執筆する時間を確保できずに過ごす日々でした。
しばらくは時間がとれそうなのでペースを上げるよう努力致します。
「それで、何が目的なんですか?」
「え?」
とぼけた表情で口いっぱいにケーキを頬張る男性にサンノウケイデンスはため息をつきながらガトーショコラを口に入れる。
(あ、美味しい)
ゆっくりと咀嚼し、ごくんと一息に飲み込んだ男性はシニカルな笑みを浮かべる。
「そんな警戒しなくたってとって食ったりしねぇよ。ただ世間話しようってだけだ。俺をなんだと思ってるんだ…」
「見境なしにウマ娘に痴漢を働く危険な方だと」
「いや!それは…傍から見れば否定できないが…」
尻すぼみに言葉の勢いを失う男性にサンノウケイデンスは辟易した。そもそも、リナの時も声をかけたのが彼ではなかったらサンノウケイデンスはその場を去っていっただろう。まさかあれほど幼い娘の足まで触ろうとするのではないかと反射的に考え介入したのである。
「そういえば、肩車したのってまさか足を触る為に…」
「いや違う違う違う!あれはあやそうとしただけで他意はない!第一、俺が触るのはアスリートの鍛えられた脚で」
「なんで私は貴方のフェティシズムを聞かされているんですか…」
大きくわざとらしくため息をつくと男性は苦笑いした。やはりスイーツバイキングに来るべきではなかっただろうかとサンノウケイデンスは後悔しはじめていた。
「そうだ、なんやかんや名前も聞いてなかったな…君の名前は?」
「…サンノウケイデンスです。長いと思いますのでお好きにお呼びください」
「そうか、ならケイデンスって呼ばせてもらおうかな」
正直、名前を教えるのはどうかとも考えたサンノウケイデンスだったが知られて困ることもないだろうと考え男性に伝えた。
「それで、何を話すんですか?」
男性が口を開けて何か言おうとしていたが、それを遮ってしまった。男性はそれを気にすることなくサンノウケイデンスの質問に答えた。
「そうだな…ケイデンスが自転車に乗る理由とかかな、ウマ娘のロードレーサーって珍しいだろ?プロリーグも確かイタリアだけなんだっけ?なんで自転車に乗ってんのかなって、素朴な疑問だよ」
「自転車が好きだから。その説明では不足でしょうか。以前にもそうお伝えしたかと思いますが」
「いや、言い方が悪かったな。自分の脚じゃなく、自転車で走ろうと思ったきっかけってなんだ?」
「きっかけ…ですか…」
サンノウケイデンスはふと思案する。自転車に乗るようになったのは中等部に上がって間もない頃、自然学習の一環でたまたまマウンテンバイクに乗ったことが始まりだった。高速で移り変わる大自然の景色、自分の思い通り進まないじれったさ、そしてどこまでも遠くへ行けてしましそうな感覚。今まで走ったどのレースより刺激的な体験だった。
やがてロードバイクと出会い、自分の脚だけでは到底走れない距離を自分の身体を使ってレースの十倍以上の距離を走った感動は今でも忘れられない。
そしてその時に、『私の走る道はここだ』と。そう感じたのである。
その経緯をかいつまんで男性に話すと、うんうんと頷いていた。
「なるほどなぁ…それでも、走る機会はいくらでもあったろ?レースはもう走らないのか?」
「機会があれば走ります。実際、学校の授業でも走りますし」
「あれをレースって言うのはなぁ…」
レースに出る気がない、もしくはトレセン学園に入学できなかったウマ娘でも普通校には通うのだ。その普通校では人とウマ娘の共学ではあるが、身体能力の差から体育の授業は分けて行われる。その中でレースを行うこともあった。
レースを走ることを目指すウマ娘であれば、基本的にトレセン学園に入学する。その理由はコースがきちんと管理されているからだ。
対して普通校で走るのは人が走る運動場だ。一周600m程度の短い、ダートとも言えない砂利混じりのコースのため、大したスピードも出せない。レース場として考えると最悪の環境だ。
「そうだ、今度走りに来ないか?」
「は?」
突拍子もない男性の発言につい間抜けな声を出したサンノウケイデンスは恥ずかしさを紛らわせるために軽く咳払いをし、男性を睨む。
「私はトレセン学園に全く縁のない部外者なんですけど、そんなに簡単に入れるものなんですか?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「そんな適当な…」
仮にもウマ娘育成機関の最高峰であるトレセン学園のセキュリティが甘い訳がない。適当なことを言っているんじゃないかと男性の表情を窺うサンノウケイデンスだったが、どうやら本当にどうにかなると考えていそうだ。
「まぁ、いいです。わざわざ面倒なことしてまで走りたい訳じゃないので」
そうそっけなく言い放つとサンノウケイデンスは腕時計に視線を落とす。もうすぐスイーツバイキングも終了の時間だ。ここで立ち去ればもう二度とこの男性とは出会うことはないだろう。安堵したサンノウケイデンスは紅茶を飲み干し席を立とうとした。
「そろそろ時間ですね。では、私は先に失礼します。ご馳走になりました」
「なんだ、急ぎの用事でもあるのか?延長してもいいぞ?まだ足りないだろう」
その言葉にサンノウケイデンスは一度浮かせた腰を再び下ろすことになった。いや、誘惑に負けてはいけないとサンノウケイデンスは決意をみなぎらせた。
「レースを走らないウマ娘をどうしてそこまで相手しようとするんですか?」
