ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

22 / 28
第20話 荼毘の正体

《こちら、AI『モス』。リカバリーキャットが、巨人をテレポートで蛇腔総合病院背後の山に降ろす予定です。エンデヴァー。マニュアル。イレイザーヘッドは、至急そちらへ向かって下さい。連合と解放戦士の一人も一緒です》

 

 その一報を、通信回線に割り込んだモスから受けて、蛇腔総合病院の周辺地域にある複数の格納庫で眠る脳無達の脳を、ナイフで切り裂く作業を一瞬止めた。

 マイクの指向性拡声器で円柱型のカプセルを割り、脳無を引き()り出しては、文字通り生きる屍にならぬよう、剥き出しの脳とカプセルに接続されてある端末をあらゆる手段で破壊していく。延々と続くと思っていたものは1時間で一時中断し、俺は人工知能に呼ばれた通り、そこへ向かうが機動力でエンデヴァーに劣っていた。

 

「行けよ。イレイザー」

「わかった」

「先に行くぞ」

「はい」

 

 しかし、マニュアルと共に追いついた時には、轟の炎と蒼い炎を身に纏う男が空中戦を繰り広げており、巨人はベストジーニストに縛り上げられていた。さらに、自分の“個性”を使えば、蒼い炎を纏う男だけでなく、轟の炎も消してしまう。

 だから、敵を転落死させないためにも、一度ビー玉に収納されるしかなかった。

 

《こちら、AI『モス』。リカバリーキャットとルミリオンが、連合の面々を確保しました。これにて、超常解放戦線所属の者、全員確保完了。お疲れ様でした》

 

 その報告を聞き終わらないうちに、包帯を巻いた姿のリカバリーキャットが気を失い、もう1台救急車を呼ぶ事になる。ルミリオンが彼女の荷物を地面に降ろし、モスの説明でマニュアルは彼女の傷口を洗浄し、俺はボストンバッグに入れてあるという医療キットで、応急処置をしていった。その途中で、膝元に転がってきたビー玉をリュックの中に入れるよう、ルミリオンに。火傷したショートを抱えてきたネジレチャンに、救急車をさらに1台呼ぶよう指示して、担架が来るまで出血が酷い後輩の傍らで待機する。

 

「…エンデヴァーはどうした? あそこで棒立ちして、全然動かないんだが」

《原因となる動画と録音のデータを、プレゼント・マイクとイレイザーヘッド。エンデヴァーとマニュアルのスマホに転送しました。後で視聴して下さい》

「わかった。…エンデヴァー。……マニュアル。彼の顔面に水をかけてくれ」

「え!? わ、わかりました。失礼します!」

「ぶっ!? げほっ! ごほっ! っ…。何をする!」

「貴方に何があったか判りませんが、一段落しました。ここはベストジーニストに任せて、格納庫破壊に戻りましょう」

「……そうだな」

 

 全面戦争は、ヒーロー側の勝利に終わったが、まだやるべき事がある。

 明らかに放心状態で動揺しているエンデヴァーに話しかけ、まだマイク達がいるであろう格納庫に戻って単調作業を再開し、全て終わったのは、その日の昼下がりだった。そこから、警察と連携して終結させ、徒歩で2時間半の場所にあるセントラル病院へ向かう途中、モスから暗号化されて送られたEメールに添付されたデータを開き、荼毘の暴露動画を視聴する。

 荼毘の正体は、エンデヴァー家の長男。

 轟トウヤ。

 プロヒーローを2人殺害し、轟家の家庭事情を淡々と告げていく。

 

「……相澤」

「言うな。山田」

 

 もし、俺の推測が的中していれば、猫橋が去年受け取っていたあの手紙は、荼毘。もとい、轟トウヤのもの。(りょう)は、やはり偽名だった。

 

「…猫橋は、知っていたのか? 彼が生きている事を」

「知ってたら、赴任早々、俺のラジオであんな事言わねェだろ」

「……そうだな」

 

 11ヵ月前に放送された内容を、俺も覚えている。

 

