答えを楔とし、世界に目を向けていくことになる。

 ましてや、流派東方不敗のガンダムファイト二連続優勝という肩書は、彼が望まずとも世界が放っておくことがないだろう。

 如何に優れた武闘家と言えど、世界の在り方を変えるにはあまりにもちっぽけである。

 だからこそデビルガンダム等という兵器をマスター・アジアば使うしか無かった。それぐらいしなければ、足掛かりにさえなり得なかった。

 ドモンが生きている内に、世界は変わらないだろう。

 だが、ドモンの意思を継ぐ者が後に続けば、いずれは辿り着く。

 終焉が滅びか再生か、そこまでは分からないし、もうすぐ果てる人間がそんな未来を考察した所で夢物語で終わるだけ。

故に、後は伏して最期の時を待つのみ。

 

 師弟を祝福するように、暁の空が眩く輝く。

 最早、未練は無い。そう認識した瞬間、マスター・アジアの肉体が震える。

 それは、死を告げる鐘の音。限界を超えた肉体も、遂には終焉を迎えることとなる。

 まどろみの中に堕ちるような甘き死に身を委ね、マスター・アジアの生涯は終わりを迎える。

 そうして意識は闇に落ち、徐々に消失していく――筈だった。

 

「――――……!!」

 

「……!!――!!」

 

 叫ぶような、それでいて歓喜に満ちた声色が耳朶を打つ。

 遠くから徐々に近付いてくる音に身体が反応するが、上手く動かない。

 死後の世界というには些か活気に満ちている気もするが、それを気にした所で詮無きこと。

 送られる場所など地獄以外に無いのだから、今更何を期待しようものか。

 そうして、断頭台へ送られる時を静かに待ち続け、急に視界が白に染まった。

 すわ何事かと闇一色で潰れていた視界を必死に慣らしていき――文字通り言葉を失った。

 

「良かった……。立花さん、赤ちゃん無事に呼吸をしました!」

 

「ああ……良かった……!!本当に、良かった――!!」

 

 嗚咽と感涙に塗れた声が聞こえる。

 未だ動かない肉体の代わりに、細く開いた目で周囲を見渡す。

 白衣を着た医者と思わしき人間と、寝台に寝かされた女性。

 そして、その女性と繋がるかのように、自身から伸びる一本の管。

 あまりにも理解の追いつかない状況に混乱している内に、医者のひとりに身体を持ち上げられる。

 そこで、自分が彼らと比較してあまりにも小さいことに気付く。

 持ち上げられた肉体は、管で繋がる女性の下へと向かい、その腕に抱き抱えられる。

 

「生まれてきてくれてありがとう……私の可愛い娘。貴方の名前は、響――立花響よ」

 

 穏やかな笑みと共に投げ掛けられる、祝福の言葉。

 この時、マスター・アジアは察した。

 

「オギャアアアアアアアア!!(なんじゃとおおおおおおおお!!)」

 

 東方不敗マスター・アジア。まさかの女に転生を果たす。

 その衝撃足るや、ドモンの石破天驚ゴッドフィンガーを食らった時以上だったと後に語る。

 

 

 

 

 

 ……あれから数年が経った。

 マスター・アジア改め、立花響として新たに生を受けた儂は、女の身体という生前とは勝手の違う肉体に四苦八苦しながらも、健康な毎日を過ごせている。

 男と女という性別の相違が生む、あるべき行動・発言が一般のそれとは異なっているにも関わらず、家族はそれがなんてことではないと言わんばかりに、儂に愛情を注いでくださった。

 本当に、感謝してもし切れない恩があると常々思いつつも、所詮は幼女でしか無い儂にそれを返す能力がある訳もなく、日々を平凡に過ごしている。

 

 正直、前世の記憶がある身としては、地獄に落ちることなく輪廻転生を果たしたなどと、そんな優しさを享受する資格があるのかと思うことは常であるが、その悩みは所詮儂自身のものでしかない。

