サンノウへ至る頂きへの道のり   作:森林 木

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やよいちゃんや乙名史さんを作中でなんと呼ぼうかと一週間ほど悩んでおりましたが、しばらくは登場しないだろうとタカを括りとりあえず投稿してから改めて考えることにいたします。
作中で統一されていない部分が残っているかもしれませんが、呼び方を決定次第修正いたします。のでご了承ください。


仰天!破天荒理事長 秋川 やよい

 サンノウケイデンス達がたづなに連れられてきた場所は一際重厚な扉の前だった。『理事長室』と達筆な文字で書かれた木製の札が一層存在感を引き立てている。

 

「お待たせしました。こちらが理事長室になります」

「流石トレセン学園の理事長室…立派ですね…」

「理事長本人はもっと生徒に気軽に入って欲しいと思っているようですけどね。一度テーマパークのように改造すると言い出した時もありましたねぇ、止めるのが大変でした」

「えぇ…」

 

 むしろそんな煌びやかな理事長室になってしまっては余計入りづらいだろう。こんな突飛な話をしていても隣にいる番トレーナーは驚いた様子はない。普段からこういった奇抜な行動をしているのだろうか。

 たづなはコンコンと扉をノックした。

 

「理事長、番トレーナーとサンノウケイデンスさんをお連れしました」

「許可!入ってくれたまえ!」

 

 やや幼げな声を聞くとたづなは扉を開け、「どうぞ」と短くサンノウケイデンス達を中に入ることを促す。

 

「失礼します」

「歓迎!よく着てくれた!私がこの学園の理事長の秋川 やよいだ!よろしく頼む!」

 

 立派な椅子に座っているのは子供にしか見えない明るい栗毛の長髪に帽子を被った少女といっていいのだろうか。彼女がこの学園の理事長だ。テレビなどで目にする機会は多い人物だが、実際に見てみると想像よりずっと小さく感じた。そして帽子の上の猫は見れば見るほど精工で目を奪われる。

 

「この度はお招きいただきありがとうございます。サンノウケイデンスです。本日はよろしくお願い致します」

「うむ!今回はお手柄だったそうじゃないか。番トレーナーもな!」

「いやぁ、俺はなんというか、あの時は必死で…」

「謙虚!遠慮することはない!君はトレセン学園のトレーナーとして誇るべきことをしたのだ!もっと胸を張って良いのだぞ?」

「あ、ありがとうございます」

「さぁ、その時の武勇伝を直接聞かせてくれ!」

「理事長、会見室に警察の方々をお待たせしているのでその話は後ほど…」

「失念!そうであった!すまない諸君、無理を行って今日ここでやってもらうことになったので時間に余裕がないのだったな。すぐに向かおう」

「にゃあ」

「うわ!?」

(生きてる!?)

「疑問!どうしたのだ?」

「あ、いえ…その猫ちゃん随分と大人しいので作り物かと思っていたもので…」

「うむ!私の頭の上が落ち着くようでな。ほとんど頭の上にいるな」

「す、凄いですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋川理事長に連れられてサンノウケイデンス達は会見室へと通された。会見室まであるとは流石トレセン学園だ。会見室に入ると警察官が三名ほど座って待機していた。その内の一人は私の事情聴取を担当していた警官だ。サンノウケイデンスの視線に気が付くと軽く会釈をしてきた。

 

「理事長、お待ちしておりました」

「感謝!忙しい中こちらの都合に合わせてもらってすまない」

「いいえ、ウマ娘の未来を担うトレセン学園の理事長の方がご多忙でしょうから。それで、こちらの方々が今回のひったくりを?」

「うむ、我がトレセン学園のトレーナーの番トレーナーと、サンノウケイデンス君だ」

 

「お二人が…この度はご協力、誠に感謝しています」

「こちらこそ、このような場でお褒め頂けて光栄です」

「では、こちらに」

 

 警察官に案内されるままにサンノウケイデンスと番トレーナーは壇上の上に立った。正面を向くとずらっと並んだカメラがこちらを向いていた。

 

「え?」

「な、なんだこりゃ…」

 

 番トレーナーもこの状況が理解できていないようで混乱していた。というより、騙されたというような表情で理事長を見ていた。

 

