ラストになります。
ちゃんと英梨々は着地できているでしょうか?
ほんとがんばってくれたよ・・・
誕生日ソングを歌う携帯の合成音で英梨々の目が覚めた。
何か夢を見ていたような気がする。ぼんやりとした頭で考えるがもう思い出せない。甘い夢だった気もするし、悪夢だった気もする。けれど、夢の内容は関係ない。もう少し踏み込むなら夢も現実も関係ないことを英梨々は知っている。すべては幻想の中に漂う想いに過ぎない。
英梨々はフリルのついたピンクのネグリジェにカーディガンを一枚羽織ってベッドから起き上がった。
小さなアクビを1つする。
午前4時 人が何かするには早すぎるし、起きているには遅すぎる。外はまだ暗くてとても静かだ。
キッチンでお湯を沸かし、ペットボトルのはちみつレモンを湯煎にかけて置く。その間に顔を洗い、歯を磨いた。髪は結わず、薄化粧もコンタクトもしない。
英梨々はロングコートを着て、ポケットにペットボトルをいれる。簡易カイロの代わりぐらいにはなる。
それから玄関から外にでて、門の前で佇む。
空を見上げる。まだ暗いが東京の街の光で薄っすらとした雲がたなびいているのが見える。吐く息がまだ白い。
3月20日。16歳になった。同級生の誰よりも遅く誕生日を迎え、また少し大人になった。
「高校2年生か・・・いやよね・・・」
自分の望む、望まないに関わらずヒロインレースがスタートする。
この高1の一年間を通して倫也との関係は改善され、過去の問題も一応の結論を得た。
恋人にはなれていないが、それはけじめの問題であって、関係性は恋人に近いことを自覚している。
そのけじめが大事なのも分っているが・・・
自転車がだんだんと近づいてきて、英梨々の前で止まった。
「はやいな」
「まぁね。役だししょうがないでしょ」
「そうだな。おめでとう。英梨々」
「あっ、そっか。うん。ありがとう」おめでとうを言ってもらえた。一年間頑張って良かった。
「俺、まだ仕事だから」倫也は新聞配達を始めてから、もう一年がたつ。
「じゃ、また・・・あとでね」英梨々が手で新聞を受け取る。
「英梨々、これ・・・」
倫也が小さなプレゼントボックスを渡す。今年は郵便受けに入れずに手で受け取ることができた。
英梨々は返事もせずに、照れて顔をふせたまま、コクンッと小さくうなずいた。
倫也が自転車に乗って離れていく。
英梨々は受け取ったプレゼントボックスを持って、急いで家へと戻った。
コートを脱いだ時に、ペットボトルを渡し忘れたことに気が付いた。
「あっ・・・」
ポンコツヒロイン。一生懸命なんだけど何かぬけている。
でも、今日は大丈夫。
きっと、素敵な一日が待っている。
※※※
2人が並んで電車に揺られている。
「はい」英梨々が飴ちゃんを1つ渡す。
倫也は受け取って、口にハッカを1つ放り込む。それから英梨々は包み紙を回収してバックしまう。
英梨々は黄色を基調とした服と黒いサロペットを着ている。
ずいぶんと迷ったが画材用具は持ってきていない。バックには必要最低限のものしか入れてこなかった。
「まだ眠い?」英梨々が倫也にきくと、「いや、大丈夫」と静かに答えた。
新聞配達を終えたあと仮眠をして、ブランチを取っている。
午後2時。少し遅めのデートがスタートした。
「で、どこに行くんだ?」
「迷ったんだけど・・・」
英梨々はクシャクシャになったメモ用紙を倫也に渡した。
「・・・ふむ。続きか」
「別の物語なんだけど。未練っていえば、未練なのよね」
英梨々の物語は一度完結している。
「いんじゃないか?お前がやりたいなら」
「そういう言い方しないでよ。だいたい、あたしの誕生日なんだから、あんたがエスコートすべきなんじゃないの?」
「・・・ふむ。じゃ、アキバ行くか?」
「捨てがたいけど、あえていうわよ?はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんで誕生日デートにオタクの街にいかなきゃならないのよ?」
「そりゃあ、2人ともオタクだからだろ?」
「・・・あたしは違うから・・・」
認めるといじめにあう。
「どっちでもいいけどな。その内いけたらいいな」
「そうね」
電車が揺れている。目的地は横浜。
あの時はぎこちなかった。今はどうだろう?