(この放送を聞いて、彼の事情を知っている方々。生きてるほうに賭けるって方々は、どうか、彼が真実を告げるまで口を(つぐ)んで下さい。愛しい彼が生きていて、ヴィランになっているなら、そうなった事情をある程度、私は知ってる。当然、踏み外した原因を作った人がいるわけですが──)

 

 彼女がラジオを通して先に箝口令を敷いた事で、好奇心を沸き立たせ、憶測を呼ぶ。自身が知る肝心の情報を伏せ、小出しにし、強制的にその日まで蓋をされる。

 そして、今、公になった情報を全て紐づければ、誰でも結論に容易に辿り着ける。

 

 リカバリーキャットの婚約者が、轟トウヤだと。

 

「あの…。こんなの見つけました」

 

 マニュアルがスマホの液晶画面に表示して俺達に見せたのは、書きこみができるネット掲示板だった。そこには、早速彼と彼女を知る者が、幼稚園から小学生時代にかけて様々な話を列挙していた。まるで、堰が外れたようにずらずらと。

 (ヴィラン)になった事情は、個性婚で生まれた末に、父親に失敗作として身限られたから。

 踏み外した原因を作ったのは、言わずもがな、エンデヴァーだ。

 

(新婚旅行は?)

(考えてません。彼の仕事の都合がつくか、分からないので…)

 

 新婚旅行を考えていない事も、相手の仕事も、『婚約者が(ヴィラン)だから』で筋が通る。

 

「録音、聞くか?」

「…ああ」

 

 婚約者の正体を隠すのも、香山先輩に写真を見せるのを拒んだのも、それで全て筋が通る。そして、脅迫メールを送られた事で、家族や職場に被害を出さないために秘密を貫き通した。

 俺達が有線イヤホンを耳に装着したのを見計らって、3人同時に再生ボタンを押す。

 それは、荼毘と呼んだエンデヴァーに、自身がトウヤだと告げるもので、『未来に目を向けていても、過去は消えない』という内容だった。そこまで黙って聞いていた彼女が小さく笑う声が拾われ、肌が焼け爛れた荼毘を実子だと判らなかったエンデヴァーを嘲笑し、彼女もエンデヴァーが憎かったのだと十分印象づけた。

 

 

 セントラル病院に到着した時、すでに辺りは暗くなっており、スマホで時間を確認すると18時を半分ほど過ぎている。

 受付で必要な問答を済ませ、リカバリーキャットの病室の前に辿り着き、コンコンと数回戸を叩けば、男性の声が入室許可を下した。そこには、若い男と猫の姿の少女。和装の猫と洋装の猫がおり、四人が揃って俺達に会釈し、こちらも返す。

 

「初めまして。陽の祖父で、椿と申します」

「…初めましてじゃないですよ。椿さん」

「そうだったね…。でも、プロヒーローになった君達に会うのは、初めてだよ」

 

 山田が声を震わせて彼に言い、事情を知らないマニュアルは、俺と椿さんを交互に見比べて、視線で疑問符を投げかけた。

 

「学生の時、会った事があるんだ」

「なるほど」

 

 短く説明して、ベッドの上で点滴に繋がれ、酸素マスクが装着されて眠っているリカバリーキャットに視線をやる。ご家族の話によると、手術は1時間半前に終了して、後は麻酔が切れて目覚めるのを待っている状況だと言う。早くても30分後だろうと見積り、その間に彼女が怪我を負った理由を口頭で説明した。

 

「リカバリーキャットは、単独で(ヴィラン)連合に潜入していました。恐らく、荼毘から脅迫を受け、治癒の“個性”目的で勧誘されたと思います」

「待って下さい。荼毘って、トウヤさんの事ですよね。あの人が、姉さんを脅迫した? 何か理由があるはずです」

 

 緑色の瞳の縁が黄色になっている若い男が、俺の説明を否定し、『荼毘』ではなく『トウヤさん』と親しげに呼んだ事で、猫橋家と関係があると暗に示している。

 

「…理由がなんであれ、彼が脅迫した事は判っていますので、リュックに入れられているビー玉を、我々に渡して下さい。そこに(ヴィラン)が二人、収納されています」

「はい。トウヤ君は、(ヴィラン)専用病院に入院させて下さい。重篤ですから」

 

