魔法科高校の蛇   作:孤藤海

2 / 88
入学式

 市丸ギンが入学式が行われる講堂に入ったとき、すでに席の半分以上が埋まっていた。

 

 入学式には座席の指定はないと聞いていたが、新入生の分布には明白な区分がある。

 

 前半分に座るのは胸に八枚花弁のエンブレムを持つ「ブルーム」と呼ばれる一科生。後ろ半分に座るのが左胸のポケットが無地の「ウィード」と呼ばれる二科生だ。

 

「可愛らしいもんやなあ」

 

 張り切って前に座るのも、委縮して後ろに座ることにも意味があるとは思えない。別に前に座らないと見落とすような意味深な合図が送られるわけでもあるまいに。だったら、出入りの手間が少ない手近な席で十分だ。

 

「隣、いいですか?」

 

 しばらくしてかけられた声の方を見ると、体格のいい少年がいた。

 

「空いとるよ」

 

 許可を取る必要はないという意味を含めて、敢えて言うと少年は軽く頭を下げて隣の席に腰かけた。

 

「一科なのに、こんな後ろの席でいいんですか?」

 

「こないな式典、しょうもないだけやろ」

 

「え?」

 

「それより、普段からそないな口調やないんやろ。普通でええんやで」

 

 言うと、少年は少しだけほっとした表情を見せた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。俺は西城レオンハルト。レオでいいぜ」

 

「市丸ギンや。よろしゅう」

 

「市丸は、関西の出身なのか?」

 

「いいや、関東の出身や。この喋り方は、癖みたいなものやな」

 

 さすがに百年以上の年季の入った口調は、そう簡単には変わらなかった。それにこちらの方が、自分の生に今一つ関心を持ちきれないという本心を隠しやすい。

 

 本心を隠すのは得意だ。それこそ百年もの間、藍染以外には誰にも気づかれることなく隠し通したくらいに。

 

「なあ、それって刀剣型のCADなのか?」

 

「ああ、これ? 興味あるの?」

 

 市丸の上着の中に隠し持っていた斬魄刀をレオという名の少年は興味深そうに見つめている。この前世からの長い付き合いとなる刀は、小型なのもあって帯刀が普通でない現世においても比較的容易に携帯できている。

 

 レオが勘違いしたCADとは、魔法師の術式補助演算機だ。これがなければ魔法を発動できないというわけではないものの、魔法発動を飛躍的に高速化させてくれるため、現代の魔法師にとって必須ともいえる存在となっている。

 

「よくCADの持ち込みなんてできたなってのもだけど、そもそも接近戦用のCADを珍しいと思って」

 

「それだけやないやろ。君は接近戦が得意やから同じような間合いの武器が気になったんやないの?」

 

「まあ、この体格じゃ得意なこともばれるか。確かに俺の得意な術式は収束系の硬化魔法で志望コースも警察の機動隊とか山岳警備隊とかだ」

 

 どうやら体格そのままの進路を希望しているようだ。無駄が少なくてよいことだ。

 

「へえ、君は結構、強そうやから似合うとるんやないの」

 

「お、一科生に言われると、何だか自信になるな」

 

「それこそ意味なんかないやろ。一科生と言ったって優れとるのは魔法だけや。君の志望する進路の役に立つ技能を見る技術があるなんて保証はないで」

 

 魔法科高校の入学で評価されるものは斬拳走鬼のうち鬼道のみ。いわば、魔法科高校は鬼道衆の養成所。おそらく白打による戦闘を得意とするレオには、そもそも魔法科高校自体が合っていない。もっとも、現代の日本のどこを探しても、白打を主とし、鬼道を副とすることを教える高校は存在しないのだから、仕方のないことではあるのだが。

 

「へえ、そんなふうに考えている一科生もいるんだな。勉強になるぜ」

 

「そうなん? ボクとしては当たり前のことを言うとるだけなんやけどね。それより、そろそろ始まるみたいや」

 

 レオと話しているうちに時間になったらしく、つまらない式典が始まった。唯一、見るべきところがあったのは、新入生総代の少女くらいだ。

 

 第一高校の総代は成績最優秀者から選ばれる。筆記で多少は落としたとはいえ、かつて護廷十三隊の隊長を務めた自分なら実技で逆転したと思っていた。けれど、実際には実技でも自分に匹敵するほどの成績の生徒がいたのだ。結果、市丸の成績は第二位だった。

 

「なんやえらい綺麗な子なのになァ、末恐ろしいわ」

 

