ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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 話の都合上、「」内を日本語。『』内を英語と置き換えて頂ければ幸いです。


第17話 印象

 僕が最初に抱いた彼女の印象は、小顔の美人で女性にしては身長が高く、慈愛に満ちた人だった。もちろん、プロデビューの時を知ってるけど、画面を通すのと実際に会うのとでは、実感が違う。

 

(君が緑谷君だね)

(は、はいっ!)

(ありがとう。焦凍君の心を溶かしてくれて)

 

 最初に会ったのは、体育祭明けの保健室で、リカバリーガールから手の治療をして頂いた後だ。

 

(轟君の事、知ってるんですか?)

(噂程度にはって言えたら良かったけど、常時発動の“個性”で、君との会話が聞こえちゃったから。…ああいう子は、視野が極端に狭くなって、他の事に目が行かなくなるんだよ)

(…? リカバリーキャット。生徒と接するのは、今年が初めてですよね? どうして、性格の傾向を知ってるんですか?)

(…あたしの幼馴染が、あんな感じだったの)

 

 彼女は微笑みながら、そう言った。

 でも、僕には哀しく映って、笑顔の裏で泣きそうになるのを堪えているように見える。無粋にも幼馴染の事を聞こうとした時、予鈴が鳴って別れざるを得なかった。

 2回目はUSJ襲撃事件の後で、事情聴取のため、塚内警部がオールマイトを現場まで運んだ者として退室されたから、全く話す機会が無かった。

 3回目は夏休み前の期末テストで、モニター対策で目を保護するため、ブルーライトカット仕様の眼鏡をかけているレアな姿で会った。リカバリーガールの横で、生徒の顔と“個性”を一致させ、個々の性格も知るべく、集中して観察に勤しんでいたので、声をかけるなんてとんでもない気持ちで一杯になる。

 4回目は林間合宿で、僕は洸太君の心配をしているくせに、子供を1人置いて来て戻ってきた自分を恥じる。洸太君も、心配してくれたのに酷い事を言ったと後悔して、(ヴィラン)連合に拐われたリカバリーキャットの行方を探そうとしたけど、それは相澤先生に任せるしかなかった。

 

 

 そして、5回目の今日。

 搭乗を前にして、眼前の光景に戦慄する。

 

「子供じゃあるまいし。相変わらず、人の話聞きませんね。現在進行形で、みっともない姿を自ら公衆の面前で晒してますよ。ナンバーワンヒーロー?」

 

 テレポートで、瞬時に僕達の手中から航空券を消してみせたリカバリーキャットは、冷笑を浮かべてエンデヴァーを見上げる。

 

「朝から元気ですね。おはようございます。エンデヴァー」

「む…」

「おはようございます。キャット」

「おはようございます、ホークス。アメリカですよね」

「ええ。キャットと離れるなんて、俺は寂しいです」

「あたしは全然寂しくありませんが、頼りにしてます。あと、面倒くさいんで、振り分けて頂けませんか?」

「お安い御用ですよ~」

「キャット! ホークス! 貴様ら二人して…!」

「彼女のほうが正論かと。…はい。座席はこの並びで。キャットも大変ですね」

「本当ですよ。デカい糞餓鬼じゃなくて、大人として恥をかかない程度に…って、今更言っても無理か。すでに手遅れですもんね」

 

 出発ロビーの外に広がる天候と同じく、晴れやかな笑顔で告げるキャットに対して、エンデヴァーは閉口して二の句を告げないでいた。ホークスと別れた後、オセオン行きの搭乗口に並んだキャットは、前にいる轟君と航空券を交換しようと提案したけど、当の彼は首を横に振る。どうやら、僕が座る列の通路側らしいので、席順から間に轟君を挟む形になるようだ。

 

「真後ろがいい。じゃなきゃ、親父に話しかけられる」

「絶望的な表情になるほど嫌なのも解るよ。さっきのあれ、絶対『焦凍が俺の背を見るか。悪くない』とか考えてるって」

「なぜ解る!?」

「なんででしょうね」

 