 母親が腹を痛めて産んだ子供にそのような感情を抱かせるのは、それこそ罪深い行為であると結論付けた。

 目は見えずともわかる。産まれた瞬間に母から紡がれた言葉は、何よりも儂の生誕を祝福したものであった。

 それを否定することは、例え儂が何者であろうとも許されることではないのだから。

 

 この世界に転生して最も驚いたことは、その自然の雄大さだろうか。

 ここが地球で、コロニー等というものも宇宙に存在しない。それだけでも驚きだと言うのに、環境汚染の程度もまるで違う。

 一般住宅街に住まいながらも、見渡せば花や木々が天然自然の賜物として実りを付けている。

 戦争やら紛争も少なからずあるようだが、日本に関して言えば平和そのものと恵まれている。

 世界規模で見れば、儂が生きていた頃の地球と比べて安定している。

 宇宙進出しなければまともな生活圏さえも保証されない、人間のエゴの成れの果てのような世界とは違う。

 

 次に驚いたのは、何と言っても食事だろう。

 荒廃した地球では考えられない、天然自然から齎された恵みによって作られる食事は、あの時代を生きた者としては文字通り感涙極まった結果、母上殿には心配を掛けたのは記憶に新しい。

 コロニーであろうとも、この味は出せないだろう。自然の雄大さと価値を、改めて思い知らされた。

 その反動からか、食べる喜びを知ったことで健啖家になってしまった。

 以前であれば、数日飲まず食わずだろうと問題なく生きていけたが、それは最早過去の話。

 今であろうともやろうと思えば出来るだろうが、精神的苦痛を思えばやりたくはない。

 とは言え、食事量が多いことは決して悪いことではない。

 適切な食事と運動は、肉体の成長に大きく左右する。

 以前ではままならなかった部分を埋めることが出来るのは、やはり嬉しいものである。

 

 武闘家としての生前の記憶。徐々に衰え、弱くなっていく肉体。

 死に迫るに連れて、衰えていく現実を見せつけられ、恐怖しない日はなかった。

 盛者必衰の理と言えども、それを甘んじて受け止められる潔さがあれば、人類抹殺等という短慮な選択は行わなかっただろう。

 だからこそ、この第二の生。全てを失い、ゼロから改めて自身を鍛え直す機会を得られたのは、まさに天啓と言えた。

 当初、女の身体故の男と比較した虚弱さを懸念してはいたが、どうやらこの肉体に関して言えばその限りではないらしく、十全とは言い難いまでも悪くないポテンシャルを成長と共に実感することが出来た。

 しかし、当たり前というべきか。突然トレーニングを初め出した頃は、色々と心配を掛けてしまった。

 あくまでも成長を阻害しない程度に留めてはいたのだが、この年齢の女子を比較すればそれが如何に異常なのかまでは頭が回らなかった。

 親が武闘家であるならばいざ知らず、立花家はどこにでもある平凡な一家に過ぎない。幼い頃より身体を鍛えることに触発される、ないしは強要されるような自体はまずあり得ない。

 それでも、家族の誰ひとりとして気味悪がることはなかった。……正確には、父上の見る目が少し変わってはいたが、想定の範囲内の反応だった故、特に気に留めることはなかった。

 

 武闘家としての矜持は未だ熱を発しているが、だからと言ってそればかりにかまけている訳ではない。

 このような異端を愛してくれる家族の為、儂自身も女として生きる努力を怠ることはなかった。

 性同一性障害の子を持つ、等という烙印を押させたくはない。その為ならば、恥を忍ぶことも吝かではない。

 さりとて、違和感ばかりはどうしようもない。

 フリフリでヒラヒラな服を、今は幼子と言え齢五十は生きた爺の精神が纏っていると考えただけで、我が事ながら羞恥よりも恐怖が先行して湧き上がってくる。

 

