燈矢君に向けてラジオ放送した、8日後の昼休み。
体育祭3日目に、プレゼント・マイクがカツ丼定食を食べている最中に、あたしがうどん定食を持って相席で良いか頼むと、二つ返事で了承して下さった。
「世の中甘くないですね」
「どうした?」
「彼が来ないだけです」
「昨日で1週間だろ? 募金はどうする?」
「せっかく集めたんですから、遠慮なくいただきます」
婚約者が亡くなってから、今年で11年が経つ。死んでいる可能性は幾度も脳裏をよぎったものの、その度に諦めの悪い自分がそれを否定する。決して、お涙ちょうだいのために話したのではない。
定食に手をつけ、ずるずるとうどんをすする。対面している金髪の彼は食事に集中すると思ったが、どうやら違うらしい。
「…悪かった。気軽に『会える』なんて言って」
「…いえ。あなたは悪くありませんよ。あたしの諦めが悪いだけですから、どうかお気になさらず」
謝る必要は無いと言うのに、彼は席を立つ際に頭を下げてきて、こちらは微笑を浮かべる必要があった。
翌日の朝礼後にオールマイトから、昼休みに仮眠室に来るよう言われた。そこには、そばかすが特徴の1年A組の緑谷君がおり、ますます自分が呼ばれた意味が理解できないで、扉を背にして立ち尽くす。そうしていた自分に着席を促したのは、痩せ細った姿のオールマイトだった。
「どうしたんですか?」
「リカバリーキャットも、緑谷少年に1票入れてた事を思い出してね。対面した事が無いだろうと、私が用意したんだ」
「そうですか。ありがとうございます」
母直伝の武術を仕込もうと思ったが、話を聞く限りではワン・フォー・オールの継承者として、二代前の師匠にあたる人物が票を入れていたらしく、私は『そちらのほうが良い』と進言した。
「どうしてですか?」
「私が君に票を入れたのは、よく無茶をするから。それに対する技術を教えようとしたの」
「返す言葉もありません…」
「まァ。私は看護教諭として新米だから、お互い頑張ろう」
「はいっ!」
緑谷君が退室してこれで話は終わりかと思いきや、今度はオールマイトが私を呼び止めた。疑問に思って振り返ると、彼が急須から湯呑みに緑茶を注いでおり、再度ソファーに座る前に用件を尋ねれば、先月のUSJ事件の事を話題に出される。
「色々あって遅くなったけど、あの時、私を校長から引き離してくれて、一緒に戦ってくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ、私の胸騒ぎを信じて下さって、ありがとうございました」
「君の“個性”は猫由来だからね。信憑性のほうを取ったんだ」
USJ事件が起こったあの日。
朝から妙な胸騒ぎがして落ち着かず、リカバリーガールから叱責された。しかし、結局自分の意見を聞いて下さった彼女と校長に頭を下げて、保健室と仮眠室を後にした覚えがある。そして、高速テレポートで上空を飛んで新設のUSJに向かったおかげか、委員長の飯田君がそこから出てきた瞬間に鉢合わせし、シガラキ・トムラと黒霧を捕らえ損ねた以外、早期解決できた。
「君の母親…。ライトニング・キャットとは幾度かチームアップした事があってね。高速テレポートなんて、いつぶりだろうって思ってた」
「初耳です。母があなたと働いていたなんて。仕事の事は一切口にしませんでしたから」
彼が淹れて下さった緑茶を口にし、しばらく互いに無言になる。先に沈黙を破ったのは自分だった。
「それで、あの『ノウム』とやらはどうなりました?」
「警察にやったままだよ。何かあれば塚内って人から連絡が入るようになってるけど、どうしたんだい?」
「あれは、人間と何をかけ合わせたものだろうと思っていまして…。私は、まだ警察の方とパイプを持ち合わせてませんし、
「でも、医療従事者とのパイプはあるんだろう」
「はい」
「それすごいね。もしかしたら、私が知らないままお世話になってるかも」
「そうかもしれませんね」
