本当は、昨日の内に投稿したかった…。
荼毘君。もとい、轟燈矢君。生まれてきてくれて、ありがとう。
エリちゃんの“個性”訓練が開始されてから、早5日。
今日は燈矢君の24歳の誕生日で、群訝山荘に向かう前の一時である朝食に、牛ヒレステーキ弁当を用意して祝った。いつものコンビニ飯と高を括っていた彼が、眼前の豪華さに驚いて硬直し、サプライズが成功した事に満足する。
「……なんだよ。これ」
「今日は、燈矢君が生まれた日でしょう? 贅沢しても罰は当たらないよ」
「…そうか。…ありがとう」
親元を離れてまともに祝われたのは、彼の反応から初めてだろう。くしゃりと髪を撫でられ、微笑まれて喜ばれ、一緒に入っていたデザートも完食してくれたが、食後に引っ越しの提案を出される。驚愕しつつ理由を問えば、彼がホークスを信用していないという疑いに基づいたもので、ソファー専門店ので購入したスツール付きリクライニングを含めて、諸々積める軽トラを身内に頼んで手配すると約束した。
そんな最高で驚きの1日の始まりを経て、オセオン土産を持参して山荘に出勤し、解放戦線の幹部に1人ずつ手渡す中、最後に訪れたスケプティックさんに挨拶がてら詰問される。
「俺のシステムが勝手にダウンする訳がないだろう。貴様、何か細工したな? なぜ都合良く部屋に入った時だけ聞こえなくなるんだ? 技能を隠しているのか? 白状しろ。でなければ、貴様とアイツの関係をネット上に公開するぞ」
「あたしに言われましても困ります。機械関係は人並みで、ましてやプログラムなんて専門外ですよ。仮に公開したとしても、脅迫された証拠しか上がりませんし、あなただけじゃなくて、彼からも監視されてますから勘弁してくれませんか?」
このしつこさに内心辟易しているが、敵の情報戦の要で、開闢行動情報連隊『BLACK』の隊長なので、邪険にはできない。
「ここにいたのか、リカバリーキャット。ボスが呼んでるぜ」
「そら来た。やはり繋がってるのか?」
「は? なんの話だ?」
「こっちの話ですよ。荼毘さん」
「そうか」
彼が言う『あいつ』や、あたしが言う『彼』とは、たった今、迎えという名の監視に来た荼毘本人だ。
「失礼しました。それ、使って頂けると嬉しいです」
「…ロン毛に何聞かれた?」
「あたしと荼毘さんの関係です。襟のこれ、GPSと盗聴器搭載のマイクロチップだから、言動が全部筒抜けになってるらしくて…」
「へェ。大変だな」
そんな会話をしながら、弔さんが呼んでいるというのは、嘘だと解っている。元連合の治療は、数十分前に終わらせているからだ。つまり、嘘を使って窮地から助けた事を意味し、ヒーロー気質は根底に残っていると実感して、独り嬉しく思い、笑みがこぼれる。
「…何笑ってンだ。気色悪ィ」
「荼毘さんは仲間思いだなって、感じただけです」
「どこがだ。都合良く解釈すんな」
「それなら、林間合宿の時に、最初に遭遇したあたしを焼き殺してるでしょう。言動が一致してませんが、そこはどうなんです?」
「食い付く餌は多いほうがいい」
「ヒーローと世間のどっち意味にも取れますね。おかげで、『悲劇のヒーロー』に仕立て上げられましたし」
「慈悲深いも加えろよ。
二人きりになる以外は他人の目があるため、彼は敵として振る舞い、こういうやり取りをせざるを得ない。
どうやら、林間合宿の最中、警戒心で私有地であっても敵の侵入がある可能性を唯一指摘した事から、世間ではあたしの株が上がり、称賛されているらしい。それに比例して、この世界に敵がいる限り、安寧の場所などありはしないのだと再認識させたようで、民家でも防犯レベルがちょっぴり上がったそうな。
「ここまでで大丈夫ですよ。ありがとうございました。また
「ああ」
一礼して彼と別れ、今から解放戦線の隊員。もとい、幹部以外の健康状態と心身の変化などを、知識を総動員して診ていく。
迫る決起日に向けて各自体調管理をしてもらう事で、健康に対する意識も高まればと思って、超常解放戦線と名付けられた夜に、四ッ橋さん経由で翌日健康診断をすると告知して頂いたが、とても日曜日の1日だけ。それも1人では限界があるため、ヒーローという立場と看護師の資格を利用して、オセオンから帰ってこっち、平日の夜にも外出届を提出している。
ちなみに、解放軍には再臨祭に参加した事で『連合の一員』という認識になっているらしく、弔さんが敵連合存続のために勘違いさせたままにした結果、開闢行動人海戦術連隊『WHITE』の隊長になっていた。無論、後で最高指導者となった弔さんに対して、本人の了承も説明も一切無いまま事を進めたので、責める言葉も気持ちもちゃんとある。問い詰めようと思っていたが、脅迫に屈して加入し、再度弔さんに、非常勤で
