魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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放送室占拠事件

 市丸に釘を刺してから一週間ほどが過ぎた。

 

 この間、司波達也は平穏な高校生活を取り戻していた。これは勧誘週間が終わったこともあるが、市丸を警戒して司甲が動きを控えるようになったことが大きい。けれど、それが束の間の平穏であることは達也もわかっていた。

 

 そして、今日、それは破られることになった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 それは授業が終わった直後、放課後の冒頭にスピーカーから飛び出した大音声だった。

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

 その声が聞こえてきた瞬間、達也は一年B組へと走り出した。その間も放送は続く。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

 そして、その直後に内ポケットの携帯端末にメールの着信があった。メールは会長からで放送室前に行くようにとある。それを半ば無視して達也は深雪に電話をかける。

 

「深雪、B組に市丸はいるか?」

 

「市丸さんですか? 見てきます」

 

 自分たちで対処すると市丸をなだめて、結局は先手を取られた。生徒会としては確かな証拠がないと動けない面はあるので止むをえない面はあるが、今回は放送室を不正利用していることは間違いない。

 

「お兄様、市丸さんは教室にいません」

 

 深雪の報告を聞いて、目的地を達也は放送室に変更した。その途中、上空に影がさした。見上げると、市丸だった。

 

「市丸、少し待て!」

 

 跳躍を使って飛び上がりながら、呼びかける。

 

「君、こんなところにおったんやね。今回のことは読み通りってわけやないんやろ」

 

「ああ、放送室を占拠しての演説は考慮されていなかった」

 

「良かったやん、この程度で。もっと酷い手段に出てきとったら、どないしたん?」

 

「俺たちの動きが遅いのは確かだ。けれど、会長だって無策でいたわけじゃない」

 

「そないなことはわかっとるよ。組織が大きうなると、どうしても意思統一を図るのは難しくなる。それに、権力のある側が安易に粛清をやると却って分裂を招くだけや。けど、そういうことを避けるために君がおるんとちゃうん?」

 

 表立っての行動を行うには、時間と手間が必要となる。そのような悠長な手段では守るべきものが守れないときのために裏の組織というものがある。どうやら市丸は達也のことを、そのような立場の人間だと誤解しているらしい。

 

「市丸、言っていることはわからなくもないが、ここは学校だぞ。そんな組織なんか、あるわけないだろ」

 

「学校ゆうても、魔法師を育成する学校やろ? 怪しい奴が入らんように国軍がしっかりと見張っとかんとあかんのとちゃうん?」

 

 危険な思想を持つ者に戦闘力にも繋がる魔法の教育を行うのは危険だと市丸は考えているようだ。確かにそれも一理あるとは思うが、それを自分に言われても困る。

 

「ともかく、起こってしまったことは仕方がない。幸いなことに、要求は生徒会と部活連に対しての交渉だ。受け入れたとしても、さほど問題ない」

 

「それで、受け入れた後はどうするん?」

 

「それを相談するためにも、まずは放送室前に行こう。そこに七草会長もいる」

 

 その提案を市丸は拒否をしなかった。ひとまず流血の事態を回避して、ほっと息を吐く。しかし、そもそもなぜ自分がこのような面倒を引き受けなければならないのだろうか。そう考えると、理不尽という思いが消えない。

 

 放送室前には、既に深雪、摩利と克人、生徒会会計の市原鈴音、そして風紀委員会と部活連の実行部隊が顔を揃えていた。

 

「遅いぞ」

 

「すみません」

 

 ポーズだけの叱責に、ポーズだけの謝罪を返す。普段ならば、この遣り取りに何の思いも抱かなかったことだろう。だが、直前まで市丸の説得に骨を折っていただけに、釈然としないものが残る。

 

 とりあえず苦い思いを飲み込んで現状確認をする。すると、立てこもっている犯人は何らかの手段で、鍵をマスターキーごと手に入れているらしいとわかった。

 

「明らかな犯罪行為じゃないか」

 

 これで市丸は中の人物に強硬手段を取る大義名分を得たことにはならないだろうか。

 

「そのとおりです。だから私たちも、これ以上、彼らを暴発させないように、慎重に対応すべきでしょう」

 

 達也のセリフは全くの独り言だったが、鈴音はそう取らなかったようだ。けれど、今は慎重意見は援護射撃としてありがたい発言だ。

 

