ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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序章

 幼い頃からあの家とご近所付き合いはあって、おかしいと感じていた。家族なのにどこかぎくしゃくとしていて、いつか壊れるだろうと思っていた。

 

(燈矢君なら、カッコいいヒーローになるよ!)

(そうだよな!)

 

 性別は違えど片親同士がヒーローで、轟家と規模の差はあるものの厳重な高級住宅街に住んでいた。父方の家系は代々治癒の“個性”を受け継いでおり、親戚を含めて医療従事者が多い。だからといって、それに鼻にかけることはなかった。『謙虚な心を忘れずに』というのが家訓の一つで、両親共に高収入・高額納税者であるのに、普通の主婦に交じってスーパーのタイムセールに並んだり、地に足のついた生活を送っていたからかもしれない。

 だけど、あたしが小学1年生の頃に事件が起こった。未遂に終わったとはいえ、生まれたばかりの焦凍(しょうと)君を感情の赴くままに襲ったと言うのだ。

 

(家の女はダメダメなんだ。陽だけだ。俺の気持ちをわかってくれる)

(うん。ずっと見てるよ)

 

 彼の前ではいつも笑顔を浮かべたいと思うのに、見向きもしない親の冷酷さに共に泣いた。

 幼稚園の年中になる頃には自分も複数の“個性”を発現し、訓練がてら二人で山に登っては一緒に話し合って、どうしたら父親のエンデヴァーの関心を向けられるのか考えた。今思えば、“個性”に対する問題点や改善点やらを幼いながらも二人の納得がいくまであれこれやったから、信頼関係も築けたんだろう。だから、彼を支えたいという気持ちが日に日に大きくなっていくのは自然なことで、小学2年生に上がった頃に自分からこう両親に言ったのを覚えている。

 

(あたし、燈矢君のお嫁さんになる!)

(はあっ!?)

 

 祖父母はあまり驚かない印象だったが、さすがにこの発言には肝を潰したようだ。すぐに『あの家はやめとけ』『陽が不幸になる』と両親共々猛反対された。あとから聞いた話だが、火傷が治っているのを知ったエンデヴァーが、やはり“個性”目当てに年長の頃から『燈矢の許嫁に』と頭を下げに来たらしい。

 

(ふざけるな! 子供は道具じゃないんだぞ!!)

(もっと家庭内の問題に目を向けんか! 中から崩るっぞ!)

 

 ある日。轟家に両親と一緒に敷居を跨いだが、自分は『燈矢と一緒に庭で遊んでてね』と燈矢君の母親に言われ、仕方なしに一番遠い場所で彼と遊ぶ。だけど、あたしは母の常時発動型の猫の“個性”を受け継いだせいで聴力が良いから、両親の怒号がはっきり聞こえた。

 母方はプロヒーローの家系で、福岡出身で激怒すると方言が飛ぶ人だった。忙しいながらも、あたしを含めた子供達に惜しみない愛情を家族全員で向けられていた。だから、苦しい時も辛い時も笑っていられたと思う。

 縁談が来ているとは露知らず、エンデヴァー。もとい轟炎司が、門前で両親に一瞥されて追い出される様子を二階の自室から弟と妹と眺めて、『これが門前払いか』と幼心に実体験から学んだ。

 轟家の大黒柱が一ヵ月。門前に足を運んでは佇むという端から見れば不審者として通報されても仕方ない行動を観察し続けた末、祖父母はあたしに縁談が来ていることを打ち明けてくれた。

 

(燈矢君とならいいよ)

 

 そう言っても祖父母と両親の顔は晴れず、当時5歳の弟は無邪気に『姉ちゃん。お嫁さんになるの? おめでとう!』と言い、3歳の妹は笑いながらパチパチと拍手を送る。

 

(ありがとう。緋桐(ひぎり)莉良(りら))

 

 せめて、弟と妹の前では笑っていようと二人を抱きしめた。

 母の説得に折れた父の電話口の捨て台詞は、『陽を泣かせたら承知しないからな』という、おおよそ快諾とはかけ離れたものだった。たぶん、現当主として最後まで首を横に振り続けたであろう父は、結局長女の幸せを願って許嫁(いいなずけ)の件を受け入れる返答を返す。

 次に燈矢君に会った時には、きちんとした身なりで相対することになり、こうして自分の身勝手な我儘(わがまま)から正式に許嫁となった。

 

(陽! ほら! 青になった!)

(すごっ! え!? 青の炎って何度だったっけ!?)

