九校戦参加者は選手だけで三百六十名。裏方を含めると四百名を超える。
全員出席が建前とはいえ、様々な理由をつけてパーティーを欠席する者は決して少なくない。
それでも、懇親会は出席者数三百名から四百名の大規模なものになる。
会場も必然的に大きなものになり、ホテル側のスタッフもそれなりの人数が必要だ。
ホテルの専従スタッフや基地の応援だけでは賄い切れないだろう、ということも容易に推測できるし、明らかにアルバイトと思しき若者が給仕服に身を包んで会場内を行き来しているのも納得できる。
パーティーのドレスコードである制服に着替えた市丸は、その会場の中で見慣れた顔を見つけた。
「君らも来とったんやね」
「あれ、市丸くんは驚かないんだね。誰かに聞いた?」
声をかけた千葉は意外そうな顔で答えてきた。
「いや、君の気配は感じとったから。理由はわからんけど、おるんやなとは思うとった」
気配というか、会場に入ったときから霊圧を感じていたのだが、そこはぼかしておいた。ちなみにレオ、柴田、吉田の霊圧もこの場にあるのを感じる。
「本当に、市丸くんって達也くんとは違ったかたちで規格外よね」
「おおきに。それより仕事に戻らんでええの?」
「うっ……コネを利用した以上、仕事はしないといけないか」
そう言って、千葉は市丸から離れていった。もっとも、その後も司波兄妹と立ち話をしているようであったが。
そして、そんな三人を見つめる視線があった。それは、第一高校の生徒会役員たちと笑顔で談笑している第三高校の生徒会役員の後ろにいる一年生たちだった。その視線は深雪の美貌に見惚れているだけで、戦力分析に勤しんでいるという様子ではなかった。
「なんや、尚武の第三高校って言うても中身は俗っぽい高校生やんか」
もっとも高校生の段階から熟練軍人のようであれば、それはそれで問題だろうが。
「まあ、それでも一応は確かめとこか」
ひょっとしたら、司波達也のような掘り出し物もいるかもしれない。そう考えて、市丸は第三高校の一団の方に近づいていった。
「君が一条の御曹司やね」
そうして一番、霊圧が高い、けれど深雪に見惚れているという点では他の生徒と変わらない少年に声をかけた。
「そうだが……君は?」
「なんや、やっぱりそうかァ」
同世代の少年たちの中では霊圧が高い。けれど、司波深雪よりも格下だし、おそらく司波達也よりも弱い。その程度の相手なら、遊び相手にもならない。
残念ながら、あまり楽しむことはできなそうだ。確認も終わったので、戻ろうとしたところで、一条の側にいる男子生徒が肩に手をかけてきた。
「おい、お前! ちょっと待て!」
「待て、言うたか。おもろい子やなァ、ボクが怖ないんか?」
言いながら、少しばかり霊圧を解放する。隊長格の霊圧だ。ただの高校生が耐えきれるものではない。市丸の肩を掴んでいた少年は膝を付き、脂汗を流していた。
「ぐっ……これは……」
一条も膝こそつかないが、霊圧にあてられているようだ。それだけ確認出来れば十分だ。市丸に弱者をいたぶる趣味はないため、霊圧を抑えてそのまま歩き去ろうとした。
「何をしているんだ! 市丸!」
しかし、その前に第三高校の生徒会役員に挨拶をしていた渡辺に捕まってしまった。
「何って、ちょっとした挨拶ですやん」
「ちょっとした挨拶で、何であんな圧を感じることになるんだ。というか、そもそも加重魔法を使ったわけでもないのに圧力を感じるって何なんだ」
「渡辺委員長、他者の魔法の詮索は感心でけへんって、昼前に言うたばかりですやん」
「詮索して欲しくないのであれば、もう少し隠す努力をしろ」
言っていること自体は道理である。
「三高の皆さん、うちの後輩が迷惑をかけた」
「いえ……それより、そこの彼は……」
「ああ、こいつは市丸ギン。うちの一年生で、モノリス・コードとクラウド・ボールに出場する予定だ」
「よろしゅう」
言いながら手を振ってみたが、返ってきたのは警戒する視線だけだった。仕方がないので、そのまま第一高校の生徒が集まるテーブルへと戻っていく。
「市丸なんて名前、聞いたことがない」
市丸が背を向けたことで、誰かが叫ぶように言っていた。そこには、自分たちより格下であってほしいという醜い願いが透けて見えた。魔法師の世界はどうだか知らないが、死神では名門以外から隊長に就く者が出ることは、珍しくはなかった。魔法師たちは十師族だとか、百家だとかに縛られ過ぎだと思う。
「まあ、驚くとええわ」
一条と対戦するのはモノリス・コードになるだろう。市丸だけでも負けることはないが、森崎も接近戦能力が鍛えられたことで少しは戦力となりそうだし、時間が必要という弱点はあるが、強力な魔法が使える篠田も戦力として見れるようにはなった。
それでも第一高校の一年生は一条たちと比べて大きく劣る。先ほどは名門出身だから強いわけではないと考えたが、それは十分に鍛錬を積んだ後の話だ。市丸たちが隊を組んでから二週間にも満たない。それだけの短期間ではできることは限られる。
席に戻って少しすると、来賓の挨拶が始まった。といっても、登壇するのは市丸から見れば青二才といえる年齢の者たち。目をつけられない範囲で食事を楽しみながら本日の主賓とも言える相手の登場を待つ。
そして、司会者がついに九島烈という名を呼んだ。
九島烈は日本に十師族という序列を確立した人物で、二十年ほど前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物だ。
年齢はそろそろ九十歳近いはず。
眩しさを和らげたライトの下に、パーティードレスを纏い髪を金色に染めた若い女性が現れる。そして、その背後に一人の老人。
どうやら精神干渉魔法を使用して、意識を前に立つ女に向けているようだ。けれど、それは意識と霊圧のずれで、容易に把握できる。
余談だが、市丸は基本的に霊圧の認識に頼るところがあり、その結果として現代魔法による認識阻害は、ほぼ通用しない。半面、現代魔法の情報改変による隠蔽のやり方というのがよくわからない。霊圧を抑えることで気配を断つことは得意だが、そもそも気配を探るなどという人間は少ない。加えて、魔法による探知からは全く逃れられない。
人間の隠蔽では逃れられない反面、人間の探知から隠れられない。なんとも面倒な状態が今の市丸なのだ。おかげで何をするにも後始末をしてくれる誰かの手が必要になる。そのせいで入学直後のブランシュ事件では、目立つ動きばかりになってしまった。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
市丸の思考が脇に逸れている間に九島は魔法を解いて挨拶を始めていた。九十歳が近いにしては声は若々しい。肉体も九十歳よりは遥かに若い。
「さすがに元柳斎ほどとはいかんけどね」
あの老人は千歳を遥かに超えながら強靭な肉体を有していた。もっとも、あれは化け物の類で、そのレベルを求めるのは酷というものだ。
「今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところ七人だけだった。つまり、もし私が君たちを狙うテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは七人だけだ、ということだ」
九島の言葉は、市丸にもそれなりに為になるものだった。市丸は基本的に霊圧を探ることで危険を察知する。通常の物体では死神を傷つけることはできない。そのため、霊圧を感じるものにだけ気を付ければ十分だった。
けれど、それでは毒ガスなどを察知することはできない。そして、今の市丸は当然ながら、毒物による攻撃は無効化できない。これは、何らかの対策が必要かもしれない。
「魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」
これまでの死神として学んだことが通用しない分野にどのように対処するか。九島の挨拶の最中、市丸はそのことを考え続けていた。