ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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第13話 偽名

「何よ、それ!?」

「ただの手紙です」

 

 12月最後の木曜日の夜。

 教員寮のロビーで、ミッドナイトに両肩を掴まれて激しく揺すられているのは、スウェット姿のリカバリーキャットこと猫橋先生だった。その手元には未開封の封筒があり、さりげなく背後から近づいて宛名を見ると、轟陽様。差出人は轟良となっている。それに驚いた俺は、言葉を抑えることができなかった。

 

「あの轟か?」

「有名じゃないほうです」

「詳しく話しなさい!」

「断ります」

 

 名字が変わったとなれば、入籍したか結婚したか。そのどちらかだが、彼女の左手薬指には指輪がひとつだけあり、9月に彼が買ってくれたと話していたのを思い出した。本人に詳しく聞くのは、年明け早々あるラジオの時に回そうと思って、今はあらゆる質問を拒否したり、明確な答えをはぐらかす彼女を攻めるミッドナイトからゆっくりと引き離す。

 相澤の報告で、知り合いの紹介でヴィラン連合に潜入したことや、待ち受け画面の写真が林間学校で遭遇したヴィランの一人の継ぎ接ぎ男の手だったことなど、黒とも灰色ともはっきり言えない状況と仲間を疑わなければならない環境に心苦しく感じていた。

 

「マイクも聞きたいでしょう?」

「聞きたいさ。でも、それは来月のラジオまでに取っておく。…覚悟しておけよ。リカバリーキャット」

「お手柔らかにお願いします」

 

 彼女達と別れ、反対方向の男子寮に行く途中、相澤と鉢合わせする。何やら手元の端末から目を離さずにいるため、彼女かと茶化してやれば言葉で一蹴されるも、一緒にエレベーターに乗った。

 

「なんでそんなにイラついてんだよ」

「モスの口が固くて苦労してるからだ」

「リカバリーキャットといつの間に連絡先交換した?」

「違う。林間学校の後、端末に勝手に入ってたんだ。ブラドと一緒に緊急連絡先としてな」

「へー。賢いな、モスは」

《ありがとうございます。プレゼント・マイク先生》

「え? 俺がわかるのか?」

《はい。マムによく話しかけてくれる方ですね》

 

 落ち着いた女性の声が響き、モスがマムと呼んでいる主の携帯のマイク機能を常に起動しており、全ての会話を聞いて教師全員の声と顔をすでに一致させていると言う。

 もっとも、相澤がまともにモスとやり取りを始めたのはエリちゃん救出後らしく、まだ2ヵ月しか経っていない。それでも、有益な情報を引き出すために根気強く語りかけていると言うが、(あるじ)であるリカバリーキャット同様口が固い。(わか)ったのは、継ぎ接ぎの男の名前が『荼毘に付す』の荼毘で、確実に偽名だろう。そして、彼女は泥花市の事件に負傷した仲介人の救出で関わっており、戦闘で負傷した元(ヴィラン)連合の面々の治療を昨日行ったと言う。

 

「元?」

「ああ。でかい組織を取りこんで、今は別の名前になっている。詳しくは分からんが、これは、リカバリーキャットとモスしか知らない情報だ」

「今、お前経由で俺も知ったけどな。キャットは、看護師の立場を使って、敵の懐にいるのか」

「そうなるな。彼女なりに情報収集も行っているとはいえ、向こうには、『崩壊』の“個性”をさらに開花させた死柄木弔がいる」

 

 USJ襲撃時には五本指でしか発動できなかったのが、泥花市の戦闘で二本指で発動可能になるなど、重要な情報をモスが相澤に横流ししていると知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。

 その折、モスから昨日の治療の際に記録した音声データがあるので、相澤のパソコンから聞くことにして、彼の殺風景な部屋にお邪魔する。それを起動して、連動されているメールに新着が届き、添付されたデータを開いた。

 

『こんにちは。弔さん』

『ありがとな。来てくれて』

『どういたしまして。ミスター、義手の調子はいかがですか?』

『まあまあだね』

『スピナーさん。お腹の具合はどうですか?』

『突っ張る程度だ』

『荼毘さん。火傷は進行してませんか?』

『ああ』

 

 体調の変化など一人一人にできる限り問診し、体温計や手首に巻く血圧計。指に挟むパルスオキシメーターを装着させて、それぞれの値をノートに書き付けていく。

 一番最後に火傷が進行していないと言っていた彼が嘘をついていたため、キャットに静かに怒られていた。しかし、荼毘はさして気に留めず、氷野郎と呼んだ人物と一戦交えるために部屋を出ていき、問診を終え、治癒による治療を拒否された彼女は、匙を投げたい気持ちを抑えて見送る様子がわずかな沈黙と声音で分かる。部屋に残った3人から『あいつは、ああいうヤツだから』と慰められ、彼女は乾いた笑い声をあげて礼を言い、毎週日曜に来ることを死柄木に約束した。

