ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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第1話 始まり

(どこに行く!!)

(あの人の手当てがまだ終わってないです)

(ヴィランの相手をするな。自業自得だろう)

(ヴィランだって人間なんですよ。どいて下さい、エンデヴァー!!)

 

 セミプロになりたてであるインターンの時期に、その少女の記事を見た。

 目撃証言によると、チームアップされた同業者の人波をかき分けるように出てきた少女は、胸元にある紺の生地と白の糸で名前が刺繍された白い上着に、紺のズボンと白いスニーカーを履いて、怪我人のために現場を右往左往している。

 

(リカバリーキャットです。大丈夫ですか?)

(俺も手当てしてくれるのか?)

(はい)

 

 『エリアヒール』で周囲の傷を負った者達の応急処置をした後、重傷者の止血をできる限り施し、軽傷者の治癒を全て一人で迅速にやった後の行動で、誰もが理解できない表情をしていた。それは報道陣も一緒で、彼女は質問責めにあった。

 

(誰かが怪我をされた以上、私は見過ごせません。そこにヴィランもヒーローも無いと思っています)

 

 その姿勢と価値観は2年経っても変わらず、『ヒーローの異端児』と記事に書かれたが、本人はどこ吹く風といった表情で淡々としていた。

 

 

 それから実習生を経て数年が経ち、環境にも変化が訪れた。

 

「──先生。プレゼント・マイク」

「あぁ。どうした? リカバリーキャット」

 

 着任式を来週に控えた新人教師に声をかけられて振り返ると、ベリーショートヘアーの黒髪に金色の瞳を持つ女性が立っていた。彼女こそが、リカバリーガールの後継者と言われる、リカバリーキャットだ。

 

「おはようございます。ひとつ、マイクに頼みたいことがありまして……」

「なんだ?」

「一夜だけでいいです。マイクがやられてるラジオに出演したいんですけど、いいですか?」

「いいぜ、と言いたいところなんだが、理由は?」

「人を探してます」

 

 警察に尋ね人を探していると告げれば良いと突き放せたらいいのに、その時の俺は、彼女の憂い顔に訳ありだと思って、ただ頷くしかできなかった。

 

「…わかった。明日、打ち合わせだから、その時組み込んで調整できるか、スタッフに聞いてみよう」

「ありがとうございます」

 

 その時、初めて見る彼女の満面の笑みを前にして、何故か笑えずにいた。それを見逃すような人ではないとわかっているが、見て見ぬ振りをしてくれるのが嬉しかった。そして、生放送形式でやっており、来週の金曜日になると知らせると、目を輝かせて万歳し、全身で喜びを表現した。

 そうやって一緒に迎えた金曜日。

 仕事終わりにラジオ局で、彼女は緊張しながらも詳しい打ち合わせをし、放送前になるとヘッドフォンを着けて、眼前のマイクに言葉を投げていく。

 

「今回のゲストを紹介するぜ」

「皆さん、はじめまして。そして、こんばんは。リカバリーキャットです。よろしくお願いします」

「ってなわけで、今夜もぷちゃへんざレディオには変わりないから、どうか、チャンネルはそのままでよろしく頼む。今日のお題は、ずばり自分だ。なんでも、リカバリーキャットには悩みがあるらしい。リスナーの皆は黙って聞こうか」

「ありがとうございます」

 

 彼女は、昔のことを語った。

 かつて婚約者がいたこと。その人が事故死し、精神的な打撃を受けたことなど、普通なら感極まって言葉を詰まらせる場面があったものの、彼女にはそれが見受けられなかった。

 いや。

 他人の目があるから見せられないかもしれない。

 

「語って下さって、ありがとうございました」

「はい。これで終わりだと思うでしょう」

「思った。え、違うのか?」

「違うんです。さっき『婚約者が亡くなった』と言いましたが、私は亡くなってない可能性に賭けてます」

「そりゃ、いくらなんでも無理があるぜ」

「ええ。そうでしょうね」

 

 否定した俺を(いさ)めるように、アドリブを挟んだ彼女は一瞬真顔になった。そして、俺の番組を通して婚約者に声を届けるのが目的だと、遅まきながら気づいた。

 

