3ヵ月ぶりの投稿になります。
8月中旬。
元
ちなみに、渡我さんのご両親は、3年前の事件で他県に移っており、連絡がつかない。彼女も元々住んでいた家を訪ねたそうだが、そこは罵詈雑言の落書きが書かれた空き家となっていたようで、プロジェクトの責任者の1人である兼先さんの家に、去年の11月から身を寄せている。しかし、
「おはようございます。猫橋さん」
「おはようございます。初めまして、兼先さん。渡我さんがお世話になっております」
雄英高校の最寄り駅前ではなく、相手に合わせて浜松駅で待ち合わせ、話しかけてきた彼女は、件の兼先さんだ。彼女とは、祖父経由で面識があり、渡我さんの報告がてら会おうと電話口で今月頭に言われ、こうして初対面を果たした。
会話の内容から噂になると良くないので、今年2度目のカラオケを利用する。適当にドリンクを頼んで、眼前の端末に曲を入れる事なく、そのまま本題に入る。
「それにしても良かったわね。轟君と迫君も、保護観察処分になって。轟君は、父親の所かしら」
「たぶん」
「精神的な負担にならない? 大丈夫なの?」
「愛憎入り混じってますし、親子としての会話不足なので、まだ余地はあるかと」
昨夜。冬美ちゃんから、実家で出前の寿司や料理を囲み、6人全員揃って、家族団欒の写真がメールに添付されて送られてきた。真顔でピースサインをしている燈矢君を見て、独り笑ってしまったのは言うまでもない。
「何かあったら、轟家に介入するつもりでしょう?」
「はい」
「彼に強要されて仕方なく加入したとしても、別れてないなら、恋人として接触できるわよね?」
「…できますけど、婦警の方から物理的に距離を取ったほうがいいと言われました」
「あらそう」
さらに詮索されるかと思いきや、あっさり引き下がった態度を見せ、こちらは少し驚いた。そして、扉をノックした店員から先にドリンクを受け取り、喉を潤してから話を続ける。
「…じゃあ、これから話進めるの?」
「どうでしょう? あたしが退院してからお互い連絡取ってませんし、彼も何かと忙しい思います。…渡我さんは、今どうしてますか?」
「脳震盪の後遺症もないから、バイトに勤しんでるわ。ある程度貯めたら、高校に進学するんですって」
「良かったです。目標が決まって」
「そうね。あなたに実際に会うまでは、警察に追われる立場だったから…。
「え? …初耳です」
母は、仕事の内容を家庭に持ちこまないし、自分の功績を話さない人だったからこそ、どんなヒーローなのかは他人から聞かないといけなかった。母の葬儀では、母方の親族からは誇らしい人で、母の同期や先輩後輩の大半は奇異の目で見て、理解ある同業者は死を惜しんでいた。そう考えると、あたしは知らず知らずのうちに母のやり方を真似て、ヒーローをやってきた事になる。
「連合のみんなは元気ですかね?」
「担当が違うからなんとも言えないけど、モスに聞いてみれば? 彼女なら、陽ちゃんのスマホ経由で簡単に辿り着くでしょう?」
「ありがとうございます。参考にさせて頂きます」
3時間の時間制限はあったものの、渡我さんの近況を知り、彼女との別れ際に渡我さん宛に小物の土産を手渡し、また会う約束を交わす。信号の待ち時間に、モスに他の面々がどうしているか尋ねてみると、それぞれの保護者に都合が合う時に会えるかをメールで送信したらしく、仕事が早い相棒にオフラインのチャット内で礼を告げた。
横断歩道の信号が青に変わる前に、鞄にスマホを仕舞おうとした矢先、それが着信音を奏でる。液晶画面にエンデヴァーと表示されていた。
時刻は、正午過ぎ。
恐らく昼休憩を取っていると予想したところで、今日は土曜日だと思い直し、彼も休日だろうかと推測しながら渋々応答する。
「…リカバリーキャットです」
『エンデヴァーだ。急で申し訳ないが、今日の昼は空いてるか?』
「はい。空いてますよ」