 リカバリーキャットこと猫橋先生は、パスポートと共に職員から航空券を受け取り、飛行機に搭乗した。最初は飴をくれたり、話を聞けたが、気圧が上がるにつれてグロッキーになっていく。機内食とお手洗いに行く以外は、席でぐったりして、乗り継ぎの空港とオセオンに着いてからもバーニンに介抱されつつ、終始最低限の会話のみに加わり、他は沈黙していた。

 本部に突入する作戦では、体調が良くならず、オセオンチームであるエンデヴァー事務所と同じホテルで休んでいるらしい。彼女曰く、海外は初めてではないし、市販の酔い止めの薬を服用したが、長時間だと効果が芳しくないとのこと。『飛行機だけは苦手』と言っていたのは本当のようだ。

 翌朝。買い出しのために市場へ向かう途中、見慣れた腕時計とイルカのキーホルダーを付けたリュックで、私服姿の前を行く人が誰か判った。

 

「おはようございます。リカバリーキャット。体調はどうですか?」

「おはよう、緑谷君。だいぶ良くなったよ。心配してくれてありがとう」

「ハッ! 飛行機酔いするなんざ、体調管理がなってねェな!」

「体調管理が万全で、酔い止め飲んでも、酔う人は酔うんだ。君はまず、人に敬意を持って接しなさい」

「持っとるわ!」

「それなら、そんな態度は取らないよね? 君より小さい子供でもできる事なのに、親御さんから何も学んでないのかな? いっそ、幼稚園からやり直したほうがいいんじゃない? 16歳の爆豪勝己君」

 

 リカバリーキャットの正論と煽りにより、超短気なかっちゃんは怒鳴っていくが、それにも耳を傾けて会話を試みようとする姿勢に、何故か感動を覚える。

 

「リカバリーキャットのコミュニケーション能力が凄いや…! あのかっちゃんとまともに会話しようとするなんて」

「ああ。凄ェし、尊敬する」

 

 1月の寒空の下で、買い出しに付き合って下さった矢先、宝石が盗まれる事件が発生。すぐに動けるように、紙袋を僕達の手中から無くしてみせ、後で合流すると約束された。

 

 

 犯人の仲間だと思って追った現地の少年に、土下座をして会話をする中で、どういう訳か僕が警察に追われる事態になり、轟君から全国指名手配犯にされたと連絡を受けた。それから10分後、どうやって位置情報を割り出して予測したのか、今朝と同じ私服でリュックを背負ったリカバリーキャットが、複数の買い物袋を提げて突然姿を現して合流する。

 

「リカバリーキャット。どうやって僕達の場所を…」

「サポートアイテムを使って予測した。いくらなんでも手際が良すぎる。警察を動かせる権威を持つ(ヴィラン)が後ろにいると見るべきだ」

『おい。こいつ誰だ?』

『あ。僕が通ってる高校の保健室にいる先生で、看護師の資格も持ってる、医療に特化したヒーローなんだ』

『初めまして。本名は、ヒナタ・ネコハシです。ヒナタって呼んでね』

『どーも』

 

 エンデヴァーの事を聞くと、『あの人の傍にいると、自由に動けないから』という理由で、外出先で待機命令を受けたが、無視して見張りがつく前に独断で動いたらしい。普通ではない状況に、彼女なりに策を考えて僕達の食糧と私服。それを詰められたリュックを渡された。

 

『ありがとうございます。移動手段はどうしましょう』

『徒歩だ。レンタカーを借りれば、GPSとナンバーですぐ身元が割れるし、隣国のクレイドまで鉄道が通ってるけど、人目につくからね』

『解りました』

 

 形状から、骨伝導ワイヤレスイヤホンが基になっているサポートアイテムから何かが聞こえたけど、近くにいても相手の会話の音量が小さ過ぎてよく判らない。しかし、猫の“個性”を持つ彼女にとってはそれで十分らしくて、苔を意味する『モス』という人と話している。