 そう告げたのは、すでに手中にビー玉を持っている洋装の猫の方だった。

 声音から、リカバリーキャットの祖母だろう。

 

「超常解放戦線の幹部、スケプティック。本名、近属友保。“個性”、人形(ひとがた)。冷蔵庫大の人形を生み出し、操るようです。ノートパソコンも、一緒にお願いしますね」

「ご協力に感謝します」

「荼毘。…轟トウヤを庇わないんですね」

「ええ。トウヤ君は人一人殺害してますし、全て終わった後で主人が説明するから、それまで待って頂戴」

「もう終わってますが、まだ何か?」

《椿さん。小雪さん。盗聴の心配は無用です。群訝山荘での戦闘中に、荼毘の“個性”によって、スケプティックが仕込んだ端末が壊れました》

 

 どこからか声を発した人工知能が会話に割って入り、人の心情を汲み取った内容に俺達3人は、驚いて声が出ない。片や、彼女はさも当然のように、『あら。そうなの?』と言って、話を続けると予想したが外れる。彼女が視線をやったのは夫の椿さんで、察して我々に説明した。

 

「神野の悪夢で映った、黒い髑髏(どくろ)の生命維持装置を着けた背広姿の男。彼は、黎明期に名を馳せた極悪(ヴィラン)だ。オールマイト同様、海外にも協力者がいると考えるべきだろう」

「どうして、断言できるんですか?」

「長年記録し続けた結果だよ。彼の“個性”が、相手の“個性”を奪い、他人に与えるという噂と、強欲で自己中心的な性格から鑑みた」

 

 長年というのがどれほどの期間か判らないが、猫橋家はただの医者であるのにも係わらず、本業の傍らで情報収集に励んでいた事を知る。

 

「それが、荼毘と関係ありますか?」

「あるよ。トウヤ君は、彼と、秋に捕まった殻木球大に繋がる孤児院で、3年間昏睡状態に陥っていたから。彼らは、孤児や表向き行方不明になった子供を対象に手元に集めていた。トウヤ君も、強行手段でそこから出奔しなきゃ、脳無の素材にされてただろう」

『……』

 

 脳を弄られ、脳無にされた白雲の姿が浮かび、今になって被害者の一面が出てきた。

 

「ここから先は、二人を警察に引き渡した後に話そう。あのビー玉が外の音も拾うなら、お喋りはここまでにしておく」

「…わかりました。では、小雪さんに質問します。スケプティックの詳細な情報を知ったのは、貴女の“個性”ですか?」

「ええ。このおかげで、色んな事件を解決に導けたわ」

「事件?」

「私、元警察官なの。ついでに言うなら、あの圧縮の“個性”を持つ、ミスター・コンプレス。迫圧紘が、麻酔から目覚めてこれを解く。時間は…、あと10分。陽と同じくらいね」

 

 兄にリラと呼ばれた少女は、こちらに会釈をしたものの、ずっと姉の手を握って微動だにしない。さらに、椿さん達が、荼毘を庇う理由は判らないものの、まるで彼が無罪だと言っているようで居心地が悪い。

 

「貴方達が庇うのは構いませんが、荼毘が所属する(ヴィラン)連合によって、林間合宿の日からヒーロー科の生徒達が被害を被っています。それに関しても目を瞑れと?」

「そうなるね」

「ッ…!」

 

 いくら『理由を後で説明する』と言われても、あの時の生徒達の心情を思えば、怒りが沸いてくる。正直、自分の名前と暗号を渡してきた後で十数年放置されれば、不信感も募った。しかし、孫娘のリカバリーキャットが暗号を解く鍵になり、今は、全ての答えを握っている椿さんに託すしかない。

 怒気を察した老夫婦は、耳や尻尾を動かして緊張した面持ちを見せながらも、俺達が落ち着くのを待って下さった。

 

「…勘違いしないで欲しい。目を瞑って欲しいと思ってるのは気持ちだけで、相応の罪を償うべきだとちゃんと考えてる。専門家じゃないから、裁判でどうなるかは判らないけどね」