『12時に、静岡駅前のファミリーレストランで落ち合おう』
「了解しました」
会話しながら横断歩道の信号が青になったから、道向かいに渡って会話が終了したのを機に通話を切り、昼食は眼前の蕎麦処にしようと決めていたが、急用が入って諦める。そして、最寄り駅から新幹線で一番早くても1時間弱かかり、どう見積もっても遅刻する。
「…先に謝っとこう」
ダイヤと徒歩の関係で45分遅れる事をメールで伝え、走りたい気持ちを抑えつつ、早足で浜松駅に向かった。
新幹線で静岡駅に到着する間に、目的地のファミリーレストランがガストで、呉服町通り店である事をショートメールで知らされ、これまた約束の時間に間に合うよう足早に歩を進める。
すると、駐車場の片隅で仁王立ちしている長身男性がいた。徐々に近づくにつれ、刈り込んだ赤毛の短髪に、顔の左半分に怪我があり、眉間に皺を寄せたしかめっ面で十中八九エンデヴァーだと確信できる。
「お待たせしました」
「そんなに待ってない」
そこで、視界に白が映った。
背を向けられていたため顔は見えないが、あのツンツン頭は見覚えがある。あたしの声に反応したのか、振り返り様、微笑みを向けられた。
「よォ。陽」
「…久しぶり。燈矢君」
以前と違う所と言えば、いつもしていたフープと鼻ピアスを外し、さらに皮膚移植をした事で不気味さは鳴りを潜め、より二枚目の顔立ちが明確になる。そのせいで、返答が一拍遅れてしまった。
そして、エンデヴァーが駐車場の一角に突っ立っているため、そこだけ車が停められていない。
「すまん。休日は家に1人にする訳にいかなくてな」
「それは致し方ありませんよ。中、入りましょうか」
「ああ」
店内に入り、営業スマイルで平静を装う店員に案内されて、奥のテーブル席に座っていく。しかし、燈矢君は父と一緒に座るつもりは無いが、巨体を懸命に端に詰めて座した彼の無言の圧力に舌打ちし、露骨に顔を合わせず、渋々父親の隣に座した。
ウェイターが丸盆で運んできたお冷やで喉を潤し、おしぼりで手を拭いた後、話題は自分に対する強要罪の件になる。燈矢君は、今日の午前中に、猫橋家に詫びの品を持参して直接謝罪に行き、赦しを貰ったらしい。つまり、エンデヴァーは長男と共に許嫁に直接謝罪するために、ファミレスに連れてきたという事を、ここでようやく理解した。
眼前で、笑顔を封じた燈矢君が、真剣な表情で深々と頭を垂れる。
「陽。家族の命を引き合いに出して、脅して悪かった」
「……気持ちはわかった。でも、君の謝罪を受け入れる前に、色々言わせてもらっていい?」
「…ああ」
「では、お言葉に甘えて。……君が
「……」
敢えて、今までずっと避けてきたきつい口調と、閉まってきた本音を吐露した事で、許嫁であるあたしが簡単に許すつもりが無いと悟ったのか、正面から顔が見えないほど深く俯いたままの彼の足元から、布が肌と擦れる音がした。恐らく、ジーパンの生地の上で拳を握ったんだろう。それに伴ってお互い沈黙し、婚約者が頭を上げる事も、場の空気を変えるためにお品書きを開く事も無い。
これを喧嘩だとするなら、婚約者と初めての口喧嘩になる。だからこそ、彼と正面から徹底的にぶつかっていき、言葉を吐き出し続けた。
「周りの人間を人質にしてヒーローを脅すのは、
怒りを鎮めるために軽く溜め息をついて、プラスチックのカップに残っている飲料水で喉を潤し、それをなるべく優しくテーブルの上に置いた。
「…あたしからは以上です。エンデヴァーは、何かありますか?」
「いや…。特には…」
「なら、ご飯にしましょう。お腹すきました」
「…そうだな。燈矢は──」
「今は要らねェ」
投げやりにそう言って彼は離席し、トイレがある場所へ去っていく。息子の後ろ姿を見送った父親は、お品書きが書かれたファイルを手に取る事もせず、気まずそうにあたしを見やった。
「…燈矢が、陽さんを強要していたのは報道で知った。俺は、陽さんが自ら望んで連合に入ったと思っていたんだがな」
