明智英美、北山雫、光井ほのかの三名を襲った男たちを始末した翌日、市丸は九重八雲の本拠である九重寺にいた。市丸が九重寺を訪れたのは、昨日の件でと前置きされて司波達也から呼び出しを受けたためだ。市丸が到着したとき、すでに達也は九重寺で待っていた。
「待たせてしもうた?」
「いや、気にするほどではない。それより中に入ろう」
深雪は昨日、市丸が男たちを殺害したことを知っている。そのことは当然、兄の達也の耳にも入れたことだろう。そのような内容であれば、当然ながら話せる場所は限られる。加えて言うならば、達也としてはいかに秘密は守られるとしても、自宅に招き入れるつもりはないということだろう。
「それにしても、昨日は随分と派手にやったみたいだな」
「えー、誰にも知られんように処理したんやし、派手とは違うんちゃう?」
「誰にも知られなければ派手でないという意見は新鮮だな。まあ、いい。市丸は光井さんや北山さんを襲った相手について、想像はついているのか?」
「剣道部の司甲が関わっとるのは知っとるよ。それ以上はよくわからんなぁ」
本当は司甲の裏にいる人物の拠点も知っているのだが、それは言わずにおく。
「そういうことなら伝えておく」
そう前置きして達也が伝えてきたのは、今回の一件の裏に反魔法組織の中でも最も先鋭的な活動を行っている国際政治団体「ブランシュ」と、その下部組織である「エガリテ」がいるということだった。
「市丸、お前が強いことはよく知っている。しかし、お前はどこの組織にも属していないはずだ。これ以上、首を突っ込むことは止めておけ」
「なんや自分にはでかい後ろ盾があるような言い方やね」
そう言うと、達也が黙り込んだ。
「心配せんでも。君らの事情に立ち入るつもりはあらへんよ。けど、事が起こるようなら、相手が誰であろうと、ボクは黙って傍観をしとくつもりはないで」
今はそのときではないと、犠牲に目を瞑り、我慢に我慢を重ねて結局は失敗する。そのような苦汁を二度も舐めるつもりはない。
「……市丸、念のため聞いておくが、ブランシュについて、どの程度まで知っている?」
「どの程度と言われても、国際政治団体なんか詳しく知らへんわ」
「ブランシュは市民運動と自称しているが、裏では立派なテロリストだ。繰り返しになるが、お前一人で対処は難しい。この件はすでに七草会長たちの耳にも入っている。だから、あまり無茶はするな」
「確かにボクだと、襲ってくる奴は全滅させられるけど、後始末は出来へんな」
今の市丸には組織としての力はない。後先を考えないなら、大抵のことはできると思うが、その後は逃亡生活となるのでは堪らない。手の届く範囲、多少の労力の範囲までなら、周囲を助けることはやぶさかではないが、自己犠牲まで伴うつもりはない。
「それで、ボクにどうせい言うの?」
「それほど多くを要求するつもりはない。今はまだ司甲の排除などの派手な動きはしないでほしいということだけだ」
「へえ、えらい慎重やね。ブランシュてゆうのはそない大きな組織なん?」
「ブランシュ自体も厄介だが、それより大きな問題なのは下部組織に当たるエガリテに多くの第一高校の生徒が参加していることだ。派手な行動で事が公になると、第一高校もただでは済まない」
ブランシュは反魔法組織と達也は説明したはずだ。その組織に魔法師である第一高校の生徒が多く参加しているというのは、どういうことだろうか。
「それはブランシュがスローガンとして魔法による社会的差別の撤廃を掲げているからだ。それ自体は、文句のつけようもなく、正しいだろう?」
市丸は特に質問などしていないのだが、理解しきっていないことを読み取ったのか、達也が積極的に解説してくれる。
「社会的差別ってゆうのが、ようわからんな。魔法に高い適正があるっちゅうことは、戦士として優秀ゆうことやろ。優秀な戦士に守られとるから力のない者でも生活できるんやないん。優秀な魔法師が非魔法師より価値が高いことは疑いようもないことやろ」
