この英梨々は幸せになるんですかね・・・?
「あら、倫也。いたの」
「・・・一名様ですか?」
「うん」
英梨々は大きく首を縦に振ってうなずいた。
この四月から倫也は飲食店でもバイトを始めている。
平日の夜の数日と日曜日のランチタイム。
夫婦の経営する小さな洋食屋である。
「こちらにどうぞ」
倫也は奥のテーブルに案内する。ランチタイムのピークは過ぎて、店内には他に1組しかお客がいなかった。
倫也はグラスに入った水とメニューを英梨々の前に置いた。
「あなた、あの子・・・また来たわよ」オーナーの奥さんが言った。
「・・・」
キッチンにはオーナー兼コックの旦那が働いている。体格のいい毛深い男性だ。口数が少なく愛想もないが誠実で優しい。
その分、奥さんが接客をして、それとキッチンの簡単な作業を兼任していた。
どちらもまだ30代の若い人で、特に奥さんの方は溌剌として気持ちも若い。
英梨々がメニューを見ている。
春休み入ってもう6回目だ。倫也がシフトに入るたびに食べに来ていた。
「倫也、今日のおすすめは何かしら?」
「書いてある通りだよ・・・」
「あんた、接客態度が悪いんじゃないの?クレームつけようかしら?」
「・・・きのことベーコンの和風パスタでございます」
「ぷっ。変なしゃべり方」
英梨々がおかしそうに笑う。
「・・・決まったら、およびください」
「いいわよ。それのサラダとドリンクセットで」
「お飲み物は?」
「いつもので」
「いつも変えているよね!?」
「ドクペ」
「ないから」
「ふぅ・・・じゃ、アイスティーで」
「レモンかミルクをお付けしましょうか?」
「どっちでもいいわよ」
「・・・先にお持ちしますか、食後にいたしますか?」
「いつもと同じで」
「お前・・・いつもと同じっていいたいだけだろ?」
「倫也。物覚え悪いんだもん」
「いや、お前がいつも変えているだけだ」
「先で」
「かしこまりました」
倫也が仰々しく頭を下げて、メニューを回収する。
英梨々は最初、ランチタイムのピークに来たら混んでいたので倫也とあまり話せなかった。少しずつ時間をずらして、今はランチサービス終了近くの2時頃に来ている。
「オーダー入ります。本日のパスタセット ・・・きのこ抜きで」
「はい?本日のパスタはきのこパスタだけど?」奥さんが聞き返す。
「あいつきのこ嫌いなんで。すみません」
「なら、他のにすればいいのに・・・」
「あっ、そこらへん適当なので、大丈夫です」
「ちゃんと、聞いてらっしゃい。他のパスタもランチ価格でいいから」
「はぁ・・・」
「返事ははい!」
「はい!」
倫也はサラダを冷蔵庫から取り出した。グラスに氷をいれアイティーを注ぎ、レモンを添える。英梨々はガムシロップを使わないので用意しない。
「お待たせいたしました」
倫也がカトラリーの入った籠を置き、サラダとドリンクを英梨々の前に置いた。
「どうも」
「きのこパスタのきのこ抜きはダメだってさ」
「あら、どうしよ」
「他のパスタなんでもいいから選んでくれる?」
「メニューは?」
倫也がデシャップに戻ってメニューを持ってくる。
「・・・任せるわ」
「・・・ならメニューいらないだろ?」
英梨々は本を広げて読んでいる。
「英梨々、それ、何を読んでいるんだ?」
「これ?カピバラの生態についての本。図書館にあったのよ」
「へぇ・・・」
「倫也、カピバラって見たことある?」
「本物?ないな。TVでちらっと見たような気がするけど。けっこうでかいよな」
「そうね。知ってる?温泉はいるらしいのよ」
「それ、俺が教えた雑学だよねぇ!?」
「そうだったかしら?」
「英梨々も物覚え悪くね?」
お客が少ないので雑談していても怒られない。が、仕事中である。
「すみませーん。ドリンクくださーい」他のお客から声をかけられた。
倫也は返事をしてデシャップに戻っていった。
※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※
「お待たせいたしました」
倫也が英梨々の前にパスタを置いた。
「一緒にいいか?」
「構わないわよ」
倫也も同じパスタを英梨々のテーブルに置いた。
それからエプロンを取り、イスの上に置き、英梨々の前に座った。
倫也の休憩時間である。まかないパスタがでる。
「これは何?」
「まかないパスタ。きのことベーコンの和風パスタきのこ抜き、きのこに替えてサーモンとオニオン入り」
「長っ」
「わざわざ作ってくれたんだから、感謝して食え」
「あたし、お客だけど?」
「客でも感謝して食うのは人の道理だろ?」
「うわぁ・・・いってること親父くさっ」
「・・・もういい。冷めないうちに食えよ」
「いただきます」
「いただきます」
英梨々が本をたたんで、鞄にしまった。
※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※
英梨々は黄色のTシャツにデニムのサロペットをきている。髪型はツインテールだ。
「倫也、カピバラ見たい?」
「見たいかどうかでいえば、見てみたいかな・・・」
「上野動物園にいるらしいわよ」
