ヒーローの異端児   作:白天竺牡丹

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第3話 療養期間

「……どうした。こんな夜更けに」

「パトロールしに行くの」

「…まだ2時間しか寝てねェだろ」

「大丈夫だよ。行ってきます」

 

 あのラジオを聞いて、一週間が経った深夜。

 許嫁のベッドがある方向からごそごそと物音が聞こえてきた時、俺はまだ布団の中にいて寝ぼけていて、声をかけた時にはもう玄関でスニーカーを履いて、パトロールに行く準備が完了していた。なるべく音を立てずに閉められた玄関が重く感じ、彼女がいなくなっただけで心に穴があいたような錯覚に陥る。

 彼女が帰宅したのは朝6時頃で、俺達が起きたのは昼頃だった。寝癖でショートヘアの黒髪が跳ね、寝ぼけたまま色気の無いスウェットで動く彼女の姿に、思わず笑ってしまう。

 

「飯どうする?」

「んー…。作り置きしてあるから、冷蔵庫から好きなもの選んで」

 

 幼い頃から付き合いがあったため、彼女の料理の腕前も知っている。容器の上には、作った日付と料理名が書かれた付箋紙が貼られていて、どれも美味そうだと腹の虫が訴えかけた。今日は豚肉と玉葱の味噌マヨ炒めにして、夕食はピーマンと竹輪(ちくわ)のきんぴらにすると提案してみれば、痛む頭を押さえて、それらに合う味噌汁を陽が作ってくれる。

 昼食後は一緒に出かけて生活必需品を買いに行き、彼女の金で払った物だが、陽の弟である緋桐が買ったという服以外で、ようやく自分の寝間着を手に入れた。(かご)一杯に男物の服や下着。シャンプーやトリートメントを詰め、言葉で背中を押されて試着すると、サイズがだいたい合っていた。衣食住を快く提供してくれるばかりか、『似合ってる』と褒め言葉を難なく言える陽に対して『すげェな』と思いはしたものの、これが育った家庭環境の違いだと痛感して、ぐっと口を閉じて嘆くのを(こら)えた。

 一日の終わりには、2つ折り財布とは別に、ポール・スミスの黒いキーケースをプレゼントと評して手渡される。その中には、店で作ったばかりのアパートの合鍵と、ラミネート加工された上にパンチで穴を開けた紙片があり、それだけで俺の心の隙間が埋まっていく感じがした。

 

「買い忘れ無い?」

「無い」

「よし。帰ろうか」

「…陽。手ェ繋げるか?」

「? うん」

 

 許嫁は、まず継ぎ接ぎになった俺の手を見て、それからなんの躊躇(ためら)いも無く片手を滑らせてくる。俺はそれに合わせて一気に握ったりはせずに、11年分の隙間を埋めるように、互いに少しずつ指を絡ませてゆっくり握り返し、恋人繋ぎを実行してみて妙に心拍数が上がるのを感じた。

 手()げ袋の重さと手の温もりを実感しながら、横並びでアパートに帰っていき、これを起点に距離を縮め直していく。しかし、『この状況は完全にヒモだ』と思ったのは翌日で、それを朝食時に謝罪すると、鮭の西京焼きを半分平らげていた彼女は笑ってこう言った。

 

「そんな小さい事で悩まないで。荼毘君のやるべき事への準備期間だと思えばいいんじゃない?」

「……。ありがとな」

「どういたしまして」

 

 いつヒーローとして出動になるか分からないのに、何気ない会話を吹っ掛けてくれる事がありがたい。食事を再開したかに思えたが、何かを思い出したかのように咀嚼(そしゃく)をやめ、口を開きかけてやめる。

 

「なんだ。しゃべれよ」

「……。口に物入れたまましゃべれないでしょう。行儀悪い。…写真。片付け終わったら撮ろう」

「いいぜ」

「どういう風に撮る?」

「陽の好きなようにしろよ」

「全部任せないで、荼毘君も言いたいこと言って。遠慮しないでいいから」

 

 陽の部屋で撮る事になり、1枚目は普通に正面にあたるレンズを見て自撮りし、2枚目はカメラを渡されて、悪戯(いたずら)でカメラを向いたままの彼女の頬にキスをすると、アッパーを食らいかけた。男に慣れてないと見た俺は、それを床に置き様に彼女をからかい、悪戯をし続けた罰として家事を手伝う羽目になる。