すでに複数の“個性”を持つ『ノウム』の事を自宅で自己分析していたが、まだ確証を得られる段階ではないので説明すべきではないと踏み、何も言わないでおいた。
放課後になり、リカバリーガールが先に退勤する
「よぉ」
「うおッ!?」
突然、暗闇に響いた誰かの声に驚いて、自宅の鍵が入ったキーケースが手から滑り落ち、そのまま玄関前に音を立てて落としてしまった。猫の“個性”である夜目が効き、声がした左方向に首だけ回して向けると、継ぎ
「悪いな。遅くなって」
「…燈矢君?」
どうにか思い当たる人物の名前を告げると、男の顔に笑みが広がる。
「陽。今は荼毘って呼べ」
「すみません…」
鼻を片手で摘ままれた姿勢で謝罪すると、返ってきたのは気の抜けた笑い声だった。その後に、ぱっと鼻から手を離されて、こつんと石に当たったのか、自分が履いているスニーカーの音が聞こえる。手を離してくれたため、落としたキーケースを拾い上げて錠前に差し込んで回し、角部屋の扉を開けた。
「おかえりなさい。と…、荼毘君」
「ただいま。陽」
手洗いとうがいを済ませた後、居間にある椅子に座ってから、たまたま出先でラジオを聞いて、ここまで徒歩で来た旅路を黙って聞いた。彼の目的は、恐らく憎悪の対象であるエンデヴァーへの復讐だろう。それは自分も同じなので、特に問題視する必要はないとしてスルーし、彼はフランケンシュタインのような顔を歪ませて笑った。
「一緒に地獄を歩む覚悟はできてるか?」
「昔からできてるよ」
答えに満足したのか、彼は椅子から立ち上がってあたしに近づき、ごつ、と昔のように鈍い音を立てて額を合わせてきた。それから目を細めて笑い、すうっと距離を取られる。それで野良猫を拾ったくらいの感覚で接し、スーパーで買ってきた物を冷蔵庫に入れるついでに台所に立って、朝食の仕込みをして、あまり自分から彼に干渉しないようにする。
仕込みが終わり、湯呑みと受け皿を盆を持って、急須で緑茶を二人分注いだ。
「あのさ。戸籍どうする?」
「戸籍?」
「表向き、荼毘君は死んだ事になってるから」
「ああ。そうか」
「火事の後、現場に行って『燈矢君は行方不明になっただけで、認定死亡にすべきです』って炎司さんに言ったけど、聞く耳持ってくれなくて、君の葬式をしたの」
「へぇ…」
この後の法律関係は、炎司さんにかかっている。
ネットの情報を見る限り、失踪宣告だと死亡したものと『見な』されて、一度失った戸籍を戻すことはできない。しかし、認定死亡だと、死亡を『推定する』ので、反対の証拠を挙げれば推定を覆す事ができ、戸籍の死亡の記載は訂正される。
いずれにせよ、荼毘君が正体を明かす日まで、『ぷちゃへんざレディオ』内で集めた募金を使って、密かに二人で暮らす方向で決めた。
「あたしのお父さんに一報入れる? 今なら、家にいると思うよ」
「いや。今はいい。…それにしても同情を買ったのか。すげぇな」
「凄くないよ。ただ、氏名を伏せて事実を言っただけ」
とりあえず数ヵ月の療養期間を設け、いつでも自宅から出て行けることを条件に、1DKの家に住まわせる。その後の連絡手段としては、自分の電話番号に公衆電話からかける事にした。しかし、『このままだと
「…腹減った」
「わかった。何がいい?」
「陽が作ったものなら、なんでもいい」
「うーん…。手羽中と大根の煮物は? 味染みてるよ」
「食う」
内臓が損傷しているであろう彼のために、敢えて胃腸の負担が少なく、消化に良さそうな献立を提案する。承諾をもらって冷蔵庫から容器を取り出し、レンジで温め直した遅めの夕食を完食する様子を見守り、来客用の布団を自室の板張りに広げ、入浴後に近況を話し合うついでにノンアルコールビールを開けて再会を祝った。疲れを取るために早めの就寝をしたくても話題は尽きず、結局深夜になってから『おやすみ』と挨拶を交わして、布団に横になって眠りについた。
2023年3月16日
法的手続きが違うため、失踪宣告を認定死亡に変えました。