「あの、普段感謝状を送る際にもこれほどのカメラマンが?」

「いいえ、来るとしても地元の新聞記者が来るくらいですねぇ。今日は十人近くいますね。流石に緊張してしまいます」

 

 警官は、はにかみながら笑みを浮かべた。警官からしても予定外のことらしい。となるとやはり秋川理事長によるものだろう。

 

「注目!記者諸君!我が学園が誇るトレーナーの雄姿をしかと収めてくれ!」

 

 理事長の号令と共にパシャパシャとシャッターがきられる音が鳴り響いた。

 

「では、サンノウケイデンス殿、番 一殿。この度はひったくり犯逮捕のご協力。誠にありがとうございました。警視庁を代表して私から、感謝状を送らせて頂きます」

 

 サンノウケイデンスと番トレーナーはそれぞれ一礼して感謝状を受け取った。受け取る瞬間シャッター音が部屋中に響き渡った。

 

「では、次に私から個人的に諸君らを表彰したいと思う!たづな、賞状を持ってきてくれ」

「はい、こちらに」

 

 秋川理事長はたづなから賞状を受け取ると満面の笑みでこちらに賞状を差し出す。

 

「表彰!サンノウケイデンス君、君はひったくりの現場を見るや否や迷うことなく追いかけていった勇敢なウマ娘だ!我々もその勇敢さや判断力を見習わねばならない!それを気付かせてくれたことに敬意を表しここに表彰する!」

「ありがとうございます」

 

 サンノウケイデンスは賞状を受け取ると一歩下がり、代わりに番トレーナーが一歩前に出る。

 

「表彰!番 一殿、君は身を挺して凶刃からサンノウケイデンスを守った!まさしくトレーナーの鏡だ!私も鼻が高い!その勇気と姿勢に敬意を表しここに表彰する」

「あ、ありがとうございます」

 

 やや照れくさそうに頭を下げ賞状を受け取る番トレーナーの頭を撫でている秋川理事長は満足気に笑っていた。その瞬間も逃すまいと、シャッター音は合奏していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めてこの度のご協力、ありがとうございました。もし今後同様のことがあった際には決して無理せずに我々を頼ってください」

「はい、これからもよろしくお願いします」

「では、私たちはこれで失礼します」

 

 柔和な笑みを浮かべ会釈した警官達は早々に会見室を後にした。彼らからは本来の業務にいち早く戻ろうという生真面目さを感じた。頭が下がる思いだ。カメラマン達も続々と退室していった。

 その中でポツンと一人残っている女性がいた。そして、サンノウケイデンスはその女性に見覚えがあった。

 

「す…」

「す?」

「素晴らしいですぅ!」

 

 記憶が正しければ、彼女の名前は乙名史 悦子だったはずだ。実際に会ったことはない。しかし、ウマ娘へのインタビュー番組にほとんど出てくる名物記者である。そして、奇声を上げウマ娘やトレーナーに鬼気迫る質問責めをして興奮することや、毎度のごとく強制退場させられることで有名なのである。何故、出禁にならないのかは、URA役員の隠し子説や、政治界に繋がりがある権力者。実は財閥のご令嬢など様々な憶測がネットを騒がせている人物だ。

 

「サンノウケイデンスさん!ひったくりをどのように捕まえたのですか!?」

「えぇっと…盗んだ自転車で逃走したひったくり犯を追いかけて捕まえた…という端的なものでよろしいでしょうか?」

「なるほど!ひったくりを見るや否や正義の心が貴女を突き動かし、千里もの道を相手が諦めるまで追い続けたと!!」

「いえ、千里も走っていませんし走れません…」

 

 インタビュー番組で分かっていたことだが、乙名史記者はウマ娘やトレーナーの発言を過剰に誇張して受け取る感性を持っているらしい。それにしても千里は過剰であるとサンノウケイデンスにはある種の恐怖と、日常で意思疎通がとれているのかという疑問が頭によぎった。

果たして自転車でも約3930㎞も走り続けられるウマ娘はいるのだろうか。サンノウケイデンスですら、1000㎞を一週間かけて休み休み走ってギリギリだったのだ。

 

「番トレーナー!貴方は警察が来るまでひったくりを拘束し続けていたそうですが、どういった経緯でそのような状況に!?」

「えぇ?えーと…ケイデンスが先にひったくりを捕まえてて、その後に俺が到着した時にひったくりがケイデンスの背後からナイフかなんかで襲い掛かってきて…それを必死でかばって…ええっとそれで近くにあっ」