前よりもうまくやれるかしら?ううん違う。もっと自然にできるかしら?
英梨々が倫也を見ると、倫也も英梨々を見ている。
英梨々はニヤニヤと笑うと、八重歯が少しこぼれて見えた。
「なんか・・・娘みたいだな」
「はぁ!?何よ、それ」
「いや・・・よくわかんねぇーけど」
「なんで、あたしがあんたの娘にならないといけないのよ?それって何、小娘って意味?」
「そうじゃなくて、手がかかるというか、ほっとけないというか、成長を見守るというか・・・」
「倫也も苦労したのね・・・なんか白髪が見つかりそう」英梨々がクスクスと笑う。
一応まだ16歳。原作では二次元大好きな男の子。
こっちではループしすぎて精神だけ成長している。
※※※
「五目そばにしようかしら・・・倫也は?」
「海鮮カタ焼きそばか、チャーハンか・・・」
「もう少し冒険した方がいいわよ?酸辣湯麺とか」
「いやぁ・・・刀削麺とかも苦手だよ」
「そ。じゃあ無難にしましょ。すみませーん」
ここは中華街の路地にある小さなお店。未だにコークスで調理している小汚いが有名な店だ。
「えっとぉ。牛バラそばと豚バラそば。あと食後に杏仁豆腐」
「アイ。牛バラ、豚バラ、ドッチモソバネ」
「お願いしまーす」
従業員も中国人が多い。
「英梨々・・・人の話きいてた?」
「何が?」
「注文」
「聞いてたわよ。だってここ、牛バラと豚バラがメインで他はそれほどではないのよ」
「・・・へぇ・・・」だったら、最初の前ふりはなんだったんだ?
「おいしいから。心配いらないわよ」
並ぶし、けっこう待たされる。
「みんな同じの頼んでるな」
「そうね。あとエビの揚げたのもおいしいわよ」
やがて料理が運ばれてくる
「倫也どっちがいい?」
「よくわかんねーんだけど」
「ちょっとスープ飲んでみなさいよ。上の肉は交換すればいいわ」
「そだな」
レンゲを使いスープを飲む。豚バラは甘辛く煮てある。牛バラは八角がきいている。
「ああ、俺、この牛バラはダメだ。上手いけど・・・刀削麺とか同じだよな」
「スターアニスが苦手な人っているわよね。なれるとおいしいのだけど」
「スター・・・?」
「八角よ。この牛バラの香辛料」
「じゃ、俺、豚バラね」
それから小さな小鉢に2人で分けて食べる。
「やっぱり、中華は大勢で来たいわね」
「円卓回して?」
「うん。いろんなメニュー頼めるし、食べ放題なんかでも楽しいじゃない」
「食べ放題か。いいな」美智留と出海ちゃんは喜びそうだ。
「けっこうあちこちでやってるわよ」
英梨々が中華ソバをずるずると食べる。
「なんていうか・・・英梨々」
「なにかしら?」
「ミスマッチだよな。金髪碧眼と中華そば」
「そう?あ~倫也。夏いちゃでもそんな話していたけど・・・そういうステレオタイプはやめたほうがいいわよ?」
「なんか、それも聞いたような気がする・・・」
倫也は肉をつまんで口にいれる。すぐに溶ける。
「・・・なんだこれ?うますぎね?」
「でしょ!」
英梨々が満足そうに笑っている。
※※※
外にでると日が暮れ始めていた。
「ふぅ、ごちそうさん」倫也が満足していた。
「少し足らなかったかしら?」
「いや、これくらいでいいよ。また何か食べるかもしれないし」
「クレープ?」
「今は無理だからな?」
「うん。いつもゴマ団子で迷うのよね」
「露店でも売ってるし、買ったら?」
「そうなんだけど、お腹いっぱいなのよ」
「目が欲しいってやつだな」
「そうね」
下らないことをしゃべりながら中華街を歩いていく。途中でしつこい甘栗売りがいたが無視をする。試食をもらわないことが大事だ。ときどき本気でしつこいのがいる。
中華雑貨の店、調理器具の店、食品店がある。
さらに綺麗な字を書く店、占いなどの店もある。
適当にぐるぐるしているだけでも楽しい。豚足や豚耳などを扱っているお店などを見ると、異国にいる気分になる。北京ダックをぐるぐると焼いている店をしばし眺める。
最後に関帝廟も参拝すると気分がでる。
「倫也。三国志のうんちくは?」
「廖化がとっても長生き。100歳は大げさだけど70歳半ばぐらいまで生きてた」
「誰?」
