ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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 前の話が長かったので、分割して1話にしました。


第19話 全面戦争

 インターンの遠征と謳った決起日前夜に、教員寮の自室で明日に向けて準備をしていた。

 敵の最大戦力であるギガント・マキアを戦闘不能にするには、殺してはいけない。愛用のリュックに入る大きさの円筒形の瓶に、12年前から不定期に服用している睡眠導入剤を定期的に購入しているせいか、その量は試しに全て入れてみると、二瓶が満杯になるほどだった。

 

 

 翌朝。

 林間合宿以来の胸騒ぎを無視して、群訝山荘に瞬間移動で向かう。

 

「おはようございます」

「あれ? 平日は休みでは?」

「先週から春休みになってるので、暇なんですよ」

 

 部下の1人にそう言って、弔さんがいる部屋に荷物を置き、日向ぼっこをするために最上階の一室。誰もいない部屋に入って木製の扉を開け、窓から陽光を取り入れて、遠くから聞こえる上鳴君の声に耳を澄ませていた。

 

「…ここにいたんですね。探しましたよ。キャット」

「おはようございます。ホークス」

 

 部屋に入る前から、ホークスが自分を尾行していたのは判っていた。今、自分を取り囲むように数十枚の鋭利な羽を突きつけられている事を知っても、身を翻してきちんと対面する。

 

「…目的は、あたしの殺害ですか? 回復役を殺したほうが、敵の戦力を削げる事は納得できますけど、理由をお聞きしても?」

「大勢の怪我人が出れば、強力なエリアヒールで一度で治癒できる。瞬間移動を部分的に発動すれば、空間を閉じて四肢を千切る事も可能になる。発動型の“個性”を封じても、常時発動の猫の“個性”で個人の位置が把握できる。敵に回すと恐ろしいんですよ、あなたの“個性”は。そして、あなたの存在が、(ヴィラン)を助長させる事になる」

「だろうね。でも、全ての(ヴィラン)を肯定する訳じゃない。話し合って、理解できる面があったらだ。マスキュラーみたいな自分の快楽を優先する奴とか、自己主張するために暴力振るう奴は切り捨ててる」

「なるほど。一定の基準があるんですね。でも、抵抗くらいして下さいよ。俺は、貴女と戦いたくないんだ! 猫橋!」

「そっか。その気持ちと言葉は嬉しいから、ありがたく受け取るよ」

 

 普段通り微笑み、腰に装着しているナイフを抜くつもりは無い。

 

「腰にある武器、使って下さい」

「使わない。空間の歪みも羽で感知できるから、あたしの分が悪いでしょう」

「よく解ってらっしゃる」

 

 掛け声ひとつかけず、彼に左肩から右脇腹にかけて躊躇無く、内臓を避けて筋肉と骨を断ち斬られ、激痛に呼応して息が詰まる。両膝から力が抜けて蹲る中、彼は自分とは正反対で人を殺し慣れていると悟り、心底信用できないと感じさせるのは、聡い人ほど感情と理性を切り離し、何かを企んでいるからだとようやく理解した。

 そして、体に跨がって馬乗りにされた上、喉元と顔面に羽の先を向けられても、最後まで抵抗と焦る素振りを見せなかった。

 だが、乱入してきた荼毘君の蒼炎にホークスは羽と身を焼かれながらも、自分に(とど)めを刺さんとする殺気を察知し、背中に突き立てられる最後の武器(はね)を部分テレポートさせ、心臓への致命傷を免れる。それでも出血は止まらず、常闇君の声と気配がホークスと共に遠ざかっていくのを知り、鰻の“個性”に捕まっている迫さんを、怪我を後回しにして手元に瞬間移動させた。

 

「ミ、スタ…。しか、く…、かばん…。リュッ、クも」

「ああ、今出すから…! 荼毘、お前も手伝え!」

「わかった。…悪い。これ開くぞ」

「うん…」

 

 自分の胸元は、辛うじてジャケットとケーシーで覆われているが、それも一刻を争う手当てのために無意味になった。トップレス故、斬られた際にモチーフ部分から外れて、蒼炎から逃れた時に床に落ちたんだろう。

