公開討論会当日、司波達也は会場となる講堂の舞台袖から場内を眺めていた。
集まった生徒は全校生徒の実に六割弱。特に一年生の一科生は大半が会場内にいる。
これは守るべき対象を一か所に集めておいた方がいいという市丸の考えによるもので、深雪の他にB組の明智英美も動いてくれたらしい。
その市丸はただの観衆のふりをして会場の中心に陣取っている。これは市丸が言いだしたことで、会場の中心からなら全方位に対応ができると豪語していた。市丸の両脇には同じクラスの明智英美と桜小路紅葉がいるので、何も知らなければ単なる聴衆の一人にしか見えないことだろう。とはいえ、これまでの行動が行動なので、生徒会と有志同盟側の双方からマークされているようだが。
達也たちと反対側の袖には、有志同盟の三年生が四名。そして、会場内にも有志同盟側のメンバーと判明している十名前後の生徒がいる。しかし、その中に紗耶香たち放送室を占拠したメンバーの姿はない。
「市丸が言ったように先制攻撃を加えておいた方がよかったかもな」
「今となっては、同感ですね」
実力行使の部隊が別に控えているのは、明らかだった。
「何をするつもりなのかは分からないが……ろくなことではないだろうな。専守防衛といえば聞こえは良いが、こちらから手出しができないというのは歯がゆいな」
「渡辺委員長、実力行使を前提に考えないでください。……始まりますよ」
鈴音の一言に摩利と一緒に達也も視線を舞台に移す。
そうして始まったパネル・ディスカッション方式の討論は、真由美の独壇場だった。有志同盟側の曖昧な「平等」という要求に対し、真由美は具体的な事例と曲解の余地がない数字で反論を繰り出して完璧に封じていく。最後には真由美の一科生と二科生の間の差別意識の克服を目指すという訴えに満場の拍手まで起こっていた。
そして、この結末は有志同盟のメンバーの背後にいる者にとって、満足できるものではなかったようだ。
突如、轟音が講堂の窓を震わせ、拍手という一体行動の陶酔に身を委ねていた生徒たちの、酔いを醒ます。それと同時に、動員されていた風紀委員が一斉に動いた。普段、まともに訓練など行っていないとは信じられない、統率の取れた動きで、各々マークしていた有志同盟のメンバーを拘束する。
その直後、窓が破られ、紡錘形の物体が飛び込んできた。床に落ちると同時に白い煙を吐き出し始めた榴弾は、白煙を拡散させずに、ビデオディスクの逆回し再生を見ているような動きで煙もろとも窓の外に向けた。
ここまで、市丸は明確な動きを取っていない。ただ刀剣型のCADを抜刀し、ゆっくりと剣を引いただけだ。市丸が動いたのは、防毒マスクを被った闖入者が入口から突入してきた直後だった。
「射殺せ」
その声は、騒然とする会場の中にもかかわらず、なぜか明確に達也の耳に届いた。
「神鎗」
そう呟いた市丸が刀剣型のCADを突き出した瞬間、刀身が伸び、三十メートルほど先の進入者の額を貫いた。侵入者はそのまま学校の外壁に縫い付けられた。びくりびくりと体を震わせて侵入者は絶命したようだ。
それは、ありえない光景だった。どのような魔法を使おうと、剣を飛ばすならまだしも、刀身が伸びるということはありえない。達也が驚いている間に市丸の姿が掻き消え、次の瞬間には入口付近にあった、先頭の一人に続いて突入してきた四名の男が次々と顔面を両断されて頽れる。
講堂内に別種の動揺が走った。市丸の敵の倒し方は顔を斬りつけるというもの。侵入者たちの亡骸はいずれも悲惨な状況だった。
そのまま市丸は講堂の外へと駆けていく。少し遅れて絶叫が聞こえてきた。
「ここで呆けているわけにはいきません。俺は爆発音のした実技棟の様子を見てきます」
「お兄様、お供します!」
「頼む。私はここの動揺を収めねばならん」
その視線の先には、首から先が二股に別れた状態で絶命している侵入者の遺体と、その凄惨な死体を見て倒れた生徒たちの姿がある。無残な死体は拘束されていた有志同盟側にも衝撃を与えたらしく、彼らも戦意を失っているようだった。
「渡辺委員長はこの場を頼みます」
「ああ、わかっている。くれぐれも気をつけてな!」