 さらに、少年の無賃乗車の提案を承諾し、僕を置いて軽々と跳躍してバスの屋根に乗るが、その際の動体視力で運賃箱との距離を計ったらしい。胡座をかいて腰を落ち着け、リュックから長財布を取り出して、摘まんだ2ユーロ硬貨を、指先から瞬間移動の“個性”で手品よろしく消してみせた。これで僕と同じく先払いを済ませ、こんな状況でも不便を楽しむように、鼻歌を歌って水分補給をする様子に呆気にとられる。

 

『いいのかよ、先生? このままじゃ、あんたも共犯にされちまうぜ?』

『構わない。警察が、緑谷と君に被せた濡れ衣だ。いつかボロが出るなら、あたし達は世間の目を掻い潜って、裏に隠された真実に辿り着けばいいだけ。とにかく、その鞄が鍵になってる事は間違いない』

『……』

『ケースの中身が普通なら、外を調べたら? バスを降りたら、緑谷にそれ貸してやって。もしかしたら、分解できる場所があるかもしれない』

『偽装ですか。あり得るかも』

『映画の観過ぎだって笑ってくれていいよ』

 

 そして、屋根の上で喋り過ぎて乗客に気付かれるのを防ぐため、先生は先に口を噤んで野球帽を目深に被り、ニベアのジェルタイプの日焼け止めを肌に塗っていく。それが終わったら、リュックの中からタブレット端末と紙の地図を取り出して、逃亡先のクレイドへ向かう中で休める場所を探し、モスと廃屋が無いか。どこかから車を調達できないかを、どういう仕組みなのかオフラインのチャットで会話していた。バスを降りる予定の場所まで、身内の伝手を活用して頼ったものの、貸した際のリスクや現在疑われている状況下から無下にされ、僕達は古びた納屋に身を潜める。

 その時にはすでに日が暮れ、一泊する事になった。

 体力回復のために就寝する間際、3人で隣国まで数日かけて歩くか、彼女のテレポートで移動するかで意見が割れたものの、“個性”を手段として提案した先生は乗り気で、2対1で僕が負けるのは明白でも食い下がる。

 

『“個性”は身体能力の1つです。先生が疲弊したら、どうするんですか?』

『その時、どっかから車を手配すりゃいいだろ。少しでも先を急いだほうがいいし、面倒事は早く片付けたい』

『そもそも、オセオンから見て外国人のあたし達に、気安く車を貸してくれる訳ないし、そこで怪しまれて通報されたら、この逃亡が終わりになるんだよ。結論出たから、今日の活動はこれまで。お休みなさい』

『でも…!』

 

 そこで初めて、彼女から冷たい視線を身に受けた。

 

『みすみす捕まるような真似して、(ヴィラン)の思い通りにさせる気? そうならないために、時には作戦変更しなきゃならない。臨機応変にいこうっつってんの解る? それとも、馬鹿正直に行動して、目撃者多数で身を危険に晒して死にたいの?』

『……』

『幸い、現地の少年がいる上に、あたし達と違ってオセオンの公用語も、当然話せる。小さな縁を大事にして行動すれば、その分だけ道も開けるよ、って言う自分の縁が役立たずで、本当に申し訳ない限りです』

 

 僕達を気遣うように、暗い雰囲気を変えて困ったように笑う彼女に、目頭が熱くなる。

 

『努力しても無駄になる時ってあるよな』

『そうだね。でも、その時に足掻いて、目的を見失わずに別の道を探せばいいさ。今は、ケース絡みの(ヴィラン)殲滅を優先しよう。ね? 緑谷』

『……はい』

 

 怒涛の1日の疲れから、『ケースの外側を調べる』事が頭から抜け落ち、この日は雑魚寝で就寝した。でも、あの子と一緒にいた鳥の鳴き声で目を覚まし、手元にケースが無い事を確認して、離れた場所で寝転ぶ彼女を揺さぶって起こす。

 

「…どした?」

「あの子とケースが無いんです!」

「……便所じゃなかったんか。夜道ば一人でっち、危なかとに」

 

