サンノウへ至る頂きへの道のり   作:森林 木

6 / 16
タイトルの感謝状を送る所まで書こうと思ったのですが、道中を長くしすぎて一話ぶんが長くなってしまいそうだったので一回区切りました。次回はやや短くなるかもしれません。


感謝状、そして四度目の邂逅

 もう二度と会うことのないと思っていた人物から電話がかかってきた。ケータイのディスプレイに表示されている名前は『番 一』という簡素な漢字二文字。そう、あのトレセン学園のトレーナーである。とはいえ、これは予期せぬことではなかった。昨日のひったくり事件の際、サンノウケイデンスはいくら相手がひったくりだったとはいえ、怪我をさせてしまっていた。その件に関して、警察の事情聴取の際に正当防衛ということで問題なしと判断され帰宅が認められたが、ひったくりから逆恨みで慰謝料をせびってくるケースもあるということでその場にいた、番トレーナーが、警察から何かあった際に知らせるとのことで、自身の電話番号を教えたのだった。そして、こうして電話がかかってきたことから面倒事になったと確信した。大きくため息をついたあと、ゆっくりと通話ボタンをタップする。

 

「はい、サンノウケイデンスです」

「おう、ケイデンス。昨日はお疲れ様」

「いいえ、そちらこそ」

「それで、昨日のことなんだが…今日予定空いてるか」

「空いてますけど、文句言ってきましたか?」

「いや、それはないんだが…」

 

 言いよどむ番トレーナーにサンノウケイデンスは疑問符を浮かべた。ならば、電話してきた理由はなんだろうかと訝しんだ。

 

「その、トレセンに来てくれないか?」

「申し訳ございません用事を思い出しましたでは急ぐので失礼します」

「待て待て待ってくれ!」

 

 この期に及んでまだ勧誘を諦めていなかったのかと辟易したサンノウケイデンスは通話終了ボタンを押そうとした。

 

「確かに今でもスカウトしたいけど今回は違うんだ!表彰されたんだよ!」

「表彰?」

「あぁ、昨日のひったくりは常習犯で警察も目を光らせてたらしい。それをお前と俺の二人で捕まえたことに対して警察から表彰っていうか、感謝状を送られるらしい」

「あの、テレビでお手柄高校生!みたいな…」

「そうそう、そういうやつ」

 

 確かに時折見かけるがまさか自分が表彰されるなんて夢にも思わなかった。表彰されるというのは悪いことではない。

 

「でも、なんでそれでトレセンなんですか?」

「いや、お前と話してたのと別の警官がな、俺がトレーナーだからってんでお前のことをトレセンの生徒だと勘違いして連絡したらしくてな。しかもたまたま理事長が対応したらしくてな…警官はお前のことベタ褒めしてたらしいぞ」

「警察なんだからもっとちゃんとしてよ…」

「それで、そんな話を聞かされたうちの理事長は興味津々!だけどうちの学園にはそんな生徒はいないってんで、昨日根掘り葉掘り聞かれてなぁ…私からも賞を送る!とか言って、今日の午後には警察合同授賞式の開催を敢行しようとしている…」

「なにそれ怖い」

 

 思わず思った言葉がそのまま口に出てしまった。凄まじい行動力だ。学園の生徒でもないにも関わらず、これほど迅速に決定し行動に移してしまうあたり常人とはかけ離れた思考をしているのであろう。学園理事長は伊達ではないということか。しかしサンノウケイデンスはその能力の高さに、関心より先に恐怖を覚えた。

 

「まぁ、分かりました。そちらに伺います」

「ありがたい…うちの理事長けっこう無茶苦茶する人でな…予定を空ける為に何をしでかすか分からないから本当に助かる」

「はぁ…」

 

 確かに、中央トレセン学園理事長といえば変わり者であるという話をしばしば耳にする。

 

曰く、突然レース整備を全自動で行う巨大マシンをポケットマネーでポンと購入した。

曰く、突然学園内に人参畑を増設した。

曰く、レース場に敷く芝を育てる広大な畑を用意した。

等々、嘘か誠か分からないような噂話ばかりを聞く。

 

「それにしても、今回は随分とすんなり受け入れてくれたな。てっきり日程が急すぎるとか言って断られると思った」

「いや、昨日の今日で急すぎるとは思いますけど…一応、あなたは私をかばってくれた命の恩人ですからね。そもそも私たちの表彰ですし、参加しないのは失礼でしょう」

「その…命の恩人うんぬんはお互い様ってことにしたんだからあんま言うな…こそばゆいから。というか、俺も警察から表彰されるってことか…」

「そうなるでしょうね」

「なんか信じらんねぇわ…昨日のが夢だったんじゃないかと思うくらいふわふわした感覚だわ」

「なら現実だった証拠として私の自転車お持ちになりますか?」

「悪かったって。本当に」

「冗談ですよ。では、何時に伺えばよろしいでしょうか」

「あぁ、3時に校門の前に来てくれるか?」

「分かりました。では3時前には伺います」

「おう、くれぐれも気を付けて来いよ」

 