元
そう考えながら、四ッ橋さんから渡された3月末までの解放戦線の予定表をバインダーの一番下に挟み、週一しか来ない自分に統率力は無く、行動隊長の四ツ橋さんで保ってる部隊に面会したところで、雄英の生徒達のように慕われる訳ではない。しかし、上に立つ者が自信の無さを示せば、約2万人いる部下に不安を与える。さらに、元々この山荘に医務室はなかったため、演説した週の土曜日に間に合うよう、弔さんの鶴の一声と四ツ橋さんの財力で、1階の物置部屋を医務室に改装したらしい。学校の保健室より倍の広さだが、年末までに薬品を含む備品など経費で注文して頂き、ここが自分にとってもう一つの職場になった。
「おはようございます。初めまして、リカバリーキャットです。これから健康診断をしていきますので、どうぞよろしくお願いします」
医務室前で長蛇の列を作っているのは、前述の部下になった方達だ。実は、先月も健康診断をしているが、膨大な数で押されている事は表に出さない。
深々と頭を垂れた後に入室して、ブルーライトカット仕様の眼鏡をかけ、スケプティックさんが備品として下さったノートパソコンに表示された、約2万人の部下であり、元解放戦士達の顔写真と眼前の当人を見比べて、各自の“個性”と名前を一致させ、性格を把握する作業に入る。
総勢10万人の健康診断が終わると、バレンタインデーや卒業式。ホワイトデーなど催しが沢山あり、忙しい中で、もうすぐ赴任してから一年が経つなァと実感した。
バレンタインデーは土曜日で、あたしは燈矢君に、ブラックチョコレートを使った手作りの甘さ控えめマカロンを。燈矢君はあたしにチョコレートのバウムクーヘンを渡していた。そして、今日はホワイトデーで、同じく土曜日なので洋館でまったりしている。ちなみに、お返しとして燈矢君にを渡し、彼からは、日本製で話題だというJ-Scentの香水を貰った。中身は判らないが、結構値の張る物だと妹が言っていたのを覚えている。
明日は、『敵の幹部』として義理チョコのお返しを貰うつもりだが、彼の事だ。今日と違って、チロルチョコかお返しすら無しだろうと思っていた。
しかし、翌日になって、予想が見事に外れる。
「受け取れ」
「え? …あ。ありがとうございます」
「へェー。荼毘にしては良い物渡すじゃないか」
「意外だな。お前の事だから、誰にもお返ししないと思ってた」
「それ、身内が使ってたブランドだ。スキンケアできるヤツ?」
「さァ…? 開けてみないと判りませんね。荼毘さん。いいですか?」
「勝手にしろ」
伊口さんの言う代物だったとしても、いかんせん、学業を優先し、仕事一辺倒で化粧品の類には疎い。迫さんの良い物と判断がつかないが、とりあえずロクシタンのギフトボックスを開けてみる。中身は、赤い薔薇が印刷されたハンドクリームとリップバームのセットで、寒く乾燥する今の時期は、特に日常的に使うから有り難い。上司と幹部。義爛さんと部下だけで、総額36万円弱分のチョコレートを、元
そう感じているうちに、荼毘さんに便乗する形で、1日遅れのホワイトデーを、問診がてら各部署を回るうちに開催される。
開催と言っても物を頂くだけだが、幹部と合わせて、2万人の部下からは、カンパを募ったのか70万円分のお返しになるため、数がとんでもなく、四ツ橋さん曰く『業務用冷蔵庫と冷凍庫を新たに買った』そうな。とりあえず、そこに今日中には持って帰れない食品全部冷蔵と冷凍に分けつつ、『リカバリーキャット専用』と書いた付箋を全ての扉に貼り、1人あたり35円くらいだろうと単純計算をして、ケーキなど
21時になって医務室の戸締まりをして、両腕に複数ある袋の取っ手を通し、両手でルワンジュ東京のホールケーキが6つ入った箱と、ゴディヴァの箱を重ねて抱え、寮に瞬間移動で帰ろうとした矢先にホークスと鉢合わせする。
「お疲れ様です。キャット」
「お疲れ様です、ホークス。…怪我でもされました?」
「いえ、大量なので手伝おうかと。ついでに、雄英まで送りますよ」
「え。…でも、福岡なら反対方向でしょう?」
「構いませんよ。夜も遅いですし」
「……。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。この箱をお願いできますか?」
「お安い御用です。失礼しますね」
「ありがとうございます」
「行きましょうか」
「はい」
前述の箱を腕の中から取ってもらい、敷地を出てからそれぞれの“個性”で灯りが届かない上空に身を踊らせ、大量のお返しを抱えながら困り顔で笑ってみせ、彼も微笑み返した。常人には見えない夜でも相手の表情が判るのは、単に自身に両親の遺伝として受け継がれた猫の“個性”因子故だ。
