改めて読み直して明らかにおかしい点の修正や、未開の地に連行されたりと予定が大幅に遅れてしまいました。
もし、よろしければお暇な際に読んで頂ければ幸いです。
早くレースも書きたいと考えております。
サンノウケイデンスはいつもと同じように川沿いをサイクリングしていた。8月最後の週となり、夏休みもいよいよ終わりを告げる。中等部3年のサンノウケイデンスは、より一層受験勉強に集中しなければならない時期だ。だから思い残すことの無いように思う存分自転車に乗っているのだ。先週の1週間で累計1000kmの走行ツアーも今日で達成出来た。充実した日々を送り非常に満足していた。
「さて、残り1週間は何しようかなぁ…」
やり残したことがないかと思案しながら走っていると、ふと思い出した。
「あっ、服買ってなかった…」
あの
(あのショッピングモールに行ってまたばったり会うことないよね?)
そうそう出くわさないとは思うものの、会ってしまう可能性を否定できず、ショッピングモールへ行く気は失せてしまった。
「よし、商店街のお店でも見てみようかな」
サンノウケイデンスはそう決めると自宅へと自転車を走らせた。
帰宅したサンノウケイデンスはシャワーを浴びて着換えを済ませると商店街にある馴染みの古着屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい。あら!ケイちゃんじゃない久しぶりねぇ~元気にしてる?」
「はい、お久しぶりです」
「また身長伸びたんじゃない?足も長くてモデルみたいじゃない羨ましいわぁ~!ほら、見てよ私の足!大して長くもないし、大根みたい!主人なんて、この前ハムなんて言ったのよ!失礼しちゃうわよねホント!」
「相変わらずお元気なようで安心しました…」
ぐいぐいとくる古着屋のおばさんにサンノウケイデンスはひきつった笑みで作り笑いをする。悪い人ではないのだが、グイグイくるタイプは少し苦手であった。思えば、あの男性もかなりグイグイきていたなと思い返した。
「女の子なんだし、もっといっぱい服買っていきな?うちは安物ばっかだから。まぁ、古着屋ってそういうもんだけどね」
「えぇ、これから洗濯物も乾きにくくなりますし、そうしますね…」
正直、サンノウケイデンスはサイクルジャージか制服かパジャマを着て過ごすことがほとんどで、1、2着あれば充分なのだが話が長くなりそうなので適当に流しておくことにした。
「まいど!今度はもっと買ってってね!」
「また来ます」
適当な服を見繕ってさっさと買い物を済ませ帰宅しようとしていたサンノウケイデンスは、昼食のおかずでも買って帰ろうと遠回りをして度々訪れるお惣菜屋に向かう途中、視界の端に嫌なモノを捉えてしまう。
「ふ~、何買おうかなぁ~給料日は懐があったまるなぁ~」
鼻歌まじりに商店街を練り歩くのはあの男性だ。
(なんでこう私の行く先々にいるの!?まさかストーカー?いや、でも私を探してる感じじゃないな…)
まぁ、どうせ二度と関わらないと決めたのだ、深く考えても詮無き事だとさっさとこの場を立ち去ろうと歩みを進めていると耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
バっと後方を振り返ると、黒い覆面を被った男が到底似合わない女性モノの鞄を持って走ってきている。どうやらひったくりのようだ。
「な、なんだ!?」
男性が財布を片手に呆然としているとひったくりは素早い動きで財布をひったくり、路地裏へと逃げ込んだ。
「あぁぁぁぁ!俺の今月の給料がぁ!!待てこの野郎!!!」
男性も慌てて後を追おうとした所でゴミ箱に足を引っ掛け盛大に転んでいた。
「なにしてるんですか…私が追ってきます!」
「あっ!君は!」
男性の言葉を聞く気など更々無いと語るように素通りしてひったくりが逃げ込んだ路地裏の方へと駆けるサンノウケイデンス。
「げ!?ウマ娘!?」
「さっさと諦めて荷物と財布を返しなさい!」
「へっ!誰が大人しく返すかよ!」
ひったくりはゴミ箱を倒しながら逃げてゆく。それらを避けながらサンノウケイデンスはひったくりを追跡する。ウマ娘が人より足が速いことを踏まえても、障害物を避けながら細い路地裏を走るとなると、速度が出せず、距離が中々縮まらない。