 番トレーナーとの通話を切ると壁掛け時計の時刻を確認する。10時30分。時間までは後3時間半の猶予があることを確認し、ベッドに倒れ込む。

 

(冗談とか言うような関係じゃないのに、なんであんな事言っちゃったんだろう)

 

 先ほどの通話を思い返し、何故あのようなことを口走ってしまったのかとちょっとした自己嫌悪に陥った。たった3回会っただけの変態不審者に大して、ひったくりの一件だけで信頼してしまったのだろうか。

 確かに困っている人を見過ごせない人情や、いざという時の瞬発力はあり、自分の身を危険に晒して人を守る度胸も持ち合わせている。そう考えるとウマ娘の足を突然触る悪癖さえなければ至極真っ当な人間というように思えた。裏を返せば、その一点が全ての長所をかき消してしまっている非常に残念な人である。

 

(本当、それさえ無ければ普通に信用したのに)

 

 そんな詮無きことを考えつつサンノウケイデンスはクローゼットの中から久しぶりに制服を引っ張り出してきた。表彰に着ていく礼服などは持ち合わせていない為、制服で良いだろう。夏休みを迎えて以来一度も袖を通していなかった。というよりも二学期を迎える前に着ることはないと思っていた。

 

「特にシワもないし、平気かな」

 

 念のために軽くブラシをして再びクローゼットに収納する。トレセン学園までは30分もあれば到着できる。3時もとい15時に着く為に14時20分くらいに出れば良いだろう。それまでに雑多なことを済ませつつ、準備を進めた。

 

 

 

 

 

 14時47分。予定よりやや早くトレセン学園に到着した。番トレーナーからは校門の前で待っているように伝えてられているのでそのまま待つことにした。

 

 

「あれ?どうかしたの?」

 

 スマホで自転車のニューモデルを眺めていると、ジャージ姿の活発そうな短髪の鹿毛のウマ娘に話しかけられた。

 

「番トレーナーに呼ばれまして。ここでお待ちしています」

「へぇ~、どのトレーナーだろう…覚えてないなぁ…今日はここの見学?」

「いえ、昨日番トレーナーにお世話になったことがありまして、その件で参りました」

「そうなんだ。なんかあったら私に言ってね!あ、アタシはソロエルティ。よろしくね!」

「サンノウケイデンスです。よろしくお願いいたします」

「ロエル、その娘誰?」

 

 けだるげに手をひらひらと振りながらジャージを着た栗毛のウマ娘がこちらへ歩いてくる。

 

「あっ!コロン!」

「どうも、デオンドコロンでーす」

「初めまして。サンノウケイデンスです」

「その制服、ナカサンの?」

「はい、そうです」

「うわ、その服ねーさんが着てたわー懐かしー」

 

 ナカサンとはサンノウケイデンスの通っている府中中央中学校の略であり、『中』が3つ入っていることが由来である。

 

「それで、来年トレセン目指して勉強中?」

「なんか、バントレーナー?に呼び出されたんだって」

「バン…?なんか聞いたことあるような…」

「おーい、待たせたな」

 

 校舎の方から番トレーナーが走ってくる。以前着ていたスーツとは違うかっちりとした黒いスーツに身を包んでいた。

 

「あっ、番さん」

離れて!!

「え?」

「な、なんだよ?」

 

 デオンドコロンはバっとサンノウケイデンスの前に出てきて番トレーナーの前に立ちふさがった。耳も絞っており、完全に敵対体制だ。突然のことにサンノウケイデンスもソロエルティも呆然としていた。

 

「デオンドコロンさん?」

「サンノウケイデンスちゃん?だったよね?どういう経緯でこいつと関わり合いになったか知らないけど絶対に近づいちゃダメな変態野郎だから。トレセン中のウマ娘の足を触りまくる痴漢野郎だから。絶対関わっちゃダメ」

「あぁーー!!妖怪足舐めの正体って言われてる人かぁ!!」

「俺のことどんな風に伝わってんだよ!?」

「要注意人物扱いなんですか貴方は…」

 

 普段どのように接しているのかと深くため息を吐き、頭痛までしてきそうな事態に帰りたくなったサンノウケイデンスだったがぐっとこらえた。

 

