エンデヴァーとホークス。ベストジーニストの記者会見がされた日の夕方。
セントラルに入院している猫橋先生を見舞いに行ったリカバリーガールから、荼毘の暴露動画の内容が事実である上、彼女と荼毘が交際していたと告げられた。
「やっぱり脅されてた、なんて言わなかったな」
「言えなかったんだろ。家族に迷惑はかけられないからな」
迷惑はかけられない。
その思考は生徒にもあるようで、4月に入って早々。
日付で言えば、昨日。緑谷出久が、雄英高校を自ら出ていった。
猫橋先生の見舞いがてら報告すると、眉間に皺を寄せて一緒になって考えこみ、二人の間に沈黙が訪れる。
「……モス。行き先の見当つくか?」
《その前に、理由を考えましょう。B組との授業の際に暴走した“個性”。あれは、過去のヒーローが所持していたものです。一致する人は、一人。“個性”の名前は、黒鞭。所有者は、万縄大悟郎》
6日の間にモスが調べたらしく、猫橋先生のスマホを介してつらつらと情報を喋っていく。
「そのヒーローと緑谷になんの関係があるんだ? 名字が違うから、遺伝じゃないのは確かだな」
《入学当初の緑谷出久の“個性”は、オールマイトと似通っています。彼から探ったほうが良いのでは?》
「……去年の夏、オールマイトは『次は君だ』と言ってた。あれが
「なんで、オールマイトと緑谷を結びつけるんです?」
「やたら気にかけてたし、隠しはするけど、嘘をつくのが下手だからな。それに、相澤曰く、グラントリノの所に職場体験に行ってから、“個性”の使い方が上手くなったみたいだし」
「仮に、緑谷君がオールマイトの後継者として、雄英を出て行く理由は、確実に先日の戦いにあります」
「つまり…?」
「モスと、他の協力者の情報から推測すると、
オールマイトを引退に至らしめた男。
それは記憶に新しく、ぐっと拳に力をこめた。
「どうして、そこまで確信を持って言えるんだ」
「あたしの協力者が、情報提供してくれたおかげです」
協力者が誰かと明かさない様子から、こちらも口が固いと信頼し、白雲の事もある。いつか来る激突に備え、彼女の祖父である椿さんと連絡を取ろうと決意し、相澤と一緒にモスに相談したが、『待った』をかけられた。
「モス。緑谷君達を追える?」
《余裕です。A組が彼を探すと思うので、支援します》
「ありがとう」
彼女達の会話を待ってから、俺はこう尋ねる。
「猫橋。お前は、俺達の味方か? 敵か?」
彼女は、息を呑まずに僅かに目を見開いて驚いた。
「…味方ですよ。白雲さんは、お元気ですか?」
「だと思うぜ」
白雲が、復元研究対象として秘密裏にセントラルへ移送された事は、猫橋に言ってない。脅されていたとはいえ、
「白雲繋がりで言うが、渡我と分倍河原が保護観察処分になった理由。知ってるだろ?」
「知ってます。でも、言いません」
この言い方では、いくら『こちらの味方だ』と言っても、
「責任を取って辞めるって、先月校長に言いました。だから、あと1年、よろしくお願いします」
「そうか…。実は、モスが3ヵ月前に、校長に『リカバリーキャットが荼毘に脅されてる』って密告してたらしい。昨日、教師陣にメールの内容と録音された音声を聞かせられた。あれは十分強要罪になるぜ」
「それでも、ヒーローが
「そう思い詰めるな。俺達が証人になるからよ。脅迫も強要も、
「被害者面なんてしたくありません」
リカバリーキャットの後継者と言われた彼女が、2年で辞めると決めた手前、決意は固く、校長も悩んだだろう。彼女が荼毘と交際していたと解っても、彼は事情を汲み、退職願いを受け取った。
彼女の場合、実力行使に出るのは話し合いをしても無駄だと判断した時と名前がついた極悪
「……さっき協力者と言いましたが、あたしも壮大な計画の歯車の一部らしいです。どこかの組織が、予知を利用して、そうなるよう導いてるとしか思えません」
「自分の足で歩いてるつもりが、利用されてたのか」
「あたしは、人を救えるのなら、計画に組み込まれても構いませんよ」
人の人生を左右する予知をして、どちらか指し示す。
まるで、俺達三馬鹿が椿さんに会った時のようだ。
「椿さんは、どこかの職員か?」
「いえ。産婦人科医です」
ただの産婦人科医が、壮大な計画を一人で立てられるはずが無い。椿さんも、組織の協力者の一人かもしれない。
そう考えた矢先、俺は、国を支える組織の一つを思い出した。
「異能力支援研究局。あそこは黎明期以前に創立してるし、国が支援してる。予知の“個性”を持つ職員が雇われてる可能性が高い。一回調べてみたらどうだ? 知り合いがいるかもしれないぜ」
「そう、ですね。調べてみます」
彼女が一瞬声を詰まらせた事で、予想外の事を提案したんだろう。
退院したら、ぷちゃへんざラジオに出演してもらう事と、緑谷の状況を教える事を約束して、お暇を告げた。
4月下旬。
A組が緑谷と衝突し、彼を連れ戻す事に成功したと報せるついでに猫橋先生を見舞うと、彼女も話題を提供した。
「燈矢君にプレゼント・マイクの話をしたら、会いたがってましたよ」
「マジで?」
「先週、移植病棟から一般病棟に移ったんで、もう大丈夫です。行ってみます?」
「……わかった」