「そこに祭られている関羽の雑務をしていた人物だな」
「隣にいる人?」
「あれは、息子と架空の人物」
「架空?」
「そそ。まぁ三国志も人気のジャンルで奥が深いから・・・このへんで」
「そうね」
「そうだ、武器屋があるぞ?」
「アキバにあるみたいな?」
「そそ」
地下鉄の出口から中華街の入り口あたりに武器屋がある。
ここでは、武器の取り扱いについて教えてくれる。使用方法でなく・・・危険物だけど美術品として許可がでているとのこと。もちろん刃はついていない。
試しに家で研いでみたら、ボロボロになり刃がつかなかった。そういう金属らしい。
「ん~っと、次いきましょ」
英梨々が店を出る。横浜観光案内みたいになっているが、どうも楽しさが伝わりそうもない。
「倫也、山下公園ってどっち?」
「あっち」
スマホで検索しなくても道がわかるようになった。
「ああ、この道ね・・・」英梨々も思い出す。
「ガンダムは撤去するんだってな」
「もったいない」
「維持するのも大変なんだろうな」
「解体するのかしら?お台場みたいにどこかにかざらないのかしらね」
「まぁ・・・ガンダムはガンダムで・・・奥が深いから・・・」
「・・・そうね」
そそ、余計なこというとからまれる。
てくてく歩いて、山下公園。
「で、ここで船に乗るのよね?あれかしら?」
「あれは、ここにずっと停泊していて観光できる船。俺らが乗るのはあっち」
倫也が売り場でチケットを買う。
「よし、お前にプレゼントしてやろう」
「ありがと」
「素直だな」
「他にどんな反応を期待しているのよ」
「ツンデレっぽく」
「どんな?」
「さぁ・・・」
「べ・・べつに倫也がどーしても船に乗りたいっていうなら・・・」
「あっ、もう乗車時間ギリギリだった、急ごう」
「って、人がやってるのにぃ!」
倫也が英梨々の手を取って、小型クルーズ船に乗り込む。
そのまま甲板の上にでる。空いていて座ってもいいし、立って海を眺めてもいい。
「・・・あの・・・倫也?」
「ん?」
英梨々が手を握られたままだ。
「手」
「おう・・・」倫也が手を離す。ちょっと顔が赤くなる。
英梨々が横目でチラッと見る。
「今の・・・自然な感じだったかしらね?」
「おまえが、そのセリフを言わなかったらなっ!」
「・・・そっか」
海風で英梨々のツインテールが揺れている。夕日に染まりはじめ色はオレンジがかっている。
「あら、けっこうなんていうか、綺麗ね」
船が動き出すと気持ちいい風が顔にあたる。
湾内が一望でき、赤レンガ倉庫やその先の観覧車の電飾が点灯しているのが見える。
「いい感じだな!」
倫也もけっこう満足する。なるほど未練か・・・
「英梨々って、こういう夕日みて感動する?」
「感動?」
「雄大な景色で心うたれる・・・みたいな」
「ないわね・・・絵の題材って感じね。夕日を受けたビルとか、波の光とか・・・」
「若いからかな」
「どういうこと?」
「今年さ・・・親族の人が1人亡くなってさ」
「あら・・・ご愁傷様」
「うん。でな。何年か前なんだけど上京してきた時にさ、『海がみたい』っていうんだよ。東京湾みせてもなぁって感じだけど、手ごろなんで横浜を案内したんだ。というか、この周遊コースがまんまそうだったんだけどな」
「そう」
「その人、まだ小さな孫を連れて来てたんだけど、けっこうがんばって歩いてさ、まだまだ元気だったんだよ。でな。この船に乗って、夕日からだんだんと暗くなる景色みてさ・・・少し泣いてたな」
「感動して?」
「そうなんだろうな。内陸の人だから、海なんか普段はみることないし、リクエストするぐらいだしな」
「良かったじゃない」
「そうだな。めっちゃお礼を言われたよ」
英梨々は海風でたなびくツインテールを手で抑えている。
英梨々にはまだわからない。けれど、こうやって倫也と過ごす時間が、エピソードの1つ1つが、自分を形作っていくのはわかる。とても大事なことだと思う。
もしかして年を重ねて、いつか孫がいるような年齢になった時に、今日のような海で燃えるような真っ赤な夕日をみたら感動するのかもしれない。
