魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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九校戦編
九校戦に向けて


 西暦二○九五年、七月中旬。

 

 国立魔法大学付属第一高校では先週、一学期の定期試験が終わった。それ以来、生徒たちの熱気は一気に夏の九校戦準備に向かっている。

 

 九校戦の正式名称は全国魔法科高校親善魔法競技大会なのだが、まず長すぎる。そこで、参加するのが日本国内で正規課程として魔法教育を行っている九校であることから、専ら九校戦という名の方で呼ばれることが多い。

 

 日本国内の十五歳男女内、実用レベルの魔法力を持つ者の合計人数は、毎年千二百から千五百名程度。

 

 魔法科高校各校の一学年当たり定員は、九校合わせて千二百名。

 

 魔法の才能を持つ少年少女で魔法師・魔工師になろうとする者は、ほぼ百パーセント九校のどこかに入学する。

 

 つまり、九校戦は同年代の魔法師たちの魔法の実力の頂点を争うものであり、毎年、政府関係者、魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者とスカウトを集める魔法科高校生たちの晴れ舞台となっている。それゆえ通常の高校生であれば、自分は九校戦に参加できるのか、また参加した場合にどの程度まで勝負できるのかというのは重大な関心事だ。

 

 もっとも市丸は通常の高校生ではないので、それには当てはまらないのだが。

 

 そして、理由は違うが九校戦の熱気に乗ることができない人物がもう一人。それは入学直後に発生したブランシュの事件で活躍した司波達也だ。達也は定期試験の結果に絡んで教師から呼び出しを受けていたのだ。

 

「要約すると、実技試験で手を抜いているんじゃないか、と疑われていたようだな」

 

 指導室から戻ってきた達也はそう言って苦笑する。

 

 第一高校では試験の上位二十名の氏名が公表される。それゆえ、市丸も達也の理論の成績は把握している。

 

 達也は理論の成績で二位の司波深雪以下を平均点で十点以上引き離した、圧倒的な一位となる得点を叩き出していた。ちなみに達也以外にも、三位に吉田幹比古という名のE組の二科生、他に十七位に柴田美月、二十位に千葉エリカとE組から四人もの成績上位者がいる。これは、実技で感覚が掴めなければ、理論も十分に理解できないといわれる現代魔法では、かなり異質な状況らしい。

 

 他に顔なじみでは理論の四位が光井ほのか、十位に北山雫がいる。そして、市丸は十九位というぎりぎり公表範囲という状態だった。それが響いて実技では一位であったにもかかわらず理論・実技の総合点では二位となった。市丸を抑えての総合一位は理論と実技がともに二位の深雪で、三位が光井、四位が北山、五位が森崎となっている。

 

 市丸の場合は魔法の感覚が純粋な魔法によるものでなく、死神の鬼道が混じっていることにより、それに引っ張られて理論の理解に狂いが発生している。それを埋めるのは容易なことではないので、総合一位はなかなか難しそうだ。

 

「それで、疑いは晴れたん?」

 

「ああ、まあ、一応ね」

 

「一応?」

 

 短い疑問の声を発したのは柴田だ。

 

「手抜きじゃないと理解はしてもらえたよ。その代わり、転校を勧められたが」

 

「そんな、何故ですっ?」

 

 光井が叫び、柴田も血相を変えた。他の北山、千葉、レオの三人も意外感を隠せていない。ちなみに深雪は生徒会役員として九校戦の準備のため、ここにはいない。

 

「そういえば、ここにおる中で、レオだけは成績上位者の中に名前がなかった気がするんやけど、どうやったん?」

 

「このタイミングで聞くのか!? いや、達也たちが特別なだけで、別に俺だって悪い成績じゃなかったんだぜ」

 

 空気が悪かったので茶化したら、レオはしっかり乗ってくれた。少し雰囲気が和らいだところで達也が理由を話し始める。

 

「先生方が言うには、第四高校は九校の中でも特に魔法工学に力を入れているから、俺には向いているんじゃないか、ということだな。もちろん断ったが」

 

「そもそも、その前提は間違ってる。四高は実技を軽視しているわけじゃない。九校戦の成績に反映するような戦闘向きの魔法より、技術的意義の高い複雑で工程の多い魔法を重視しているだけ」

 

「そうなんですか? 雫さん、よく知っていますね」

 