 それだけならばまだどうにか出来る問題ではある、が――人を見る目線に限っては流石に無理があった。

 つまり、相手が同じ幼子だと言え、精神が老成したままの儂では、どう足掻いたところで孫を見るような目でしか見ることが出来ないのだ。

 それ故に、幼稚園に入学すると決まった時の儂の胸中は、複雑怪奇なものであったわ。

 世間体もある以上、行かないという選択肢はない。だが、今更どうして幼子の輪の中に爺が入れようか。

 武闘家として生き続けてきた故に、その辺りの機微やら距離感に関しては全くの素人と言っても良い。

 何でもかんでも拳を交えればどうにかなるものではないことぐらい、前世の経験から流石の儂も学習済みである。

 

 必然、儂は幼稚園の中でも一人で居る変わり種の娘として保育士の方々に評価を受けることとなった。

 傍目に見ればただただジッとしているだけに見えて、実際の所は瞑想――周囲には本を読んで寝こけているように見えたであろう――にて己が気を高めることに没頭していたのだが、良くも悪くもどう対応してよいか分からない子供だったことであろう。

 腫れ物を扱う、とまではいかずとも手の掛からない子供として、自然と優先順位が落ちていき、今に至る。

 それは儂が望んだ流れではあったが、母上らがこれを保育士から聞けばまた心配を掛けてしまうだろう、という不安もある。

 だからと言って、何をすれば良いのかなどさっぱりだ。

 人生の酸いも甘いも噛み締めてきた老骨が、あのように純粋な瞳を輝かせる者達と共に肩を並べる?

 寧ろ、彼らという未来への遺産が汚されてしまうのではないのかとさえ考えてしまうのは、やはり過去の自分を知るが故か。

 

「返して、返してったらぁ!!」

 

「や~だね!ほら、パスパス!」

 

「取り返してみろよ!」

 

 そんな老成した思考を巡らせていた折、嗚咽に混じった幼女の声とそれをからかうように複数の男児の声が室内に響く。

 瞑想で閉じていた瞳を開いてみれば、涙でぐしゃぐしゃになった黒髪の幼女が視界に映る。

それを取り巻くように、複数の男児が幼女が所有していたであろう人形でキャッチボールのようなことをしている。

 確か――小日向未来といったか。彼女もまた、大人しい部類に入る少女であり、幾度と隅っこで一人で遊んでいるのが目についていた。

 儂とは違い、単純に引っ込み思案なだけではあるのだろうが、だからこそ目の前の行為は恐怖以外の何物でもない筈だ。

 男児の方も、悪意あって行動しているのではなくどうにか小日向と遊ぼうと考えた結果なのだろう。

 互いが互いに、異性に対しての距離感を掴みかねているが故のすれ違い。

 子供のやること、と静観を決め込むのも考えたが、間の悪いことに目付け役の保育士達は近くにいない。

 あまり悪目立ちはしたくないのだが、是非もない。

 

 おもむろに立ち上がり、男児と小日向との間に割って入る。

 客観的に普段から大人しい存在が突然介入してきた事実からか、両者とも驚いた様子を隠せずにいる。

 

「そこまでにしておけ」

 

「な、なんだよ」

 

「見て分からぬのか?小日向が嫌がっておるだろう。男児足るもの、女子を泣かすべからずと教わらなかったのか?」

 

 軽く睨みを効かせ、リーダー格と思わしき男児に声を掛ける。

 殺気も何もなく、この幼女の身体から出せる威嚇などたかが知れているが、それでも効果はあったらしくたじろいでいる。

 

「う――ウルサイ!うちのジーチャンみたいな喋り方しやがって!やっちまえ!!」

 

