ツインターボ「……師匠!師匠!!師匠ーーー!!!」(連載中) 作:カタミシ
ツインターボが日頃から言っている
『ずっと一番が良いから大逃げする』
それは間違いではない。一番前を走るのはとても気持ち良い。ただ、それだけではない……気持ち良いからだけではないのだ。
『(後ろから来るウマ娘が怖くて……その怖さをなんとかするために)ずっと一番が良いから大逃げする』
ツインターボはその見た目と自信たっぷりな振る舞いから怖いもの知らずと思っている者も多いが、実はとてもとても臆病な性格だ。
派手な格好をしてるのもその振る舞いも……実は根っこにある臆病な部分を隠すためでもある。
その事にツインターボ自身は漠然と気付きながらも、気付かないふりをして生きてきたし誰にも話さずに生きてきた。
なのでツインターボの根っこが臆病だと言うのに気づいているのはのは、ごくわずかだ。
仲良しなチームカノープスの面々、後は心を察する能力に長けたシンボリルドルフにマルゼンスキーに……他数人言った所だろうか。
そう、本質はカブラヤオーもツインターボも一緒なのだ。
だからこそツインターボは、カブラヤオーの話を聞いて、無意識に自分を思い重ねていたのだ。
「ししょー……たーぼ、がんばる……」
「あらあら、すっかりおねむさんね」
時刻は気づけば夜9時。泣きつかれたのか語り疲れたのか、いつの間にかツインターボは夢の世界へと旅立っていた。
「気づけばもうこんな時間か。……先輩、もし良かったら今日は泊まっていきませんか? 部屋も替えの着替えも用意はあるので。ツインターボは私が後ほど部屋まで連れていきます」
トレセン学園には遠方からの訪問者も多い。そういった者達の宿泊先を確保できるように、常に空き部屋がいくつも用意されているのだ。
「そうね……それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
「2階の奥の部屋が空いていますのでお使いください」
「ありがとう。それじゃあまた明日ねテイオーちゃんと……ターボちゃん」
スヤスヤと眠るツインターボの頭をなで、カブラヤオーが席を立つ。
「先輩」
席を立ったタイミングでシンボリルドルフが声をかける。先ほどまでの和やかな口調とは一点、どこか影のある口調だ。
「先輩。ツインターボが今こうして熟睡しているので問いますが、先輩はツインターボが本当にトウカイテイオーに勝てると……お思いですか?」
「その様子だと……ターボちゃんに勝ち目はないと思ってる?」
「いえ、勝負に絶対はありません。ありませんが、今のトウカイテイオーの強さは…………先輩は、今年になってからのトウカイテイオーのレースはご覧になっていますか?」
「中山記念、大阪杯、そして先日の天皇賞・春、全て見てるわ。どのレースも凄い勝ちっぷりだったわね。私も……ルドルフちゃんと同じ事を思ってるわ。今のままではターボちゃんは……絶対に勝てない」
<<トウカイテイオー>>
皐月賞、ダービーと圧倒的な強さで勝利しシンボリルドルフに並ぶ無敗で三冠も確実と言われていたが、骨折により菊花賞は出走できず。
その後も怪我に悩まされ、特に3度目の骨折は重症で一時は引退寸前まで追い込まれていたが……とあるウマ娘の諦めない心に触発され現役続行を決意。そして約1年ぶりの復帰レースとなった有馬記念では見事な復活勝利。
ここまでが昨年までのトウカイテイオーの歩みだ。これだけでも奇跡とも呼べる歩みだが、今年になってからのトウカイテイオーは3戦3勝。内2つはG1レースで来月に行われる宝塚記念にも出走予定だ。
『トウカイテイオー完全復活?』
『全盛期の走りに戻った?』
否……!!