「走らせたいからだよ。だからどうにか走る気にならないかなって期待しながら話してた」
真っ直ぐにこちらを捉える男性の視線にサンノウケイデンスは思わずたじろいでしまう。何故自分にここまで執着するか分からない恐怖か。はたまた裏表のない少年のような純真さを感じたからかは分からない。
「レースに出たい娘はごまんといます。それこそ、トレセン学園の中にだって」
「君の走りが見てみたいんだ。その脚がどんな走りをするか見てみたい」
「本当にそれだけですか?なら、一度走れば満足しますか?」
そう言うと、今まで話し続けていた男性が初めて黙り込んだ。目を瞑り大きく深呼吸をしたのち男性は再び口を開いた。
「最近はさ、中々ないんだよ。オグリキャップやスーパークリーク。黄金世代や、BNW…強者達が鎬を削りあうレースが…かといってシンボリルドルフやマルゼンスキーのような圧倒なスターがいるわけでもない」
確かに近年のレースは、キタサンブラックとサトノダイヤモンド以外にトゥインクルシリーズで目立った戦績を残すウマ娘はいなかった。
そのため強いウマ娘がほとんどいないレースに見応えがなく、
今までウマ娘の本格化が見られるトゥインクルシリーズが人気を博していた。ウマ娘の成長を間近で見られる点がドリームトロフィーシリーズとの大きな違いだ。
もちろんドリームトロフィーシリーズの人気がないわけではない。ドリームトロフィーシリーズは現役最強のウマ娘を決める舞台だ。つまり、レースに出る誰もが超一流のウマ娘なのだ。
同じように誰が勝つか分からないレースでもここまで人気に差が出るのは、スター性のあるウマ娘がいるかいないか。これに尽きるだろう。
「俺は今年までチームスピカのサブトレーナーとしてウマ娘を見てきた。来年からは一人前のトレーナーとして一人のウマ娘を担当するんだ」
「チームスピカって…あのスピカ!?」
チームスピカは中央トレセン学園においてチームリギルと比肩する二大巨頭と言える常勝チームだ。メンバーは少数だが、サイレンススズカやスペシャルウィーク、メジロマックイーンやトウカイテイオーなどのG1レースで華々しい功績をあげ続けているウマ娘が在籍しているチームだ。
現在はメンバーのほとんどがドリームトロフィーシリーズに出走しているトレセン学園の顔とも言える存在だ。
そんなチームをまとめる沖野トレーナーはウマ娘を見るだけで体調の変化が分かる慧眼の持ち主であり、唯一無二のカリスマ性を持った存在だ。ウマ娘もそんな彼を信頼してトレーニングに励んでいると聞く。
そして、そんなチームのサブトレーナーを務めているということはこの男性も有能な人物なのだ。にわかに信じられないが。
「あんなウマ娘達を間近に見てるんだ。嫌でも目が肥えたって訳だ」
「つまり、強いウマ娘を育てた実績が欲しいということですか?」
「いや、そういうわけではないんだよなぁ…別に強くなくたって良い。ただ、強く、速くなり続けたいって意志を感じるようなウマ娘を探してるんだよ」
例えばハルウララとかな。と続ける男性は
「でも、最近は程々に勝てば満足って娘が多いように感じてな。G1で勝ったらもう十分って感じでそれ以降一度も勝利することなく引退した娘もいた。でもレースってそんなものじゃないだろ?誰もが勝利を渇望し、人々を沸かせるモノだろ?もっと熱いレースが見たいんだよ!最近じゃ地方とレベルが変わらないんじゃないかって言われ」
「待って待って、あなたの熱意はよく伝わりました。だからもう大丈夫です」
いつまでも語り続ける男性を制するように言葉を遮るサンノウケイデンス。やはりもう帰るべきだ。そう判断するに十分な面倒さだった。
「あぁ、悪かった…つい熱くなっちまった…とりあえず、俺の名刺渡しとくから、なんかあったら連絡してくれ」
男性はポケットから名刺入れを取り出すと慣れた手付きでこちらに差し出してきた。
名刺には『日本ウマ娘トレーニングセンター学園 専属トレーナー 番 一』と書かれていた。
「…ばんいち?」
「おっと、そういえば俺の名前を言ってなかったな。こりゃ失礼」
男性は椅子から立ち上がり、親指を自分に向けにかりと笑った。
「俺は
「あぁ、番さんですか。そうですよね。普通名刺ってフルネームですよね」
「おう、間違ってもパンイチとか呼ばないでくれよ?」
「言いませんよ。学生時代いじられたんですか?」
「今でもだよ…」
被りを振り、やれやれと肩をすくめる男性に、サンノウケイデンスはもう胡散臭いとも何とも思わなくなっていた。
ただ適当に話を終わらせ帰りたいという一心であった。
「では番さん。今日はご馳走になりました。ではさようなら」
「おう、気が変わったらいつでも連絡してくれ」
手を振る男性をちらりと見ると素早く踵を返しサンノウケイデンスはその場を後にして真っ直ぐに駐輪場へと向かった。買い物に来た目的を何も果たしていなかったが、もうこの男性に関わりたくないという思いが強かった。
(服はまた来週にでも買いにいこう)
そう考えてサンノウケイデンスはショッピングモールを後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだレースを走るのは先になりそうです。
極力早くレースを走らせたいと考えておりますので、ふと思い出した際に覗いていただければ幸いです。