 眉間に皺を寄せて寝惚け眼を片手で擦り、九州の方言で心配しながらリュックを背負い、猫の“個性”由来の耳と鼻の良さを頼りに少年を追う。

 僕達が少年に追いついた時、赤鬼の体に両腕が金棒のヴィランが襲いかかっていた。瞬時に、エアフォースで攻撃した隙に、四肢をヘリコプターのローター部分にテレポートさせて、一度(ひとたび)操縦者がエンジンをかければ切断されるリカバリーキャットのやり方に、恐ろしさを感じる。それでも、コックピットにいる操縦者を無力化している間、少年を庇った際に胸元に(ヴィラン)の矢を受けて、彼女が息を呑む音が聞こえた。

 

「てめえ…!」

 

 暗闇で、彼女の瞳が輝いている。

 猫だから夜目が利くのを活かして、敵の視界を一時的に見えなくするために、金棒を部分テレポートさせて照明を割って消し、女性の短い苦悶の声が聞こえた。

 

『二人共、捕まって』

 

 遠く離れた歩道にて、ペンライトを使って傷口の深さを見ながら治癒の“個性”を施し、手早く丁寧に僕の医療キットを使って応急処置をする。モスの案内により洞窟に身を潜め、6時間おきに治療する説明を受けてから、憧れや格好良くなりたいという話の流れで、感心の行き先がリカバリーキャットになった。

 

『ヒナタ、だっけ。ヒーローに憧れたきっかけは?』

『…母がヒーローで、自然と憧れてた。幼い頃からよく幼馴染と“個性”訓練してたけど、幼馴染と母を立て続けに亡くして、いざって時に訓練して伸びた“個性”を活かせなくて、(たす)けられなかった自分を今も恨んでるし、酷く後悔してる。プロヒーローのなのに、後輩の怪我ひとつ防げない格好悪い先輩なんだよ』

『格好悪くなんてありません! 事件の本質を噂に左右されず自分で見抜いて、『大丈夫だよ』と安心させて、共犯にされようが構わずに、隣で鼓舞するあなたのような大人が傍にいてくれるから、まだ子供の僕とロディは安心できるんです。それに、この傷は、あなたが(ヴィラン)を無力化してる間にできたものですし、格好良いヒーローとして、ちゃんと行動できてますよ』

『そうだぜ。自信持てよ、ヒナタ。俺から見ても、立派な大人だ』

 

 最初に出会った時から時を経て、ようやく理解した。

 彼女は、過去の行いが原因で自責の念に(さいな)まれて自信を無くして苦しむ1人の女性であり、それでも諦めずに足掻き続けるヒーローだ、と。

 

『……ありがとう。デク。ロディ』

 

 初めて、彼女が静かに涙を流す姿を見た。

 焚き火を囲んで悩みを打ち明け合い、泣き笑いを見せたのも束の間、首元にかけていたサポートアイテムが、二度短い電子音を奏でる。

 

『……通信を傍受した。発信地は、オセオン警察本部。そこの警視長官が、フレクト・ターンと話してる。ヒューマライズ絡みで、やっぱり警察は黒だ』

『どうやって傍受できたんだ?』

『秘密。あたしも監視されてる身だから、あまり喋れないの。ごめんね』

 

 彼女に笑顔が戻り、ようやく就寝できたものの、説明通り、夜中に一度起こされて治療された。

 

 

 翌朝。

 ピックアップトラックをどこかから借りてきたロディが、そのまま運転席に乗ろうとした時、リカバリーキャットが彼に、運転免許証の所持を問う。当然、『スラム暮らしだから持ってない』と堂々と言ったので、当然ここまで無免許運転になる。そこで、物は試しに彼女に依頼したら、実は去年、国際運転免許を取得したばかりで高校時代にマニュアル免許を取得済みらしく、運転を快諾してくれた。しかし、生憎座席は二つしかない。

 

『ロディとデク。どっちが荷台に乗る?』

『デクは怪我してるから、助手席に乗せてやってくれ』

『僕は大丈夫だよ。ロディが乗って』

『ヒナタは、どっちを選ぶ?』

『ヒューマライズのボスと戦闘になるから、デクが助手席に乗りなさい。ロディは、これ持ってて』

 