 彼女の気苦労が絶えないことを憂い、データを添付してくれたモスに、相澤と共に感謝する。

 

「結局、荼毘と猫橋先生の関係は分からず仕舞いか…」

「だが、待ち受けを見た限り、親しげな感じだった」

「例のピースサインか。俺見てねぇけど、脅されてる可能性は?」

「家族を人質にされているかもしれんな。どうなんだ、モス?」

《初めてのデートの時に、脅迫を受けています。…これが、そのメールです》

 

 それから、モスは俺達の質問にできる限り答え、人工知能が自ら考え行動に移しているだけでもすごいことだと、その時は考えていた。

 

 

 年が明けて、最初の金曜日。

 俺は、リカバリーキャットと二度目の共演を果たし、ラジオの仕事をしている。

 

「リスナー諸君、明けましておめでとうございます。さて、新年一発目のぷちゃへんざレディオ。ゲストは、この人だ。どうぞ!」

「こんばんは。はじめましての方も、久しぶりの方もいらっしゃると思います。リカバリーキャットです。全国の皆様。そして、プレゼント・マイク。今年もよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、キャットの最新情報を小耳に挟んでるんだが、いくつか尋ねてもいいか?」

「できる限り答えますよ。どうぞ」

「Thanks!! ネックレスにしてる指輪は、婚約と結婚。どっち!?」

 

 目を細めながら、オフの日は左手薬指に()められている指輪を、ジャケットの上から触れ、彼女は照れた顔を隠さずにはっきりと告げる。

 

「…婚約です」

「名字変わってたけど、あれは?」

「ああ。手紙ですか? あれは、婚約者の遊び心です。でも、まだ照れくさいので、これまで通り旧姓で呼んで下さい」

「OK, OK.お相手は?」

「去年ラジオで言った彼です」

「ってことは…」

「生きてました」

「マジかよ!? おめでとう!!」

「ありがとうございます。募金は、彼との生活のために大切に使わせて頂いております」

 

 また、雄英高校が教師も含めて全寮制になったことで別居婚を選んだが、週末には婚約者のところに通っており、彼女なりに幸せな生活を送っているらしい。

 

「新婚旅行は?」

「考えてません。彼の仕事の都合がつくか分からないので…」

「いやいや。ブラック企業じゃない限り、ハネムーンくらい仕事先も許してくれるだろ」

「そうですかね?」

 

 平日は養護教諭として働き、週末は婚約者のところに通うなど忙しく、すっかり頭から抜け落ちて忘れていた様子にツッコミを入れ、1週間休んでも構わないという一般論を告げると、『1週間も…?』と驚きの声をあげる。

 

「体、(なま)りません?」

「鍛え続けるのも大事だが、心身共にリフレッシュする良い機会なんじゃねェの? だから、このラジオが終わったら、旦那のところに行って相談してくればいい」

「そうですね。いくつか候補を挙げて、彼に相談してみます。その前に、睡眠取ろうかな…」

「そりゃ取ったほうがいい。事故ったら元も子も無ェもんな。さあ、オープニングトークはこれくらいにして、お便りタイムといこうぜ」

「はい」

 

 仕事終わりにタクシーを拾って、キャットと共に早朝に寮に帰り、入浴してから着替えて部屋に行き、疲れが残った体のままシングルベッドに身を沈めた。

 

 

 1週間後の土曜日。

 昼過ぎに起きて一階で昼食をとった俺は、歯を磨いた後に自室に戻り、パソコンやタブレットにメールが来てないか確認するが、どれも既読になっている。そこで、暇潰しに相澤の部屋を訪れると、何やら気難しい顔をしていた。

 

「どうした?」

「山田。キャットは、よく『リョウ君』と電話で話してるよな」

「彼氏だって言ってたしな。…あ、今は婚約者か。それが?」

「リョウ君が、荼毘の可能性は無いか?」

「仮に偽名だとしても、人違いだったらどうする?」

「間違いなら謝ればいい」

 

 モスによって添付された『リョウ君』とキャットのツーショット写真は、柔らかな白髪と垂れ目の碧眼で、優しく微笑み、継ぎ接ぎやピアスなどひとつも見当たらない肌ツヤの良い美男だった。

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