「…こんにちは。炎司さん」
「ああ…。こんにちは。陽さん」
もう夕方だが、入院3日目に焦凍君の病室に向かった後、莉良に車椅子を押してもらう形で彼らの病室を訪れた。
ちなみに、あたしはまだ点滴に繋がれた状態で、広い病室で目覚めたのは今朝だった。モスは、時刻を報せた後にスリープモードに入り、見舞いに来た家族から眠っていた日付分の情報を仕入れている。
「いつから、荼毘が燈矢だと知っていた?」
「春のラジオの後、自宅前で再会した時です。体育祭の時に、あなたに伝えようと思ったんですけど、相変わらず焦凍君第一主義でしたから」
「……。俺に何も言わないのか?」
「恨み言しか吐きませんよ。開口一番がそれでは、夜に向けて精神的に参りますし、荼毘はイレイザーヘッド達に捕まりましたしね」
「…そうらしいな。だが、恨み言でいい。伝えられないよりかは、ずっとマシだ」
昔から頑固者だなと思ったが、これは前向きになったと捉えて、今さら遅いが少しだけ褒めようと思った。
「今からでも大丈夫なので、燈矢君を見て下さい。昔も今も貴方一筋ですよ」
「…? 陽さん一筋じゃないのか?」
「どちら共です。褒められなかったら褒められたくて、認めて欲しくなる。認めたら、自分が存在していいんだって思う。燈矢君は板挟みになって、片方に認められる形で生きてます。あたしだけが認めても、意味が無いんですよ」
「……。そうか」
荼毘とスケプティックの二人が入ったビー玉を、元婦警だった祖母が、病室にいたヒーロー達に引き渡した事は、モスから聞き及んでいた。後の事は行政に任せて、精神と身体状態の回復を優先中だが、家族はまだ何かを隠している。
「ミッドナイトと、八百万さんが言っていた。瓦礫と自分が接触したのにただの打撲で済んで、自分だけ治癒されたり、眼前で睡眠薬を入れた容器が消えたりしたそうだ。『あれは、リカバリーキャットの“個性”だ』と口を揃えて告げている。あの時、どこにいた?」
「ギガントマキアの背にいました。上手くいって良かったです」
こちらがへらりと笑ってみせると、炎司さんが安堵したように息を吐いた。
「冬美達には会ったか?」
「はい。昼頃に。顔が見れて安心しました」
彼によると、明後日、ホークスと共に記者会見を行うらしいが、マスコミは証拠が出揃っている双方を非難するだろう。
「炎司さん。これから先に関わってくるので、燈矢君について、ひとつ確認してもいいですか?」
「ああ」
「12年前、彼を失踪宣告ではなく、認定死亡にされましたか?」
失踪宣告によって死亡と見なすか、認定死亡によって死亡と推測するか。手続き次第で、戸籍が復活するか否かに関わる。
「認定死亡にした。小雪さんと陽さんが必死に訴えてたからな。燈矢が用意した証拠を持って、ちゃんと訂正してもらう」
「よろしくお願いします。じゃあ、これで失礼します」
しっかりとご本人から答えを得られて、少し精神的に楽になり、一礼して妹と共に病室を後にして、ミッドナイトやプレゼント・マイク達の見舞いの後で家族だけを残した自分の病室に帰っていく。
「ただいま…」
「お帰り。どうだった?」
「明後日、トップスリーの記者会見。それと、燈矢君は認定死亡になってる」
「そうなの…!? 良かった…!」
土曜日という事もあり、聖隷クリストファー大学に進学予定の妹が介抱し、大学生の緋桐が迎え、祖母が喜びを表し、祖父が安堵して見せた。
「うん、良かった。でも、爺ちゃんも婆ちゃんも、まだあたしに隠してる事あるよね?」
「……わかった。私達が荼毘君を庇うのは、潜入捜査官の一人だから。悪の帝王と、その
「悪の帝王?」
「ほら。去年の夏に、オールマイトと対決した、黒い
「ああ。あの人か」
「大丈夫よ、陽。少しずつ打ち明けていくから」
順番に行けば、渡我さんと分倍河原さんの二人が、最初に社会に復帰するだろう。仮に有罪判決になるとしても、情状酌量で執行猶予付きの保護観察になれば良いなと思ってるが、それも来月の裁判待ちだ。
「……。爺ちゃんの言い方だと、他にもいそうだけど」
「まだ言えない。悪いのは、帝王の死柄木と医者の殻木であって、面々ではないからね。これから順を追って話すよ」
祖父が、A5大の手帳を手提げ鞄から取り出して、説明していく。
「
対策と一言で言っても、燈矢君で言えば、無関心を辞める事と、失踪宣告にしないよう説得し、実行したのは本人任せという非常に危ないものだった。そして、実際に動いたのは今年で、実質言霊の“個性”を持つ祖父一人だと思っている。
「5年前。渡我被身子さんの“個性”による殺害事件。10年前。轟燈矢君の“個性”が暴走し、山火事になる。16年前。分倍河原仁君が犯罪に巻き込まれ、白雲朧君が17歳で亡くなる。18年前。白髪の男と志村転弧君の接触。場所は不明だけど、人口密集地と判明。時期が不明なものとしては、伊口秀一君が、異形の“個性”により殺虫剤をかけられ、『トカゲ野郎』と罵られ、成人するまで出身地の田舎町で引き籠りになる。また、迫圧紘さんが血筋の“個性”を悪用して、
