《マム。
「そう…。桜と局長にお礼と、連合のみんなにお疲れ様って、局長を経由して伝えて」
《了解しました》
先日、異能力支援研究局のAIに成り立ちを学び、会話をした事で、モスを含めた八尋製AIとの連携がより円滑になった。
それは、医療関係者にも殻木や先生に与していると考慮し、捜索が難航すると思った。しかし、猫橋一族が経営する病院に搭載されているAI『
そして、連合の場合、おそらくこのままいけば、最初の一審は有罪判決。次の二審で、保護観察処分に持っていくつもりだろう。そうしなければ、世間や敵側に後ろ盾があるのではないかと怪しまれる。今は、二審に向けて、
こうして、5月最後の週末の朝の報告を受けて一階に下り、エリちゃんをA組に送る通形君を見送って、2ヵ月ぶりに敷地内をしばらく散策し、教員寮の外にあるベンチに座って休憩した。怪我した場所が肋骨なので、今は走りこみや筋トレなど、無理ができない。
五月晴れの空を眺めて、独り物思いに
一応、猫橋家側の結婚挨拶の区切りはつけたけど、そこから先は未定。
今、結婚は二の次でいい。
燈矢君がギガントマキアの背で言った言葉は、全部本音で、ベスト・ジーニストが駆けつけなきゃ、エンデヴァーと焦凍君は、彼の嚇灼熱拳で二人共消し炭になっていた。彼はもう、エンデヴァーへの復讐にしか興味がない。彼にとって、轟家はエンデヴァーを追い詰める道具でしかなく、自分の皮膚も焼け爛れたまま放置していた事から、自分の命を投げ出すのも視野に入れてる。
だが、司法はそれを良しとせず、皮膚移植を受けさせただけでなく、暴露動画から家庭環境を考慮に入れ、幾分か情状酌量の余地があるという動きを桜が知らせてきた。それでも喜べないのは、すでに彼が家族に無関心になっていると解っているからだ。たとえ、保護観察がついて家族と再会しても、彼の心は揺らがないだろう。
《私は、今さら燈矢さんに関心を払っても、それで好転するとは思いません》
「普通ならね。でも、まだ家族は諦めてない」
《マムは楽観的過ぎます。彼が狂った時点で治るなんてあり得ません》
「今のところはね。あたしは、これからに賭けるよ」
モスの意見を否定して、一理ある意見に独りで嘆息した。
7月末日。
元
「…やっと終わった」
《とりあえず、一段落つきましたね》
「うん…」
唐子局長に胸中で感謝し、良かったと一息ついて、しばらく呆然としていた。そうしているうちに時間は刻々と進み、夕食の時間が近づいている事を思い出し、クローゼットの取っ手に手を伸ばして着替えを選んでいくけど、その手が止まる。
仕事終わりに校長に呼ばれ、校長室での会話を思い出したからだ。
(…猫橋先生。説明してくれるかい?)
(申し訳ありませんが、たとえ校長でも言えません)
(…一人で抱え込む癖は、学生時代から変わらないね)
ため息をついて諦めてくれたと思いたいが、彼がそう決断する訳がない。表向き辞職となっていても、本当はほとぼりが冷めるまで、他のヒーロー科がある高校で勤めてくるよう言われた。どうやら、彼に引き下がる選択肢はないらしい。
(猫橋先生が、来年雄英を出ていくのはもう解ってる。でも、本当の理由くらい教えてほしいのさ)
(…できません)
(どうしてだい?)
(あたしが先生方に説明して、解決できる問題じゃないからです)
異能力支援研究局が立案した国家機密のプロジェクトゆえに、口外はできない。これは、ワン・フォー・オールの継承者だと、自ら手紙で同級生に知らせた緑谷君とは訳が違う。
(わかった。決意が固いんだね。もうこの件には触れないようにしよう)
(…申し訳ありません。校長)
(いいよ。口を噤むだけの事情があるんだろうし、聞き出そうとして悪かったね)
(いえ…)
校長は、何も悪くないです。
そう言いたかったのに、うまく口に出せなかった。
《マム? どうされました?》
「…大丈夫。考え事してただけ」
AIに心配されるほど気弱になるなんて、情けない。モスが言う通り、楽観視できないほど現実は厳しいが、それでも好転すると信じている。
ぱちんと自分の頬を包むように叩いて、気合いを入れて立ち上がり、着替えてロビーに下りた時、スマホに着信が入った。相手は父で、要件は、都合が良い日に実家に帰ってきてほしいとのこと。それに対して、明後日帰る旨を伝えたけど、内容が引っかかった。父は、滅多にメールを寄越さないから、妙に胸騒ぎがする。
翌々日の夜。
実家に帰って早々に話を聞き、胸騒ぎは的中し、父から2年以内に燈矢君が自殺行為をすると発表された。一度でも荼毘として顔を合わせた責任として、家族全員がこの件に関わる事になり、自分も意見を出す。
「自殺行為って、具体的にどんな感じ?」
「予知班からは、青い何かに包まれる様子しか判らなかったらしい。…陽。何か解る?」
祖父の言葉でゾッとした。
研究局の予知班が言った『自殺行為』は正しい。