 あっさりサポートアイテムを渡すものの、当のロディは眉間に皺を寄せて渋る。

 

『…大事な物だろ』

『うん。でも、せっかくの機会だし、道中色々話したいんだ』

『どうやって? 荷台と座席の間には、ガラスがあるんだぜ?』

『タブレット端末とリンクさせてるから、問題無いよ。セスナに乗る時は任せた』

『っ! …その時が来たらな』

 

 僕が助手席に乗ってシートベルトをしている最中、彼女は荷台に乗ったロディに音量調節の操作を教え、予備として持っていた新品未開封の日焼け止めも渡して運転席に乗り、僕達はクレイドに出発する。そして、リカバリーキャット曰く『特殊な回線』で接続し、音量と音質のテストを終えた後、ロディが身の上話をしてくれた。すると、助手席のガラスをノックして、ペンダントを渡してくる。

 

『ロディ。後で、あたしにも見せて』

『おう。…ところで、ヒナタは結婚してるのか?』

『婚約してる』

『へェ。婚約者(フィアンセ)もヒーロー?』

『……ううん。一般人だよ』

『なんだよ、今の間は。もしかして、訳あり?』

『ロディ。あんまり詮索したら…』

『大丈夫。ちょっと涙腺が緩みかけただけ』

 

 気丈に振る舞おうとする先生は、答えながら滑らかにクラッチ操作をした後、ネックレスにしている指輪に触れて言葉を紡いだ。

 婚約者は一般人だが、かつてはヒーローを目指していた。しかし、諦めざるを得ない環境にいても、影でずっと努力し続け、その末に体が悲鳴を上げた、と。

 それ以上、彼女は何も言わなかったけど、挫折したんだろう。

 そんな彼の努力を知ってるからこそ、支えてあげたいという気持ちが日に日に大きくなり、友達のお兄さんくらいにしか思ってなかったのに、好意を抱いたり、告白など、本来踏むべき過程をすっ飛ばして『お嫁さんになる』と言ったらしい。

 

『ああ、よくある話ですよね。女の子が『誰かのお嫁さんになる』って台詞を言うの。僕も聞いた事あります』

『つーか、そう宣言した時点で好意は抱いてるし、支えてあげたいってンなら、愛してるって事になるよな? 実際どうなのよ?』

『…格好良いと思ってました。いや、今も思ってます』

『先生。顔赤いです』

『デク。思い出させないでくれる?』

『どんな所が格好良いと思ったんですかァ~?』

『ロディもうるさい。もう二人共黙ってて』

 

 照れ隠しに吐き捨て、耳まで真っ赤になるほど想っている人に、いつか会ってみたいと僕達が言ったら、『彼が良いって言ったらね』と条件付きで約束してくれた。

 幸い、警察の見張りが付く前にどさくさに紛れて合流したおかげか、リカバリーキャットの面は割れず、報道もされないままで、ガソリンスタンドに併設されているキオスクみたいな店で、普通に食糧調達とガソリンの補給もできた。ちなみに、万が一バレないように、戻ってくるまで僕は運転席に頭を向ける形で横たわり、ロディは仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて待機を命じられ、大人しく従う。女性一人にしては買い物の量が多い事を驚かれたが、見た目によらず、フードファイターほどではないが大食いであること。オセオンの友人から車を借りて、気ままな一人旅をしていると流れるように嘘をつき、特に詮索されずに買い物ができた。だから、自然に買い物袋を荷台に乗せる事ができたし、店がサイドミラーで米粒大になるまで離れて、ようやく昼食にありつける。

 

『ヒナタの分な』

『ありがとう。…デク、もういいよ』

『はい! 失礼しました!』

 

 僕はというと、前述の距離になるまで彼女の膝を枕にしていた。

 決して自分からではなく、リカバリーキャットが運転席に乗り込んで、反射的に退こうと身を起こしかけた僕の側頭部を、目深に被った帽子ごと右手と腕力で右の太ももに押し付けられた次第だ。母猫が我が子に駄目な事を教えて躾をするように、問答無用でされたけど、僕は人間だから一瞬何事かと理解が及ばなくなり、顔も名も知らない婚約者の方に、ひたすら胸中で謝り倒す。