「……先ほど、荼毘が重篤と言われましたが、私は過去に交戦しています。焼け爛れた皮膚に、焦げた臭い。“個性”と体が不釣り合いで、どう見ても無理をしている」

「うん……。あれだと、内臓も辛うじて機能してる状態で、五感のうち鈍化しているのは、触覚、味覚、嗅覚の3つだろう。身体機能が低下すれば、当然、“個性”因子にも影響が出る。つまり、気力で生きてるに等しい」

「いつ死んでもおかしくない、と。……。危篤のほうが正しいのでは?」

「危篤は、死が目前に迫って、回復する見込みが薄い状態。対して、重篤は、危篤ほどじゃないけど、命の危険がある予断を許さない状態。陽がつけていたノートを見れば、脈拍低下や呼吸微弱になっているとは書かれていない。トウヤ君の体は、今のところ、まだ安定してる」

 

 何かが原動力になって、荼毘のか細い命を繋いでいるとしたら、それは父親への復讐心だ。

 本人には悪いが、リカバリーキャットは荼毘にとって人生のおまけだろう。十数年間、婚約者が生きていると信じ続け、健気に待ち続けて、尽くして、最後には捨てられる。婚約指輪も結婚挨拶も、ただの演出。あんなに嬉しそうに山田のラジオで報告して、俺達に挨拶が成功したって言ってたのに、可哀想な後輩だ。

 

「イレイザーヘッド」

「は、い…」

 

 返事が一瞬途切れたのは、リラさんが烏賊耳になって鋭い眼光で俺を睨み付け、僅かに開いた口元から牙を見せ、尻尾を大きくバタバタと振っていたからだ。彼女が怒っているのは明白だが、生憎、そうなった理由に心当たりは無い。

 

「もしかして、トウヤさんの事で失礼な事を考えてませんか? (ヴィラン)としての先入観を捨てたら、視野が広がるのに」

「私は、トウヤではなく、荼毘として。(ヴィラン)として接したので、人を平気で焼き殺そうとするし、生徒達の心を傷つける事に一切躊躇が無い。今も拡散されている、彼の生家とされる轟家の家庭事情と、エンデヴァーの所業を告発する形になった暴露動画で、ヒーローの信頼を貶めている。彼は、そういう男です」

「躊躇があったほうが、まだ善人寄りで救いがありますからね。それに、貶めているんじゃなくて、ただ(ふるい)にかけているだけでしょう? ヒーロー飽和社会だからこそ、オールマイトのような本物のヒーローが求められる。どれだけ実力があっても、地位や名声を求めるだけの薄っぺらで歪んだヒーローなんて、最初から要らないんですよ…!」

 

 大人しい第一印象だったリラさんが、怒りが赴くままに我々に捲し立て、ヒーローに対して不信感を募らせている事を明かし、まるで、俺達もそうだと言わんばかりに責める。

 

「でも、姉さんとお母さんは違う…! たとえ、相手が(ヴィラン)だったとしても、最初に話を聞いた。それでも理解できなかったら、“個性”で捕らえる。真心があるヒーローだった。(ヴィラン)も、苦しんでる一人の人間なんですよ? 貴方達は、人として彼らを見てないんですか? その目に映ってる人間は、一般人とヒーローだけですか? (ヴィラン)は、人でなしって事ですか?」

「“個性”を悪用し、時として人命を奪うから、彼らは(ヴィラン)と呼ばれる。味方して良い理由にはならない」

 

 意見を交わしたところで考え方は平行線のまま、険悪な空気になり、リラさんが叫んだ矢先、手元のビー玉が発光と共に人の形に変化した。長髪の男と荼毘を一気に捕縛布で縛り上げ、猫橋家の視線が継ぎ接ぎ男に注がれる。彼は会釈し、すぐに視線をキャットに移した。

 麻酔が切れたが、目覚めない彼女を黙して見る荼毘をよそに、すぐにマニュアルが水を指先から発生させて、瞬きによる抹消の“個性”が消えないようにし、退室の準備を始めた。

 

「…行くぞ。マニュアル。マイク」

「はい。…失礼しました」

「失礼しました。…またな。キャット」

 

 マイクの言葉に、彼女は答えない。

 誰も声をかけないまま、俺達は病室を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。