それでも良い、という方は、このまま下にスクロールして話を読んで下されば幸いです。
孫娘が、婚約者を連れて挨拶に来た3日後の夕方。
雄英高校の固定電話にかけた自分の口から出た言葉は、彼女にとってあまりにも唐突に思えるだろう。
「陽。嫁に行く前に、一緒に旅行に行くか?」
『構わないけど、なんで?』
「最後に行ったのは、年中さんの時だったろう。寂しくてなァ」
『……わかった。行けるように努力する。ありがとう、爺ちゃん』
「どういたしまして。お勤めご苦労様」
電話口でそう言って通話を切った私は、昔から慎重な性格で、他人が間違っていると判断した時以外、あまり口を挟まないようにしている。
孫娘の陽は、この旅行の裏に何か理由があると推測しても敢えて聞かず、了承の答えを受け取り、妻と一緒に眠りにつく。
翌日の水曜日。
20時過ぎに、表門の鍵を解錠する音と足音で孫娘が帰省した事を知る。弾丸旅行を理由に外泊届けを受理してもらったと言う陽の言う通り、新幹線を利用して帰省したらしい。
「ただいまー」
「お帰り、陽。準備が出来次第行こうか」
「うん」
陽の出迎えをして2階の自室に行く様子を見送り、こっそり後を追って踊り場に身を潜め、聞き耳を立てる。
(ねェ。本当に大丈夫なの? 椿君)
(うん、大丈夫だよ。君が新聞を大事に保管してくれたから、この旅行を立てられた。ありがとう。小雪)
(か、感謝は帰ってから言って下さいな)
照れ隠しに妻が尻尾をペチペチと壁に叩きつけるが、私から見れば可愛く映ってしょうがない。
それより、今頃、文机の上に置いた1通の手紙を読んでいるだろう。仕掛けを施した封筒に住所は書いておらず、宛先は陽で差出人は自分で、直接口で言わずにわざわざ手紙を寄越した理由は、機械による盗聴や盗撮対策だ。数枚の便箋には、突然旅行を提案した謝罪と、自分が今まで隠していた3つ目の“個性”。この旅行の目的が書かれており、動揺を隠せないと思っている。そして、私の提案を承諾した手前、今更断る理由が無いというのも理解している。
その折り、機械の音声が聞こえてきた。
《マム。僅かに息が乱れましたが、どうされました?》
「なんでもないよ」
《私に隠し事は不要です》
「この旅行がサプライズだって事に驚いただけ」
《…そうですか。嬉しいですね》
「うん。…じゃあ、行ってくる」
《待って下さい。私を忘れてます》
「ごめん、モス。爺ちゃんと水入らずの旅行なんだ。あたしの代わりに、家族の話相手になって」
《……解りました。お気をつけて》
連絡手段であるスマートフォンとスマートウォッチ。サポートアイテムのヘッドセットを机の上に置いて、アナログの腕時計を手首に嵌めた音がした。それから、人工知能に一時的な別れを告げて自室の襖から出る気配を感じて、即座に傍らにいる妻の手に触れて撤退の合図を出し、足音と気配を消してそそくさと一階に降りる。電子機器を全て手放す選択をしたのは、恐らく誰かに全て監視されている身のせいで、会話などが筒抜けだと推測した。孫娘ながら良案だと思う反面、緊急時には非常に困るが、背に腹は変えられない。
6年前に新しく発行された500円硬貨と紙幣を置いて行きたいが、それではこれから泊まるホテルの代金を払えなくなるので、仕方なく持っていく。一階の私達の部屋に赴いて、準備ができた事を伝えた孫娘にさも余裕な表情を浮かべて、座布団から立ち上がって腰を上げた。
『行ってきます』
『行ってらっしゃい』
まず、拠点を移して目的を果たすために、孫の緋桐に静岡駅まで車で送ってもらい、志村転孤君が住んでいた家の最寄り駅に向かう。そこで予約した宿泊施設で一泊する予定だ。