日常に忙殺されて、倫也とこうやって過ごしたデートのことなんかすっかり忘れていて、夕日をみてもうまく思い出せなくて・・・
それでも今日のような気分の高揚を覚えていて、それが奥底から湧き上がって感情を揺さぶるのかもしれない。
覚えておこう。覚えておくんだ。
英梨々は欄干につかまりながら、船が作る波を眺めていた。
もうすぐ目的地だ。
「この物語も終わるのね」
「そうだな。物語は終わる。今回はちゃんと終わるといいけどな」
「そうね」
「笑ってごまかすなよ」
「う~ん。それはちょっとわからないわよ?何も考えてないし・・・それに、本来は観覧車でキスをして終わるのよね?」
「ふむ」
「付き合ってもないのに?」
「ふむ。キスはしなくてもいいんじゃないか?」
「観覧車にのって、ぐるっと周って終わるの?」
「そういうもんだろ・・・」
「ふーん」
英梨々と作る英梨々ルート。
彼女の選ぶ結末に、やっぱり不安を覚える。
※ ※ ※
英梨々がベンチに座って観覧車を見上げている。でかい。そして、意外と早く回っている。
あたりに人は少なくて閑散としていた。日が沈み暗くなっている。
チケットを買いにいった倫也が戻ってくる。
「いこうか」倫也が優しく声をかける。
「ちょっとまってくれるかしら?できれば隣に座ってくれる?」
倫也が英梨々の左側に座った。
「なんだか緊張する・・・」
英梨々の声が少し震えている。
「やっとたどり着いたな」倫也がふぅーとため息つく。けっこう歩いた。
横浜を周遊したから疲れたのではない、一年近く七転八倒してここに到っている。
なんどバッドエンドを迎えたか数える気もしない。
「何か見落としあるかしら?この話の構成でいいのよね?王道よね?」
「別におかしなことはないけど・・・」
「なによ?言いたいことは言ってよね」
「物語っていうのはさ、こう・・・いろんなことがあるわけど、最初と最後ぐらいは決めておくと綺麗にまとまるんだよ」
「それで?」
「第一話、第二話で立てた伏線が回収されてねぇーなぁって」
「伏線?」
「カピバラ」
「あっ、カピバラ鑑賞会?」
「そう、それ。最後にそれをもってくるのかと思ってたよ」
「2人でカピバラを眺めるの?」
「うん。ほのぼのしてるし、英梨々っぽいんじゃん?」
「いわれてみればそうね・・・動物園デートよね?」
「そそ。上野なら美術館もあるし」
「なら、最初にそういってくれればいいじゃない?」
「いや、別に文句を言ってるわけじゃねーよ。なんかそういうのって、気になるだろ?」
「・・・そうね」
「まっ、いいんだけどな」
少し沈黙が流れる。
近くだと観覧車の軋む音が聴こえる。ちょっと不気味だ。
「本当に、あたしでいいのよね?観覧車乗るの」
「英梨々がいいんだ」
「・・・そう」
英梨々が左手で倫也の右手をぎゅっと握る。右手はペンダコがあって手をつなぎたくない。
細い華奢な指が倫也に絡まる。
「倫也・・・解説もかねて小話をお願い・・・」
「俺もいっぱいいっぱいで・・・」
「そう」
※ ※ ※
たいした話ではない。
とある男の話だ。ある時、男は女にデートに誘われた。
公園に観覧車があったらから、男は女に「観覧車に乗る?」と声をかけた。
女は答える。
「どっちでもいい」
その女とはそれっきり。それ以上発展のしようもない。
月日がたった。
男は別な女性と初デートをすることになった。
男は女に聞いた。「どこか行ってみたいところある?」
女は答えた。
「観覧車に乗ってみたい」
この女性が男の妻になる。
※ ※ ※
「小話終わった?」
「そうみたいだな」
英梨々が大きく息を吸ってから立ち上がった。覚悟が決まる。
「いくのか?」
「いきましょう、倫也」
ラスボスのいるダンジョンにいくわけでもないに、2人は緊張している。
観覧車に乗った相手と結婚するのは、世間一般的な話ではない。
ただ、そういう価値観の人から生まれたイデアだから、その重要さを意識しているにすぎない。
倫也がスタッフにチケットを2枚渡した。
右手からきた観覧車の扉をスタッフがあける。まず倫也が乗り込み、次に英梨々が乗り込んだ。
向かい合わせに座る。英梨々が進行方向に座っている。