 

『デク。…デク。いい加減、これ受け取ってくんね?』

『え? あ! ごめん、ロディ!』

 

 ロディは、数時間前に彼女を茶化した後で休憩を取って、サポートアイテムを首にかけていた。ヘッドホンとは違う形状だから慣れないと言う彼に、先生は『骨伝導は、補聴器で発達した機器だからね』と申し訳なさそうに言って、違和感があるなら今みたいに外したほうがいいと付け加えられる。

 しばらくすると、雲が差し掛かって雷が鳴り始め、雨が降る前に路肩に一時停車して、エンジンを停止させた上で荷台にいたロディを運転席に乗せると、買ってきた食糧を足元にやり、シートベルトを装着するよう念を押した。その際にサポートアイテムを一時的に返すようお願いされたが、僕達は彼女がこれから何をするか知らない。鍵は刺さったまま、ちゃりっと音を立てる。

 

『エンスト…じゃねぇな。なんで俺を乗せたんだ?』

『雨晒しで風邪ひかれたら困るし、遠回りする時間も無い。今から、あの山を越える』

『おいおい。こんなデカブツと俺達の体重が合わさってるモン、ヒナタ一人で動かせるわけないだろ』

 

 我関せずの態度でサポートアイテムを頭の大きさに合わせて再調整する中、タブレットから音声が聞こえる。フロントガラスから見えたのは、不敵に笑う先生の姿だった。

 

『運搬は、瞬間移動能力者(テレポーター)の基本で、得意技だよ。…では、開始します』

『うわっ!』

 

 まず、視界の高さが建物の二階くらいに一気に上がって、初めての瞬間移動を実感して興奮する。次に、ひらりと笑顔で手を振るリカバリーキャットに手を振り返して、三階。四階と段階的に上げ、液晶画面に表示された5階分の高さを高速テレポートで維持したと思えば、僕達に背を向けて前進すると告げた。

 2度目の空中浮遊を体験して、横で悲鳴を上げるロディとは違い、徐々に速度を上げ、雨がフロントガラスに叩きつける悪天候の中でも、死角にいるピックアップトラックの位置を正確に把握し続ける。頂上で一旦休憩を挟み、水分補給で喉を潤し、甘味を摂取して疲れた脳に糖分を与え、平坦な道が広がる麓まで運んで下さった。そこでロディを間に挟む形で運転し、濡れたままでいたら良くないと、僕はリュックを拝借して予備のタオルを出して、それを掴ませる。

 

 

 翌朝になって、ようやく国境に近づき、岩肌が目立つ山の麓に辿り着いたものの、オセオン警察の追跡を逃れるために、ガソリンを少しでも節約して徒歩で切り抜ける必要が出てきた。これからどうするかを話し合った矢先、リカバリーキャットが突然沈黙する。

 

『…どうしたんです?』

『ヘリコプターが近づいてくる。デクは、ロディを連れて避難を開始して』

『はい!』

 

 そこから矢が飛来してきて、足場を崩していく。

 しかし、それは最初の三発だけで、あとは全て先生の瞬間移動によって無効化された。さらに、接近するにつれ巨大化していく鉄の玉にも怯む事なく、尾翼やローターに直撃させて、(ヴィラン)の追撃を許さない。必然的に浮力を失い、地面へ落下していくかと思ったが、トラック同様高度を維持させ、そこから操縦者も含めて4人を救出した。しかし、女性ヴィランが腕に血が滲む包帯を巻いた怪我でなおも攻撃してきたため、キャットは矢筒を手元に瞬間移動させて、崖下へ無造作に投げ捨てる。男性ヴィランは、操縦者もろとも顔の下半分まで岩に埋められ、攻撃の手段を失ったと見るや、眼前で崖下に飛び降りた。