 ここには、麻酔医と外科医が配属されておらず、ましてや手術室も無い。廊下が自分の血で赤く染まって拡がっていくのを眺め、何度も激痛で意識を失いそうになりながら、最奥部にして呼吸に必要な骨の治癒を炎症期から修復期まで、本来なら数日から数週間かかるところを一気に終わらせ、荼毘君の炎による熱気からの発汗と激痛からくる落涙を無視する。辛うじて軟膏組織で繋がりかけている骨の上から、ミスターがボストンバッグから出してくれた医療キットを開き、ガーゼと包帯とテープで荼毘君が圧迫止血と応急処置を施す。腹部の切創の治癒を後回しして、縦一文字に切り裂かれた裾の両端を持って胸元で結んで即席ブラに仕上げ、努めて冷静を装っている荼毘君に軽々と横抱きにされ、マキアの背に乗せられた。

 

 とりあえず、死なずに済んだ。

 

 安堵から意識を手放したくても、弔さんや伊口さんの焦った声が聞こえたせいで、気力を振り絞る。

 混乱に乗じて、ボストンバッグに入れたままのワイヤレスイヤホン型サポートアイテムから、モスの声が大音量で響く。

 

《弔さん! すぐ私を彼女に装着して下さい!》

 

 くぐもっているが、心強い相棒の声に口から笑みがこぼれ、本来、首や後頭部にかかる箇所が額に来た。彼女(モス)が音量を落として彼に説明したのか、痛みで会話を全て聞き取れない。

 ヴン、と低い駆動音が唸りを上げると共に、淡々と脈拍、呼吸、血圧、体温などのバイタルサインや、脳波もリアルタイムで計測し、患者を安心させる優しい声音で報告し始める。高度な自律思考を持つ人工知能を前に、近属さんの驚愕する声がした。

 

 がくん、と地が揺れる。

 

 違う。

 マキアが、歩行を開始した。

 体が浮く感覚がする瞬間に強めの治癒を施しては、直下から衝撃が来る度に出血し、ガーゼとテープを通過して、包帯に血が滲んで濡れていく気持ち悪さがある。歩行ならまだ良い。疾走になれば、衝撃の感覚が必然的に短くなり、回復にかかる時間も遅くなっていく。

 マキアが動き続けるのは、弔さん曰く『大事な人を壊されたから』。単純だけど触れてはいけないもので、ズボンのポケットに入れていたスマホから、モスが状況を把握し、携帯を通じて地下の講堂にいた弔さんに報せたんだろう。組織の駒でも連合の仲間でも、示す意味はなんだっていい。大事に思ってくれる事が嬉しい。

 でも、今は荼毘に脅迫される形でここに在籍しても、ヒーローとしてやるべき事をやる。

 自身にかける治癒を一時中断し、空間把握能力を最大限活かして、瓦礫とミッドナイトが接触し、連合の視界から見えなくなった瞬間に、それらを別々の場所に転移させた。遥か眼下にいると驚愕による呼吸音から、まだ生きていると確信した場所にエリアヒールをかけた。これで彼女の打撲は軽く済んだが、脱臼までは治せない。

 しばらくして、不意にマキアが倒れ、伊口さんが自分に覆い被さり、イモリの“個性”でマキアの背に必死に張り付いたおかげで、空中に投げ出されそうになる体を縫い止めてくれる。

 でも、自分の猫の聴覚は、それで終わらなかった。

 近くでヒーロー科一年の声と、容器に入れられた液体が近づく音が複数。マキアの腹筋が僅かに軋む音と荼毘の足音を拾い、瞬時に八百万が生成した液体を先にマキアの胃に直接瞬間移動させ、間髪置かずに、自分のリュックに触れる事なく、睡眠導入剤を円筒形の瓶ごと先程同様服用させた。

 そして、何も知らぬマキアは、形態変化して文字通り進撃の巨人と化す。

 だが、それも束の間の事だ。

 律儀にモスが3分が経過した事を報せた後、膝から崩れ落ちるという現象が彼の身に起きる。

 モスによると、液体が入った容器を投擲された地点から、距離にして5000メートルほど進んだ場所だ。呆気に取られる連合と脱力するマキア双方を追いかけるヒーローはいない。だが、巨人はある場所へ向かっていた。

 

「キャット。蛇腔総合病院まで行けるか?」

「はい。…モス。マキアごと連合を運ぶから、道案内よろしく」

《…了解しました》

 

 エンデヴァー班は、京都の本拠地地下と、地域に点在する脳無の格納庫と端末の破壊に勤しんでいるだろう。

 立ち上がり、額を横切るサポートアイテムを反転させて耳に添うようにかけ、瞬間移動を開始した。全身を駆け巡る激痛に苛まれながら、和歌山から京都まで一度も休息を取らずに運び続け、総合病院を見下ろす山にマキアを降ろし、再度背に乗った直後に力が抜けて、前のめりで倒れかかった自分を弔さんが支えてくれた。