「ふぅ・・・乗ってしまったわね」英梨々の緊張がほぐれる。あとは上手くやるだけだ。
倫也は黙って外の景色に目線を落としている。素直に喜べない自分がまだいる。
英梨々がそんな倫也の様子に気が付いたが、ここは気が付かないふりする。
自分の物語だ。明るく終わらせたい。邪魔の入るボツ原稿はもういらない。
キスもしない。それでもちゃんと終わらせる。
「倫也」
英梨々が呼び掛けると、倫也はガラスに映った自分に気が付いた。浮かない顔をしている。こんな失礼なことをしてはいけない。少し笑顔を作る。
「英梨々」と名前を呼ぶ。
英梨々は肩をすこしすくめた。
「今日、回収していない伏線があるわよね」
「そうだっけ?」
「・・・プレゼントよプレゼント。開けてないじゃない」
「いや、俺にはわかんねぇよ・・・まだ開けてないの?」
「うん」
「英梨々、今思うとあんなに早朝に渡さなくてもよかったよな。今、渡した方がよかったかもしれない」
「なんだかそれだとプロポーズみたいじゃない」
英梨々の声が少し上ずった。顔が赤い。
「・・・それだと、告白も兼ねないといけないのか・・・難しいな」
「そんなに分析しないでよ。別に朝でいいの。朝に受け取りたかったのよ。それだけ」
「まぁ、俺はバイトのついでなんでいいんだけどな。で、プレゼントがどうしたんだ?」
「今年もガラス細工よね?」
「うん。開けてみろよ」
観覧車はゆっくり回っているようでぐんぐんと上がっていて、だんだん地面から離れていくのがわかる。
「うん」
英梨々がバックから小さなプレゼントボックスを取り出す。
「・・・あれ?」
英梨々がじっとプレゼントBOXを眺める。
「どうした・・・?英梨々」
「えっと・・・」
倫也が英梨々のもっている箱を見る。今日贈ったのと違う気がする。
「倫也ぁ・・・間違えたかもぉ」
「ここにきて間違えたのかよ?」
「これ、去年のよ・・・」
「箱とってあったんだな」
「・・・わるい?」箱もプレゼントの内だ。全部の箱とリボンをとっておいてある。
「いや、悪くねぇよ。で、どうすんだ?」
「そりゃあ、笑ってごまかすわよ」
英梨々が作り笑いをする。八重歯が見える。
作り笑いでもカワイイ。これでもいいかもしれない。
ポンコツカワイイ。
「いいや、ダメだ。ちゃんとやれ」
倫也が笑ってごまかすことを許さない。
「って、冗談よ倫也。さすがに箱にしまってリボンまでしたのに気が付かないわけないでしょ」
「ん?どういうことだ?」
英梨々がプレゼントのリボンをほどき、箱をそっと開けた。
中には去年もらった、温泉に浸かっているカピバラのガラス細工がはいっていた。
「それ、去年のだろ」
「これ、なんだかわかる?」
「カピバラだろ・・・」
英梨々が満足そうに笑っている。観覧車がだいぶ上まできて海がみえる。
「これがあたしのしたかったことなのよ」
「ん・・・」
「倫也と観覧車に乗って・・・2人きりのカピバラ鑑賞会」
ボォーとした表情のカピバラが輝いている。倫也はそれを見て英梨々の言わんとすることがわかった。
「・・・これでいいかしらね?この物語のオチは」
「いいんじゃね?」
倫也は意表を突かれて驚いていた。英梨々は成長している。
英梨々が役目を終えて、ほっとして、息をふぅーと吐く。
自分なりに重責を感じていた。あとはこの時間を自分なりに楽しむだけだ。
「おしまい。倫也、目をつぶって?」
「えっ?なんで?」
「はぁ、そんなの言わなくってもわかるでしょ!あんたバカなの?」
これ以上、読者にのぞかれないように、誰にも邪魔をされないように、キスをして終わらないように、英梨々は物語をここで終わらせた。
あとは2人の時間。
(おしまい)
一年間お付き合いいただきありがとうございました。
恵が登場するとややこしくなるので、その前に決着をつけるという作戦はいかがでしたでしょうか?
では、最後に英梨々に一言もらいましょう。
「はぁ、何言ってのー?冬いちゃ作るって言ったでしょ!」
「ちょっ、まて英梨々。勝ち逃げしておけ」
「今なら・・・今なら恵に勝てる気がするわ」
倫也が胃薬を飲む。
いやいやいや・・・
終わりましょ。