 実戦となれば斬拳走の差で、おそらく自分が勝つ。けれど、それは一対一の戦いの場合だ。見たところでは中長距離型の少女と接近戦型の誰かが一緒に挑んでくれば、少しは危ないかもしれない。

 

 そして、興味が引かれたのは、能力面だけではなかった。周囲はその美貌に心を奪われて気付いていないようだったが、少女は控えめながら学校の方針に不満を唱えていたのだ。

 

「不満の内容は二科生に対しての扱いみたいやね。二科に行った友達でもおるんかなぁ」

 

 死神の基本にして最高峰は斬魄刀戦術にあった。それだけに鬼道偏重とも言える現在の第一高校の教育内容自体には思うところがないわけではない。けれど、鬼道の才能のない者に鬼道を一生懸命に教え込んでも無意味というものだ。その意味では市丸は第一高校の制度自体には当然のものだと思っている。

 

「けれど、なかなかに面白そうなことになりそうやなァ」

 

 新入生の成績第一位は学校の制度に不満を持っていて、第二位は鬼道偏重の授業内容に疑問を持っている。それが明らかになったとき、たかが一技能を評価されたに過ぎないのに万能感に浸っている、講堂の前半分に座る者たちはどのような行動に出るか。

 

 もっとも、多少、面白そうと感じたとて、それだけを理由に行動を起こすほど市丸は快楽主義者ではない。精々が周囲を気にせず、我が道を進ませてもらうのみだ。

 

 式が終わると、IDカードの交付がなされ、それぞれの教室に移動となる。ここでも自然と一科生と二科生の間には壁ができている。そんな中、そのままの流れで二科生のレオと行動している市丸は目立っていた。

 

「ほんと、市丸って変わってるよな」

 

 周囲の目を一切、気にしない市丸の姿にさすがにレオも呆れていた。

 

「機会あれば、また」

 

 けれど行動を共にするのもここまでだ。一科生と二科生は同じ組となることはない。それどころか教室に向かうために使用する階段まで別なのだ。それだけ一科生と二科生の間の壁は高くて厚い。

 

 それに壁があるのは、一科生と二科生の間だけではない。一科生の中にも十師族と呼ばれる名門と、それに続く百家などもあり、能力だけでなく家柄という壁も存在する。けれど、それは尸魂界にも瀞霊廷出身者と流魂街出身者という形で存在していたものだ。そんなものだという感想しか抱けない。

 

 市丸の組はB組だ。けれど、今日はもう授業も連絡事項もないのはわかっている。他の同学年の生徒たちのように友人作りに励む必要性を感じていない市丸は教室に寄ることなく帰宅することにした。そうして講堂を出たところに興味を引かれる一団がいた。

 

「へえ、あの子、強いね」

 

 市丸の視線の先にいるのは二人の女子生徒と話をしている男子生徒だ。一見、平凡な容姿ながら、体は凄まじく鍛えられている。おそらく、これまで見た同学年はおろか少し年上の層まで見ても、群を抜いて強い。制服が二科生の物であるため、レオと同様に鬼道は苦手なのだろう。けれど、ただ立っているだけに見えて、その実、隙が見えない。他の技能は高いはずだ。

 

「筋力は高いみたいやし、白打が得意なんかな」

 

 そして、その少年と話をしている少女のうちの一人も、こちらも二科生ながら実力者だとわかる。一見すると可愛らしい容姿に騙されてしまいそうだが、こちらもなかなかの獣を内に飼っているようにさえ見えた。

 

「なんや、やっぱり一科生とか二科生とか当てにならんもんやなァ」

 

 最後の一人は争いとは無縁の普通の女子生徒のようだが、それでも二人も戦える人間がいるというのは意外だ。

 

 一科生と言っても、鬼道は得意なのかもしれないが、周囲の警戒という概念すらない温室育ちの子供たちばかりだ。実戦では、あの二人の方がよほど頼りになりそうだ。

 

 そんな思いで三人を見ていると、少年が市丸の視線に気付いた。興味深くはあるが、実力者だとわかったからといって、何かをするつもりはない。手駒を集めたとしても、何かを為したいということもない。少年にひらひらと手を振ってそのまま帰路についた。

 

「本当に、ボクは何のために現世を生きとるんやろうなァ」

 

 その途中に発した市丸の疑問は誰の耳にも聞きとがめられることもなく、風に流れて消え去った。




残酷な描写のタグを忘れていたことに気付いてこっそり追加。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。