そろそろ入院して1ヵ月になる同僚は、点滴と車椅子から解放され、俺を先導して階を移動する。
「こんばんは。燈矢君」
「…誰そいつ?」
「プレゼント・マイクだ。はじめまして」
他の男と来るとは聞いてなかったのか、眉を寄せて怪訝な表情を作って不快感を表す。どうやら友好的な性格ではないらしい。
「ああ…、あんたが。はじめまして。ラジオ聞いてたぜ」
「それがどうした?」
「感謝してンだ。ありがとな。俺が生きてる前提で話してくれて。おかげで、陽と再会できた」
「……。やっぱり、婚約者ってお前かよ」
「エンデヴァーが、ガキだった俺の火傷を治すためだけに、治癒の”個性“目的で俺に宛がった許嫁らしいが、知ったこっちゃねェんだよ」
「テメェ…!」
後ろ手にドアを閉める猫橋先生をよそに、最後の言葉で抑えていた理性の
「毎週末、お前に会うために遠出して、飯食わせて、結婚挨拶まで承諾したんだろ!? 許嫁に言って良い台詞じゃねェ!!」
「何が悪い? エンデヴァーが勝手に決めて、轟家に縛りつけて、地獄の道を歩ませた。陽も、俺と同じ被害者だぜ?」
「ごめんね、燈矢君。君の負担になってるって、知らなかった」
「陽は悪くねェ…! あいつが全部悪いんだ」
「そうだね…。でも、あたしは、縁談が来たから承諾したんじゃないの」
「は?」
「“個性”抜きで、ちゃんと君の人柄を見て好きになったんだよ。轟家から縁談が来てるって知らされた時は、小2の頃かな。『燈矢君のお嫁さんになる』ってお爺ちゃん達に言った後。家族には猛反対されたけど、それでも折れなかった。君と一緒に地獄を歩む覚悟は、昔からできてる」
恐らく、荼毘は、許嫁になった経緯を初めて本人から聞いたんだろう。黙りこんで口を一文字に固く結び、白髪頭の彼に向かって、後輩が言葉を吐き続ける。
「本当に関心を向けて欲しかった人は、炎司さんだって解ってた。君の努力が報われるなら、あたしの事は二の次でいいんだよ」
「悪かったな、今まで二の次にして。でも、もういいんだ。俺も、3年間の昏睡状態から覚めて、『君は家に帰れない』だとか、よく解んねェ事を言う職員しかいねェ孤児院から出奔して、実家に帰ってお父さんの姿を見るまで、自分を認めてもらえると思ってた。…自分の遺影が飾られた仏壇を見て、どうでも良くなったよ」
彼の半生は壮絶だったのか、と胸中で吐露する。
家族から死んだ扱いを受ければ、当然、自分の存在意義が無くなり、自暴自棄になるのも致し方ない。
「自分の仏壇に手を合わせて実家を出た時、旅行鞄を引いてた椿さんに鉢合わせして、第一声が『良かった。やっぱり生きてた』。…陽の家族だけが、俺が生きてると信じてた。久しぶりに泣きそうになったよ。おかげで、自暴自棄にならずに済んだ」
庇護下につく場所が婚約者の家族とは、思いもしなかったが、椿さんの存在が大きい。
彼も、誰かの予知である意味、救われたのかもしれない。彼と何か繋がりを感じて、俺はさっきとは違い、落ち着いた声で尋ねた。
「その時、名刺かなんか渡されて、裏に名前書かなかったか?」
「は? なんで知ってやがる」
「俺も、高1の時に書いたんだよ。親友達と一緒にな。今まで、椿さんを産婦人科医だと思ってた」
「だろうな。普通の医者は、暗号なんて覚えさせねェ。陽、調べてくンねェか?」
「わかった」
彼女の黄金の瞳がやる気に満ちた矢先、背後にある扉がコンコンと数回叩かれた。眉間に皺を寄せた彼は、投げやりな声で入室を許可する。
「…今さら見舞いかよ。お父さん」
「む…。すまん」
すでに夜になっており、仕事帰りで疲れているだろうに、父親に向かって随分な言い様だが、事前情報もあって仕方ないというのが正直な感想だ。
荼毘。もとい、轟燈矢は、俺と猫橋先生に視線をやって、病室から出ていくよう無言で指示し、それに従って親子二人にする。
「……。九州で、お前と気づいてやれなくて、すまなかった」
「ハッ。陽はこんなになっちまっても、一目で俺が燈矢だって気づいてくれたぜ? お前が治癒の“個性”目当てに宛がった許嫁がだ。俺の気持ちを解って、味方になって応援してくれるし、欲しい言葉をくれる。陽だけじゃねェ。猫橋家は、なんの見返りも無しに衣食住と金を与えてくれた。俺が生きてるって信じて、涙を流して迎え入れてくれた。元の面影が無い俺に、『お帰り』と言ってくれた。お前が捨てたモンを、全部拾い上げたんだ」
父親と口論になりそうな雰囲気を察知して、猫橋先生と顔を見合せて、二人で病室に戻ると、一人の女性が待っていた。
「久しぶりだな。陽」
「お久しぶりです。
ダークブルーにピンクのバイカラーの長髪を下ろした彼女の姿を見て、後輩にますますどんな接点があるのか興味が湧いた。
彼女の経歴は謎だが、容姿端麗で実力もあって、ヒーロービルボードチャート上位に食い込むほど、市民から支持率がある。
「あんたのラジオは聞いてるよ、プレゼント・マイク。はじめまして。レディ・ナガンだ」
そう言って気さくに俺に握手を求め、呆気にとられつつ、手を握り返した。
「…はじめまして。以後お見知り置きを」
内閣府特務機関異能力支援研究局
“個性”が、まだ異能力と呼ばれていた頃に創立された組織。
人々の信頼を得ている。
※ 構図のモデルは、ある漫画と小説を参照しています。