「誘いは何度も断ってたんですけど、流石に家族の命を犠牲にはできませんから」
「……」
婚約者が、オール・フォー・ワンや殻木球大の手で瀕死の状態から救われたとはいえ、一度息子を間接的に死に追いやった経験のある彼からしてみれば、閉口せざるをえない返しだ。しかし、この重苦しい空気のまま食事するつもりも無いため、話題を変える。
「燈矢君は、あれから何か話したり、変わった事はありましたか?」
「いや…。会話は最低限だ。日中は何をしてるのか知らんが、家事は一通りできるらしい。どこで身につけたのか言ってくれなくてな。変わった事は……、以前手につけていた魚を避けて食べていたり、荼毘の頃と比べて大人しいところだ」
「そうですか。彼が大人しい理由に心当たります?」
「全く。…なんだ、その目は?」
「いや…。とりあえず、一緒に探っていきましょうか」
これほど子供の心を察せない親は、自分が思いつく限り彼くらいだ。しかし、それを口に出しては意味が無いため、ここは言葉を飲み込んで黙っておく。
「彼の仏壇の処分は?」
「…入院中に終わらせてる。入院費も仏壇の処分代も、俺が払った」
「そうですか。明日以降、腹を割って話してみたらどうです? もしかしたら、燻ってる思いを吐き出してくれるかもしれませんよ」
「…わかった。陽さんの言う通りにしよう」
「……」
あっさり了承されたものの、嫌な予感がする。
仮に稽古であれば、彼が幼少期にずっと望んでいた事で、自分の成果を見て欲しがっていたが、それに乗じて父親を殺しかねないからだ。
黙りこんだあたしを見て、今度は炎司さんが話題を変えてくる。
「…燈矢とは、どこまでいった?」
「実家に結婚挨拶を済ませました。轟家には、まだ荼毘と名乗ってた時期なので、行ってません」
「そうか…。こちらは来週でも構わん」
彼が、もう一度冷水を喉に流しこんで一息つく前に、燈矢君の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「お気持ちはありがたいですけど、もう少し時間を下さい。来月中には、必ず答えを出します」
「む…」
轟家に挨拶に行くのは構わないが、それよりも、喧嘩の元になった強要の件で壊された関係を修復するのが先でしょう、と胸中で毒づいた。何かと早急に答えを出す傾向にある義父になるであろう彼に対し、相変わらず辟易する。
その時、背後からご子息の声が聞こえた。
「もう決めたのか?」
「いや。まだだ」
舌打ち一つして、彼の隣に腰を降ろす前にファイルを2つ共手にした燈矢君は、あたしにその1つを手渡してくる。さりげなく優先してくれるよね、と思いながら礼を告げ、視線を落として表紙を開く間に、彼はざっと見て彩り野菜の黒酢唐揚げ膳に素早く決め、そのまま父親の顔を見ずに横にファイルを滑らせ、会話を極力避けているのが伺えた。
あたしは、チーズinハンバーグにご飯と日替わりスープ。ドリンクバーのセットをつけてウェイトレスに注文し、食事が運ばれて来るのを待つ間、婚約者が意を決したように、会話を切り出した。
「……陽。連絡先、教えてくれ」
「…いいよ。ついでに、LINEも登録しとく?」
「ああ」
彼は、見慣れないスマホを黒地のボディバッグから取り出して弄り出したものの、顔を僅かに上げて視線だけをこちらにやり、様子を
その不安を打ち消すように、愛用しているライフガードのボディバッグからスマホを取り出し、LINEのQRコードを表示させて彼の手元にやり、見えるようにした。コードを読み取らせて、こちらも自動的に登録された連絡先に猫のスタンプを送った後、小学生の時から変えていない電話番号を同様のやり方で教える。
それは、このまま意固地になって喧嘩を長引かせ、音信不通から関係が消滅するより、少しでも距離を縮めたほうが良いと判断したからだ。