魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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第一高校を蝕む者

「んー、あれ、どうしたもんやろね」

 

 校舎の屋上の更に上、出入口の屋根の上で市丸は一人ごちていた。

 

 眼下に見えるのは同じクラスの明智英美と、司波深雪の同級生の北山雫と光井ほのかの三人だ。三人は男子剣道部の主将の司甲を追っている。

 

 司甲は第一高校の在り方を歪ませている存在として市丸が目をつけた人物だ。違和感は第一高校に入学してすぐに感じ取った。魔法師というものは、卒業後には軍や警察という治安維持の最前線に立つことも多い者たちだ。その魔法師たちが高校生という大事な時期に変な選民思想を持つことを非魔法師が多い政治家たちが是とすることは、ありえない。中央四十六室が死神の上にあることは実力重視の尸魂界でさえ、徹底されていた。

 

 となると、考えられるのは学園として是としているのではなく、学園は手をこまねいているということ。それは何者かの関与がなければありえない。

 

 そして、森崎との一件を経て市丸は司甲にたどり着いた。普通の生徒は市丸を遠巻きにし、近づかないようにしていた。例外は、教職員、生徒会や風紀委員などといった職務上、市丸の監視を必要としていた者たち。その中で、司甲が自分を監視しているのは、あまりにも異質だった。あれでは、自分がよからぬことに関係していると申告しているようなものだ。

 

「実際に現場に近い場面を見たゆう違いはあるとはいえ、あの人に比べれば雑もええとこやったなァ」

 

 もっとも、司甲たちの企みも学校側に発覚していない。藍染が異常に仮面を被るのが上手であっただけで、今の時点でも高校生にしては十分に及第点なのかもしれない。

 

 いずれにせよ、今回は市丸は司甲たちの敵に回ると決めている。組織の内部で信奉者を作り出し、いずれ内より食い破る。そのやり口は巧拙には随分と差があるとはいえ、市丸の宿敵の行動と同様だ。はっきり言って虫唾が走る。

 

「それはそれとして、そないなことせんでもええでって言うたところで、あの様子だと聞くかどうかわからんしなぁ」

 

 三人組が掴みかけているのは、司波達也への魔法攻撃の犯人としての司甲までだ。それ以上があるとは思ってもいないだろう。だったら、それ以上を伝えればどうだろうと思わなくもないが、一端であれ手の内を晒すことになりかねないので躊躇われるところだ。

 

 司甲は三人の追跡に気付いていて誘い込む動きを見せている。だが、その後を追尾する市丸のことは気付いていないようだ。

 

「まあ、ええか。一度、危ない目に遭うた方が今後、緊張感を持ってもらえるやろし」

 

 素人であるので仕方ないことかもしれないが、三人は自分たちが罠に嵌められているという可能性に対する危機感が薄い。しかし、口で説明しても理解をしてもらうのは難しい。それなら、いっそ危ない目に会ってもらうというのも手だろう。

 

 司甲の手下と思われる者たちはすべて非魔法師だ。市丸ならばどのような手を使ってこようと対処は容易い。しかし、それは非魔法師が一科生の中でも魔法力ならば上位の三人に危害を加えようとしているということでもある。

 

「不意打ちの可能性もあるけど、それやと三人同時に無力化は難しい。まあ、誰か一人でも即死させられたら動揺で魔法が撃てんくなる可能性はあるけど、それよかアンティナイトやろね」

 

 アンティナイトは簡単に言えば魔法式による情報改変を妨害するノイズを発生させることができる物質だ。魔法を封じられれば三人はただの少女に過ぎない。

 

 それからほどなく、バイクに乗った男たちが目の前に立ちはだかったことで、ようやく三人も誘い込まれていたことに気付いたようだ。三人はすぐに男たちを魔法で足止めして逃走の態勢に入る。

 

「即座に戦闘不能に追い込んどいたら良かったんやけど、これでも及第点なんやろね」

 

 三人は成績優秀とはいえ、ただの高校生なのだ。少し加減を間違えれば死亡したり後遺症が残ったりするほどの魔法攻撃が行えなくとも無理はない。そして、市丸の懸念は的中した。男たちの一人が付けていた指輪から不快なノイズが走り、三人の魔法の効果が失われた。

 

 市丸にはアンティナイトのキャストジャミングは、ほとんど効果がない。現代魔法が封じられるのは市丸も同じ。しかし、死神の技能には全く影響がないためだ。ノイズなどは霊圧で防御すれば問題ない。

 

 けれど、ただの魔法師である三人はそうもいかない。強烈なノイズに蝕まれて走ることすらできずにいる。勝ち誇った様子で男たちが三人に近づいていく。

 

