魔法科高校の蛇   作:孤藤海

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道中でのアクシデント

 八月一日。

 

 いよいよ九校戦に出発する日になった。

 

 しかし、大型バスは出発予定時刻から一時間半を経過しても発車していない。これは生徒会長の七草真由美が家の事情で到着が遅れているためだ。

 

 どうやら七草は現地で合流するので出発してほしいと言っていたようだが、三年生が全員一致で彼女を待つと答えたため、このような事態となったようだ。

 

 十師族ならいくらでも移動手段は確保できるはずなので、遠慮なく出発していいと思うのだが、さすがにそれを言ったところで決定が覆ることはないので自重した。

 

「ごめんなさーい!」

 

 そうして今、ようやく七草が到着した。

 

「真由美、遅いぞ」

 

「ごめんごめん」

 

 渡辺と二人、おざなりな咎める言葉と謝罪の言葉を交わし、二人がバスに乗り込んでくる。今日の七草は両腕両肩が露出したサマードレス姿だった。おそらく、家の用事が終わり次第、そのまま駆けつけたためだろう。

 

 ちなみに今日は宿舎に入るだけで公式行事は一切無い。

 

 それ故にか、学校行事の一環であるにも拘らず、制服の着用は義務付けられていない。

 

 しかし、一年生はただ一人の例外を除いて全員が制服を着用。二年生でも半分は制服姿で、三年生になってようやく、ほぼ全員が私服姿という状態だ。

 

 そして、一年生の中では例外である私服姿。それが市丸だった。今日の市丸の服装は漆黒の和装姿。要するに死覇装によく似た和服を身につけている。なんだかんだ着用歴が長いこともあり、この服装が一番、落ち着くのだ。ちなみに隊長羽織はない。あれは見栄え以外にさほど意味はないためだ。

 

 七草が席についたことでバスはようやく発車をした。第一高校から宿舎までは二時間程度だ。一時間半の遅刻がなければ、そろそろ到着の時間だ。そして、その待ち時間が思わぬ形で車内に悪影響を及ぼしていた。

 

「……ええと、深雪? お茶でもどう……?」

 

「ありがとう、ほのか。でも、ごめんなさい。まだそんなに喉は渇いていないの。わたしはお兄様のように、この炎天下に、わざわざ、外で立たされていたわけじゃないから」

 

 車内で静かに静かにだが、怒りを溜め込んでいるのは深雪だ。

 

「……まったく、誰が遅れて来るのか分かってるんだから、わざわざ外で待つ必要なんて無いはずなのに……。何故お兄様がそんなお辛い思いを……」

 

 そもそも達也は誰からも外で皆が揃うまで待っていろ、などと命じられていない。とりあえず深雪の機嫌までは市丸の知ったことではないので放置しておいたのだが、幸いにも北山がなんとか宥めたようだ。

 

「危ない!」

 

 平穏を取り戻して少し、車内に突然、声が響いた。

 

 見ると、対向車線を近づいてくる大型車が、傾いた状態で路面に火花を散らしていた。

 

 ハイウェイの対向車線は道路として別々に作られており、堅固なガード壁で仕切られている。対向車線の事故で影響を受けることはあり得ない。

 

 だが、いきなりスピンし始めてガード壁に激突した大型車は、どんな偶然か、宙返りをしながら第一高校のバスの方へ飛んで来た。

 

 急ブレーキがかかり、全員が一斉につんのめる。

 

 バスは止まっている。

 

 だが、進路上に落ちた車は、炎を上げながら第一高校のバスへと向かって滑って来る。

 

 それに対して第一高校の生徒たちはそれぞれが魔法を使って対処しようとした。それが、事態を悪化させた。

 

 瞬間的に、無秩序に発動された魔法が無秩序な事象改変を、同一の対象物に働きかけた。結果、全ての魔法が相克を起こし、事故回避が妨げられる。

 

 この現象は、発動の際に事象の改変を起こすという現代魔法特有のもの。そして、市丸の鬼道は事象改変を伴わない。即ち、この状態でも行使には全く影響しない。

 

「縛道の三十七、吊星」

 

 道路上一杯に張った膜が迫る大型車を受け止める。弾力性のある膜は大型車を潰すことなく受け止めているが、炎まではどうしようもない。運転手の生存はおそらく絶望的だろう。とはいえ、消火しないわけにもいかない。が、そのためにも必要なことがある。

 

「ええ加減、魔法を解除してくれへん?」

 

 大型車の周辺には、未だ第一高校の生徒たちが使った魔法の影響が残っている。それを消去してもらわないと次の魔法が使えない。

 

 市丸に促されて、ようやく第一高校の生徒たちが魔法をキャンセルした。それを確認した深雪が瞬時に消火を果たす。

 