「お前も魔法師を兵器と考えている側だったか……。いや、それより力がなければ生きていけないかのような言い草だが、お前はどんな無法地帯で育ったんだ?」
現世に転生してから十六年弱。だいぶ現世にも馴染んだと思っていたが、どうやら根本の部分では尸魂界の価値観が残っているらしい。けれど、それは仕方のないことだろう。
市丸が尸魂界で暮らした年月は百年を軽く超える。それに、現世も達也たちが感じているほど平穏な世界でないことも、市丸は知っている。
少し前から感じていた虚の気配。一体の整が虚に見つかった。この地を守る死神はまだ到着していない。逃げきれずに、一体の整が食われてしまった。まだ満足しないのか虚は次の獲物を捜している。近くにいた二体目の整も危ない。しかし、そこで死神が到着。
虚は無事に打ち倒された。ついでに虚に狙われていた整も魂葬されたようだ。
「市丸、どうした急に」
「ん……少し気になることがあったんやけど。もう片付いたみたいやわ。続けよか」
現世への転生を果たしても尸魂界時代の能力を受けついでいた市丸は、当然ながら虚を感じる力も持っている。市丸が死したときから百年近くが過ぎたとはいえ、虚が消えることなどあるはずもなく、今も時折、虚は現世に現れている。
虚の発生地点が極めて近距離で、霊圧を相当に抑えた状態でも即座に消滅させられる程度であれば市丸自身が対処を行うこともあるが、基本的には死神に任せている。寿命が極めて長い死神にとって、市丸が亡くなったのは、一昔前という程度だ。市丸が当時の力を有した状態で現世で生きていると知られるのは拙いのだ。
「で、何で魔法による社会的差別の撤廃が賛同を得られてん?」
「表向きは政治結社であるブランシュは、魔法師とそうでないサラリーマンの所得水準の差を、魔法師が優遇されている証拠と主張している。魔法師であれば無条件で裕福であるかのように喧伝して、非魔法師の不平等感を煽っているんだ」
「それなら魔法師である第一高校の生徒には活動に加担する意味はないんちゃう?」
「魔法を使えない人たちは、自分たちがどんなに努力しても身につけられない魔法で、高い地位を得るのは不公平だと考える。それと同様に、魔法を使えはするけれども、その才能に劣った生徒が、豊かな才能を持つ生徒に対して、自分がこんなに努力しているのに追いつけないのはおかしい、自分の方が下に見られるのはおかしい……そう考えても不思議はないと思わないか?」
そう言われても、市丸としては甘えとしか思えない。これは、おそらく見えている景色が異なることが原因だ。
「それなら、ええ方法があるで」
「ん? 何の話だ?」
「弱い者が強者に守られとるゆう実感を得させる方法や」
「何となくわかったが、却下だ」
弱者が強者に守られているという実感を得るのに最適な方法。それは実戦だ。
自らが命の危険を感じる場面であれば、強者に対して嫉妬より崇敬の念を抱く。手っ取り早く、どこかの戦地に放り込めば歪んだ考えなど消え失せることだろう。
「それに、魔法師であるならば、荒業で考えを変えることもできるかもしれないが、それを一般にまで広げることは無理だ」
「一般の民間人を戦場に投入なんてこと、逆に反発を受けるやろしね。で、本当に今回の件で十師族は動くん?」
「魔法否定派は、この国で魔法を廃れさせることを目的としている。それ故に、テロという非道も辞さない。この国の力が損なわれて、利益を得るのは誰だと思う?」
「そういうことなら、十師族も放置しておけんな。じゃあ、ボクは彼らに任せるゆうことでええんやね」
もしも十師族が動くなら、市丸としては目的の半分くらいは達したことになる。今回はそれでも十分だ。
「いや、十師族が動くといっても、学内では難しい。市丸の力も借りると思う」
大事になるのを防ごうと思えば、学内の騒ぎは教職員と学生で抑える必要がある。そうなると手は不足する。
「ええで、必要なときは声かけ」
そう約束をして、市丸は達也との会談を終えた。