 それでも、同年代の異性に説教されたことに腹を立てたのか、全身で覆いかぶさる要領で格下の男児達が襲い掛かってくる。

 溜息一つ。儂は肉体を極限までセーブし、そのひとつひとつを捌いていく。

 拳は払い除け、時には受け止め、受け流し、同士討ちに持ち掛ける。

 体幹も発達していない子供など、以前の儂ならば指先ひとつ使わずともいなして見せただろうが、今の肉体ではそれも叶わない。

 過去に根付いた経験は、数年程度で上書きされるものに非ず。

 流派東方不敗が根底にある動きは、あくまで成人男性を基本としたもの。

 型を倣うことは出来ても、その能力を十全に発揮するのは困難を極める。

 体作りを初めたばかりの肉体で流派東方不敗の動きを再現するのは不可能どころか、一端の武闘家の模倣さえも然りである。

 しかし、そのような拙い身体能力だからこそ、丁度良く手加減となり男児達を無傷であしらうことが出来たのは、不幸中の幸いと言えた。

 

「さて……これだな」

 

 リーダー格を含めた男児たちをすべて大人しくさせた儂は、山積みになった男児の中から小日向のものであろう人形を回収し、それを手渡した。

 

「あ……」

 

「この通り、取り返してやったぞ。だからもう泣き止むが良い」

 

 慣れない手付きで、どうにかあやそうと頭を撫でると、小日向の瞳に更なる涙の粒が溢れて来て、動揺を隠せなかった。

 

「す、すまん。痛かったか?」

 

「ううん……違うの。嬉しくて、もうお人形で遊べないって思ってたから……!!」

 

 単純に歓喜していると知り、胸を撫で下ろす。

 そのままワンワンと泣き出した小日向の為に、ただただ慈しみを掌に込めて頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 それからは、保育士が事態を遅ればせながら理解し、儂をも含めての説教で話は区切りとなった。

 怪我が無かったとは言え、儂がやったことは褒められたことではない。

 本来ならば、最善は保育士を呼びに行くことが正しいことぐらいは分かっている。

 しかし、止められる力がある以上手遅れになる可能性を考慮すれば、あれが正しかったことであると儂は疑ってはおらん。

 あのまま男児達が暴れて、人形が壊れでもしようものならば、幼き日々の記憶に影を落とすことなったのは想像に難くない。

 成長するに連れて塗り潰されていくものとは言え、それが後の人格形成に影響が出ないとも限らんからな。

 それは男児達にとっても例外ではなく、悪い成功例が経験として身に付けば、無意識に他者を虐げる行為に忌避感を持たなくなってしまうかもしれない。だからこそ、徹底的にそれを否定する必要があった。

 子供は理屈よりも感情が動く生き物。言葉を尽くすのが何よりも肝要ではあるが、身体で覚えることもまたそれに比肩するぐらい大事なことだ。

 しかし、どうにも今の時代は暴力行為を過剰に忌避する傾向にあり、教育の一環でさえも大衆が声を束ねて非難することが慣例になりつつある。

 民衆が声を上げることは平和的抗議であることは確かだが、何事も過ぎれば及ばざるが如し。成功例というのは、いつだって人間を思考停止させる麻薬へと成り代わる毒素でもあるのだ。その毒素に侵された儂が言うのだから間違いはない。

 ましてや、複数の意思が同調すれば感情も増長するのは必然。数は正義とはよく言ったもので、マイノリティは徹底的に叩き潰され、マジョリティを盲目的に賛美する。

 個人では何も成し得ない凡人が多いからこそ、民意とはいえ社会や世界を変えることが出来てしまえば、それを快楽的に受け止める人間だって生まれてくる。

 その感覚を再び味わいたくて短絡的に声を上げるようになってしまえば、いつしか正しい行為にさえも非難をするようになりかねない。

 善意で始めた行為が、知らずに悪意に反転していたなどと目も当てられない。

 だからこそ、子供の時分であれどもその芽を摘めるならばそれに越したことは無い。

 言い訳するつもりはないが、むしろこの問題は大人では出来なかった対応であろうとさえ考えている。

 