 そろそろ潮時だろう。市丸は瞬歩で三人と男たちの間に割って入る。

 

「な……なんだ、お前は!?」

 

 言い終わらぬうちに、アンティナイトをはめ込んだ指輪を付けていた男の腕が宙を舞う。それで三人の足を止めていたノイズも消え失せた。

 

「市丸くん……」

 

「行き、ここは君らのおるべきところやない。ああ、警察には連絡せんといてええよ。後はこちらで受け持ったる」

 

 それ以上、何も伝えずとも三人は、司甲の一件は自分たちの手に負える事件ではないことを悟ったようだ。少しだけ市丸の様子を気に掛けながら走り去る。

 

 標的だった女子生徒が逃げようとしていても、男たちは動かない。否、動けない。

 

 最初に腕を斬り飛ばされた男は女子三人の死角になるように巧妙に隠されながら、既に市丸の斬魄刀で心臓を貫かれている。仲間の背から刃が生える瞬間を、すでに男たちは目撃していた。何事もなかったかのように少女たちと会話をしながら、人の命を奪う目の前の男に対して戦慄を抱いているのは明らかだった。

 

「さて、誰に頼まれたかは、聞くまでもあらへんな。じゃあ、もうええか」

 

 尋問という手もあるが、こちらは市丸の専門外。それに男たちに聞かずとも情報は司甲から得ればよい。となれば、この男たちは不要。

 

 幸いなことに司甲は三人を害するために、この場を用意した。つまり、ここは街中に張り巡らされている監視カメラの死角ということだ。市丸は即座に三人の首を切り落とす。

 

「破道の五十四、廃炎」

 

 そして、切り落とした首と残った体を纏めて鬼道にて焼き払う。欠片すら残さず燃え尽きた体からでは、市丸を追うことは不可能ななずだ。

 

「それで、いつまでそうしとるつもりなん?」

 

 市丸の呼びかけに、街路の角の先で動揺する気配がした。

 

「見とったと思うけど、お友達なら無事やで」

 

 そこまで言うと、角から司波深雪が姿を現した。

 

「君、キャストジャミングを防げたんやね。それならボクが出えへんでも良かったなァ」

 

 てっきり司波深雪もキャストジャミングの影響は受けるものと思っていた。だから確認をせずに飛び出したが、一人を葬ったところで確認して、司波深雪が驚異的な事象干渉力でキャストジャミングすら無効化していたことに気付いた。

 

 けれど、すでに一人を殺害してしまった以上、方針変更は不可能だ。そのため淡々と事後処理を進めていたのだが、司波深雪はいつまで経っても立ち去ろうとしなかった。

 

「君も、やっぱり普通の子やないんやね」

 

 司波達也が戦場に生きるものに近いことには気づいていた。しかし、司波深雪はそこまで強くは、戦う者の気配は感じなかった。人間が塵になるほどに燃やし尽くされるのを見ても、まだ市丸の観察を続けるとは思っていなかった。

 

「それで、ボクのことはどうする気?」

 

「どうもしません。ほのかや雫、エイミィのことを助けていただいて、ありがとうございました」

 

「あ、そ。だったら、もう行ってくれへんかね。ボク、もう少しすることがあってん」

 

「わかりました」

 

 あまり手の内を知られ過ぎるのは好ましくない。忌避感はしっかり伝わったようで、深雪はあっさりと頷いて踵を返した。

 

「あれ、ひょっとして、あの子も何らかの処分方法を持っとった?」

 

 人体を燃やし尽くそうと思えば、現代魔法ではかなりの規模になってしまう。そのため鬼道を使用せざるをえなかったが、司波深雪も裏の顔を持つ人間ならば、何らかの処分方法を持っていたかもしれない。

 

「まあ、ええか。さて、それじゃ、本命を追わせてもらおか」

 

 第一高校の生徒の襲撃を行ったのだ。司甲はその結果を報告に向かう可能性は高い。市丸がわざわざ剣道部に入部して司甲に接近した目的の一つが司甲の霊圧をしっかりと記憶するためだった。

 

「南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵、風持ちて集い、雨払いて散れ」

 

 地面に紋を描きながら詠唱を行う。市丸はこの術はそれほど得意ではないので、廃炎のように詠唱を破棄しては使用ができない。

 

「縛道の五十八、掴趾追雀」

 

 地面に描かれた紋の中に司甲の現在の位置情報を示す数字が流れていく。自分の端末上に地図を立ち上げ、位置情報と照らし合わせる。

 

「へえ、なるほどね」

 

 結果を得て、市丸は蛇のような笑みを浮かべた。

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