(でも、この先は大通り…障害物もないし人も避けやすい。捕まえられる)
そう考えたサンノウケイデンスはひったくりが路地裏からどちらに曲がるかを注意深く見ながら追走する。頻繫にこちらを確認しながら走るひったくりは路地裏から右に曲がった。
「おら!よこせ!」
「うわっ!?」
聞き覚えのある悲鳴に思わず足を止めてしまう。サンノウケイデンスが路地裏から大通りに出ると、右手側には尻餅をついた初老の自転車店の店主と
「おじぃ!大丈夫!?」
「ケイちゃん!あいつケイちゃんのバイク盗ってきやがった!」
「あいつ…ふっざけんなぁ!!」
店主の言葉を聞くや否やサンノウケイデンスは全開でひったくりを再び追い始めた。自分の自転車を盗られて冷静さを失い、どう止めるかまで考えずに走り出した。
今日乗っていた自転車はクロスバイク、いわゆる街乗り用と呼ばれる彼女のスペアバイクだった。そして今ひったくりが乗っている自転車はレースなどを走る本格的なロードバイク。彼女の愛車であった。それを盗む行為は、冷静さを失わせるには十分なモノだった。
ひったくりとの鬼ごっこから約10分ほどが経過していた。ひったくりとサンノウケイデンスとの距離は2、300mほどの距離を保っていた。
「くそ!しつけぇな!ウマ娘って2、3000mでバテるんじゃねぇのかよ!漕ぎづれぇしよ!」
恨めし気にひったくりはそう吐き捨てながら必死に自転車を走らせる。確かに日本のレースは長くとも3600mを超えるレースはない。しかし、彼女たちはその距離でスタミナを使いきるよう計算して走っているだけで、速度を落とせばより長い距離を走ることは可能である。更に、慣れないロードバイクに乗っているひったくりはギアチェンジが出来ず、加速の為に低いギアで懸命にペダルを回している。この10分間の二人の平均時速は約25km。最高時速80km近くになるレースに比べて非常にスローペースで走り続けていることが、サンノウケイデンスが未だに追走できている理由の一つである。
ならば、サンノウケイデンスがひったくりに追いつくことは容易だがそう簡単ではないとひったくりを追走している最中に頭が冷え、気付いたのだ。いくらウマ娘にとって微速である時速25kmといえど、人にとってはかなりの速度である。ぶつかれば重症を負うことも考えられ、運が悪ければ死亡事故すらあり得るのだ。そんな相手を強引に止めれば重症を負わせてしまう可能性があるため、迂闊に止められないのである。何より、大事な自転車が傷付くことを恐れていた。
どうしようかと思案していると、二人の前には斜度10%の長い登り坂が差し掛かっていた。
(ここだ!)
サンノウケイデンスはひったくりが登り坂に入り減速した瞬間を見計らい一気に加速する。登り坂で速度が落ちた所を抑え、捕まえることで被害をなくそうと考えたのだ。
「ふっ!」
「なにぃ!?」
300mほど離れていた距離を一息で詰め、ひったくりの肩を掴み強引に停止させる。必死に振り払おうとするが、ウマ娘の力にかなうはずがない。それでも強引に自転車に乗ろうとして自転車ごと倒れた。自転車が倒れたことに動揺したサンノウケイデンスはひったくりと共に倒れた自転車を呆然と見ていた。倒れた際に打った場所が悪かったのかひったくりはうめき声をあげていた。
「おーい!大丈夫か!?」
「あなたは…」
坂の上からバイクに乗って下ってきた男性はサンノウケイデンスたちの前で停車しフルフェイスのヘルメットを外してこちらにやってきた。
「番さん」
「おう、お手柄だったな」
肩をポンポンと叩く男性の手をけだるげに払いのけサンノウケイデンスは今までの疲労を吐き出すように大きくため息をつく。
「どうしてこの場所が?」
「お前が走っていった方向を聞いて、ここに来るんじゃないかと思って先回りしたんだ」
「そんな事が…?」
「ま、ほとんど勘だけどな」
「はぁ…」
頼りないが、大人が来たことの安心感や、疲れ、ひったくりを捕まえたことで完全に気を抜いていたサンノウケイデンスはひったくりが立ち上がっていることに気が付くのが遅れた。
「危ねぇ!」
「きゃ!?」
男性はとっさにサンノウケイデンスを抱えて倒れ込んだ。サンノウケイデンスの視界には、青空に銀に煌めく一閃が描かれた。
「な!?」