摩利の言葉に見送られて達也たちは実技棟に向かう。そこには壁面に付着して燃え続けている焼夷剤に、二人がかりで消火に当たる教師がいた。教師の周囲には三人の男が絶命している。
「市丸ですか?」
「ああ、そうだ……司波さん、彼は本当に本学の生徒なのですか?」
聞いたのは達也だったが、教師の質問は深雪宛てに返された。
「考えるまでもなく市丸さんは第一高校の生徒だと思いますけど?」
「そうだな。だが、高校生が何の躊躇もなく一瞬で三人を殺害などできるものなのか?」
最高レベルの魔法科高校と目されている第一高校の教師陣は、魔法師としても一流ばかりだ。けれど、その教師たちが市丸を明らかに畏怖している。
「先生、市丸はどこに行きましたか?」
「正門の方に向かっていった」
「ありがとうございます」
ひとまず市丸がどのような方針の元に動いているのか確認しておいた方がいいだろう。そう考えて達也は正門に向かった。
その市丸は剣を水平に向けた状態で前方を見つめて、何かを呟いていた。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」
それは古式魔法で見られる詠唱だった。市丸が見つめる先には、こちらに突っ込んでこようとする装甲車がある。
「破道の三十一、赤火砲」
装甲車が第一高校の敷地に突入するのと時を合わせるように、市丸の詠唱が終わり、火球が発射される。その直撃を受けた装甲車は吹き飛ばされ、火炎に包まれたまま縦回転をして、上下逆に地面に落ちた。中から人が出てくる様子はない。扉が変形して外に出られないのだろう。乗員は、おそらく全滅だろう。
それにしても、またしても達也の知らない未知の魔法だ。先ほどの刀身が伸びる魔法とは違い、今の魔法なら古式魔法なら再現は可能な気はするが、達也の知らない魔法であることには変わりはない。
「市丸」
「達也くん、ボクはここで援軍を防いどくから、君は図書館に行ってくれへん?」
「図書館?」
「放送室を占拠した子ら、図書館におるみたいなんよね。君に任すわ」
「わかった。ここは任せる」
学校の敷地内とはいえ、車が炎上しているのだ。すでに異変に気付いて学校外にも騒ぎは広がっている。このままここにいるのは拙い。
「お兄様、よろしいのでしょうか」
達也としては市丸の持つ未知の魔法や紗耶香の位置を把握した手段が気になるが、深雪が気にしているのは学外まで騒ぎが広がることだろう。確かに学外の一般人に第一高校の生徒である市丸が人を殺める姿を見られるのは拙い。だが、止めようとして止められるとも思えない。それなら責任ごと市丸に任せるよりない。
市丸と別れ、向かった図書館前では、拮抗した小競り合いが繰り広げられていた。そこに知った顔を見つける。
「レオ、エリカ、どうしてここに?」
「ただ講堂で待ってるだけってのも性に合わなくて、な」
言いながら、レオは手甲のように前腕を覆う幅広で分厚いCADで、振り下ろされた棍棒を受け止め、殴り返す。レオの戦闘力は火器の使用が制限された近接戦闘なら、今すぐ軍の第一線で通用しそうなほどだ。
「レオ、俺たちは中に向かうぞ」
「おうよ、ここは引き受けた! エリカ、お前もいけよ」
「あ、そ。じゃあ、お言葉に甘えて」
柄にCADを仕込んだ伸縮警棒で目の前の敵を倒したエリカが合流してくる。達也たちは三人で図書館の中へと突入した。
中に入ったところで意識を広げて敵の存在を探る。その結果、敵は二階特別閲覧室に四人、階段の上り口に二人、階段を上り切ったところに二人とわかった。
「敵はおそらく、魔法大学が所蔵する機密文献を盗み出そうとしているんだろう。特別閲覧室からなら、一般閲覧禁止の非公開文献にアクセスできるからな」
狙いがわかれば、後は特別閲覧室に急ぐのみだ。階段の上り口の二人はエリカが一瞬で打ち倒し、更に階段の上の二人も受け持ってくれたことで達也と深雪は二人で特別閲覧室に突入した。中にいたのは紗耶香の他に三人の外部の男たちだった。
幸いなことにハッキングは完了していなかった。達也と深雪が紗耶香以外の三人を無力化して拘束し、紗耶香も外でエリカに真剣勝負の末に敗れた。そして司甲も風紀委員により拘束され、ブランシュによる第一高校への襲撃事件は終わりを迎えた。