高級住宅街として名高い地区の駅から、徒歩移動で最寄りのホテルに到着した時には、すでに日付が変わっていた。
昇降機に乗って鍵片手に部屋に移動し、年齢から来る眠気に抵抗しつつ、ツインのベッドと自分の大欠伸を尻目に陽は椅子に座り、私から茶封筒を受け取る。一瞬、眉を寄せて怪訝に思ったようだが邪険にできず、新聞紙の切り抜きを集めて時系列順に並べ、スクラップブックにした大学ノートの表紙を恐る恐る開き、1ページずつじっくり目を通していった。
一番身近だと、今から16年前。春頃に燈矢君が焦凍君襲撃未遂事件が起こった。しかし、去年の夏に報道された敵連合の面々に目を向ければ、死柄木弔こと志村転弧君が一晩で家族を失い、トゥワイスこと分倍河原仁君が書類送検後に職を失った年で、そこから転落人生が始まる。なぜ、ヴィラン名まで知っているのかというと、妻がサイコメトリーで読んでくれたからだ。
「爺ちゃん。仮眠取ったら?」
「いや、ここに来るまで眠ってたから大丈夫。それに、猫は夜行性だからね。…陽。夕食と風呂はどうする?」
「来る時に駅弁食べて来たからいい。それに、入浴したら確実に寝るよ」
「そうか……」
自前の懐中時計が0時半を差した頃、やはり納得できない様子でそれを突き返してきた。
「……」
「あさって、燈矢君が結婚の挨拶に来るけど、そうやって渋るのは、彼が
「…うん。……ごめん。爺ちゃん」
震える声で全て肯定されても責める気は起きず、むしろ敵になっても婚約者を愛していると解って、昔から変わらない優しさと愛情から来る想いに喜ぶ。孫娘の目尻から涙が
「…陽。爺ちゃん、独りで行ってくるよ」
「ありがとう。気をつけてね」
扉越しに無理して明るい声で送る陽に、もう一度『行ってきます』と告げて、マスクを着けてから外出する。出先のカラオケ店でB6大の手帳を開いてから、事前に記した言葉を読み上げる。
「16年前の2134年。6月1日、午前10時。静岡県葵区安東にある、猫橋椿の自宅玄関前へ転移する」
空調が効いた室内から野外へ出た証拠として、湿った風が冬毛を撫でていった。
瞼を開けると、眼前に自宅の表門。後ろを振り返れば玄関があり、自分の“個性”が正確に発動した事に安堵する。平日の午前中は、誰も自宅にいない。私と息子は病院勤務。妻は婦警で、息子の嫁はヒーロー。陽は小学校で、緋桐と向日葵は幼稚園だ。故に、誰か敷地内にいたら泥棒などの犯罪者になる。
言霊の“個性”、発動成功。
この“個性”は、言葉を発するだけで勝手に発動するので、幼少期の暴走事故以来、きちんと考えてから。発表などの際は、信憑性を高めるためによく調べる癖がついた。危険性から気軽に使いたくないが、事情が事情だからと言い聞かせ、さらに効果を付与するために、先程とは違って小声で付け加える。
(未来から来た自分の財布のうち、一万円紙幣50枚。硬貨全ての発行日を、2124年以降2134年以前にする。また、私を含めた猫橋家、及び関わった人全員の“個性”因子や細胞。記憶など、その人を形成する全てを過去、現在、未来に至るまで、誰にも奪えず、譲渡もできない。所持品も同様である)
1分ほど待ってから長財布を開くと、一万円紙幣と500円硬貨が2124年に発行された物となっていて、無機物にも適用される事に安堵する。
「…よし。成功だな」
文言も未来の自分しか意味が解らない計画書の一部であり、万が一、他人に見られたとしても、旅日記にしか見えない物として、暗号をかけていた。