 

「荼毘君のできる範囲で、留守の間に掃除してくれる? 分からなかったら、ヨーチューブでも良いからパソコンで調べて」

「パスワードは?」

「教えるよ」

 

 説教を真面目に聞き、俺はその日から許嫁直伝で掃除の指導を受けた。

 掃除の順番は俺に一任され、洗濯物は別にするなど、料理以外の基本的な家事がある程度自分でできるようになった頃には4月末に差し掛かり、俺は徒歩20分の場所にある雄英高校で開かれる体育祭に行かず、彼女のパソコンを借りて観賞する。

 5月中旬になって、ステインと呼ばれるヴィランの動画がネットに出始めた頃、家を出ていくとだけ言った。すると、彼女は俺を引き留めもせずに、ひとつの茶封筒を鍵がかけられた机の引き出しから取り出し、それを手渡してきた。礼儀がなってないと他人が見たら言われるかもしれないが、封筒の中身を見ると数十万は入っていて、それが許嫁の貯金から引き下ろしたものだと、容易に想像できた。

 

「こんな大金要らねェよ」

「いいから、遠慮せずに受け取って。荼毘君がこれからどう歩んでいくのか知らないけど、ひもじい思いをしなくて済むようにしてるの」

「…ありがとな」

「こちらこそ生きててくれて、楽しい時間をくれて、ありがとう」

「俺が生きてるって信じてくれて、ありがとう」

 

 抱擁を交わし、俺はまた夜の世界で生きていく事になり、公共交通機関や大通りを避けて、人通りの少ない道を選んで当てもなくさまよった。

 その中で、プレゼント・マイクが陽と共演した先々月のラジオで言っていた、行方不明者である俺に対しての募金が3ヵ月でいくら貯まるか分からないが、総額から療養期間中にかかった生活費と、餞別として渡された30万円を差し引いた額をもらうつもりでいる。許嫁には告げていないが、それくらいのことしか今の俺にはできない。

 道中で繰り返しステインの事件が報道されて、『ヒーロー殺し』を実行するために(ヴィラン)連合に入る事を決意する。

 

「あんたがそうか。写真で見てたが、生で見ると気色悪ィな」

 

 誰の手だか知らないが、それを装飾品のように顔に身に着けている時点で、気持ち悪さが胸中にこみ上げてくる。

 

「不安だな。この組織、本当に大義はあるのか? まさか、このイカれ女を入れるんじゃねェよな?」

「えへっ」

 

 『今は荼毘で通してる』と言うと、『本名を名乗れ』と言い返してくる。名前なんてどうでもいいと思っている俺は、すんなりと燈矢から荼毘に呼び方を変えてくれた陽と比べながら思い出し、それだけでイラついた。

 

「出す時になったら出すさ。とにかく、ヒーロー殺しの意思は俺が全うする」

「聞いてない事は言わなくていいんだよ。まったく…。どいつもこいつもステイン、ステインって…。良くないな。気分が良くない。ダメだ、お前ら…!」

 

 肝心の死柄木弔がイラついてバーから出ていった事でとりあえず面接が終わり、目星をつけていた一番近い公衆電話に行き、陽に買ってもらったキーケースを開いて、携帯の番号が記された紙片を見ながら電話をかけてみる。

 

『もしもし?』

「陽。仕事決まった」

『おめでとう。良かったね』

「こっちで上手くいったら、飯でも食いに行くか」

『うん。楽しみに待ってるよ』

 

 喜色を浮かべているのは電話越しでも分かり、裏表の無い率直な性格と感想だからこそ、俺を癒してくれる。ただ、自分が人殺しも(いと)わない(ヴィラン)だという事はこの数ヵ月伏せていたおかげで、自分の腕が鈍ってやしないか心配になったが、その時になったら分かるだろうと割り切る。

 陽は、11年もの空白期間の中どんな生活をしてきたか探りを入れることなく受け入れ、その事に改めて感謝の言葉を口にして、習慣になった就寝前の挨拶を交わして電話を切った。

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