ひったくりは懐に忍ばせていたナイフを握りしめていた。目が血走り、息を荒げていてどう見ても興奮していて正気には見えない。
「すみません!誰かさん借ります!」
「ぐおっ!」
男性は倒れた自転車を持ち上げそのままひったくりに突っ込み押し倒した。倒れた拍子にナイフを落とし、ジタバタと暴れているひったくりだったが、押さえつける男性の力が強くびくともしない。それをサンノウケイデンスは放心しながら見ていた。いきなり刃物を向けられたことや、大事な自転車を武器として使われているなど、今までの人生で経験したことのないことが同時に起こって混乱してしまっていた。
「この!暴れるな!」
「離せ!この野郎!」
ひったくりが必死で自転車を殴りつけてずらそうと抵抗している最中でウマ娘の優れた聴力が、パキリと乾いた音を捉えた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
男性とひったくりは突然悲鳴を上げたサンノウケイデンスに驚きピタリと動きが止まった。サンノウケイデンスは先ほどまで男性が被っていたヘルメットを手にしていた。
「こ…」
「「こ?」」
「このばかぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぉっ」
サンノウケイデンスは怨みを晴らすようにヘルメットをひったくりの頭部、顔面目がけて投げつけた。間抜けな声をあげ、ひったくりは気絶してしまった。もちろん、全力で投げた訳ではないが、それでも意識を刈り取るには十分な威力だった。
その後、駆け付けた警官によりひったくりは逮捕され盗まれたモノは全て無事に戻ってきた。サンノウケイデンスの自転車を除いて。
「あぁ…その、悪かった。あの場ではあれしか思いつかなかったんだ…」
「良いですよ。命が掛かっている場面で自転車を壊すなとは言えませんし…」
サンノウケイデンスの自転車はカーボンという素材でできているモノだ。これは鉄やアルミより軽く強度も高いという優れた素材なのだが、反面、傷や割れには弱い性質を持っている。つまり、今回見事にフレームがひび割れ、修繕不可能。廃車になることが決まった。
「はぁ…」
あの場面では仕方がなかった。武器を持った相手に丸腰では非常に危険だった。何度も自分にそう言い聞かせ表情を暗くするサンノウケイデンスに男性は申し訳なさそうに声をかけ続けていた。
「原因はあいつかもしれないが、君の大事な自転車を壊してしまったのは俺だ。せめて、弁償させてくれ」
「気にしないでください。助けてくれた相手にそんなこと言えません。改めて、助けてくださってありがとうございました」
深々と頭を下げるサンノウケイデンスに男性は居心地が悪そうに視線を動かして頭を掻く。
「なんか、気恥ずかしいな面と向かってお礼言われるの。大人として子供を守るのは当然なんだ。それこそ気にしないでくれ」
「なら、お互い様です」
「そうか、ならお互い様ってことにするか」
そう快活に笑い飛ばす男性にサンノウケイデンスは思わず笑みをこぼした。こんな子供みたいな大人がいると思うと少し愉快な気分になった。
何はともあれ、この騒動は収束した。サンノウケイデンスは今後は勉強に集中するべく外出も控えるだろう。今度こそ、彼と出会うことはないだろうと思うと少し寂しい気持ちにもなった。僅かな時間しか会っていないこの男性に情でも移ったかと内心ほくそ笑む。
(自転車が壊れた事はしょうがない。むしろ勉強に集中するために丁度良かったかもしれない。気分転換のサイクリングはスペアバイクでも問題ない)
そう自己暗示している最中に男性はおずおずと尋ねてきた。
「ちなみに、あの自転車って高いんだよな…?いくらくらいなんだ?」
「そうですね…フレームが60万、ホイールで15万、ブレーキとか、ギアとかはパーツ組み換えたりしてたから…総額は100万近くになると思います」
「ひゃ…」
男性はすっと血の気が引いて青ざめた表情で「給料が別の理由で消える所だった」と消え入りそうな声で呟いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
投稿ペースは不定期になりますので思い出した際に読んで頂ければ嬉しいです。
誤字脱字など、ご指摘いただければ幸いです。