「そっか」
「・・・」
英梨々がフォークでサーモンを刺して、口に運ぶ。
倫也はけっこうハイペースで食べている。休憩時間も勤務時間であり、時給から引かれない。このあと片づけを手伝って3時まで働けば勤務が終わる。
「英梨々、動物園行きたいのか?」
「べ・・・べつに」
「そっか」
「・・・」
英梨々はパスタをくるくる丸めて口に運ぶ。
「ごちそうさまでしたー」最後のお客が食べ終わった。
倫也は席を立つ、レジにいた奥さんが手で倫也を制して、大丈夫なことを伝える。
お客がレジをしている間に、倫也はテーブルを片付けてキッチンに運んだ。
「いいから、休憩中は座ってたべなさい」
奥さんに軽く叱られる。
「はい・・・すみません」
倫也は謝ってから、英梨々のところに戻った。
「えっと・・・別にあんたが行きたいなら行ってあげてもいいわよ?」
「・・・?どこにだ?」
「はぁ?動物園よ動物園」
「ふむ・・・」
倫也がパスタを口にいれてモグモグと食べ、水で流し込む。
英梨々はまだ半分も食べていない。
「けど・・・もう春休みも終わるぞ?」
明日が入学式前の事前登校日だ。入学式の練習をする謎の一日だ。
「いやならいいわよ」
「いやとは言ってねぇーよ。けど、なんで英梨々とデートするんだ?」
英梨々がフォークを置く。それから真顔でアイスティーを飲んだ。
「ばっかじゃないの!?」
「あまり大声だすなよ・・・」
奥さんがこっちを見て笑っている。
「ただのカピバラ鑑賞会よ。かんしょーかい。わかる?」
「わかんね」
「カピバラ鑑賞会はね、カピバラ鑑賞会会員が参加してカピバラを鑑賞するイベントなのよ。あんたそんなのも知らないで、よく主人公やってられるわね?」
「無茶いうなよ・・・で、そのカピバラ鑑賞会の会員って何人いるんだよ?」
「・・・」
英梨々が黙って、サラダを食べ始めた。
照れ隠しの冗談を真面目につっこまれることほど、つまらないことはない。
「俺はいつから会員になったんだ?」
「・・・」
テンションが下がる。パスタはおいしい。
倫也は食べ終わった。
「ごちそうさま」
倫也が自分の皿とフォークをもって立ち上がった。
英梨々はじっと目線を落としたままである。
※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※
2時半を過ぎて、奥さんが店をいったん閉める。
倫也は残ったサラダにラップをかけ、テーブルをぜんぶ丁寧にふいた。それからトイレ掃除を始める。
英梨々はその間ゆっくりと食事をしていた。
「これ、どうぞ」
奥さんがティラミスのハーフカットを英梨々のテーブルに持ってきた。
「これ、注文していません」
「サービスよ」
奥さんが英梨々の食べ終わった皿を回収していった。
英梨々はそれをゆっくりと食べる。
倫也はトイレ掃除をおえ、カトラリーやグラスをふいていく。カゴにカトラリーをセットして、時刻は3時になる。
「お疲れ様」オーナーと奥さんから声がかかる。
「はい。あがらせていただきます」
倫也は声をかけて、更衣室で着替えてでてくる。
英梨々が会計をしている。
「もう少し、彼女さんの意を組んであげなさいよ」
「別に彼女じゃないです・・・」
英梨々がじっと倫也の顔を見ている。
「ただの幼馴染なんで。なっ?」
「そうね。誤解されるのは困るわね」
英梨々は寂しそうに小さな声で答えた。
「・・・そ、別にいいけど」
2人が店を一緒に出ていった。
「・・・どうみてもカップルなんだけど・・・ねぇ、あなた?」
「さぁ?」
オーナーと奥さんが話をしている。なんだか大人から見ると、とてももどかしかった。
※ 冴 ※ え ※ カ ※ ノ ※
今日は春らしくて温かい。
倫也と英梨々は黙って駅へと向かう。帰りの方向は言わなくても同じだ。
少し気まずい。
「彼女に見えるらしいわね」
「そうみたいだな」
「偶然、たまたま、ランチを食べにいったら倫也がいただけなのに」
「そう・・・だな」
この設定に無理があることくらい、2人は百も承知だ。
まだ休みの日に合う口実が見つからない。
倫也は英梨々の左側を歩く。英梨々の右手はペンダコがあって手をつないだ時に気になるからだ。もっとも、まだ手をつないで歩いたことはないが。
駅が見えてくる。
「倫也、そんなにいっぱいバイトして何を買うの?」
「ブルーレイBOXとかかな」
「何の?」
「マクロスΔ(デルタ)」
「それ、あんまりおもしろくないわよね・・・」
「そうか?」
「別にいいけど」
改札を通る。
マクロスΔの主要キャラクターのCVに安野希世乃がいる。覚えておこう。
電車を待つ間。2人は黙っていた。ローカル線に乗り、並んで座る。
英梨々は鞄をごそごそと探って、飴玉を1つ「お疲れ」と労ってから倫也に渡した。
「どうも」と言って倫也がそれを受け取り、袋を破って口に放り込んだ。
英梨々はその袋を黙って回収して、そっと鞄にしまった。
2人を乗せて電車が揺れている。
「・・・カピバラ」英梨々は消え入るような声でつぶやく。
「わかったから。いこうな。カピバラ鑑賞会」
「・・・うん」
英梨々は小さくうなずいた。
(了)