「私は諦めない。あなたが日本のどこかで生きてるって信じてる。酒、女、煙草(たばこ)。全部やっても構わない。ヴィランになってもいいから、あたしの所においで。もし、この放送を聞いていたら来て欲しい。いつまでも待ってるよ」

 

 優しい声音と全てを包みこむような表情に、今でも名も声も顔も知らない『婚約者の彼』を愛している事を感じ取った。

 

「待つのは構わねぇが、とりあえず期日を決めようぜ」

「そうでした。じゃあ…、今月末までにします」

「よし。でも、募金は3ヵ月の期限を設ける。それで、どうやって見つければいいんだ?」

「見当もつきません」

「名前は?」

「言えません」

 

 どの質問にも首を横に振って否定したり、口を(つぐ)み、頑なに言おうとしない。そこで俺は、こう告げた。

 

「表向き、死んだ事になってる彼へ。俺が代わりに言うぜ。生きてるんだったら、静岡県垢離里市に来い。金が無かったら、全国のリスナーがいる。プレゼント・マイクからも頼む。少額でもいい。ソイツのために金を使ってくれ。プロヒーローだって、誰かの大切な人だ」

 

 脳裏に、昔馬鹿騒ぎした友達(ダチ)の事が浮かんだものの、今は彼女の大切な人を探すことが先だと結論づけた。

 

「ありがとうございます。この放送を聞いて、彼の事情を知っている方々。生きてるほうに賭けるって方々は、どうか、彼が真実を告げるまで口を(つぐ)んで下さい。愛しい彼が生きていて、ヴィランになってるなら、そうなった事情をある程度、私は知ってる。当然、踏み外した原因を作った人がいるわけですが、あー…。プレゼント・マイク、助けて下さい。これ以上は言えません。放送禁止になってしまいます」

「オーケー。お便りの時間といこうか。ラジオネーム『T・H』さんから。『プレゼント・マイク。リカバリーキャット。こんばんは』」

「こんばんは」

「『私は現在、故あってヴィランの身ですが、どこに行けば会えますか?』」

 

 ヴィランを助長することになりはしないか、と考えたところで声がすっと割りこむ。

 

「え、悩む必要あります? (ヴィラン)(たむろ)する場所に行けばいいでしょう。探せば、ちゃんとした組織くらいあるんじゃないですか? もちろん、私にはそこに行っても会えませんよ。ヒーローですからね。そして、(ヴィラン)の方、勝手に決めて申し訳ありません。仲介人の方がいらっしゃるのでしたら、そちらの方も重ねてお詫び申し上げます。いつかお会いしたら、『あの時、勝手に決めやがって』と一発殴っても構いません」

「いいのか? 嫁入り前の顔に傷つけて。婚約者の彼が逆上するんじゃねェの?」

「どうでしょう。まだ会ってませんからね」

「そうだった。俺、会える前提で話してたぜ」

 

 会える前提。

 この言葉が功を奏したのか、リスナーが増えた。しかし、この時の俺達は会話に夢中になって全く気づいておらず、のちに『伝説の回』と評されるのも知らなかった。

 

 

 ラジオが放送された3日後の月曜日。

 昼休み中に、食堂で三つ葉抜きの親子丼を食べているリカバリーキャットに会い、相席ついでにいつもの調子で話しかけていた。

 

「どうだ? 婚約者は見つかったか?」

「まだです。連絡を取ろうにも、彼の電話番号なんて知りませんし、姿形も同様です。せめて、何か残してくれたらと思ってますよ」

 

 彼女が設定した期日は今日までで、俺の不躾(ぶしつけ)な質問に対して、隣にいる相澤に捕縛布で締め上げられる。しかし、気分を害した様子は見られず、布の隙間から見えた景色は、俺に構わずに食べ進めて最後の一口を頬張る姿だった。

 

「悪かった。代わりに謝る」

「大丈夫ですよ。相澤先生」

「お前も謝れ、プレゼント・マイク。デリケートな話しやがって」

「申し訳ありませんでした」

 

 若い看護教諭は、俺の謝罪を受け取ってくれた。

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