「燈矢君の“個性”だ…。…火達磨になるつもりで、たぶんモスの録音から、攻撃対象が焦凍君から炎司さんに替わってる。保護観察になって、身柄の引き取り先が父親とすると、…炎司さんに自分を見て欲しいがための行為になると思う」
「…自分の命も厭わないほどの渇望か。姉さん。燈矢さんを止められる?」
「止めるよ。…ただ、11年前より火力が上がってるし、独自にエンデヴァーの技を会得してたみたい。だから、そうするのは実家じゃなくて、開けた場所かな」
「でも、復讐の対象者は、お父さんだけじゃないでしょう。冬美さんから聞いた話だと、夏雄さんにまで被害を被ったって。姉さんは、二人が標的になってるって思ってるみたいだけど、家族全員が標的じゃないの? このままじゃ、ご家族が危ないよ」
緋桐も莉良も轟家の事を心配している。それは、彼らも承知済みだ。
「……入院している時に、焦凍君から聞いた。轟家は、今度こそ燈矢君と向き合うって」
「自分の個性で火達磨になるなら、今度は瀕死では済まないだろう。どれだけ体が保つかが問題だな」
「お婆ちゃん。あの時ビー玉に触ってたよね。燈矢さんの体について何か解った?」
「あの時は何も…」
「……あるいは、もう一度そうなる事で、暴走してた“個性”を、完全に自分で制御できたり、眠っていた“個性”が発現するかも。冷さんの“個性”因子を、体のどこかに受け継いでるはずだから、その時になったら──」
「お姉ちゃん、何言ってるの!?」
莉良の言葉で体がびくりと跳ね、自分が彼の死を促進させる事を言ったと気づく。しかし、このまま復讐できないで
「お姉ちゃんは、燈矢さんに生きて欲しくないの!? 予知通りに火達磨になれって事だよね?」
「…生きてて欲しいよ。でも、今は燈矢君の承認欲求を満たすのが先。彼は、ただ父親に自分の成果を見て欲しいだけで、粗があっても、親が見てれば調節もできると思う」
「自殺行為が行われる場所が、自宅でも瀬古杜岳でも、炎司さんがいてもいなくても、青い炎を消す方法はあるかい?」
「焦凍君は?」
「兄弟喧嘩勃発待ったなしだよ、莉良。姉ちゃんは、何か案ある?」
炎司さんと冷さんは個性婚で、暴露動画から炎司さんは自分を補う存在が欲しかった事が解り、冷さんの家は相当強い“個性”の家の出身。つまり、本気を出せば、全てを凍てつかせるほどの氷を生み出せる。
「もしそうなったら、その役は、氷の“個性”を持つ3人になるかな」
『は!?』
弟と妹は驚き、父と祖父母は納得の表情を浮かべる。轟家と関わった大人は『それしかない』と了承し、無言で頷いたが、下の二人は眉間に皺を寄せて黙りこんだ。
「3人には、万が一に備えてって感じで話したいけど、駄目か。最悪のシナリオで十分あり得るし、冷さん一人に背負わせるかもしれない」
「それでも、後手に回るよりかはいいんじゃない? 冬美さん達に話したほうがいいって」
「駄目。緋桐の気持ちも解るけど、情報漏洩だけは防がなきゃいけない」
ここで情報を流してしまえば、先手を打つ事になるけど、そうはいかない。
「……みんな。万が一の時には、あたしの携帯に連絡して。その時、冷さんでも冬美ちゃんでも、夏雄君でもいい。誰か氷の“個性”を持つ家族を、あたしが燈矢君の所に運ぶ」
轟家には何も伝えない方針で決まり、今は余計な火種を生まず、自分から燈矢君に連絡も取らず、いずれにしても今の環境に慣れてもらう事を先決にした。
翌朝。
いつもより早めに起床して、祖母が作った朝食を完食し、出勤するために静岡駅を目指す道中、見覚えのある後ろ姿があった。
「エンデヴァー。おはようございます」
「! …ああ、キャットか。おはよう」
挨拶を皮切りに、彼は長男の事を含め、これからの事を話し始めた。
「…燈矢が刑を終えたら、俺のほうで引き取ることにした。だが、その前に新しい家にいる冬美達に会わせて、一晩くらいは家族と過ごすつもりだ」
「そうですか。それは良かったです」
たとえ、異能力支援研究局が潜入捜査官だと証拠を提出している事と、2年以内に起こる予知の事を知っていても、知らぬ存ぜぬの一点張りでいく。
「陽さん」
「はい」
「俺は、ヒーローという仕事に逃げて、家族を顧みなかった結果がこれだ。だから、陽さんの母親と自分を比べてみて、彼女は母親としてよくやれていたと思う」
「…そうですね。…でも、他人と比較するより、向き合ったほうがよっぽど良いです。今のあなたなら、他人に目を向けられるようになって、良い傾向になってます。だいぶ遅くはなりましたけど、父親としての役目を果たせると、あたしは思いますよ」
「…ありがとう」
突き放してしまった子供に歩み寄ろうとする決意を聞いて、予知が覆る事を胸中で願うばかりで、自分から協力する事以外、何も言えない事に心苦しさを感じる。
八尋製AIとしては、3つ目に作られた。
医療に特化している。