3度目の骨折前までに見せていた圧倒的な強さは今ではすっかり影を潜めている。カブラヤオーは『どのレースも凄い勝ちっぷりだったわね』と言ったが、今年になっての3戦……2着との着差は首差・アタマ差・ハナ差と、どれも辛勝だ。
では何故シンボリルドルフとカブラヤオーはここまでトウカイテイオーの強さを認めているのか。それは……3戦とも、最後の直線で1度先頭に立ったらどんなに後方から鋭く追い込まれようと絶対に食らいつき先頭を譲らなかったからだ。
怪我の影響でスピードは確実に落ちた。トレーニング量は減り、スタミナとパワーに関してもトウカイテイオーより優れたウマ娘はシニア級には何人もいる。では何故トウカイテイオーは勝ち続けているのか? その最大の要因、それは
他の能力に比べて一番心理的要因の強い能力、そして……これまでのトウカイテイオーに唯一欠けていた能力だ。
天性の柔らかな足腰から繰り出される圧倒的なスピード
日々のトレーニングにて鍛えに鍛えられたスタミナとパワー
考えるわけでもなく自然と周りの流れを読み気づけば絶妙の位置にいる天才的な感覚の賢さ
才能に恵まれ才能を活かすための努力も欠かさなかったトウカイテイオーにとって、根性と言うのは必要無かった。
憧れのシンボリルドルフが常に威風堂々とした
──目指すは無敗で3冠──
だが現実は甘くなかった。
日本ダービーまでは順調だった。しかし菊花賞前に骨折、最後まで足掻いたが残念ながら出走は叶わず無敗で3冠の夢は
──目指すは無敗──
チームメイトでありライバルでもある、メジロマックイーンとの天皇賞・春での直接対決に破れ無敗の夢も潰えた。
──目指すは──
その後2度目の骨折、更には3度目の骨折……3度目の骨折は重症で、治っても全盛期の競争能力はもう戻らないと言われた。
かつての輝きが重く重く自分自身に
『スピードもスタミナもパワーも賢さも無い。あるのは根拠の無い自信と、己の能力とは分不相応な無謀とも言える大逃げだけ』
そう思っていた、だが違った。そのウマ娘は持っていたのだ、自分が唯一持っていなかったものを。
そう、
ライスシャワーを始め強豪が揃ったレースで、そのウマ娘は無謀とも言える大逃げの末に勝利した。最後の直線はヘロヘロでゴールした瞬間にそのまま倒れ込むという、憧れのシンボリルドルフのレースとはまるで真逆のカッコ悪さだ。
だがトウカイテイオーにとってその走りっぷりは、これまでに見てきたどのウマ娘よりもカッコ良かった。
それからトウカイテイオーは変わった。『ボクは一番ではない……だからこそ足掻く、足掻き続ける』と。
その後の有馬記念での復活勝利、世間では奇跡と言われているが……世の中に理由の無い奇跡は無い。
「絶対は、ボクだ」と言う名の根性。それこそが奇跡の理由なのではないだろうか。
「今のテイオーを見ていると先輩を思い出します。先輩も、最後の直線でどんなに追い込まれようとも絶対に先頭を譲らなかったですよね」
「毎回限界を超えて走っていた気がするわ、あの頃は。自分で言うのもアレだけど、根性を持った子は誰よりも強いと私は思っている。だからそこ……今のターボちゃんでは絶対にテイオーちゃんには勝てない」
「私も全く同じ考えです。そこまで分かっていながら何故先輩は、ツインターボのコーチを……?」
「なんでかしらね……本当は断ろうと思ったのよ。ただ、ターボちゃんにお願いされた時、あの子の目をじっくり見ていたら……気づいたら引き受けていたの。あの子の目に、可能性を感じたの」
「なるほど。しかし……その可能性の先に待っているのは、ツインターボにとっては修羅の道かもしれませんね」
「修羅の道……その通りね。その道を進むかどうかは……あの子自身に委ねるわ」
2人の話は終わった。
まさか自分が寝ているすぐそばでこんな重い話がなされているとは露知らず、すやすやと眠るツインターボの表情はとても安らぎに満ちていた。