申し訳ありません。
ワールドヒーローズミッションを終えて帰国し、寮に戻って起きたのは、目覚まし時計の針によると夜になっていて、寝ぼけたままベッドの上で伸びをしつつ大きなあくびをする。それを聞いたモスが朝の挨拶をしてきたから、オウム返しに答えた。
《轟冬美さんから不在着信が入っています。かけ直しますか?》
「うん。洗顔後にお願い」
《解りました》
去年の正月に会った時は共に大学4年生で、彼女は小学校の先生になると言っていたのを思い出す中、数回のコールが部屋に断続的に響き、やがて相手の声が聞こえる。
『もしもし。陽ちゃん?』
スピーカー機能を取り消し、受話器部分を耳に当てて彼女に答えた。
「おはよう。冬美ちゃん」
『今、昼だけど』
「さっき起きたんだよ。どうしたの?」
『先週のラジオ聞いたよ。…燈矢
「うん」
『…会えるかな?』
「さァ? そればかりは、本人に聞いてみないと分からない」
『…そうだね』
「…冬美ちゃんは、あたしが嘘をついてるって考えないんだ?」
『陽ちゃんは、本当のことしか言わないでしょう』
「そうだね」
幼馴染に電話口で答えながら、現在進行形で雄英教師陣に対して嘘をつき続けているとは到底言えず、事実を伝えた。
「明日、用事で実家に帰るけど、その時に聞いてみようか?」
『本当!?』
「もし、帰りたくないって言われたら、何かしら理由があるだろうけど諦めてね」
『……。うん。わかった』
「ごめん。残酷なこと言って」
『大丈夫よ。ありがとう』
身内としては突然の生存報告でも、あたしは葬儀前に何度もエンデヴァーに可能性を話してきたが、一向に耳を傾ける様子は見られず、
夜食を食べに一階へ行き、半日弱ぶりの食事を楽しんだが、その後にかかってきた電話で台無しになった。
『「燈矢が生きてる」と、よく公共の電波で言えたものだな』
「私は、その類の嘘はつきませんよ。いくらなんでも不謹慎でしょう」
『貴様…!』
「じきに解りますよ。失礼します。エンデヴァー」
一方的に会話を切って電話を閉じ、陰鬱な気持ちを発散するため、明け方まで筋トレと走りこみに集中した。
結婚挨拶を済ませた翌週の土曜日。
早起きしたせいで、頭が回らないまま教員寮を出た。ガソリン節約のため名古屋駅まで徒歩で直行し、開店したばかりの売店でひつまぶし弁当を買い、切符売り場で切符を求める。車内で腹を満たした後に眠ってからホームに降り立ち、荼毘君の拠点となっている洋館にほど近いスーパーで、2日分の食料とお菓子を買いつけた。
買い物袋を一旦旅行鞄の上に載せて、合鍵を使って家に入ったが、家主である荼毘君の姿は見えず、後ろ手に玄関を施錠する。
居間にある三人がけのソファーの傍にキャリーケースを転がし、ダイニングテーブルに食材が入ったビニール袋を置いて脱衣所に向かい、手洗いとうがいを済ませ、空っぽの冷蔵庫に袋から取り出した肉と冬野菜を入れていく。それが終わってから、旅行鞄を3階にある部屋に階段で地道に運び、黒生地で無地のエプロンを取り出して旅行鞄に鍵をかけ、エプロンを手に部屋を出たところで、別室から起き抜けの荼毘君がのそりと姿を現した。
「…おはよう。陽」
「おはよう、荼毘君。遅くなったけど、明けまして、おめでとうございます」
「……今年もよろしくお願いします」
年明けの任務と結婚挨拶で潰れた二週間分の寂しさを埋めるように、彼の気が済むまで抱擁し合い、軽く触れるだけのくすぐったく感じる接吻も甘んじて受け入れ、下の階に降りて洗面所から居間に来るのを待ち、椅子に座ったのを確認してから飲むヨーグルトを差し上げた。ここに新聞やテレビは無いため、必然的にスマートフォンやパソコンなどの電子機器をいじるしかない。二人でバラエティー番組の見逃し配信を観賞してから、昼食の準備をし始め、荼毘君も手伝ってくれる。
「先々週、プレゼント・マイクのラジオに出てたよな」
「うん」
「反応は?」
「冬美ちゃんから燈矢君に会いたいって電話があって、エンデヴァーからは、『燈矢が生きているなどと嘘をつくな』ってさ。彼はともかく、冬美ちゃんは会いたがってたけど、どうする?」
「いずれ画面越しに会うだろ。今はいい」
「わかった。…ごめん。先に生きてるってバラして。計画練り直さなきゃいけなくなったよね」
「謝るなよ。あの放送があったから、陽と再会できたんだ。それに、今頃生きてるって知って後悔しても、後の祭りだ。どんな姿になってるかは向こうも判ンねェだろうし、混乱を作り出してくれてありがとな」
「そっか…。プルス・ケイオス、できてる?」
「十二分に。さすが俺の許嫁だな」
「お褒めに預かり光栄です」
そして、結婚式の練習と称して、荼毘。もとい、燈矢君から写真だけと言えど、挙式に向けて接吻の練習を提案され、キスに練習も本番も無いのでは? という疑問を呑みこみ、腹をくくって承諾する。しかし、いざ前にしてみると一文字に固く閉ざして、嫌ではないのに、今まで無視し続けたものが態度となって現れ、視線を背けてしまった。
「…どうした?」
彼は、そう問うだけで何もしてこない。
恐る恐る再度視線を合わせると、さっきまでヘラヘラと笑っていた彼の表情は真剣になっていて、綺麗な碧眼がじっと自分の瞳をまっすぐ見ている。ちゃんと話を聞いてくれる姿勢を態度で示され、11年間胸に閉まっていた後悔を口にした。
「……あの日。山火事が起きた日を思い出して…」
「それが拒絶する理由か?」
「…たぶん。ずっと後悔してるんだ。自分の“個性”を。胸騒ぎを無視しなかったら、君を
「あー…。猫が感じる前兆ってヤツか。まァ、気持ちだけ受け取る。だから、もう『たられば』なんて言うな」
「ん。ありがとう。荼毘君」
気を取り直すように互いに額をこつんと打ち合わせ、あっさり許してくれた優しさで嬉しくなる反面、あまりにも呆気なく『それでいいのか』とモヤモヤした気持ちを抱えたものの、それを胸中に閉まってからそっと瞼を閉じ、初めてで慣れない徐々に深くなる接吻に四苦八苦しつつ、なんとかついていこうとする。全く男慣れしていない事を看破され、唇を離された時にゆっくり瞼を開くと意地の悪い笑みを眼前で浮かべられており、なんだか悔しくて拗ねてふてくされた。しかし、この反応も彼にとって面白く映ったらしく、11年前と同じように年相応に無邪気に笑う様子に、何事もなければ普通に式を挙げていたのだろうかと思うと、目頭が熱くなり涙が溢れてしまう。
「っ…」
「どうした。今日は忙しいな」
「…なんでもない。大丈夫だよ」
彼は追及せず、額に優しくキスをされたことで練習は終わりを告げ、その後は何やら上機嫌のまま無言で抱き締め、どんな形であれ幸せなことには変わりはないと実感した。