 かっちゃんと轟君と合流したのはその直後で、黒煙が立ち登る場所と、自爆と共に撒き散らされた肉片や血液を目撃したのだろう。呆然とする彼らとは裏腹に、振り返った彼女が『情報を聞き出せなかったのは残念だ』と淡々と言い、その切り替えの早さに絶句する。1人を追い詰めて死に追いやったのに、すぐに割り切った。

 救けられないなら、即座に切り捨てる。

 その決断に至るまでが早く、冷酷に映った。

 

『二人共よく来たね。再会を喜びたいけど、駅にいる警察が動いて、ここに辿り着く前にケースを分解しよう』

『このモブヴィランはどうすンだ?』

『放置する。行くよ』

 

 言うや否や、腕以外の上半身を自由にして呼吸ができるようにし、高速の瞬間移動で麓に停めていたピックアップトラックまで戻る。ワイヤレスイヤホンを僕に託して、彼女が麓の町を一旦目指して運転する荷台で、僕達4人がケースの外をあれこれ弄ると、ゴム足の一部が外れた。

 

『あ! 先生、外れました』

『中身は?』

『…パズル、だと思います』

『町に着くまでに解いて。それと、轟君の情報から、車の運転手は、何らかの形でヒューマライズを裏切った団員だろうね。たぶん、その中にマイクロチップか、トリガーボムの解除装置が入ってるはずだ』

『なんで判るんですか?』

『敵の立場で物を考えただけ。もし、チップに入ってるデータ容量が多いなら、あたしのタブレット端末じゃ重くなって開けなくなる。だから、町のホテルでパソコンを借りよう』

 

 パズルは難解で、『昔、似たようなパズルをやった事がある』と告げたロディが見事に解いてみせ、先生が言った通り、マイクロチップと長方形の何かが出てきた。たぶん、これが解除装着だ。

 そして、ホテルと言っても、パソコンが借りられるような大きな規模でなくてはならず、そこに着くまでにエンストして、ロディと僕を座席に乗せるのと引き換えにサポートアイテムを返し、高速テレポートで向かう。そこは『シーサイドホテル』という場所で、到着早々駐車場にいたお客さんに、当然驚かれた。さらに、『指名手配犯を通報する事と、ヒューマライズの手に落ちないように世界を救う事。貴方方にとって、今どっちが大事なんですか?』と口調は柔らかいまま。しかし、この状況では後者を選らばざるを得ない雰囲気で、受付の人を問い詰めるリカバリーキャットの気迫に折れ、従業員は素直にパソコンが並ぶ部屋に通してくれた。

 情報チップをパソコンに接続した途端、自動的に読みこまれるのは知ってるけど、その速度が速すぎる。

 勝手に動画ファイルが表示。再生され、イディオトリガーボムが設置された地図とは別に、ヒューマライズ本部の地図が別のウィンドウで示され、重なって拡大し、詳細な場所が示されていった。

 まるで、誰かが急かしているように、意思を持って。

 次々と表示されたそれを見て不気味に思う中、背後で短く電子音が2回鳴った。

 

『転送が完了したけど、ここからどうする? ロディ』

『……飛行場を探す。待っててくれ』

 

 僕らが開口する前に、猫橋先生がタブレット端末を渡してきた。オフラインでチャット機能の窓が勝手に起動し、吹き出しの形で日本語が表示される。

 

《はじめまして。私は、モス。リカバリーキャットの相棒で、人工知能です。どうぞ良しなに》

 

 呆然とする僕らを置いて、ロディが彼女に飛行場の位置と、ここからの距離をパソコンで示した。

 

『よし。急ごうか』

『待って下さい! トリガーボムの位置が解りません』

『道中で説明する』

 

 彼女が背を向けて受付に先ほどの詫びを入れる間に、タブレットから電子音が鳴り、操作してないのに本部の間取り図が液晶画面に立体的に表示され、施設最奥部の地下だと判明。同時進行で統括司令部とすでに連絡を取り、僕達の作戦を彼女の声を合成して伝えたと文面で告げられ、迷う時間すら無く、突然画面が真っ暗になる。