「市丸、今のはお前の魔法か?」

 

 そんな聞かずとも明確な確認をしてきたのは渡辺だった。

 

「そうですけど?」

 

「今の魔法は何なんだ?」

 

「何って、物を受け止める魔法ですけど?」

 

「いや、それはわかったが、あのような魔法は聞いたことがないぞ」

 

 渡辺の言いたいことはわかる。現代魔法は事象の改変を行うことで発動する。その性質上、空気中の二酸化炭素を集めてドライアイス等を作ることはできても、空気中に存在しない物質を出現させることはできない。もっとも、吊星は周囲に存在する霊子を用いているので現代魔法の原理に反してはいないのだが、霊子の存在を認識できない者にとっては無から有を作り出したように見えるのも仕方がない。

 

「渡辺委員長、他者の魔法の詮索はあまり感心はでけへんなぁ」

 

 痛い所を突かれたというように渡辺が黙り込む間に、市丸は会話を打ち切る。その間に、技術スタッフの男子生徒が後続の作業車から出て来て、救助活動という名の遺体の回収を行い始めていた。

 

 結局、事故後の警察の事情聴取や現場を通行可能とするための大型車の撤去の手伝いなどで更に三十分の遅れをもって第一高校は宿舎に到着した。宿舎は軍の施設を貸切のかたちで提供されているが、専従のポーターまではいない。そのため、九校戦では自分たちで荷物の積み下ろしをすることになっている。

 

「少しええ?」

 

 作業車から小型の工具やCADを降ろし、台車に載せて部屋へと運ぼうとしている達也を市丸は呼び止める。

 

「さっきの事故やけど、あれ、ほんまにただの事故やったん?」

 

「どういう意味だ?」

 

「あの大型車の飛び方、不自然に思わんかってん?」

 

「それを何故、俺に聞く?」

 

「だって君、起動式とか見えるんやろ? ボク、そういうのはわからんのよ」

 

 これは嘘ではない。現代魔法に関しては市丸はごく普通の魔法科高校生と同程度の技量しか持っていない。行使の場面を目視でもしない限り、相手が魔法を使っていたか否かというのは判別できない。

 

「……事故の後始末をしていたとき、魔法の痕跡を感じた」

 

「へえ、じゃあ、あれはボクらを狙ったものやな。けど、ボクらは会長さんの遅刻のせいで本来の予定時間を大幅に遅れて、あの場所を通過することになった。よう、あのときに通るとわかったものやね」

 

「それは、俺も気になるところだが、相手はそれなりに大きな組織だ。見張りを立てることくらいはするだろう」

 

「へえ、それなりに大きな組織ね。その根拠は?」

 

 達也はまるで相手に心当たりがあるような言い方だ。

 

「根拠は、今回、魔法を使って車を飛ばしたのは、死亡した運転手だということだな」

 

「運転手が? 何でそんな回りくどいことをせなあかんの」

 

 自らが運転する車を飛ばすより、もっと殺傷能力の高いものを使う、もしくは魔法で直接攻撃を行う方が有効だ。わざわざ自分の命をかけて、殺傷能力の低い攻撃を行う意味がわからない。

 

「詳しいことはわからないが、何としてもただの事故に見せたかったということだろうな。運転手は、お前だけでなく、深雪や七草会長でも気づかないほど、小規模な魔法を最小の出力で瞬間的に行使していた。魔法式の残留相子も検出されない高度な技術は専門の訓練を積んだ工作員でなければ不可能だ」

 

「それで、それなりの組織による攻撃やと考えたわけやね」

 

「ああ、特に最後、スピンする車内で振り回されながら、ガード壁に衝突する瞬間に正確に魔法を発動するのは並大抵の練度ではできない。それだけの腕を持った魔法師を使い捨てにするなんてことは、それなりの規模の組織でないとできないことだ」

 

「けど、やっぱり目的がわからへんね」

 

 組織による攻撃だとして、なぜ事故に見せかける必要があるのかがわからない。

 

「そうだな。そこについては俺もわからない」

 

 結局、現段階では目的は一切、不明だということだ。これ以上、ここで考察を重ねても得られるものはないだろう。市丸はここでの達也との会話を打ち切った。

 

「まずは今晩の懇親会やね。おもろい子がおればええんやけどなぁ」

 

 せっかくの競技に出場するのなら、少しくらいは楽しみたい。市丸は薄く笑みを浮かべて懇親会に向けて部屋で体を休めた。




次話でついに一条将輝登場。
なぜかS祥寺真紅郎とM条将輝のBLコンビに書いてしまっている二ヶ月前の私のせいでマイルド化修正作業が発生中。
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