「素晴らしい!!」

「たぁ!?まだ喋ってるんですけど…」

「襲い来る暴漢から身を投げ出してサンノウケイデンスを守り、傷だらけになりながら警察が駆け付けるまで彼女を守りきったと!!あぁ!!なんて素晴らしい!!正にヒーロー!!トレーナーの鏡!!少女漫画の主人公のような男性の理想像!!これは私の威信に賭けて日本中に…いえ、世界中に広めなくては!!」

「そ、そんなドラマチックなことは起きてませんよ…俺ピンピンしてるでしょ…」

 

 もはや乙名史記者の耳には何も聞こえていない、自分だけの世界に入っている様子だった。名の通り、悦に入っていた。

 

「乙名史さん、お二人とも困っていますし、昨日の今日の出来事で疲れていますから…今日の所はこの辺りで…」

 

 見かねたたづなが助け舟を出し、乙名史記者を退室するよう促した。

 

「では、私は先ほどの警察の方々から詳細を聞き、それから犯行現場の商店街の方へ聞き込み取材へ行ってまいります!」

 

 乙名史記者は先ほどの警官を追いかけようと凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。まるで嵐のような人だ。

 

「褒美!此度の諸君らの働きに私個人からなにか送ろうと思う!」

「理事長?そんなの聞いていませんよ?」

「うむ!今言ったからな!」

「もぉ…」

 

 はっはっはと豪快に笑う理事長にたづなは深く深くため息を吐いていた。

 

「番トレーナーは何が良い?」

「え?いやぁ…何と言われても…」

「焦る必要はない!ゆっくり考えておいてくれ!」

「あ、はい」

 

 理事長の強引さに押されて番トレーナーは押し切られるように褒美を受け取る約束を取り付けられた。

 

「サンノウケイデンス君、此度の事件で愛車を失ってしまったそうだな?」

「は、はい…」

「その悲しみ、筆舌に尽くしがたいものだろう。察するにあまりある!だから代わりといってはなんだが、私が自転車を用意した!」

「え?昨日の今日で?」

「迅速!レース用の自転車だと聞いてな。知り合いに余ったパーツで作った自転車を融通して貰ったのだ!」

 

 理事長は物陰に隠していた自転車をこちらに引いてきた。身長に対して自転車が大きくふらふらしながら引いていて心配になった。しかし、なにやら自転車に違和感を感じた。

 

「どうだ!?この自転車もなかなかかっこいいだろう?いずれは君の自転車を同じものを用意したいと思っているが、現状はこれで勘弁してほしい!」

「いえ、そんな…元々身体が大きくなって調整しなくちゃいけないと思っていましたので…」

 

 このような高価なものをおいそれと受け取る訳にはいかないと遠慮しようとして、自転車をよく見る。そして、その違和感に気付いた。

 

「これ…この自転車、走れませんね…」

「なぬ!?」

 

 自転車には、いくつか種類がある。主婦が使うようなママチャリ、舗装されていない道を走る為のマウンテンバイク、サンノウケイデンスが乗っている舗装路を走る為のロードバイク。そして、目の前にあるこの自転車は…

 

「これ、競輪用の自転車ですね」

「うむ?それは君が乗っていた自転車とは違うものなのか?」

 

 確かに見た目は少し似ているがかなり違う。この自転車は変速機どころか変速ギアもない。この自転車は走る機能以外を全てそぎ落とした自転車なのだ。そして何より、ブレーキが搭載されていないのだ。つまり…

「えぇ、この自転車は道、というかブレーキが付いていないので一般道は走れないんですよ」

「驚愕!そのような自転車があるのか!」

「はい、この自転車では基本的にレース場でしか走れません」

「愕然!知らなかった…」

「理事長、こういうことがあるから事前に相談してくださいって何度も言ってるでしょう?」

「猛省…すまん…」

 

 

 

 

 

 その後、理事長は「何か用意する」と言い、たづなと共にサンノウケイデンスを見送った。

 

「番トレーナー、外までサンノウケイデンスさんを送ってあげてください」

「えぇ、勿論」

 

 サンノウケイデンスは先導する番トレーナーについていき、再び校門へと向かった。

 




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