ツインターボ「……師匠!師匠!!師匠ーーー!!!」(連載中) 作:ゆきたか
もし、ウマ娘ファン達が一堂に介して
『強いウマ娘』『スピードのあるウマ娘』『スタミナのあるウマ娘』
と言ったテーマで語り合うことになった場合、挙がる名前は千差万別であろう。だが、もしこれが
『インパクトがあるウマ娘』
と言うテーマだったら、みんな満場一致でカブラヤオーの名前を挙げるのではないだろうか。それくらい『狂気の逃げ馬』と呼ばれる驚異的な大逃げのインパクトは圧倒的だった。
現役時代のカブラヤオーは、超が付く程の人見知りだった。幼少期に事故で他ウマ娘に蹴られた時の恐怖がトラウマとなり、他者からの視線を感じるだけで全身が震えその場にいるのが耐えきれられなくなる程の。
驚異的な大逃げは、決して得意だからとか戦略だからとかでは無かった。彼女には……
少しでもウマ混みの中に入ったらたちまちパニックになり正気を保てなくなるのだ。
「先行も指しも追い込みも駄目……逃げても追いつかれたら駄目……それなら……それなら思いっきり逃げて、誰も迫れないくらいにそのまま逃げ切っちゃえば……!」
苦肉の策から生まれた大逃げ戦法だったのだが、生まれつき心肺能力が優れていたのも相まってそれは大成功を遂げた。
日頃の練習から体力を無視しての大逃げを繰り返し、更に身体能力は向上し連戦連勝。9連勝と言う記録は未だに破られていない前人未到の大記録だ。
「追いつかれちゃ駄目、その為にはもっと速くならなきゃ。この先どんな強い相手が現れたとしても、最初から最後まで1番で逃げ続ける……!」
勝てば勝つほど彼女の練習量は増し、それに比例するかのようにスピードもスタミナも増した。だが……残念ながらその足が驚異的な練習量の前に悲鳴を上げた。
屈腱炎……ウマ娘にとって不治の病とも言われている足の病気だ。
1度目はクラシック級の三冠のかかった菊花賞の前に、2度目はシニア級1年目の天皇賞秋の前に……怪我が無ければその後も走り続けていたかもしれないが、常に張り詰めていた彼女自身の気力がもう限界に達していたため、怪我が無くても遅かれ早かれ引退していたかもしれない。
引退後、しばらくは
「超人見知りなのに教えることなんて……しかも子供達相手に大丈夫なの?」
と思う者は多いと思うが、実は現役時代に彼女が唯一緊張せずに接することができたのが子供ウマ娘だったのだ。
元来彼女はとても心優しいウマ娘だ。だがそのオドオドした見た目、そして見た目と相反するような豪快なレースっぷりを……色々な意味でネタになるウマ娘をマスコミが取り上げない訳がなかった。
勝てば勝つほどに取材陣は増えニュースは流れ記事は乗り、その結果沢山の『好奇の目』に晒された。それが更に彼女の心を閉ざした……悪循環というやつである。
だが、子供ウマ娘達だけはそんな彼女に対して常に笑顔で声を上げて応援し続けていた。
子供時代のウマ娘は、特に生き物の心の奥底を察する能力に長けていると聞く。だからこそカブラヤオーと言うウマ娘の、心の奥に秘められた優しさや温かさに無意識に気づき必死に応援していたのだろう。実はマルゼンスキーもそんな1人だった。
「マルゼンちゃんを始めとしたあの子達の声援が無かったら、私は間違いなくジュニア級の時点で引退していたわ……」
そんな経緯があるからこそ彼女は、引退後は子供ウマ娘達と何かしらの形で接するお仕事につきたいと願っていた。現役時代に声援という
子供ウマ娘達を教える時間は本当に楽しかった。そして指導を続けていく内に不思議な事が起こった。あれだけ超人見知りだったのが、少しづつ改善していったのだ。
彼女はこれまで『怖い』と言う感情が強すぎて自分に向けられる殆どの感情からひたすら逃げて生きてきた。
それが指導する立場になり様々な感情と真正面からぶつかり合う生活を続けていった結果……数年たった今では誰とでも話せるとても社交的なウマ娘となった。
彼女は、特に人見知りな子に対して真摯に接していた。自らが現役時代、恐怖にとらわれ続けていたからこそ子供達には何よりも走る事の楽しさを味わって欲しいと願っているからだ。
「頂いたものをお返しするはずが、更に頂いちゃったの……感謝してもしきれないわ。だから私は、一生かけてあの子達のトレーナーを続けていきた……どうしたの!? ターボちゃん!」
カブラヤオーがびっくりするのも無理はない。ツインターボの目からは、大粒の涙が止まること無く流れ続けていたからだ。
「じ、じじょがぞんだぢづだいづだいぼぼびぼじで……(し、師匠がそんなに辛い辛い思いをして……)うわ〜〜〜ん!!!」
「ターボちゃん……」
「じづわ……じっわだーぼもおなぢ……ほんどうは、ごわいがらにげでる……(実は……実はターボも同じ……本当は、怖いから逃げてる……)」」
ツインターボも語った、自らの過去を……これまで誰にも話した事の無かった大逃げする理由を。
【史実補足】
JRA発足後の中央平地競争において、カブラヤオーの9連勝(1976年達成)は、2021年11月現在……並ぶ者のいない大記録です。
※地方交流レースを含めると、スマートファルコンも9連勝
※障害レースを含めると、オジュウチョウサンの11連勝が最多