「…なるほど。メンバーの事は、事前に判ってたんだ」
「うん」
「ついでだから、成り立ちも全部教えて」
「姉さん、情報詰めこみ過ぎ。私、もう一杯だよ」
「莉良、大丈夫よ。モスも聞いてるんでしょう?」
《はい。しっかり聞いて記憶してますが、莉良さんの仰るほうが正しいです》
「今日はこれまで。明日は、成り立ちを教えるよ。彼らに関係がある範囲でね」
3対1で不利になり、緋桐と祖母に視線をやるが、祖父達の味方らしい。ここは折れて、言う事を聞こう。
そんな話を聞いているうちに夕食の時間が近くなり、お開きにしかけた時に父が見舞いに来て、生きて対面した事で緊張の面持ちだった父が、安堵のため息をついて涙を流した。
そして、翌日の日曜日。
15時に面会に来た家族の話に、耳を傾けていた。
「はい。では、昨日約束した、成り立ちについて説明するよ」
「よろしくお願いします」
「110年前。モスの前身となる高機能人工知能を八尋一族が作った」
「え。初耳」
「言わなかったっけ?」
「言ってないよ」
「そっか。…125年前。猫橋一族に、治癒の超常現象が発現。八尋一族の予知と、石貫一族の催眠は、自分が超常現象を保持してると気づくまで、時間がかかった。さらに、数年以内に、白髪頭の若者が悪の帝王として君臨すると猫集会で発表した」
「あー…。勘の鋭い人とか、会話が上手い人って印象が先につくもんな」
「つまり、猫集会は、八尋一族の予知を逆手に取った集まりってこと?」
「うん、そうだね。あいにく、メンバー全員の家庭の事情までは判らないから、僕が代表して、彼らと直接話してみたんだ。時間逆行の旅行が上手くいって、本当に良かったよ」
ちなみに、祖父のように言霊の“個性”が発現する事は猫橋一族では珍しく、顔見知りの仲で一番多いのは、予知の“個性”で知られている八尋一族らしい。しかし、八尋一族とは親戚関係はなく、あたしから見て高祖母がその“個性”と、時間を逆行できる珍しい“個性”の持ち主だった。いわゆる、第二世代から第三世代で倫理観を無視していると話題になった“個性”婚ではなく、高校時代の恋愛を経て結婚したそうな。
そんな先祖の話も合わせて聞きながら、祖父の産婦人科医としての経験の長さと、元来の人当たりの良さ。また、猫橋一族だけでは成し得なかった協力関係があったからこそ、物事がうまくいったと言える。
「人の死も事前に判るなら、お母さんは…」
「もちろん、発表されたよ。猫橋一族の一人として嫁いだ者として、知る権利はある。僕も、その場にいた」
「いつ…?」
「申し訳ないけど、それは言えない。でも、自分の余命が少ないと知っても、そんなに驚かなかったよ。『ヒーローとして、頭の片隅にいつも入ってる』って、僕に言ってた。…いつ殉職するかも判らない職業でも、楓は、いつも笑顔だった。だから、僕も家族も楽しく毎日を過ごせた」
祖父達は尻尾をだらんと下げるのと対称的に、父だけは泣くまいと気丈に振る舞う。しかし、これで祖父の言う通り、加害者は首謀者の『先生』と、協力者の殻木が悪で、他は被害者だと断定できた。
翌々日。エンデヴァーとホークス。ベストジーニストと、トップ3の記者会見があった。
マスコミの非難は想定内だったが、充電された自分のスマホからされたモスの報告は想定外だった。
《轟燈矢さんが、ここに搬送されました》
それは、セントラル病院でなければ治せないほど重傷である事を示している。いや。祖父曰く『重篤』で、もはや『生きている事が奇跡』らしい。
「なんで判ったの?」
《人工知能『桜』と協力して、各地の監視カメラで、車と車両番号を確認。
「そう。ありがとう。お疲れ様」
モスに礼を言って、見舞い兼治しに来たリカバリーガールと向き合った。
「これは、イレイザーヘッドとネットの住民の、確信に近い推測だけどね。荼毘とリカバリーキャットが、婚約者じゃないのかって言ってるよ。……実際、どうなんだい?」
「彼が流した情報は事実です。彼が
弁明のしようが無いので、素直に事実を認め、自身を庇う姿勢を見せなかった。
人工知能『桜』
石貫一族が保有する組織が使用している人工知能。
八尋一族が経営する会社が提供した。
猫集会
大学時代に出会った、八尋さん。石貫さん。猫橋さんが集ううちに名付けられた機会のこと。月一の頻度。
2023年、4月2日。
スピナーが虐められて引き籠りになった時期。ミスター・コンプレスがヴィランになった時期を設定していましたが、時期不明に変更しました。
『何年前~』という地の文を、祖父である椿さんが直接説明しているというふうに変更しました。