「従兄が四高に通ってるから」

 

「従兄から聞いとるくらいで知っとる情報を教師が知らんって大丈夫なん? ただでさえ腕が悪いのに、情報交換をするだけの頭もないなら、魔法科高校の教師ってのは何のためにおるん?」

 

 少しばかり辛辣な意見になってしまったからか、皆が黙り込んでしまった。

 

「えっと、そういえば、もうすぐ九校戦の時期じゃね?」

 

 今度はレオがむりやり話の転換をして空気を変える。

 

「深雪がぼやいていたよ。今年の準備は市丸のせいで大変だって」

 

「えー、何でボクのせいなん?」

 

「お前の実技成績なら普通はすんなり得点の高いモノリス・コードの選手に決まるんだよ。だけど、お前の場合、まずは他のメンバーと上手くやれるかが心配だし、そもそも対戦する他校の生徒を殺害してしまわないかという心配すらしないといけないだろ」

 

「えー、ボクは平和主義者なんで、そないなことせえへんよ」

 

 そう言ったら、一斉に胡散臭いものを見る目つきをされた。

 

「今年は三高に一条の御曹司が入った。その一条の御曹司と市丸くんが本気で戦ったとき、どうなるかは想像もできない」

 

「そういえば、モノリス・コードでは魔法攻撃以外の直接戦闘は禁止されているんだよな。市丸の剣を伸ばすのって魔法なのか?」

 

「魔法攻撃以外ってことなら、ボクの剣は違反になりそうやね。ま、それなら魔法で攻撃すればええだけや」

 

「お前の魔法は一般に知られていないものが多いが、それでも殺傷能力が高いと判断がなされて、違反となる可能性が高いからな」

 

「それで、結局、市丸はモノリスの選手になれそうなのか?」

 

 レオが聞いたのは、市丸ではなく達也だった。どうやら、いい加減に大丈夫だと言いかねないと疑われているようだ。そろそろ以前のような態度は改めないと、大事な場面で自分が痛い目に遭うことになるかもしれない。

 

「雫が言ったとおり、今年は三高に一条がいるからな。一条に勝つためには市丸をモノリスのメンバーから外す選択はない」

 

「それやったら、何度も確認のための面談なんかせんでええやろ。それに、ボクは別に九校戦に出たいなんて言っとらんのに」

 

「それでも、お前は無視できないんだよ。実際、十師族に勝てそうな一年生は市丸以外にはいないんだから」

 

「それで、市丸は一条に勝てそうなのか?」

 

 興味深そうに確認してきたレオには悪いが、市丸はその答えを持っていない。

 

「勝てるもなにも、ボク、その一条って子、知らんし」

 

「まあ、実際に一条の実力がどの程度かは俺も知らないが、『クリムゾン・プリンス』が弱いはずはないだろうな」

 

「例えば、七草会長や十文字会頭と戦ったとして、市丸は勝つ自信はあるのか?」

 

「レオ、ボクは会長さんとも会頭さんとも戦ったことあらへんのやけど」

 

 入学当初に授業の様子は見学したことがあるが、それだけでは実力は評価できない。

 

「けど、本気で戦ってええんなら、誰にも負けるつもりはあらへんよ」

 

 市丸は死神として百年以上も虚と戦ってきた。それ以上にいつかあの人を倒すためにと牙を研ぎ続けてきた。まだ二十年も生きていないひよっこに負けるつもりはない。

 

「市丸、モノリス・コードのルールでは刀剣型のCADでの攻撃や殺傷力の高い魔法は使えない。それを念頭に置いて戦闘の方法は考えておけよ。レギュレーション違反での失格なんてことになったら、市丸を出場させることに賛成した深雪も責任を問われることになりかねないんだからな」

 

「結局はそっちなん。心配せんでもボク、手は多い方やで」

 

 現代魔法と鬼道を比べた場合、破道に該当する魔法は現代魔法の方が充実している。それに対して、現代魔法には縛道に該当する魔法が少ない。そして、縛道には相手を殺傷することなく捕縛する術が豊富にある。高威力の魔法が制限されるというのなら、むしろ市丸には有利に働くはずだ。

 

「そう言うのなら信じるしかないが……なんとなく心配だな」

 

 市丸が多様な鬼道を使えることは見ているはずだというのに、達也は最後まで懐疑的な視線を市丸に向けていた。


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