「年始のラジオ、聞きましたよ。良かったですね。婚約者の方が生きておられて」
「ええ。賭けに出て良かったです」
「彼、
「なってませんでしたよ」
「…なんで怒らないんです?」
「え? 怒るとこでした?」
「俺、今めっちゃ失礼な事言ったんですけど」
「ああ…。好奇心とか心配で訊いてきたなら、目くじら立てること無いでしょう」
呆気にとられる彼が、視線を反らして前を向く。
会話が途切れた隙に、ホークスに告げた。
「先導するんで、後ろからついて来てもらっていいですか?」
「はい」
「あなたの最高速度で行きますね」
「え? なんで知ってるんです? もしかして、俺のファン?」
「いえ。好いてはいますが、ファンとまでは…。勝手な推測ですけど、ヒーロー名がホークスだから、名字か名前に『鷹』が入ってたりするのかなと思いまして」
「ご想像にお任せしますよ」
一瞬、彼の瞳が僅かに揺れる。
図星か。
九州の一件で、人間の呼吸すら感知する翼の“個性”により、自分の位置は判るだろう。それを理解しているからこそ、最高速度である時速300㎞を維持して先を行けば、一瞬反応が遅れたものの、52分ちょっとで雄英高校の正門前に到着した。
「…ありがとうございました。重いので、地面に置いて下さい。あとは、ミッドナイトに運んで頂きますから」
「いえ、お構い無く。せっかくのお返しの品々ですし」
「…すみません、負担かけてばかりで。すぐ、同僚呼びますね」
スマホをリュックの中から取り出して、彼女の携帯番号に電話をかけ、正門に来るまで他愛無いお喋りで時間を潰す。それは向こうも同じようで、雛鳥のように話し倒していった。
「…それにしても、どうして未だに会わせてくれないんでしょうね」
「誰にですか?」
「トップにです」
「…ああ。誰かの紹介で入ったんですか?」
「紹介というより、接触したってとこです。ちなみに、ピアスバチバチに開けた幹部ですよ」
「……マジで?」
まさか、意外な共通点があるとは思わず、そう言ってしまった。
基本的に他人に無関心な荼毘君は、元連合の方達に聞いてみると活動の合間に勧誘していたらしい。さらに、今朝の会話を思い出して、これで二人の話が一致して事実だと信じる。
「無気力で無関心のあの人が…?」
「意外ですよね~。キャットも紹介で?」
「そんなところです」
本当は彼に脅迫されました、と正直に言えない。言ってしまえば、今も盗聴している近属さんが、荼毘君に詰問するネタを与える事になるからだ。そして、洞察力や観察力が高い相手ほど警戒しなければならない。だから、ヒーローにも曖昧に答える。
「荼毘さんって、バレンタインの様子はどうでしたか? 見目が整ってるから、モテそうですけど」
「モテてましたけど、『チョコは嫌いだ』っつって、一個も受け取ってませんでしたよ。あと、女性を中心にファンができてます」
「あー…。性格はともかく、二枚目ですもんね。……待って下さい。あたしのは受け取ってましたよ」
「え? …本命だと勘違いしたのでは?」
「まさか。渡す時に、義理チョコだってちゃんと言いました」
「お返しは?」
「ハンドクリームと、リップバームのセットです」
「…となると、さりげなくアピールしてるとか?」
「え? 婚約者いるって伝えたのに。…肌につけるから、自分の物って事かな? でも、これにそんな意味無いと思うし、彼の事だから、無難な品を選んだんじゃないですか?」
「それなら、お返し無しかチロルチョコで済ませそうですよね」
「同意見です」
荼毘の意図が解らずに二人して悩んだものの、意外という結論に至り、話題は婚約者に移って、性格は優しくて努力家。恋愛に関しては一途だと言っておく。これで、正反対な性格を言っておけば、荼毘君が婚約者だとは誰も思わないだろう。婚約指輪の事も尋ねられたが、いつどこで買ったのかまで言わず、まるで尋問を受けているようで、『私用の事を詮索し過ぎです』と不機嫌な表情で睨み付けながら、口頭で注意すると慌てて謝罪された。
「…話戻しますけど、トップと会わせる条件があるって事でしょう? 入れたんだから、直接彼に聞けばいいじゃないですか。山荘に来る頻度は、あたしより多いだろうし」
「言ってもはぐらかされてます」
「じゃあ、気長に待つしか無いですね」
「そんな事言わずに、キャットからも言って下さいよ。あいつより人望あって、人の頼みは素直に聞いてくれるし、上下関係はあるけど、ヒーロー同士お願いします」
「…解りました。言うだけ言ってみます」
「ありがとうございます。恩にきります」
「大袈裟な…」
寮から走ってきたミッドナイトと合流して、ホークスから箱を受け取り、夜空に消えるように姿が見えなくなるまで見送り続けた。
隊長にされた理由の話、やっと投稿できました。