表門を施錠してから30分ほどかけて静岡駅に徒歩で行き、数時間前とは違う駅に到着する。本当は駅のロッカーに旅行鞄を置きたいところだが、“個性”溢れる世の中で信頼はできないので、宿泊施設まで車輪を転がして引っ張っていった。代金を払って、割り当てられた部屋で仮眠を取り、遅めの昼食はチェーン店で済ませ、神社参りの振りをしながら志村転弧君が住む住宅地近辺を散策する。それが終わってから、携帯電話で妹の夫の番号にかけた。今が昼休みで、応答してくれる事を待ちつつ、呼び出し音に耳をすませる。
『…こんにちは。椿さん』
「久しぶり、
『なんとかやってます。どうされました?』
「今週末会えるかなと思って、電話したんだ」
『平日の夜なら大丈夫です。なんとか時間作りますね』
「ありがとう。新百合ヶ丘駅で待ってる」
過去の自分は、この日の夜に柊介君の自宅来訪に驚いて、電話は妹の予知で、未来の自分からの連絡だと断言された。明日の夜に出会う事になるが、それ以来、柊介君から情報が一切入らなくなったため、この計画が成功したか、失敗したかが判らない。
ただ、一つ言える事は、“個性”と呼ばれる前の黎明期による犯罪率の多さから、柊介君の遠縁にあたるご先祖は、海外に倣って潜入捜査の幅を広げるべく法改正に尽力した。そのおかげで、今の日本では海外同様潜入捜査が積極的に行われているらしい。これも一重に、無意識に発動させていた催眠能力の“個性”によって成し得た恩恵だ。
翌日の夜。
柊介君とカラオケに行き、健康保険証や新貨幣を所持している事から、未来の猫橋椿だと確認を取った上で、明日、予知を証拠に信頼できる者達に相談すると言われる。警察官である故に、上に報告ができない。もし、黎明期に名を馳せた『悪の帝王』がまだ存命なら、警察の上層部や政治家などを手駒としている可能性が非常に高いからだ。
「オールマイトにおんぶに抱っこの現状が続いている中で、それを打破するために、例え世間から批判を浴びたとしても、長期に渡るこの計画を必ず成功させなくてはならない」
「そうだね。今、私が頼れるのは、君だけだ」
「ありがとうございます」
『もしも、こうなればいい』という空想が、容易に“個性”によって実現可能になる未来と技術を、噂と一連の事件で脳が剥き出しになった怪物──脳無という形で知ったからこそ、情報漏洩や裏切りが起きぬよう、すでに対策を立てている。1週間後には柊介君の紹介で、大規模な作戦立案と、極秘に事を進めるのための情報提供者として、一医者ながらも協力者の一人になり、共に都市伝説になっている諸悪の根源を滅する事を、警察庁ではないある場所で誓った。
石貫柊介
椿の妹の婿。警察官。50歳 → 66歳。
“個性” 催眠能力。
志村家の所在地
★『人口密度の高い場所ほど~』の発言
東京だと、オールマイトの事務所などが被り、アニメの背景などから除外。東京の次に人口が多い場所が神奈川県だったので、そちらを選択しました。
★志村転弧君の父が若くして事業に成功した。
車が2台停められそうな車庫と、二世帯住宅。庭付き一軒家で、犬を飼育している事などを踏まえ、高級住宅街と予想。
● 主人公の祖父が、集合場所を新百合ヶ丘駅に指定した理由。
神奈川県で高級住宅街は幾つかありますが、物件サイトで条件をつけて探しましたところ、ヒットした物件があったので、モデルハウスとして採用しました。
● 16年前が『2134年』の理由
★ 緑谷出久君が雄英を受験する2月26日、水曜日。
★ 泥花市の報道がされた新聞の日付が、12月19日、金曜日。
→ これが、2149年の暦と一致。
★ 殻木球大の年齢が、『120歳の大台』。
→ 年が明けているので、2150年。