 まるで、人工知能から時間切れだと示すように、強制的に我に返るしかなかった。

 情報チップを回収し、自分達の荷物を持って受付の人達に礼を行って、クレイド飛行場を目指す。そこから彼女が矢面に立って、操縦者不足とヒーロー協会名義で簡易的な借用書を筆記体で書き付け、タイムリミットが近づいている事も手伝って、特例でセスナを拝借した。

 僕達3人が先に本拠地に降り立ち、敵と戦闘を開始する。リカバリーキャットは、開けた場所を探してセスナを不時着させるために、ロディに付き添った。

 

 

 結果から言えば、トリガーボムの解除に成功した。

 一夜明けて、僕達を見舞いに来たロディが言うには、セスナ1機ギリギリ着陸できそうな場所の手前で、ヒーロースーツを着たリカバリーキャットが、空中でエンジンを止めた状態からそこまで運搬した。さらに、団員達に取り囲まれた時、『家族と世界のどちらを救うのか』と言った相手諸共、瞬時に無力化する。『耳を傾けるな』と叱咤されて、時間を無駄にしないため問答無用で抱っこされ、一般人のロディの心は団員の言葉で揺らぐ。

 途中、高所から落ちてきた轟君と、トリガーで自我を失ったヴィランを、瞬間移動で地上に激突する寸前で救い、双方呼吸がある事を手早く確かめて、ついでにヴィランの胸部から下を瓦礫に埋めた。そのまま轟君を安静にさせ、再度地下へ向かう。

 あとは、僕が知る通りだ。

 レーザーがロディを狙って放たれたが、それに触れる事無く、忽然と姿を消した。

 

(行け! ロディ!)

 

 背後から聞こえる声と、遠ざかる軽快な足音に安堵すると共に、追撃するレーザーがあらぬ方向に屈折する。

 新たな援軍と瞬間移動の応用に動揺するフレクトをよそに、屈折を利用して、彼の衣服に装着された反射装置の周りを徐々に切り抜き、広場の床にひとつずつ地道に落としては無効化していく。反射の“個性”でリカバリーキャットに余波が向かうも、そこは空間把握能力に優れた“個性”と、持ち前の脚力で軽やかに回避していった。

 明らかに分が悪い、二対一の戦い。

 それでも、フレクトは倒れるまで僕達と相対した。

 

『この子達が、ロディの弟と妹?』

『ああ。弟のロロと、妹のララだ。ほら。兄ちゃんを助けてくれた、もう1人のヒーロー。リカバリーキャットだ』

『はじめまして。リカバリーキャットです。どうぞよろしく』

 

 4人部屋の病室に入ってきたのは、リカバリーキャットだった。

 幼い兄妹の視線に合わせて屈み、彼女は笑顔で挨拶する。ある程度話に付き合った後、一言『今から仕事してもいいかな?』ときちんと断りを入れて、負傷した僕達の治療をリカバリーガールと共に始め、縫合後に巻かれた包帯の上から治癒の“個性”を発動させた。3時間安静にした後、昼食を済ませて午後から地元警察と現場検証に向かい、明朝に退院した足で帰国すると、彼女から告げられる。それは、同時に別れの時も迫っている事を示した。

 

『後始末もしなきゃなんねェのか』

『そこまでやって、一件落着するんだよ。ロディ』

 

 そうこうしているうちに時間は過ぎていき、透視の“個性”を持つクレアさんから、ロディの父親であるエディ・ソウルさんを含めた科学者達の名誉回復やヒューマライズの詳細。関与していた者達の逮捕など、細かい所は現地オセオンの行政に任せ、僕達は日本に向かう飛行機に搭乗した。

 

「猫橋先生」

「ん?」

「ありがとうございました」

「なんに対してのお礼? まァ、どれか判んないけど、気持ちはもらっとくよ」

 

 気兼ねなく接してきて、不安な時に傍らにいて、笑顔と言葉で励ましてくれたリカバリーキャットは、芯がある格好良い女性ヒーローだと再認識する。

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