「こちらが慎重になったからといって、それで向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だな。多少強引でも、短時間の解決を図るべきだ」

 

 すかさず、口を挿んできた摩利の意見を聞いて、市丸がいつも浮かべている胡散臭い薄ら笑みを深めた気がした。このままでは中の人間はともかく、市丸が暴発しかねない。

 

 達也は内ポケットから携帯端末を取り出して、壬生沙耶香へと電話をかける。これは二科生ながら風紀委員を務めているということで、事前に学内の差別問題について見解を問われたときに、次の待ち合わせのためにとプライベートナンバーを交換していたものだ。まさかこのような形で役に立つとは思わなかった。

 

「壬生先輩ですか? 司波です。今はどちらに?」

 

「今は放送室にいるわ」

 

「ならば、話が早いです。十文字会頭は、交渉に応じると仰っています。生徒会長の意向は未確認ですが……いえ、生徒会長も同様です」

 

 鈴音がジェスチャーで受諾の意向を示したのを見て、達也は言い直した。

 

「ということで、交渉の場所やら日程やら形態やらについて打合せをしたいんですが。今すぐです。学校側の横槍が入らないうちに」

 

 そう伝えたところで、さすがにすぐに首を縦には振ってくれない。紗耶香は、このまま拘束されることを警戒しているようだ。

 

「先輩の自由は保障します。我々は警察ではないんで、牢屋に閉じ込めるような権限はありませんよ」

 

「わかったわ。放送室を出て、生徒会と交渉の打ち合わせに応じるわ」

 

 その言葉を聞いて、達也は通話ユニットを耳から外し、端末本体と一緒にしまい込む。

 

「中のヤツらは、すぐに出てくるそうです。早く態勢を整えましょう」

 

「態勢?」

 

 何を言っているんだ? という顔で、摩利は達也を見てくる。

 

「中のヤツらを拘束する態勢ですよ。鍵まで盗み出す連中です。CADは持ち込んでいるでしょうし、それ以外にも武器を所持しているかもしれません」

 

「……君はさっき、自由を保障するという趣旨のことを言っていた気がするのだが」

 

「俺が自由を保障したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は、風紀委員会を代表して交渉しているなどとは一言も述べていませんよ。早く拘束の態勢を整えないと、市丸が善意の助力をしてくれることになるかもしれませんよ」

 

 そう言うと、摩利の顔つきが真剣なものになった。市丸の相手の制圧方法は有無を言わせず戦闘不能まで追い込むというものだ。死にはしないだろうが、病院の集中治療室に送られたり、治癒魔法の世話になる可能性は非常に高い。

 

 達也の脅しが利いたのか、その後、放送室を出た壬生沙耶香をはじめとした五人の制圧は非常にスムーズに行われた。幸いなことに、市丸は放送室を占拠していたメンバーに手を出すことはなかった。

 

「どういうことなの、これ! あたしたちを騙したのね!」

 

 その代わり、達也は自由を保障していたために、ただ一人、拘束を免れた紗耶香に詰め寄られることになった。

 

「司波はお前を騙してなどいない」

 

 そこに助け舟を出してくれたのは克人だった。

 

「お前たちの言い分は聞こう。交渉にも応じる。だが、お前たちの要求を聴き入れる事と、お前たちの執った手段を認める事は、別の問題だ」

 

「そうやね、悪いことをした子には、しっかりと仕置きをしとかんとね」

 

 そう気の抜けた声がしたと思った直後、ごつ、という音と猫が潰されたような悲鳴が聞こえた。見ると、紗耶香が両手で頭を抑えて蹲っている。

 

「何をしている、市丸!」

 

「何って、悪いことをした子には、拳骨と昔から決まってますやん」

 

「そんなことは決まっていない!」

 

 これは摩利の意見が正しい。今の世に限らず、だいぶ昔から体罰は禁止されている。

 

「あの……生活主任の先生と話し合ってきたんだけど……これはどういうことかしら」

 

 と、そこに教職員との話し合いをしてきた真由美がやってきた。しかし、よほど強い拳骨をもらったようで紗耶香は未だに立ちあがることができずにいる。

 

「ええと、後のことはこちらで引き取るから、達也くん、深雪さん、今日のところは市丸くんを連れて、もう帰ってもらってもいいわよ」

 

 そして、達也は一番の厄介者を連れ帰るという損な役回りを押し付けられたのだった。

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