「なに?トレセンだけじゃ飽き足らず、外の中等部の娘にまで手出したん?そろそろ出るとこ出とく?」

「誤解だ!?俺はケイデンスの足を触ったりしていない!」

「ふーん、未遂ってわけね。んで?弱み掴んでここに連れ出して?自分の権力が届く範囲でじっくり事に及ぼうって訳?サイテー」

「ちげぇよ!想像力たくましいな!?」

「ねぇ、コロン?足舐めさん、そんなに危ない人なの?」

「いきなりウマ娘の足を舐るように触ってきて、トレーナーの権力を濫用して塀の中に入ることを回避している真っ黒なグレーゾーンを渡り歩く知能犯。ロエルも近づくな」

「おいおい、デオンドコロン…それ沖野さんと間違えてないか?俺は()()()()許可とって触ってるぞ」

「ウチはいきなり触られた挙句『本格化する前にこのしなやかさ…化けるかもしれないな…』とか背筋が凍るようなおぞましいセクハラ受けたんだけど?」

「あぁ…やったかもしれん…すまん」

「そう思うならトレーナー辞めたら?風紀の為にも」

 

 怒涛の勢いで番トレーナーを罵倒するデオンドコロンにサンノウケイデンスは呆気にとられてしまっていた。隣に立っているソロエルティもぽかーんと口を開けて様子を伺っている。

 

「あの、番トレーナーってもしかして悪い意味で有名なんですか?」

「えっ?うーん…そんなことないと思うけど…アタシも覚えてないし…ただコロンは学園にきた時に…なんとかってトレーナーにスカウトされて、それを受けたんだけどセクハラが酷かったらしくてさ、色々証拠集めて理事長に直談判しに行ったんだって。で、そのトレーナーはトレセンから追い出されたんだって。だからかな?多分セクハラっぽい事する人に敏感になってるのかも」

「なるほど…」

 

 トレーナーライセンスを得る為には面接もパスする必要があるらしいが、中にはそのような人間も通ってしまうのだろう。たかだか数回会っただけでその人物の全てが分かる訳ではないのだから。デオンドコロンは災難だっただろう。しかし、番トレーナーはウマ娘を性的に見ているのではなく、ボディビルダーの筋肉に触ってみたいという欲求に類似するもののように感じている。危険性は少ないだろう。とはいえ、やっていることは同じである為、擁護する気はさらさら無いが。

 

「番トレーナー?サンノウケイデンスさんはいらっしゃいましたか?」

「あ、たづなさん」

 

 校舎の方から現れたのは緑の帽子に緑のジャケット、緑のスカートと、タイツ以外全身緑色の女性がこちらにやってくる。

 

「あっ!たづなさん!おはようございます!」

「たづなさん。この人、遂にトレセンの外でやらかしましたよ。さっさと追い出しましょ」

「番トレーナー?」

「いやいやいや!誤解ですって!」

「もう、沖野トレーナーといい貴方といい…トレーナーとしては素晴らしいんですからそういった行動は控えてくださいね…」

「いやぁ、面目ない…」

「もう、的確なアドバイスをくれるって報告なかったら処分モノですからね?」

(アドバイスがあったら処分されないの…?)

「あ、申し訳ございません。貴女がサンノウケイデンスさんですね?本日はようこそおいでくださいました。わたしは理事長秘書の駿川 たづなと申します。」

 

 自己紹介を簡潔に述べると、たづなはお手本のようなお辞儀をした。その挙動一つ一つに気品を感じる。流石は理事長を支える秘書だ。主人に仕える執事のようなイメージが頭をよぎった。

 

「うちの番トレーナーが何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いいえ、特には…」

「もしなにかあれば遠慮せずに私にお申し付けくださいね」

「はい、その際はよろしくお願いします」

「では、こちらへどうぞ」

「はい。ソロエルティさん、デオンドコロンさん。ご心配ありがとうございました。それでは失礼します」

「うん!よく分からないけど行ってらっしゃーい!」

「そいつになんかされたらすぐ言いな?腕の二、三本もってくから」

「腕は二本しかねぇよ!」

 

 ソロエルティとデオンドコロンにに見送られながら、サンノウケイデンス達はたづなの後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「てか、結局サンノウケイデンスちゃんはなんで来たん?」

「え?知らない!」

「心配だわ…たづなさんがいるとはいえ、あいつ絡みとなると…やっぱ触れないように両腕いっとくべきだったか?」

「うーん、お世話になったとかなんとか言ってたからコロンが心配するようなことは無いんじゃないかなぁ?」

「お世話になった?警察のお世話になったってことじゃねそれ?」

「コロンって想像力豊かだよね」




誤字脱字などご指摘いただければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。