 先の事件を切っ掛けに、儂等は互いに自己紹介をし、友人となった。

 精神的な部分で言えば友人と言うには不釣り合いではあるが、事情を知らぬ小日向にそれを理解しろという方が酷と言うもの。

 ともあれ、これを期に儂らは行動を共にすることが多くなった。

 懐かれた、というのが適切な表現だろう。小日向が儂の後ろを付いてくる姿は、カルガモの親子のそれだ。

 儂としても悪い気はしないどころか、生前にはこのような経験が無かった故に、構いたくてしょうがないというのが本心だ。

 ドモンは弟子になった頃から今の小日向よりは成長していたし、そうでなくとも男と女では扱いが異なるというもの。

 ドモンでは為せなかったこと、そしてしがらみから解放されたからこその余裕のある状態で接するのは、これが初めてのようなものであった。

 しかし、経験が無い故に距離感が掴めないのもまた事実。やはり最初は苦労したものであった。

 だが、事ある毎に頭を撫でてもらいたそうにしているぐらいの機微は分かるようになり、しばらくは求められれば答えるという何とも言い難い関係が続いた。

 

 因みに男児達はあれを期に儂に平伏し、暗黙の了解として儂がリーダーのような存在になっていた。

 そのつもりなど無かったのだが、これによって小日向が男児達の無邪気な悪意の矛先が向くことが無くなったことを思えば、必要経費と受け入れるのも吝かではなかった。

 

 それはそれとして、そのようにいつでも引っ付いてくる小日向だが、それは何も幼稚園だけに限った話ではない。

 いつの間にか儂の住所を調べたのか、事ある毎に遊びに来たりもした。

 さりとて、儂が小日向のような幼女と同じ趣味を共有できる訳もなく、どちらかと言えば儂に付き合わせる形になったのは非情に申し訳ないと思っている。

 何せ、儂の趣味と言えば鍛錬を除けば、将棋や盆栽と言った地味なものばかり。

 小日向がつまらないと一度とて口にすることは無かったが、本心とはとても思えない。

 だから、どうにか彼女と合わせるようにした結果……歌だけはどうにかそれなりのものになったのではないだろうか。

 だが、ジャンルばかりはどうにも肌の合う合わないがあり、子供が見るようなアニメ?のようなものを歌うのは精神的に無理があった。

 演歌ならば合致したのだが、それ以外は徐々に慣れていくしか無い。と言うよりも、曲がりなりにも女子らしく在ろうと目指すのならば、それぐらい嗜まずしてどうするか。

 

 小日向が遊びに来ることが多くなったことで、鍛錬もままならなくなったが、その分は時間を密にすることでどうにか賄っている。

 急く理由など如何程もありはしないのだが、最早癖のようなものだ。やっていなければ落ち着かない。

 それに、成長する喜びを再び味わえるということが、何よりも尊い。

 一度は頂点に立ち、絶頂を極めた儂の行末は、肉体の衰えによる転落。

 最盛期の感覚は今でも忘れられない。故に、時間の経過と共にその過ぎた過去は幻痛となり、儂を苦しめた。

 喜びの相転移、その果ての絶望は、ただ生きているだけでは味わえない天国と地獄の二律背反。

 人間である以上、それもまた運命。盛者必衰は世の理であり、誰であろうとも逆らえない。

 されど、求めない日はなかった。延命治療のような紛い物ではない、純粋な若返りを。強くなる喜びを与えてくれる、健康な肉体を。

 地獄行きだった筈の儂が得られた奇跡。見逃す理由などどこにもない。

 

 とは言え、所詮は年端もいかない幼女の身分。

 何をするにしても親の監視は付き纏うので、明らかに常軌を逸した鍛錬は出来ない。

 暫しは、体力作りと無駄の無い肉体を作るのに専念しようと日々を過ごしていった。

 

 

 

 ――それから、時は流れ数年後。中学生となった儂に、ひとつの転換期が訪れる。

 それが、再び儂を戦いの渦中へと誘う足掛かりとなることは、知る由もないことだった。



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