 

「もう大丈夫だから、休め」

「…うん」

 

 マキアの背に(もた)れかかり、瞼を閉じて眠る事なく、身体を休めるためにぼーっとしてから、どれくらい時間が過ぎただろう。

 近属さんがキーボードを叩く音と、誰かがカチャカチャと何かを振る音が聞こえてきた。しばらくして、遠くからエンデヴァーが声を張り上げて『荼毘』と呼んだ事で、彼の復讐劇が始まった。

 

「酷えなァ。そんな名前で呼ばないでよ。燈矢って立派な名前があるんだから。顔はこんななっちまったが…、身内なら気づいてくれると思ったんだけどなぁ」

 

 事実を告げていく彼の(たの)しそうな声を聞きながら、胸中でエンデヴァーに『ざまァみろ』と罵り、高揚感から自然と笑みが溢れ、体に力が入って起き上がっていく。

 

「っ…」

「動くな、キャット。まだ休んだほうがいい」

「…大丈夫。包帯、替えてくるだけ」

「はいはい。その気持ちだけにしときなさい。ほら、座って。……よし。俺が替えるからね。死柄木は、ボストンバッグから医療キット取って。結び目解いて、包帯とか全部取るよ。スピナーは、キャットになんでもいいから話しかけて。このままじゃ意識飛んで、最悪死ぬ」

「お、おう…」

「ミスター。これでいいか?」

「サンキュー。失礼します」

「お願い、します…。ミスター…」

 

 出血で倦怠感があり、今も身体が示す危険信号に従順になって眠りにつきたい。それを無視して動くのは、命じられたとはいえマキアをここまで運んだ責任と、燈矢君の復讐を見届ける役目があるからだ。

 男性陣から見えない位置のマキアの(うなじ)に移動したかったが、連合で最年長の彼の言葉に従い、胸元の結び目を(ほど)かれて、紙袋に血液が付着したガーゼや包帯を入れ、たどたどしいが丁寧に処置される。そして、ミスターがリュックに紙袋を詰め、その足で燈矢君がマキアの背中から飛び降りる様子を物陰から見届けつつ、どうやって限界が近い体で残り4人を捕まえるか。マキアをどう処分するかを考えていくものの、ひとつしか手が無い。

 

『ぐゥ…っ!』

「遅れてすまない! ベストジーニスト、今日より活動を復帰する!!」

 

 ベストジーニストのワイヤーで、マキア諸共自分も縛り上げられる事だ。

 

 瞬間移動の“個性”で抜けられるし、激痛を無視して残りの体力を治癒に回す事だってできるが、ヒーローは、疑いをかけている自分を助けてはくれないだろう。

 そう思っている最中に、首と体を締める力が一気に強まり、窒息死するのではないかと錯覚する。身体中が圧迫され、完全に治していない骨が軋み、呼吸もままならない。僅かに動く手で腰のナイフを取ろうとしても届かず、このワイヤーは特製だろうと(かすみ)がかる頭の片隅で推測し、足掻いても無駄に思えた時、急に圧迫がなくなって、音が反響する中で酸素を求めて激しく咳こんだ。

 そして、全面戦争を早く終わらせるには、敵が分断された今しかないと思った直後、外の世界に戻された。ミスターコンプレスが、圧縮の“個性”を解除したのか。

 

「キャット!」

「…ありがとう、弔さん。心配してくれて」

 

 言い終わらないうちに、周囲に強力なエリアヒールをかけて、大怪我を身体の内側からある程度治す代わり、指一本動かせないほどの体力を奪う。リカバリーガールと同じやり方を攻撃に転じ、(ヴィラン)の敗北になるよう動いた。

 重傷の迫さんがルミリオンの拳で倒れ、生きているのが奇跡な弔さんがマキアの背中に伏し、即座にルミリオンがスピナーさんに接近して右拳を食らわせ、脳震盪を起こさせて昏倒させた。その拍子にマフラーからこぼれ落ちたビー玉2つに手を伸ばして奪取し、スマホと入れ替えるため、ズボンの左ポケットにそれを入れていく。

 救急車と警察はモスが代わりに呼び、脳震盪に必要な手当てを施している最中に、ルミリオンにノートパソコンをボストンバッグに入れるよう指示し、彼らが担架で運ばれた後で、安堵から気を失った。

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