(忘れた!)

(燈矢君、すごいね!)

 

 寒空の下、二人してはしゃいだのも覚えている。理科で習ったはずの炎の温度も頭から抜けるほどに。

 

(これなら、お父さんも…!)

(絶対見てくれるよ。あたし、燈矢君が頑張ってるの知ってるから)

(ありがとう。陽)

 

 それが、最後に交わした会話だった。

 『いつか一緒にヒーローになろうね』という願いは灰と共に儚く消え、未来の夫になるはずだった人は自分の炎に焼かれて死んだ。

 

 

 それから数日後、轟燈矢君の葬儀が行われた。

 同い年の冬美ちゃんが、葬儀で泣きじゃくっていた。夏雄君が後悔を口にし、包帯が巻かれた焦凍君は虚ろな目で長男の遺影を眺めていた。母親──冷さんの姿はなかった。

 

(いつか野良猫みたいに、ふらっと現れてくれればいいのに)

 

 あたしの呟きを聞いた猫橋家は、悔しそうな、恨めしそうな形相で、轟家の大黒柱を一瞥する。

 

 

 轟燈矢君の葬儀から1週間後。

 数週間多忙で家に帰れなかった父は、呆然とした様子で母の灰が入った物を持って帰ってきた。

 轟燈矢、享年13歳。若過ぎる死だった。

 猫橋楓、享年36歳。父によると、最後の要救助者一名を救って死んだと言った。誇らしかった。

 遺体が納まるはずの棺には、焼け残ったと思われる(あご)の下の部分だけがぽつんとあり、がらんどうの場所にこれでもかと花が敷き詰められている。火葬に時間はかからなかった。だが、この顎部分に注目したのは、どうやら猫橋家だけらしい。

 葬儀から帰宅後、小学生だった弟の教科書を祖父が借りてきて、興奮した様子で炎の変化のページを開いてみせた。

 

(いいかい、陽。よくお聞き)

 

 さすが医療従事者の家系というか、疑問点にめざとかった。

 

(青色の炎っていうのは、1000度の熱さで安定した時に出るものだ。ガスコンロで見たことあるだろう?)

(うん)

(そこでだ。あの山火事で周りの木々が焦げたのに、都合良く顎の部分だけ残ると思う?)

(謎解きですか?)

 

 正解とでもいうように、猫人間の祖父はパンッと手を鳴らした。人間が基になってる母なら、パチンと指を鳴らしているだろう。サスペンスドラマや医療ドラマの類が好きな祖父母は、涙をいつの間に引っ込めたのかとツッコミを入れたくなるくらい爛々と目を輝かせ、尻尾をピンと伸ばしている。

 そこで、婦警の祖母が挙手して、みんなに意見した。

 

(ここで焦っちゃダメよ。水の泡になっちゃう)

(人魚姫みたいに消えちゃうの?)

(莉良、その通ーり!)

 

 妹の質問に、『アタック25』というバラエティーの司会をやっておられた児玉清さんの物真似をやって、葬儀の後で悲しいはずなのに笑ってしまった。

 

 

 それから、燈矢君が亡くなったと思ってる轟家と、生きていると推測する猫橋家は、父であるエンデヴァーを除いて、10年が経っても関係は良好のままだ。

 燈矢君の命日には亀裂はあるものの、互いが婚約者だったという過去を思い出すように集まり、慰めあった。精神病院に入院している冷さんとは規定のために直接会えないが、写真を交えた文通は家族全員でやっている。

 

「陽さん!」

「久しぶり、焦凍君。お疲れ様」

「いや…。えっと…。お疲れ様です」

「うん。学校では猫橋先生か、リカバリーキャットって呼びなさい」

「はい」

 

 轟家の末っ子と数ヵ月ぶりに再会し、幼い頃同様、紅白が半々の頭を優しく撫でた。

 

「それで、どうしたの?」

「まだ活動しないんですか?」

「4年前からやってるよ。メディア露出してないけど」

 

 自分も雄英高校ヒーロー科を卒業してプロヒーローの資格を取得したものの、治癒の“個性”をより高度のものにするため大学に進学。無事国家資格を取得し、今春から晴れて尊敬する人の下で働くことになった。

 

「それに、あたしの目標は、ヒーローを両立しながら、雄英(ここ)でリカバリーガールの後継者になることだから」

 

 雲一つない青天の下。

 陽光が差す場所で、あたしは満面の笑みを浮かべた。

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